吸血狐と言う存在
僕やメイド達の部屋の設定をしているうちに、儀式場の作成が終わっていた。そのため僕とエディスはダンジョンコアをそのまま放置し、転移魔法陣で儀式場へ向かう。
儀式場は結構なDPを掛けただけあって、とても豪華だった。壁や地面は大理石で出来ていて、台座や装飾品にはブラックダイアモンドがふんだんに取り付けられている。もし此処が日本であるならば、このダイアモンド類を売り払えば一生遊んで暮らせるだろう。
とはいえ、一流ダンジョンで有ればこれくらいの儀式場は当り前だ。これくらいのなら僕も何度も見たことがあるし、これ以上のも見たことがある。エディスもこれ以上の儀式場をたくさん見た事があるだろう。
僕は辺りのマナを使って儀式場に召喚の魔法陣を描いていると、横ではエディスがシルクの布だったり、自動でサイズ調整される靴だったりポーションだったりを準備していた。
「ありがとう」
僕がそう言うと彼女は一礼し準備を再開する。
布や靴は召喚の際に必要ないかと思われがちだが、そうでもない。いつ、どこの、何が召喚されるか分からないのだから、水浴び中の女性を召喚してしまう可能性だってあるし、死にかけた妖怪を召喚してしまうこともあり得る。もちろん血気盛んなヤツを召喚してしまえばその場で戦闘もあり得る。
僕も何度も召喚に立ち会ったことがあるが、全裸の獣人女性が一度だけある。それはもともと裸で過ごす種族だったようで、僕が用意した布を渡したら何を思ったか顔を拭いていた。頼むから胸と股間隠してください。
「よし、書き終えたし召喚を始めたいんだけど、そっちも大丈夫かな?」
「ハイ、只今準備が終わりました。いつでもよろしいです」
僕は部屋に充満しているマナを集め、僕の魔力と結合させる。そして描いた魔法陣にその結合させた魔力を送り込むと、魔法陣を発動させた。
『――――』
瞬間、鈍い漆黒の光を放ち、混沌としたマナが魔法陣の中心から噴き出す。辺りにはまるで台風が直撃しているのではないかと錯覚するほどのマナの風が吹き荒れ、辺りには不気味な黒い雷が落ちる。
中心から噴き出していたマナは、ある程度部屋に充満したと思ったら、まるで強力な磁石に吸い寄せられる鉄クズのように中心へ集まった。集まったマナは粘土のように形を変え、龍のような姿を取る。
そして僕をのみ込もうとするかのように、大きく口を開いた。
「来るな、エディスっ!」
駆けだしそうだったエディスはその場に停止する。僕は少しだけホッとしたが、すぐに前方の龍に頭を切り替えた。
マナ龍の口内はまるでブラックホールだ。何もかもを飲みこんで、そしてその黒で存在さえも塗りつぶし消失させてしまいそうだった。僕の汗が目に入りそうだったが拭く余裕はなく、ただただ込める魔力の出力を上げ続ける。
「……下れっ! 我に、下れぇぇ!」
暴風にさらされながらも、僕は自身の魔力をその龍にぶち当てる。龍は微動だにせずその場で沈黙していたが、一瞬体がぶれるのを僕は見のがさなかった。僕はさらに自分の魔力を、マナの龍にぶつける。
これ以上はまずい、そう思ったときだった。龍の体が一瞬消えたかと思いきや、姿がだんだんと小さくなっていく。そして人間ほどの大きさになった時、そのマナはまるでここに何もなかったかのように霧散し、マナは空気中に溶け込んだ。それと同時に吹き荒れていた風も、雷も実を潜めていく。
マナ龍が霧散していくにつれ、僕は少しずつ現れる何かをじっと見つめていた。白に近い肌色に、何らかの布地が見えていることから、多分あれは僕が召喚した人だろう。もしくは人に近い何か。
コク、と唾を飲み込む。あれほどのマナ龍を作り出せる存在だ。そいつに強力な力があることは間違いない。
そして完全にマナ龍が消失して、残った少女を見て僕とエディスは
「…………あれ」
「…………まぁ」
その場で停止した。
マナ龍から現れたのは可愛らしい寝間着姿の女性だった。肩まで伸びたそのブラックダイヤモンドのように煌びやかな黒髪に、鏡で映したかのように左右均一な顔。彼女の頭にはまるで狐のような黒い耳が付いていて、腰にはよく手入れされている5本の黒い尻尾が生えている。それらは何かに反応しているのか、電波でも受け取ったのか、たまにぴくぴくとに動いていた。身長は160後半だろうか。
召喚された女性の美しさはエディスに劣らない。劣らないのだが……。
「何これ?」
僕はそれに向かって指を差す。
その女性は両腕両足で縦長の枕をギュッと抱きしめ、口を半開きにしながら眠っていた。口からは透明な液体が糸を引いていて、顔を動かしたり寝返りを打つたびにそれを拡散させている。汚い。なんだ、お前は子供か。いや子供でもこんな酷くはないと思う。
「んーもーじゅるじゅる、ふぇぇ、もう、食べられないのじゃ」
幸せそうに寝言を言う彼女の口からは、見覚えのある白く鋭利な牙が顔を出す。その牙はエディスの持っている吸血牙の様な……?
「あ、吸血牙ですか? ということは……これは凄いのを引きましたね? 吸血狐ですよ? それも5尾の」
寝ていることと涎を垂らしていることは見なかったことにしているのか、何事もなかったかのようにエディスは僕にそう言う。
「きゅうけつこ?」
執事隊に居た時はエディス先輩やフォルネウス先生らのもとで、種族の勉強したのだがそんなのは聞いたことがない。……え? 200年以上A&A商会で働いた僕が聞いたことがない?
「まぁA&Aでも今扱いは有りませんし、知らないのは無理も無いと思います。千年前なら扱いもあったかもしれませんが、今では超がつくほどレアです。私も見るのは初めてなぐらいです」
エディス先輩は500年以上前から、様々なダンジョンマスターや神のもとにメイドとして派遣された事がある筈だ。ちなみに年齢は彼女に聞いたことがない、むしろ聞けない。聞く勇気があるヤツは、魔法なしでマグマに飛びこめるヤツぐらいなものだ。
いや話を戻そう、そんな経験豊富な彼女が見たことがない? 何だそれは。
「レアですか。コレが? 強いんですか?」
僕は枕を抱きしめながら寝返りを打ち、涎をまきちらした彼女を指さす。おい止めてくれないか、作成したばかりの部屋が汚れてしまう。
「強いも何も、化物ですよ? 成長しきればA&A商会でもトップクラスの強さになるのではないでしょうか?」
「ぇ? 悪魔のフォルネウス先生や鵺のミカン先輩、僕よりもですか?」
フォルネウス先生は僕にとってA&Aでの恩人だった。悪魔の中でも上位の強さがあり、地獄の門番と言われる魔獣ケロべロスとの戦闘では、ケロべロスを圧倒して居る所を見たことがある。また頭の回転がとても速く、仕事でもとても頼りになる先輩だった。仕事となると厳しい人だけど、プライベートだと凄く優しいから僕みたいにファンも多い。
ミカン先輩は鵺と呼ばれる妖怪で、パッと見は可愛らしい女の子(ようじょ)である。だけど騙されてはいけない。彼女は戦闘モードになると、体がトラ、尻尾が蛇、頭がタカへと変化し、翼が生える。背丈も僕なんかをゆうに超え、3メートル近くになるだろうか。変身後はとても恐く見えるが、内面は変身前と変わらず心優しい女の子だ。仲良くなってからは、一緒に遊んだり変身後の背中に乗せてもらったりした。
「ミカンはまちがいなく負けますね。ご主人様は……本気を出されればあるいは。フォルネウス統括長なら勝てるでしょう。ですが七尾以降まで成長してしまえば負けることもあるかもしれません」
「そ、そんなに強いんですか……これが?」
「ふみゃぁっぁ、仕方がないのぉぉぁぁじゅるっ」
そう言って大きく口をひらくと枕にかぶりつく彼女。
僕たちの間に訪れる沈黙。
思わずエディスと顔を見合わせる。
「……えっ、ええーと。吸血鬼と属性狐を足して二で割らなかった感じと伝えれば、ご主人様もイメージはつかめるでしょうか?」
どうやらエディスは先ほどの事も見なかったことにしたようだ。
「え゛え゛? それ一つだけでもかなりの強さじゃないですか、それ足して割らないって相当じゃないか!?」
エディスはダンジョンコアのリモート画面を開き何やら操作をする。どうやらスキャン機能を使い、この吸血狐の詳細を鑑定しているようだ。
「実は数千年前にその強さに恐れを抱いた天使族と悪魔族で共同狩りがあったんです。そのせいで数が減ってしまって、もう純血はゼロ。多種族との混血も殆ど残っていない、と聞いていましたが。……どうやら彼女は純血の様ですね」
僕は彼女が見ている画面を後ろから覗き込む。確かに種族には吸血狐のみ書かれている。と言うことは混じりけがないのだろう。名前は『セラフィーナ』そして属性は属性狐としてはメジャーな『火雷』、そして『闇』をもつようだ。一応『風水土』魔法も使えるらしい。ほぼ全属性じゃないか。LVは……よっぽど高いのだろう。僕でも見ることは出来なかった。
メニューから顔をそらし、眠っているセラフィーナさんを見つめる。彼女の見た目は十代後半くらいだろうか。硬い大理石で出来た床で眠っているのだが、このままだと床のせいで体を痛めそうだ。あ、いま寝返りうった時に頭を黒水晶にぶつけたけれど……。
頭をぶつけたことで目が覚めたのか、彼女は頭を右手で抑えながらゆっくりと起き上がる。半眼でキョロキョロ辺りを見回して……どうやら自分の元居た場所ではないことに気が付いたようだ。
半開きだった目が大きく開いて、耳としっぽがピンと立つ。彼女は僕たちを見つけた事と足元の魔法陣を読みとって自分が呼び出されたのを理解したのだろう。今度はすぐに身だしなみを整えようとしてるが、パジャマであることに気がついて絶望してるようだ。少し葛藤していたようだけど彼女の中で諦める結論だ出たのか、ほこりを払うだけにとどめてこちらに向き直った。
「そちか? こなたの眠りを妨げる下郎は? しかも攻撃までするとはのう」
そう言ってキリッとドヤ顔を決める。だけど口元には涎の跡があるし、パジャマにはシミが出来てる。汚い。
それと僕たちは呼び出しはしたが、眠りを妨げたわけではない。こっち来ても涎をまきちらしながら、グースカ寝ていたではないか。その涎を誰が片づけると思ってるんだろうか。それに攻撃されたって言っているが、寝返りして黒水晶に頭をぶつけただろう。つか、未だに涎が糸を引いているせいで会話に集中できないのだけど。
僕は視線をエディスに向ける。彼女は何も言わなかったけど、目が語っていた。『貴方が言ってください。呼び出したのあなたでしょう』と。
「え、えと」
僕は自分の口元を指でさすとセラフィーナさんは最初理解できなかったのか、きょとんとしていた。少しして彼女が指摘されたのが自分の頬だと言うことに気が付き、頬に手を這わせる。そして涎が付いていることに気が付いたのか、慌てて袖で口周りを拭った。
そして小さく咳払いすると、茹でダコのように真っ赤な顔で僕たちを睨みつけた。
「……そちか? こなたの眠りを妨げる下郎は?」
そんな言葉使いしたって、もう威厳なんて皆無である。いや、最初から無かったか。それに女性的膨らみの少し上あたりには、先ほどの涎で出来た染みが広がっている。
セラフィーナさんは僕の視線が自分ではなくパジャマに注がれた事に気が付いたのか、視線をパジャマに移す。そしてそのシミを見つけ、慌ててなんとかしようとしたが、どうもできなかったようだ。手で隠しながら上目づかいでこちらを見つめてくる。
だけど僕もエディスも憐みの目で見ていることに気が付いたのか、彼女はその場に崩れ落ちた。
「こなたの、負けじゃ……! 煮るなり、焼くなり、好きにせい」
なんだかよくわからないけれど、僕は彼女に勝利したようだ。




