↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/13

戦後のお話。

 息を吹き込んで演奏する楽器"笛"を、両足のない男が吹いている。


 布をつなぎ合わせただけの簡素な衣服を羽織り、ボロボロの帽子を頭の半分以上を覆っている火傷を隠すように深々とかぶった男は、良くも悪くも普通の腕前だ。


 腰を据えている地面に"お恵みを"と書かれた切れ端と、端の欠けた椀が置かれ、中にゴミがいくつか入れられていた。


 彼はこの国の多くの国民と同じように、貧民街で死を待っている。



「近く、戦争でもあったのでしょう。惨い事実ですが、彼らはみな兵士として戦いこうなったにもかかわらず、誰も助けてはくれないのでしょうね」


 ハットになめし革のマント、旅の汚れが付いたシャツとズボンを着て、ブーツをコツコツと鳴らしながら石畳を歩くのはヴァルゴ・アントロポイデス。


 その横を、額から頬あたりまでを覆う白塗りに朱色のラインが左右の耳へ向かって伸びる仮面をつけたニーニが歩いている。街並みの切れ目から入る太陽の光で、左目元の魔結晶が三粒きらきらと光っていた。


 ニーニは革のジャケット、厚布のズボン、脛まで覆うブーツを履いて、両腕で小さくなったジュルリを抱えている。



「私のいた町にそっくり。同じ臭い」


 少し歩けば五体満足でない動物や人がうずくまり、泥や糞尿に塗れている。


 もはや正常な精神状態ではないのだから当然と言えば当然だが、衛生面など気にしている余裕のない生活が、いつしか生き物から臭いを奪い、そして命を奪うのが世の常である。


 ニーニの表情が曇る中、彼らがここを歩く理由はただ一つ。


 この貧民街で生き物探しをしているからだ。


 

 探しているのは原種の妖精。


 傷を舐めてもらえばたちどころに治り、その鱗粉をひと浴びすれば病が消えていく。


 本来であれば霧深い森の中や、広大な川沿い、湖、活火山の火口など魔素の溜まりやすい場所にいる。


 しかし、多くの生き物が怪我をし、その身に宿した魔素を放出しているような戦場跡や、こういった国では、その溢れ出る魔素を求めて妖精が集まってくるのだ。


 動きも早く、魔法も使えるので、並大抵の生き物では姿を捉えることさえできない。


 ましてやこの貧民街の住人のように、動く力さえない場合はいたずらに魔素を吸われるだけなのだ。


「なかなか見つからないですね」


 とヴァルゴがつぶやいたのはもう何回目だろうか、とニーニは思っていた。


 それくらい貧民街を歩いているが、目的を達成できないどころか、貧民街の終わりにさえ到着しない。

 

 どこまでもどこまでも、どこまでもどこまでも。


 

 


 しらばく進むと、息を吹き込んで演奏する楽器"笛"を、両足のない男が吹いていた。


 布をつなぎ合わせただけの簡素な衣服を羽織り、ボロボロの帽子を頭の半分以上を覆っている火傷を隠すように深々とかぶった男は、良くも悪くも普通の腕前だ。


「近く、戦争でもあったのでしょう。惨い事実ですが、彼らはみな兵士として戦いこうなったにもかかわらず、誰も助けてはくれないのでしょうね……」


 ヴァルゴは足元が急に不安定になったような感覚がした。


 それはニーニも同様なようで、抱えていられなくなったジュルリがするりと地面へ降りる。


「どうした、二人とも」


ジュルリの野太い声。どうやら平衡感覚をおかしくしてはいないようだ。


「これは、妖精の香り(ピクシースチーム)ですね。すでにどこかで妖精に出会っていたようです」


 頭を押さえながらも笑うヴァルゴに、呆れた目線を向けるニーニはたまらず地面へへたり込むが、石畳の感触がまるでパンのようにふにゃふにゃしている。


 ジュルリが話しかけて来ているのは分かるが、何を言っているのか理解できない。


 どこからかクスクスと笑う声が響いてきた。


 ニーニの耳元を何かが掠める。


 

 

  息を吹き込んで演奏する楽器"笛"を、両足のない男が吹いている。


 布をつなぎ合わせただけの簡素な衣服を羽織り、ボロボロの帽子を頭の半分以上を覆っている火傷を隠すように深々とかぶった男は、良くも悪くも普通の腕前だ。


 腰を据えている地面に"お恵みを"と書かれた切れ端と、端の欠けた椀が置かれ、中にゴミがいくつか入れられていた。


 彼はこの国の多くの国民と同じように、貧民街で死を待っている。


 

 突然、ヴァルゴが両足の無い男の演奏している"笛"を奪い取り、石畳へたたきつけた。


「なにしてるの」「なにしてる」とニーニとジュルリが同時に言う。


 明らかに動揺している両足の無い男、ニーニ、ジュルリを完全に無視し、ヴァルゴは"笛"を拾い上げ、何かをつぶやいた。


そして、これが妖精です。あなたはこの"笛"をどこで拾いましたか? と両足の無い男の目線に合わせるようにしゃがみながら、ヴァルゴは淡々と質問する。


「ああ、それは……。それは戦争で派遣された森の中で、落ちていて……。お守り代わりに持って帰ってきたんだ。その笛を吹いていると体が軽くなって、痛みも消えるから、足を無くしてから余計に手放せなくなって」


「まさに妖精の香り(ピクシースチーム)の典型例ですね。体が軽くなったり、痛みが消えている間、あなたの魔素はどんどんこれに吸い取られているんですよ。そして、音色を聞いている他の生き物も同様です」


 ヴァルゴはこの"笛"をニーニに差し出す。


 抱き上げられていたジュルリが降り、動くでもなく、喋るでもなく、どこからどうみても"笛"をニーニは受け取った。


「妖精は持ち主に宿り、その者の魔素を吸って生きています。森の中では木々や花、植物の魔素を。湖や火山からはその場に溜まる魔素を。そして、生き物に宿るときはその者の魔素を」


 ニーニの二の腕と同じくらいの長さに、指二本分くらいの太さ、穴の数は全部で十二、木目が美しくい。


 男のよだれがついていて、少し抵抗がある以外は変哲の無い笛をニーニはどうすればいいかわからない、といった表情で無言で持っている。


 ヴァルゴに渡された以上はなにか意味があるのだろうと思っていると、少しだけ"笛"が振動したように感じた。


「そして、魔素を吸えなくなると、その妖精は宿り先を変えるか、姿を保てなくなり崩壊するのです。これがその例ですね」


 見る見るうちに萎んでいく"笛"を呆然と見つめる目が六個。


 萎びた根っこのようになった笛をヴァルゴに促され、両足の無い男へ渡した。


「少し見栄えは悪くなりましたが、それはもう完全に笛です。痛みを和らげたりはしませんが、吹き続けても死にません」


 理解が追い付かない男を尻目に、ヴァルゴは歩き出した。


「突然すまん。それでは」とジュルリがニーニに抱き上げられながら言う。


 


「妖精ってもっと可愛いものだと思っていた」


 不意にニーニがつぶやく。


「まあ、これでもだいぶ可愛らしくなったほうですよ。昔の妖精は……」


 とヴァルゴが言い淀み、怪訝な顔をするニーニと目が合う。


「今は思い出せませんが、それは凶悪なやつがそこら辺を飛び回っていたはずですから」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。