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ダンジョン協奏曲  作者: 入栖
プロローグ
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4/26

最強のパートナー

 

「ふむ、ならばこなたはダンジョンマスターであるミヤジの補佐になる為に呼び出されたと言う事じゃな?」

 エディスのメイド服で身を包んだセラフィーナさんは、納得したのか小さく頷く。

 

 召喚されてすぐに心を折られた彼女。僕が真っ先にした事は、着替えを用意する事だった。エディスにお願いし、エディスの服(エディスはメイド服しか持ってなかった)を着せた。身長が175センチのエディスと170弱のセラフィーナさんでは少しサイズが合わないかと危惧したが、それほど問題はなかった。ただ、その……。


「ふむ、少し苦しいしボタンは外すか」

 そう言って胸元のボタンを一つ開け、白い肌の露出面積を広げた。僕はその母性の象徴ともいえるあの部分を見ていると、不意に横から殺気を感じてそちらにゆっくりと振り向く。そこには目の光を失ったエディスが、淡々とした調子で僕を見ていた。


 もちろん見なかったことにして彼女から視線をそらす。

「そ、それでセラフィーナさんには僕と一緒にダンジョン経営をしてもらいたいのだけれど、どうでしょう?」

「ふむ……本来ならばそなたの力試しをする所ではあるが、既にこなたは負けた身である。契約を受けよう」


 なんとも楽な交渉である。僕の見た限りでは何も条件を付けず契約を受け入れるのは今まで数回しかない。六割は戦闘に勝てば契約。二割が要相談及び条件付きでの契約。一割五分くらいで召喚しきれず送還されてしまう。僕は大きな当たりを引いたようだった。

 

「じゃぁ契約内容を確認してもらいたいんだけど、僕の補佐としてダンジョン運営をするということで。給金と休日はこの記載通りで」

「うむ、それで構わない」


 まるで目を通さずに僕の提案を受け入れるセラフィーナさん。僕はどう言って良いか分からず言葉が出ない代わりに、ため息が口から漏れた。

「……あのセラフィーナさん本当に何か条件入れなくていいんですか?」


 僕がそう尋ねると彼女は首を振った。

「どうせこなたは封印されておった身。暇つぶしに寝る事しかできんあそこから抜けだしただけで充分じゃ。こなたを召喚する魔力も持っているようじゃしの。ただ……」


「ただ?」

 僕から目線をそらし口をもごもごと動かす。僕が何を言ってるのか聞きとれず彼女に少し体を寄せると、彼女は意を決したのか頷いた。


「先ほどそなたが見たこなたの痴態は忘れてほしい、言い訳させてもらえば、アレはたまたま、たまたまなのだ。あんなに服を汚すことは滅多にないのじゃ」


 不意に彼女の寝間着姿が頭に浮かぶ。どうやら羞恥心は人並みにはあるようだ。ていうか滅多に無いってことは稀にあるんだろうか……。


「ああ……はい。忘れるようにします。でも本当にそれだけでいいんですか? 自分に見合う武器を用意しろとか、定期的に血がほしいとか無いのでしょうか?」


 血がほしい、と言うのはヴァンパイア系統に多い契約条件だ。ランクの低いヴァンパイアであれば、定期的に血を摂取しなければ行動に大きな制限がかかる。そう言った場合は大抵ダンジョンマスターの血液を与える契約にするのだが、たまぁに嫌がるマスターも居る。そんなマスターはA&A商会から新鮮な血液を買っていた。


「こなたは5尾の吸血弧ぞ? 確かに飲みとうなる時もあるが、飲まなくとも何とかなる。3尾の時は飲まんとやっておられんかったがのう」

「……僕は自分の血を提供しても全く構わないのですが」


「しかしのう……」

「会話の途中すみません。その、セラフィーナ様」


 僕たちの会話に割り込むエディス。彼女は一瞬僕を見つめたが、すぐにセラフィーナさんに視線を戻した。

「ご主人様の血は定期的に頂戴することを進言します。実を申しますとわたくしバーヴァン・シー族でございましてご主人様から血を頂戴したことがございます」


「ふむ、同じ匂いを感じると思うておったが、まさかバーヴァン・シー族とはの」

 バーヴァン・シーは妖精族の一種であるが実は吸血族でもある。血を吸う性質はヴァンパイアに似ているが、ヴァンパイアのように銀に弱かったり聖なる力に弱かったりはしない。ただ日の光は苦手なことはヴァンパイア族と共通しているか。

 

「実はご主人様は半神人でございまして、その血は極上です。一口で天にも昇ってしまうほどの美味しさでございます。苦い思い出ですが我を忘れて吸い尽くしそうになってしまった事も……」


 確かにそんなこともあった。あの時はフォルネウス先生がいなければ、僕は今この場に居なかったかもしれない。たしかその後エディスに泣きながら土下座された。天に昇りそうなほど美味しい血だったと言われたが、僕も天に昇りそうだった。


「実の所、私の雇用契約には定期的にご主人様の血を吸わせていただくことが含まれています。セラフィーナ様は後々後悔をすると思いますので、差し出がましいかもしれませんが今一度契約内容の見直しを」

「そうだね、ちょっと味見してみるのはどうかな?」


 僕はエディスの前に左手を差しだすと、エディスは自身の鋭利な爪で僕の人差し指を引っ掻いた。

 たらりと深紅の血が傷口から溢れ出る。するとエディスの喉がコクリと音を立てた。が、それは聞かなかったことにして、セラフィーナさんに差し出した。

 

「ふむ、そうまで言うならば」

 セラフィーナさんは立ち上がり僕のそばへ来ると僕の手を取りまじまじと見つめる。そして顔を近づけるとスンスンと僕の指を嗅ぎ始めた。すると彼女は大きく目を見開き、今度は僕の手を光にかざししてその血を見つめる。

 

 これはテイスティングだろうか? コップに入っている飲み物ならまだしも、なんで僕の手でやるのだろうか。

 僕の指から血がこぼれそうになったのを見たセラフィーナさんは、舌でその滴りかけていた血を舐めとる。そして指の味を確かめるかのように指全体をぺろりと舐めまわした後、小さく口を開いて指を咥えた。奥まで咥えたり、手前まで引いたりと上下運動を行いながら傷口に舌を這わせる。

 

 彼女の口内は温かかった。舌が傷口を舐めとるたびに、指がジンジンと小さな刺激と熱を僕に与えてくれる。

 セラフィーナさんは僕の血を吸えば吸うほど、顔が桜色に染まり目元が緩んでいく。それはだんだんと酒に酔っていくようだった。先ほどまでは宝石のように輝いていたその瞳だったが、今はどんよりとしていて、まるで瘴気に侵されたかのように濁っているように見えた。

 

 ブルりと彼女の体が一瞬震える。そして彼女は僕の指をくわえたまま、火照った顔をゆっくり上げて、その漆黒の瞳で僕を見つめた。

 

 僕はそらすことなくその瞳をじっと見つめ返すと、急に僕は彼女に抱き寄せられた。

 彼女の体は柔らかくて温かかった。僕が本気で振り払おうとしても多分振り払えないくらいの力であるのに、なぜか彼女の体は筋肉質ではなかった。

 

 僕の鼻が彼女のその美しい黒髪に触れる。つやがあって最高級シルクのようにサラサラでいつまでも触れていたくなってしまう。その髪からは女性特有の甘ったるい香りが僕の鼻から入り込み、体中を駆け巡り脳まで届いた。

「うぁ……」


 僕の口から声が漏れる。「ちゅ、ちゅ」と音を立てながら彼女は僕の指を舐める。そして血を吸いこもうとするが、僕に付けた傷は小さかった為、もう血が吸いだせないようだった。それでも彼女は僕の指を吸い続ける。


 不意に彼女の右手が僕の背中から離れ、横に掲げられた。僕は目線だけそちらに向けると、手の方向には、今まで見たこと無いような形相で僕達を見つめているエディスがいた。

 

 セラフィーナさんは腕を下ろし、もう一度僕の背中にまわすと右足で1度足踏みをする。すると僕たちを中心に魔力の竜巻が発生した。彼女から発生するのは、召喚時とは比較にならないくらい強い魔力だった。契約内容が書かれた紙が、机が、椅子が、エディスが壁まで吹き飛ばされる。いや、エディスは壁には衝突していない。この荒れ狂う魔力の渦の猛攻を何とか堪えたようだ。

 

 不意に僕と彼女を中心に、波紋が広がるように大きな魔法陣が浮かび上がる。それは僕がセラフィを召喚する為に作った魔法陣以上の大きさだった。

「チュバッ、はぁっ、んんっ」


 名残惜しそうに口と体を僕から離す。少し赤みがかった唾液が僕の指から、彼女の口に一本の線を作る。彼女はすぐに口を開けて僕の指に吸いつく。そしてその糸を舐めとると、今度こそ僕の指から口を離した。

「ダンジョン契約なんかでは無い、もっと深い……もっともっと深い契約をするのじゃ」

「けい、やく?」


 まるで僕の時間がゆっくりになっているようだった。彼女の言葉の理解に時間がかかる。

「さよう、契約じゃ。こなたはそなたと深い契約を結びたい。ダンジョンなぞで縛られることのない、より強い繋がりを持ちたい」


 体中が熱い。

 それは何かで満たされているようだった。何かと言われれば答えるのが難しいけれど、幸福と充実と甘美とほんの少しの焦燥と情熱的な何かだ。僕がこの世界に来て久しく経験していないモノで、相手から与えられるモノの中では最高の快楽であろう。

 

「僕も……君と契約を結びたい、でもより強いつながりって……」

「こなたに任せるのじゃ。決して悪いようにはしない」

 いつもだったらそんな言葉なんて絶対に信じないだろう。だけど何故だか分からないけれど僕は信じていいような気がした。体を包むなにかが、彼女を信頼しても大丈夫だと言っていた。

 

「契約条件はそなたとこなたの永続的な契約。何時何時いつなんどきであろうと、こなたはそなたの手となって、足となって、時には盾となってそなたの力となろう」


「僕は……」

 ぼくはなにを言えばいいんだ? 分からない、頭が上手く回転しない。なんだ? 包み込む彼女の何かが僕の中に入り込もうとしている。でも抵抗できない。まるで桃源郷にでも居るかのように心地いい。

 いや、もはや抵抗なんかしなくていい、このまま満たされたい。


「そなたはこなたの主。こなたをささげた主。そなたがする事はその温かな体でこなたを包み込み、導いてくれればそれでいい」

 僕は彼女の体に腕を回す。すると彼女は柔らかな笑みを浮かべ、小さく口を開いた。

「我君にこなたのいみなをささげよう。それを持ってこなたはそなたへ服従しよう」

「いみ……な?」


「そう、こなたの真の名前。セラフィーナもこなたの名前であるが、ソレは通称にすぎない。こなたの魂を縛る名前。それは『■■■■』。これはこなたの全てである。さあ、そなたの優美な声でこなたの名を呼び、契約を……」


 『■■■■』。鑑定結果では彼女の名前はセラフィーナだったはずだ。だけど『■■■■』を聞いた瞬間僕はそれが彼女の魂の名前だと直感した。何故だか分からなかったけど疑いはなかった。

 だから僕も彼女に教えなければならない。そう、思った。僕の本来の名前。日本で母に付けてもらったあの名前。

 

「●●●、僕は●●●。祖国で母に貰った名前だ……」

 彼女は何も言わず僕の目をただじっと見つめた。僕もそらすことはせず彼女のその漆黒の瞳を見つめた。

「こなた『■■■■』はそなた『●●●』の契約者となる。それは生涯不変で他者からの侵害を一切受けることをない、至高の契約とする」


 腕に力が入り、足元の魔法陣が魔力を得て光り輝く。辺りには高密度のマナがまるで蛍のように点灯消灯を繰り返し、ふわふわと漂う。

 

「こなたは誓う。●●●の契約者となり、そなたに服従しよう」

「僕は誓う。■■■■の契約者となろう、そして君を導こう」

「契約は相なった」


 ゆっくりと彼女の顔が僕の顔に近づく。彼女はただただ美しかった。その長いまつ毛も、その唇も、その鼻も。気がつけば僕は彼女とキスをしていた。その時間は一瞬だったかもしれないし、長時間だったかもしれない。


 その瞬間僕を優しく包み込んでいたその得体のしれない何かが、どっと僕の中に流れ込んできた。今なら分かる。これは彼女の魔力だ。人間やエルフなんかでは持ちえない、圧倒的な魔力。

 

 ゆっくりと彼女は僕から離れる。だけどこの僕に流れ込んでくる、この圧倒的な魔力は衰えることはなかった。それだけではない。僕の魔力が彼女にわたっている。

 彼女と僕に確かな線が繋がっていた。

 

 どうやら契約は成功したようだ。

 

 魔法陣が消えるのと同時に辺りを覆っていた魔力は霧散し、漂っていた光の粒も消えてしまった。

 契約は上手くいったものの、セラフィーナは僕から離れない。ゆっくりと彼女は近づいて……。


「せ、せらふぃーなさん?」

「セラフィで構わん、のう。ミヤジ」

「せ、セラフィ」

 彼女はまだ近づく。そして、僕の唇に……。

「いつまでしているんですかっ!」


 と、セラフィの頭に鉄拳が落ちる。セラフィは僕から離れると頭を抑え、拳を放ったエディスを睨みつけた。

「契約は、締結しました。ダンジョンマスターとして一般的なものではなく、な・ぜ・か! 個々の永続的な契約として締結しました」


 今度はぎろりと僕を睨みつけるエディス。顔は笑っている。わらっているのだけれどなぜか笑っていない。自分でも何言っているか分からない。普段は隠されている牙がむき出しになっていて、目が少し赤い。よくよく見て見れば、笑っているのは口元だけだった。

 

「ご主人様ぁぁ?」

 何故脅されているのだろう、いや、怒られているのか? よくわからない。契約はしっかりできたはずだから怒られる要素はない。

「は、はひ」

「ご、しゅ、じ、ん、さ、ま」


 エディスが僕のそばに来る。大きく見開かれ瞬き一つしないその目からは、エメラルドグリーンの瞳がじっと僕を映していた。僕の本能は逆らってはいけないと言っている。

「は、はははははぃぃぃぃい!」


 彼女は僕の両手を掴むと息がかかるぐらいにまで顔を寄せてくる。

 普段だったら胸を高鳴らせているだろうが、今は……一応高鳴ってはいるか。恐怖で。

「すぐにダンジョンを成長させましょう。そして早く私をA&A商会から買ってください。いや、買え。それは確定事項で最優先されるべきことです。良いですかぁぁぁぁぁっ!」


 え、エディスを買う? いやそれは……え?

「わ・た・し・を・買・っ・て・く・だ・さ・い・ま・す・よ・ね!!」

 だんだんと彼女の腕に力がこもり、ミシミシと僕の腕が悲鳴をあげる。


「わ、わかりましたあああああああ」

「ほほ、モテモテじゃのう、我が主は」

 それを遠目で見ていたセラフィは、笑いながらそう呟いた。

 

 

 こうして僕のダンジョン生活は幕を上げた。目的は最高のダンジョンを作ること、ではなくエディスを買うことに変ったが。


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■ヤガミダンジョン

 □ダンジョン評価(DR、ダンジョンランク):-(まだ稼働していません)

  ◇ダンジョンレベル(DL):1LV

  ◇ダンジョンコアレベル(DC):G

   ・ダンジョンコア処理能力(DCPC):C

   ・ダンジョンコア容量:G

  ◇ダンジョンポイント(DP):18600DP


エディス購入必要金額(DP換算):12460000DP

 

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