野性味溢れる味のお話。
蹄の跡が点々と続く道を、この辺りでは大変珍しい動物ヤガーの、名前はジュルリの背に乗って背の高い男と低い女の子が旅をしています。
背の高い男は日除け鍔のついたハットをかぶり、虫や毒草から身を守るための薄手のローブを身に着けています。
湿度が高く不快感のある森の中を、長袖の上着、長ズボン、ハイカットのブーツを履いて、手綱を握る手には革のグローブをつけて、体全体をなにかしらで覆ってはいますが表情は涼し気です。
名前はヴァルゴ・アントロポイデスといい、世界中を旅していますが、物忘れが激しいのか、未来予知ができるのか、何かにつけて既視感があると言ったり、ここは昔は……と言い淀んだりします。
この大変広く、見所満載の"この星"を見て回りきるなど到底不可能なのに、何度か見たことがあるなんて嘘だと、この前道で出会った別の旅人に言われてひどく落ち込んでいました。
ヴァルゴの後ろで居眠りをしている女の子の名前はニーニと言います。
額から頬あたりまでを覆う白塗りの仮面をつけていて、その仮面は左右の耳へ向かって朱色のラインが横切り、左目の下あたりに魔結晶が三粒装飾された変わった見た目の仮面です。
移動中も、食事の時も、水浴びをする時も、眠る時も、片時も外すことはありません。
これはヴァルゴからもらった大切な贈り物であり、ニーニを守る役割も果たしている立派な仮面なのです。
そんなニーニはヴァルゴと同じく薄手の虫除けローブはまとっていますが、半袖で薄手のジャケットに、腰から両足までをふわっと覆う黒色のローブパンツを履いています。
脛まで覆うロングブーツを今は脱いで旅荷に巻き付けてあるので、色白の素足が毒虫に襲撃されそうです。
しかし、きっとニーニに襲い掛かる虫はヴァルゴによって駆除されてしまうでしょう。
二人と一匹はのこのこと森の中を進みます。
時折響いてくる鳥類か大型の昆虫の羽音や、木々のささやき声が適度なリズムで心地よいです。
たまに道沿いにもかかわらず言葉を話せる花が咲いていたりするので、よっぽど豊かな森がこの道の左右に広がっているのでしょう。
下手に道をそれると迷子になること請け合いです。
普段、移動中の会話は少ないですが、不意にヴァルゴがジュルリの住んでいた森はどんな場所でしたかと質問しました。
「もっともっと、南の海沿いだった。塩水と水が混じって特別な木だけが群生している。それは根っこが木みたいで、根っこから直接葉が生えてくるような木だった。普段はその木についている甲殻類を食べているが、それらを同じように狙って現れる大きな魚や動物を狩って食べることもある。そして、商人が通れば道案内と護衛を兼ねて食べ物を分けてもらったりしていた」
ジュルリが野性味あふれる体験談を語り始め、ヴァルゴはそれを聞いていました。
超大型のドラゴンから逃げる話がさらっと流されていきました。
魔法を使える魚類がいる話もなかなかに興味深いです。
魔法で擬態し、自身を食べさせることで、捕食者の腹の中をその子どもが食い破る生物には絶対に出会いたくないなとヴァルゴは思いました。
そうこうしているうちに、深い森からひらけた場所に出ました。
そこは様々なモノが、浮かんでいる力場でした。
大きな石も小さな石も例外なく浮き上がり、根の届かなくなってしまった木が立ち枯れしたり、必死に地面に食らいつく木がぎりぎりの所で浮かび上がらないように耐えています。
ジュルリは前足が浮き上がるのを感じ、後ずさりました。
「この力場、動いてるぞ」
「そのようですね、少し距離を取りましょう。下手につかまると抜けられなくなる可能性もあります」
そう言って、来た道をしばらく戻り始めると、居眠りしていたニーニも雰囲気を察したのか目を覚ましました。
力場は魔素濃度が濃く、溜まりやすい場所で時折発生する自然現象で、溜まりきった魔素を放出する過程で起こると考えられています。
そのため一点で集中的に放出されるならまだしも、その力場が動くというのは大変珍しいできごとで、どちらかといえば魔法を使える生き物や魔物が影響を与えている場合がほとんどです。
案の定、今回の力場もとある生物の影響下にありましたが、力場のもっともっと中心に近い位置にその生物はいたため姿を捉えることはできませんでした。
それでも、ジュルリの鼻のおかげで生き物がいることだけは分かります。
道を外れると迷う可能性が高い森の中を進むか、力場の移動原因である生物をどうにかするか。
しばらく考えて、ヴァルゴが言いました。
「原因になっている生物を狙撃してしまいましょう」
かくして、狙撃手にはニーニが選ばれました。
魔法をまともに使えないヴァルゴや、放出する系の魔法が使えないジュルリではお役御免です。
そして、魔力を持たないニーニが魔法を使う方法は何通りかありますが、今回はヴァルゴの魔素を使うこととなりました。
ヴァルゴがナイフを旅荷から取り出し、指先から少しだけ血を取ります。
それを水筒の水と一緒にニーニが飲むと、仮面の三粒の魔結晶が呼応して完成です。
あとはニーニが精神を絞り、水の魔法を謎の力場生物へ発射するだけです。
「以前ファイアーボールを打った時とは違い、補助の指輪は使えませんので。今回のは出力の大きな魔法ですから十分に狙ってください」
そう言ってヴァルゴはニーニの右腕を持ち上げ、左腕でそれを支えさせ、手のひらは前方に向け、中指を軸に対象を狙えばいいと指示しました。
ジュルリから見て、数本先の木がミシミシと言いながら浮き上がりだしたので、力場の主が近づいています。
うまくニーニが狙えるように力場に対して水平に四肢を踏ん張り、ジュルリが身構えます。
右足から力場に飲まれ始めましたが、力の限り地面に爪を立てて耐えます。
「さあ、息を吸って。吐いて……」
ヴァルゴがニーニの肩を支えました。
ニーニは構えた姿勢のまま、力場の方向を睨みつけ、そして力場の主を見つけました。
「ふんッ!」
少し気の抜ける掛け声と合わせて、水の魔法が力場を突き破りながら放たれ、そして力場の主を貫きました。
瞬間、浮き上がっていた様々なモノが落下し物凄い音を発します。
どんがらがっしゃんがらがらがらがらどしゃっべきっばきばきばきばき――。
湿った森の土でなかったら相当な土煙も上がったことでしょう。
程なくして、音が鳴りやみ、爪を立てなくても地面に立っていられるようになったので、ジュルリが慎重に力場だった場所へ踏み込んでいきました。
土砂崩れの跡地になった森を進むと水の魔法で打ち抜かれた力場の主が絶命しています。
それは巨大な、砲丸のような体にツルっとした薄茶色の皮膚を持ち、取って付けたような体格に似合わない羽を生やした翼竜の幼体でした。
成長し飛べる様になると大空の覇者となる生き物です。
「翼竜久しく、いや……。初めて見ましたね。生まれた場所が力場になってしまっていてたのでしょうか」
「ドラゴンよりかは肉が旨そうだ」
「翼竜の肩ロース。翼竜のカルビ。翼竜の――」
二人と一匹は夕暮れにはまだ早い時でしたが、火を起こし早めの夕食準備に取り掛かります。
今夜は豪勢な肉祭りを開催し、合わせて燻製肉をたくさん作ってしばらく肉祭りを開催するつもりのようです。
テキパキと作業は進みます。




