後日談② エヴァエルの答え
ミヤジ様はグラスを握りしめ、大きくため息をつく。
「うわあ、まあその通りなんだけどさ……それ本人の前で言わないでよ、恥ずかしいじゃん」
「良いではありませんか。それで?」
そう言うとミヤジ様は露骨に嫌そうな顔をした。
「えー話さないと駄目? 口止めはされてないけど、言っちゃだめな空気って有るじゃないか」
「エヴァエルさんはそれで悩んでるんです。話してください」
セツカさんは結構強引だ。いいずらそうなことをずばずばミヤジ様に聞いていく。少し酔っているからずばずば言えているだけなのかもしれないが。
「うーん……どうしようかな」
だけどできることなら私は教えてほしい。何故私がダンジョンに派遣されたのかずっと気になっていたのだから。
私がなにも言わずにじっとミヤジ様を見つめていると、彼は大きくため息をついた。
「仕方ないな。僕が聞いた限りだとエヴァエルの移動は罰でも何でもないよ。そもそもたった1回のミスで辞めさせるわけないじゃないか。君の周りにはもっとミスする天使だっていたでしょ。だけど彼女たちはお付きを辞めていない」
「確かに……スナック菓子召喚天使はよく間違えてしまうのに、解雇されませんね……」
言われてみればスナック菓子を召喚する係の天使クルエルは、よく『コンポタ』じゃなくて『のりしお』を召喚してしまうが解雇されていない。
「ああ~それクルエルちゃんでしょ。此処だけの話だけど、あの天使、実はわざと間違えて召喚しているんだよね」
なんだって? クルエルちゃん? あの無愛想眼鏡デコで、友人の居なさそうな天使クルエルだよな? あいつはわざと間違えていた!?
「あれ、知らなかった? 自分が食べたいからわざと間違えて召喚してるんだよ」
「……いま初めて知りました」
「はは、なら次会ったときに脅すと良いよ。他の天使にばらされたくなければ私にのりしおを寄こせと。すっごい嫌そうな顔するけどくれるから」
アイツ……まれに歯に海苔がついていると思ったらそんなものを食べていたのか……!
「まぁアマテラス様も知って見逃しているようだし、注意はしなくていいと思うよ」
「はあ、分かりました……」
私がそう言うとセツカさんはこほんと小さく咳払いをした。
「でもこれで確証が得られましたね。エヴァエルさんが罰でミヤジ様のもとにおくられた事ではないことが。私にしてみれば罰どころかご褒美ですのに!」
「はっはっはー。セツカはお世辞がうまいな」
いや、セツカさんはお世辞じゃなくて、心からそう思っているだろう。
「いやでも、失礼ですが人間の下につかさせられるだなんて思っても居なかったので……てっきり罰なのかと」
と、私がそう言うとセツカさんとミヤジ様は顔にはてなマークを浮かべた。
「あら……」
「え、うそ?」
二人は口を半開きにしたまま顔を見合わせる。
「二人ともどうされたのですか?」
「いや、だとしたらアマテラス様伝え忘れたのかな。あの人結構うっかりでやらかすし」
「その可能性はありますね。伝えていたと思っていたかもしれません……」
「あの、どう言うことでしょうか?」
二人と私の間に溝が有るようで、話が繋がらない。一体どう言う事なんだ?
「いやなに。僕は人間であるけど、半分神なんだ」
頭のなかでミヤジ様の言葉を咀嚼する。へぇ神か。……って神だと!?
「え、そんなまさか!?」
そ、そそそそんなのアマテラス様から一言も聞いていないぞ!? 半分神って、私なんかより何百倍も目上のお方ではないか!?
「一応、下級神候補なんだけどね……まだ至るつもりは無いけど」
下級神候補ぉぉ? じゃぁこのお方はもうすぐ正式な神に至る者だと言うのか!? ちょっとまて。それに『まだ至るつもりは無い』って、まるでいつでも至れるような口ぶりじゃないか!
「え、そんな、まさか?」
あれ、私は下級神候補様にどういった対応を取っていた? 私はいくつ失礼なことをした? 数え切れないぐらいしたんじゃないか!?
「おーい……信じてくれよう。第一アマテラス様が変な所に自分のヴァルキリーを派遣したりしないよ。特にお付きになるほどのヴァルキリーにはね」
「あら、ミヤジ様の所はある意味変なところではございませんか」
そうセツカさんが言うとミヤジ様は一本とられたとばかりに頭を抑えた。
「ぐ、ぐぬぬ。それは否定できないね、じゃぁ稀にあるってことで」
ど、どうすればいい。今までの非礼を詫びた方がいいのか? 確実にそうだ。下級神に至られたら、私も彼の下で働くことだってあり得る。ダンジョンを見て分かる通り、彼はアマテラス派なのだから。
「あ、あのミヤジ様」
「ん、どうしたんだい、急に畏まって?」
私は立ち上がり姿勢を正す。そして頭を下げた。
「いままで大変失礼な対応を――」
「あーまったまった。僕はまだ至ってないしそう言った話は止めてくれないか。何だかむずがゆいんだよね」
「いえ、しかし……」
私はミヤジ様に引っ張られるように椅子に座らせられる。そしてお酒を次いで私の前に置いた。
「じゃぁさ、たとえばセツカが急に敬語と絶対的な服従をし始めたらどうする? 困るだろう?」
まぁそんなことはあり得ないけど、確かに困ってしそうではある。
「それと同じだよ。僕は今までの方がいいし。むしろもっと砕けた対応でいいよ。特にこう言った場ではね。でも普段は敬語で頼むよ? アマテラス様の前ではいいけど、フォルネウス様の前でやったら大変なことになるし」
私は次いでいただいたお酒を飲み込むと、小さくうなづく。確かにお酒の場でする事ではなかったかもしれない。私は注がれたお酒をぐっと飲み込んだ。思ったより度数が高かったようで私の喉が少しだけひりひりした。
ああ、このまま酔って全てを忘れてしまいたいな……。
「あらあら、まぁまぁ。こちらには『清酒・鬼潰し』まで扱っているのですね! 素敵ですわ!」
不意にセツカさんが嬉しそうにそんな事を言った。彼女が言っているのは多分ヤマト国で生産されている米酒だろう。
「うん、良い所に目を付けたね。実はその辺りのはヤマトから僕が取り寄せたんだ、エヴァエルは飲んだ事あるかい?」
一応アマテラス様に献上された物を飲んだことが有る。いや飲まされたと言うべきか。あの時は泥酔したアマテラス様が暴走し、大変だったことを覚えている。
「アマテラス様から頂戴したことがあります」
私は注がれたそれを受け取ると、口をつける。酔いが回っている所為か、味はよくわからなかった。多分、少し甘いだろうか。飲みやすくいくらでも飲めてしまいそうだ。
「ああ、そうだ。話を変えて悪いけど、言っておかなきゃいけないことがあった。エヴァエルの気にしていたあの少女なんだけどね、無事にA&Aに入会したみたいだよ」
「先ほどセツカさんからお聞きしました。ありがとうございます」
「いやいや、お礼を言われる事じゃないんだけど。僕がしたかった事をしただけだし」
「それでもです」
「いやいや……」
このままグダグダと会話が続くかのように思ったが、不意にセツカさんが何かを思い出したかのように声を上げたことで、私たちの会話が途切れる。
「ああ、そう言えばミヤジ様。わたくしお聞き致しましたよ! ダンジョンマスター蹴り飛ばして昏倒させたとか!」
「あーやっちゃったやつね」
ミヤジ様は苦笑いを浮かべながら、グラスを傾ける。
「蹴り飛ばしたのは……やはりその奴隷の為に……ですか?」
「奴隷の為はもちろんそれもある。だけどね一番の理由は違う」
恥ずかしそうに頬を染めながら彼は口を開いた。
「えっと、そのだね。…………実はただ単にアイツを蹴りたかったんだ」
「ふふ、ふふふふっ」
それを聞いてすぐにセツカさんが笑いだす。するとミヤジ様は慌てた様子で言葉を付け足した。
「だ、だってムカつくじゃないか。しっかり働いている少女をぶん殴るしセラフィやエヴァエルに対して失礼な事を言うし。ああ、エヴァエルにはゴメンね」
「え、どうして私に謝るのですか?」
「本当は殴りたかっただろうに、僕が止めちゃったでしょ?」
確かに私は一度殴りそうになって、ミヤジ様に止められた。でもあそこで殴っていたらミヤジ様の立場が悪くなっていた筈だ。だから悪いのは私の方なのだ。
「いえ、それは私が……」
「本当はね、僕もあの時殴りたかったんだ。でもね正当防衛にならないから、あの時はだめだったんだ。殴ってたらダンジョンバトルが僕の負けになってた可能性だってあったし。だからどうしても殴ることは出来なかった。でもさ」
苦笑いしながら彼は言う。
「最後に僕がエヴァエルの分もやっといたから、それで手を打ってくれないかな」
私はじっと彼の事を見つめる。それも彼の奥底にある魂を。
(ああ、なんて綺麗な魂なのだ……!)
彼は強すぎるため、普段は見ること叶わない筈の魂が今はしっかりと見える。多分だが今は心を解放している状態なのだろう。
(これがミヤジ様の魂。温かくて綺麗で美しい)
その光で私を照らしてほしい。私の体が熱いなにかに満たされ、意識が段々と沈んでいく。
この人についていこう。薄れゆく意識の中で私はそう思った。




