メイド達の裏話
エヴァエル (大天使) 語り手、メイド三等兵
セツカ (雪女) メイド上等兵
ユスティーナ (竜、ヴィーヴル) メイド三等兵
私は自分の与えられた部屋に戻ると、備え付けられたベッドに横になり小さく息をついた。
確かに私は失態を犯した。だけどこの罰はあんまりではないか?
「はぁーあ」
これでも私は天使の中でも上位の強さを持っている。アマテラス様に『罰として悪魔をせん滅して来い』と命じられれば、たとえ命を賭けてでも戦闘する。だけど私がアマテラス様に命じられたのは、戦場ではなくダンジョンメイドだった。
A&A商会のメイドについては軽くであるが知っている。アマテラス様が運営するA&A商会は普通の商会として物の売買だけでなく、高品質の執事やメイドを有料で(主にダンジョンへだが)派遣している。ダンジョンについて熟知しているメイドを送り、ダンジョンマスターの生活のフォローをするのだ。時にはアドバイスもしなければならないらしいが、それはメイド曹長クラス以上とのこと。一番下のメイド三等兵である私にはしばらくないだろう。
コンコン、と小さく2回ドアがノックされる。私は立ち上がり、さっと身だしなみを整えた。
「どうぞ」
「エヴァエルさん、失礼しますね」
入ってきたのは同じくここに派遣されたメイドの一人、『雪女』のセツカさんだった。
「どうかされたのですか?」
「ええ、メイド達で顔合わせをしようかと思っているのですが、エヴァエルさんもいかがかなと思いまして。今お時間取れますか?」
正直に言えば休みたかった。ダンジョンマスターであるミヤジとか言う人間に、ダンジョン学とかいう至極どうでも良い話を聞かされた後だというのに。
「はい行きます」
でも職場の付き合いは大切だ。それくらいは私にだって分かる。
「では10分ほどしたら休憩所へお願いします。ではわたくしはユスティーナさんを呼びに行ってきます」
そう言って彼女はにっこり笑うと優雅な動作でドアを閉めた。
「綺麗、だな」
A&A商会のメイド達を見て思ったことがある。それは動作の美しさだ。普通に育った人では得ることのできない気品を彼女達は持っている。私はあるだろうか?
「はぁ」
ため息が漏れる。
それに気品だけではない、彼女たちは大抵の事をそつなくこなす。たとえば炊事、洗濯、掃除なんかは当り前。中には戦闘もこなせたり、知識を持っていたり。戦闘しか脳の無い私は女としての大きな敗北をしてしまっている。
「天界に戻りたいな……無理だろうけど」
ああ、メイドなんてやっていられない。面倒だし嫌だし敗北感ばかり味わう。人間の下につくと言うだけで私のプライドががたがただって言うのに。
私は一度大きく伸びをして体を伸ばす。長時間座っていたせいか少しだけ体が硬くなっているようだ。
「ダンジョンが出来たら、すこし身体を動かさせて貰うか」
私は時計を見つめる。少し早いけれどもう休憩所へ行ってしまおう。
このダンジョン(まだダンジョンと言って良いのか分からないけれど)にはメイド部屋の東側には休憩所と装ってるメイド専用の娯楽場がある。そこには幾つかのソファーとテーブルが並べられており、そこを自由に使用していいことになっていた。私は羽根があるので使えないが、マッサージチェアなんかもある。それ以外には部屋の東側には本であったりテレビゲームであったりカードゲーム、ボードゲームといった簡単に暇をつぶしたり、遊べるものが貸出可能になっている。
私が休憩所を見渡すとそこには既に一人のメイドが居た。雪のように白い髪に、白をベースとして作られたメイド服を着用しているセツカさんだ。
彼女はメイド上等兵という階級で、私のメイド一等兵よりも三つ上の階級である。また彼女は私とユスティーナにメイドの事について教えてくれる人でもある。
「お待たせしました」
「大丈夫ですよ。時間もまだですし。それに私が早く来すぎただけだわ、気にしないで」
「そう言っていただければ、幸いです」
そう言うとセツカさんは、笑いながら首を振った。
「この場では階級無視の無礼講でお願いね。ああ、もちろんエディス隊長やミヤジ様セラフィ様が来たらしっかりと敬語使ってくださいな」
そう言われて私はふと辺りを見回す。
「そういえばエディス隊長はいらっしゃらないのですか?」
メイドを集めると言っていたから、てっきりエディス隊長も来ると思っていたのだけど、この場にはいない。
「エディス隊長はいらっしゃらないわ。一応お誘いしたのだけれど、私が居ると皆緊張しちゃいそうだから今回は遠慮するわ、と」
確かにエディス隊長が居れば私やユスティーナは緊張するだろう。
「揃っていたか……すまない遅くなった」
現れたのはユスティーナだった。時間は2分前、遅刻しているわけではない。彼女は紺と赤をベースとしたメイド服を身にまとっており、彼女の額には『ヴィーヴル』族の特徴とも言える美しい宝石がついている。
「私も先ほど来たところだ、気になさらず」
「そうよ。ユスティーナさん。ああ、ここでは無礼講でお願いしますね」
「助かる。正直に言うとあたしは敬語なんぞ使いこなせないんだ……」
『それでよくメイドになりましたね』なんて言葉が口から出かかったけど、私はなんとか飲み込んだ。
「ふふ、わたくしも初めはそうでしたわ。誰しも同じです。でも問題ありません。エディス様とミヤジ様にかかればすぐに一人前のメイドとなれるでしょう」
うっとりした目で虚空を見つめるセツカさん。彼女はなぜかダンジョンマスターであるミヤジの事を、病気かと思うぐらいに慕っている。
「えと、あたしはミヤジの事を殆ど知らないんだけど、皆知っているひとなのか?」
いや、わたしは知らない。と、そんな事を考えていると横から冷たい風が吹いてきた。
「……ミヤジ様でございますわ」
瞬間ほんわかしていたセツカの笑顔が消失する。彼女の怒りがあたりの空気を凍らせ(いや実際に彼女から冷気が出ているのだが)部屋の温度が下がった。
私はちらりとユスティーナさんを見つめる。表情をみる限り驚いたのは私だけではなくてユスティーナさんもだった。
「み、ミヤジ様……」
「はい、結構です。それでミヤジ様のお話でしたね!」
彼女は両手を合せて、恋する乙女のように目を輝かせた。
「おふた方は入ったばかりなのでご存じないのも無理ありません。ミヤジ様は以前A&A商会に努めていらっしゃったのです」
「え? そうなんですか?」
いや、考えてみればそれで納得できる。隊長もセツカさんも彼について詳しい理由に。
「はい。実を申しますと、私もミヤジ様にご指導頂きまして、メイドとして一人前に……いえ、まだ一人前とは申せませんが、成長出来ました」
「もしかして偉い方だったのか?」
そう言うのはユスティーナだ。
「エライも何も、最短で執事隊長にまで登りつめたカァァァリィスマエリィィィト執事様ですのよ! どれくらいかと言えば、執事隊トップであらせられるフォルネウス統括長が個人的に相談するほど! A&A内外でアマテラス様の頭脳とまで呼ばれ、アマテラス様の寵愛を受けたお・か・た♪」
頬を赤く染めうっとりしている彼女。引き気味なのは私だけではない、隣に居たユスティーナもだ。
「実を申しますと、このダンジョンに派遣先にしたい人の募集がA&A内部でありました。志願者は数百を超えたらしく、選考はとても大変だったと聞いています」
メイドなんかしたことがない私が、選考なんかされたらふるい落とされそうな気がするが? いやそもそも私は応募した覚えがない。アマテラス様の鶴の一声があったのだろう。
「私は100を超える倍率をなんとか勝ち取って、今ここに居ます。多分、私のミヤジ様への愛が評価されたのでしょう」
彼女はあいつに心酔しすぎではないだろうか。
たしかに彼の見た目はまぁ、最上とは言えないが良いだろう。だけど執事の仕事を本当に出来たのだろうか? しなければならない仕事はとても多く、それらを覚えるだけで時間がかかっている。
たとえば炊事洗濯と言った一般的家事から、ダンジョンマスター補佐にダンジョンマスターへのA&A商会商品の売り込み等々。
契約内容によっては戦闘までこなさなければならない。
やることが決まっている天使の方がよっぽど楽だ。天使の場合は神様の思いつきや我がままで仕事が増えたりすることもあるが。いや、それはA&A商会の役員も同じかもしれない。トップは同じアマテラス様なのだから。
「そ、そうなんですね」
「ええ、おふた方もすぐにミヤジ様の良さが分かると思いますわ。既にこのダンジョンに現れていますし」
「どう言うことですか?」
「そうですね、お二方は初めての派遣でしたわね、ならば気が付かないのも無理ありませんわ。普通のダンジョンに比べて此処は格段に過ごしやすいんです」
「過ごしやすい?」
横ではユスティーナも私と同じように頭を捻っている。過ごしやすいとはどういうことだろうか。
「本来ダンジョンメイドに与えられる部屋は個室なんかではありません。エディス隊長のようにすばらしい能力があれば個室が与えられるかもしれませんが、普通のダンジョンは二人部屋、四人部屋です。コストがかさみますからね」
ここのように個室を貰えるのは珍しいと言うことか。
「それだけではありません。此処にはメイド専用の立派なお風呂がありますし、メイド用専用の休憩所もあります。エディス隊長に聞いた話では、メイド専用の居酒屋も作っているそうです」
「でもA&A商会からメイドを雇う以上、メイド達に何かしらストレス解消させる物を与えて下さるのが普通ではないんですか?」
普通そうではないだろうか。ストレスばかり貯めていたらいつかパンクしてしまう。
「いえ、それは普通ではありません。その代わりとして休暇があります。休暇で何とかしろと言うのがA&A商会の決まりなのです。以前担当していたダンジョンマスターの所では、いつだって休暇が来いと祈っていました。でもその時ミヤジ隊長が……キャ♪」
今度は両手を頬に当て、恥ずかしがるように身をよじる。もう見なかった事にしよう。
「えと、じゃぁ此処は私たちにとって凄く居心地の良いと言うことですね?」
「ええ、ですから此処が普通と思わないで方がよろしいでしょう。もし別の場所に派遣されたら、耐えられなくなってしまいます。メイド達に対してこんなに気配りが出来るのは元執事だったミヤジ様だからこそ、と言えるでしょう」
なるほど、メイド達に待遇を良くしてくれていると。だけど……。
「ですけど、まだダンジョンが出来てもいないのにそんな設備を作ってしまってよいのですか? ソレの維持コストはDPから引かれるのですよね?」
ダンジョンコアはその部屋のマナの維持にDPを消費する。たとえばこの部屋の明かりやお風呂のお湯等でも幾分か消費しているはずだ。
「確かにそうなのです。ですが心配はいらないでしょう。他のダンジョンマスターならいざ知らずですが、此処はミヤジ様のダンジョンです。何らかの考えがあるのだと思います」
「そうだと良いのですが……」
「心配は要りませんよ。そうですね、ミヤジ様の伝説は数多くありますが、その多くがダンジョン関連です。たとえばミヤジ様が行ったある事で、A&A商会のダンジョン執事メイド隊の利益が倍増しました」
「ば、倍増ですか?」
思わず聞き返してしまった。多世界籍企業の頂点に君臨するこのA&A商会の利益は、圧倒的に大きい。それを倍増させるなんてどうすればいいのか想像出来ない。
「それは、凄いことなのか?」
余り経済や経営に詳しくないのか、ユスティーナは困り顔で私を見ていた。
「凄いです、凄いと言う言葉に集約していいものか分からないぐらいです。そんな事を何度も、ミヤジ様はしてのけました。また執事メイド隊だけでなく、経営隊や軍隊にまで影響を与えました。その功績は量り知れません。今まででこんなに利益を出した執事はいないでしょう、そしてこれからも現れないでしょう」
凄すぎる。でもよくアマテラス様はそんな彼を放出したのだ? 私はアマテラス様の性格を知っている。人を見る目は凄くあるが、その人を何が何でも手に入れそして離さない人だったはず。
「よく、アマテラス様が放出しましたね……」
そう私が言うと、セツカの目が怪しく光った。
「ふふっ。何ぁ故、貴方はアマテラス様が人材を放出しないことを知っているのでしょう?」
私は口が滑ったかもしれない。しかし別にバレても問題のある事ではないし秘密にしているわけでもない。
「いや、私はもとアマテラス様付き天使だったんです。ただそれだけです」
私がそう言うとセツカさんはスッと小さく礼をした。
「なるほど。そうでしたか。申し訳ございません。聞きだすような真似をしてしまって」
別に問題はないし気にしていない。ただ、少し気になったことがある。彼女達はどうしてA&A商会に来たのだろうか? 私と同じようにアマテラス様に言われてA&A商会に入社したわけではないだろう。
「いえ、気にしていませんよ。それでふと疑問が浮かんだのですが、A&A商会の方々ってどのような場所から集められるのですか? 私の場合はアマテラス様に直接言われて来ましたけど」
「ええ、私の場合は母と父がA&A商会で働いていたからですわ。でも基本的にはスカウト組が多いですわね。借金のかたに連れてこられる子もいますわ。あと、珍しいところだとアマテラス様やアスモウデス様といった役員が直接連れてくることもあります」
「私みたいに、ですね」
「そうです。ちなみに元執事隊長であるミヤジ様も、アマテラス様が直接連れてこられた方ですわ」
アマテラス様が直接連れて来た? あの男を?
「ちなみにあたしは借金のかたで連れて来られた口だ。ちょいと騙されてでかい借金を抱えちまったんだが、A&A商会のアスモウデス様に借金と一緒に私を引き取ってもらったんだ」
私の考えはそこで中断させられた。
「アスモウデス様にですか? 運が良かったんですわね」
セツカの言うとおりだ。そんな事普通は起こらない。
「本当に運が良かったよ。ちなみに引き取られてしばらくは軍隊にいたんだ。でも今回の人事異動でなぜかメイド隊に派遣されて少し戸惑ってる」
A&A商会の軍隊と言えば星々に数多ある軍隊の中でも最強と言われ、これがあるからこそ誰もA&A商会に喧嘩を売れないとも言われる程だ。そこは実力者の巣窟で、LV100を超えた猛者ですら一番下の階級になると聞いたことがある。
「階級は『兵長』だったな。一応『軍曹』クラスの人と戦っても勝つ自信はある」
「あら、でしたら元の階級は私より上でしたのね?」
「……すまん、執事メイド隊の階級はよくわからないんだ」
「そうですね、軍隊で言えば『兵長』は下から4番目ですわよね。メイド隊で言えば私の一つ上、『メイド上等兵』でようやく並ぶことが出来ますわ。ちなみにエディス様とミヤジ様は『執事、メイド隊長』で軍だと『大尉』クラスですわ。ですがミヤジ様は更に上である『中佐クラス』の仕事をしておられたわ」
「ちゅ、中佐クラスの仕事だと……?」
立ち上がり叫ぶユスティーナ私にはどれくらいすごいのか分からないのだけれど、それほど凄いことなのだろう。ユスティーナの様子を見ていたセツカさんは、まるで自分が褒められたかのように嬉しそうにほほ笑んだ。
「そんな凄い方だったのか……」
「ふふ、もっと驚くことを教えましょう。実はミヤジ様は執事隊の隊長でありながら、なんと経営隊の『惑星長』であり、そして軍隊では『中尉』でもあるのよ? 3つの顔を持つのはA&A商会でもただ一人だけ。フォルネウス様ですら執事と軍隊の2つでしたのに」
「ちゅ、『中尉』だと? 私なんかより数倍強いと言うのか!?」
あの男がユスティーナさんより強い? ユスティーナさんは多分私よりレベルが高いだろうし強いだろう。それは対面した瞬間に分かったことだ。だけどあの男は話しても全然そのようには見えなかった。
「そうですね。わたくしとユスティーナさんとエヴァエルさんの三人で、エディス隊長に戦いを挑んだとしましょう。多分敵いません。だけどエディス隊長よりも強いのがミヤジ様。更に――」
「ま、まだ何かあるのか?」
「ええ、あります。ミヤジ様が最近召喚されたセラフィーナ様、彼女はミヤジ様とエディス隊長が束になっても敵わないでしょう。本気を出されたミヤジ様であれば分かりませんが……。一つ確実に言えることは、あれは私たちなぞではたどり着けない境地に至ったものです。さてそんなセラフィーナ様はミヤジ様と硬い契約をされています。いわばミヤジ様の手足、体の一部と考えても良いでしょう。さてセラフィーナ様を従えたミヤジ様は軍隊ではどこに当てはまるのでしょうか? 『中佐』場合によっては『大佐』クラスの力を持っていると思います」
「……はぁ、絶対勝てないな。ああ、ミヤジ様……戦闘の指導してもらえないだろうか」
「ミヤジ様なら二つ返事でお受けしてくれるでしょう。優しい方です。ただ貴方はメイドですわ。あまり迷惑になりすぎないようにしてくださいね」
「……わかっている。心配は要らない」
拳をかたく握りしめ嬉しそうに呟くユスティーナ。それを見たセツカさんは小さくうなづいた。
「なんとなくではありますが、ユスティーナさんがメイド隊に回された理由が少し分かったかもしれません」
「! ソレは本当かっ?」
「ええ、エヴァエルさんに関しては分かりませんけど……」
ちらりと横目で私を見るセツカさん。
「私の場合はアマテラス様の罰ですよ。実は以前アマテラス様の前でやらかしてしまったんです。それで顔も視界に入れたくなかったのではないからA&A商会に送ったのだと思っています」
でなかったら左遷までさせないだろう。
私がそういうと、セツカさんは首を振った。
「あら、私は罰だなんて思いませんわ」
「え?」
「だってあなたは此処、ミヤジ様の元に来たのでしょう? 私は貴方がアマテラス様に大切にされている、もしくは期待されていることが分かりましたよ」
大切? 期待? そんなものされているんだったらアマテラス様はお付きから移動したりしないだろう。
「そう、なのでしょうか?」
「ふふっ。いずれわかるでしょう」
セツカさんは口元に手を当てて上品に笑った。




