第五階層 - 紅蓮の王者 - 全てを焼き尽くすその業火。後には何も残らない。
「あれ、もう最後の階層か。思ったよりも早かったね」
俺は優男に対して何も言わなかった。ストレスのはけ口が見つからなかったので、とりあえず隣に居る奴隷を殴って自分を落ち着かせる。
「あん? どうかしたのかよ?」
俺が奴隷を殴っていると、優男の隣に居た天使がピクリと反応した。それと同時に優男は天使の手をぎゅっと掴む。
(ふぅん。この天使はアレか、まだ慣れていないのか?)
多分この天使はまだ奴隷の扱いに慣れていないのだろう。天使には多い傾向らしいが、奴隷を道具のように使うことに、良い感覚を得ないらしい。その気持ちは俺には全く分からない。奴隷なんてものは道具だろ?
そんな事より、次の階層だ。
- 第五階層、紅蓮の王者 -
ふと俺が画面を見つめると、そこでは次の階層へ進んだセラフィが顔をしかめた所だった。
「なんじゃ此処は?」
第五階層は非常にシンプルだ。ダンジョンコアのデフォルト設定で作られる大部屋。ダンジョンマスターならだれでも作れる大部屋。飾りなんてものは無い。シンプルイズザベスト。何も障害物の無い此処では力と力が直接ぶつかり合う。
「ほう、つまらん部屋じゃのう」
つまらねぇ事を言ってないでさっさと進め。そして殺されろ。此処のボスは先の階層と一味違うぞ。どれくらいの違いかと言えば、第一階層から第四階層全てのモンスターと、第五階層のモンスターを戦わせれば、第五階層のモンスターが圧勝するくらいに。
セラフィが既に見えている階段に向かって歩く。此処では初期状態から、つまりボスを倒さずとも階段が存在している。
彼女がフロアの中心まで歩いた時だった。急に入ってきた門と階段の前の門がしまったのは。
「ほう、来るか。それもなかなかイキが良さそうなのが」
今までの魔法陣の中で一番大きな魔法陣が扉の前に作られる。そいつの魔力が魔法陣からあふれ、熱波となってセラフィに襲いかかる。
「心地よい風じゃ。ならば、少し期待しても良いかもしれんのう」
ああ、期待してていいぞ。それはいずれ絶望に変わる。次のヤツは俺のダンジョン最強のモンスター。その余裕、いつまで持つか。
魔法陣が大きく光り輝いた時だった。室内の温度が上昇し、まるで太陽に照らされているかのように辺りが明るくなる。
そしてそいつは魔法陣からゆっくりその姿を現していく。
黒みがかった赤色の翼と鱗に、セラフィの身長以上の尻尾。岩石ですら難なく切り裂くであろう鋭利な爪、ミスリルをも砕く強靭な顎と牙。そしてその深紅の瞳。
そいつは自身の翼をはためかせ、宙へ浮く。そして口から真っ赤な火炎を吐きだした。
― 第五階層 ボス ― ファイアドレイク
天空の王と形容しても良いだろう、その圧倒的な姿。赤黒い鱗、大きな2対の羽根と、太く硬い尻尾、そして光を反射する爪や牙を持ち、大空を悠々と舞うドラゴン。
その鋭利な爪はたとえ鉄の防具でも簡単に切り裂き、中の人に甚大な被害をもたらす。
その強靭な顎は鉄よりもさらに硬く、魔力を纏ったミスリルでさえも砕く。人間なぞ抵抗する事すらできず食われる。
また、その赤黒い鱗は斬撃をもろともせず、打撃を跳ね返し、炎や冷気を遮断する。吹きつける風や雷だってその体に傷を付けることは出来ない。
そして吐く灼熱の息は、生半可な装備なんて瞬時に焼き尽くし、後には何も残らない。
挑んできた全ての冒険者たちは、このファイアドレイクにやられ、死亡していった。
たとえどんなに攻撃が強かろうと、上空から火炎を当てられれば、なすすべなく死んでいく。
たとえ炎を無効化する装備をしていたとしても、その圧倒的なパワーの腕と爪で、装備ごと切り裂かれるだろう。
さあ、ファイアドレイクよ。その女を焼き尽くせ。そしてお前がここで一番強いことを証明するんだ!
ファイアドレイクは飛行したまま、大きく息を吸い込む。すると辺りに浮遊していたマナがファイアドレイクに吸い込まれていく。
「焼き尽くせ!」
俺の叫び声と同時に辺りにいくつもの魔法陣が浮かび上がる。そしてファイアドレイクは口を開いた。
全てを焼き尽くさんとするその業火がファイアドレイクの口から放たれる。その熱量のせいで画面がぼやけ、映像がぶれる。
セラフィはその熱量の前でも、その場から動こうとしなかった。それほどまで自分に自信が有るのだろうか。だがこいつは今までとは桁が違う。さあ、自らの力に慢心したクソアマめ。自分の愚かな選択に後悔するがいい!
セラフィは不敵な笑みを浮かべたままその炎を受ける。画面上はもう炎で一杯になり、セラフィの姿は見えない。
どれだけ力があろうと、どれだけ物理的耐久があろうと、この炎に巻かれてしまえばおしまいだ。
それから彼女は何秒その炎に巻かれていただろうか? もう骨も残さず燃え尽きてしまったのかもしれない。
(完全に消滅させたか。まぁ仕方がないな………………って、おい。おいおいおいおいおいおい)
「う、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーー!」
炎の中で何かがきらりと光る。それは黒い髪に差さっていた髪飾りのようだった。
だんだんと炎の勢いが弱まり、視界がクリアになっていく。ファイアドレイクが吐きだした炎の直撃地点、そこではセラフィが悠然と立っていた。
「なかなかいい炎じゃったが、防御の必要は無かったのう」
セラフィの周りは焼け焦げ真っ黒になっていると言うのに、彼女だけは燃えた様子は一切ない。その髪もその服もその肌もその足も。煤一つすらない。美しいままだ。
(あ、俺はいま何を考えた? 美しい? アレが? どこがだ!?)
あんなのはただの化物だ。疾風に反応し、大多数の的敵を前に圧倒し、再生が追いつかないほどの神速の攻撃をして、鉄の塊にすら打ち負けない。更には紅蓮の炎ですら彼女に効くことは無い。
ファイアドレイクは炎が効かなかったためか、降下しその爪でセラフィを攻撃する。
(ああ、だめだそんな攻撃効きはしない)
勢いよく放たれた爪はセラフィに当たることは無かった。それどころかファイアドレイクの腕はセラフィの真上に飛んで行った。
「GYAAAAaaaaaa」
ファイアドレイクは叫び声を上げ、地面に落ちる。
セラフィは空から降ってくる自分の体以上のファイアドレイクの手をキャッチすると、大きく口を開く。そこには2本の鋭い牙が見えた。その牙を俺は以前見たことがある。
「な、なんだあの牙は!? ま、まさかこいつ、属性狐じゃなくてヴァンパイアだったのか!?」
ヴァンパイアと言えばグレイトロル以上の再生力を持つモンスターだ。たとえ腕をもがれようと足を失おうと、一瞬で復活し何事もなかったかのように振る舞うだろう。
セラフィはそのままファイアドレイクの肉にかぶりついた。するとどうしたことだろうか。彼女の周りに赤いマナがふわふわと漂っていく。
「かぁー、思うていたよりも美味くないのう。やはりミヤジのが一番じゃぁ」
彼女はその腕をポイと放り投げる。その腕は勢いよく壁に激突し、グシャリと音をたてながらそこに落ちた。
「GYAAAAaaaaaa」
まだファイアドレイクの目は死んでいない。腕から大量の血を流しながらも、鋭い瞳でセラフィを睨みつける。
(もういい。もういいぞ、逃げろ、逃げるしかない。もう、おしまいだ)
俺は俺は頭を抱えながら、ソファに深く腰掛ける。
俺はこのバトルにほぼ全てのDPを賭けた。どうせ勝てると踏んでいたが、このザマだ。
どうする。このバトルに負けたら大変なことになるぞ!?
まずダンジョンを維持するDPを払えない。するとダンジョンの崩落が始まる。ダンジョンの崩落が始まってしまうとダンジョンコアにロックがかかり、一部の操作意外が全て出来なくなる。
それだけじゃない。自動無限召喚機能を使っているフロアのモンスターは、全て一瞬で消えてしまう。幸いボスモンスターはその設定ではない為消えるわけではないが、もはやダンジョンというよりボスがいるだけの洞窟に変ってしまう。それ以前に冒険者たちはダンジョンにすら入れなくなってしまうことだってある。
(ヤバいヤバい。このままだと俺のダンジョンマスター人生が終わる)
そしてDPを払えない日が三日を超すとダンジョンは完全に崩壊し、ダンジョンコアは俺をマスターから外し、フリーダンジョンコアになる。できたてのフリーダンジョンコアは高値で誰かに取引されるだろう。
(いやだ、おれはこの生活を止めたくない!)
画面上から大きな叫び声が聞こえる。
そこにはファイアドレイクが腕を失いながらもセラフィに挑む姿が映し出されていた。
「ふむ、弱い…………がしかしその意気はたいそう気に行った。こなたは気にいったぞ。小童にしてはなかなかいいモンスターを連れているではないか」
ファイアドレイクは火炎を吐く。だけどセラフィは意にも返さず、手を組んでその場に立ち続ける。どんなに火を浴びせたって体や服に焦げ目がつくことは無い。
「その胆力に免じて一撃だけ隙を見せてやろう。今できるお主の最高の攻撃を見せて見よ!」
そう言って彼女は手招きをする。ファイアドレイクは言葉を理解したのか、大きく羽ばたき、天井近くまで飛びあがる。そして俺も今まで見たことのない速さで飛行しセラフィに向かって突撃する。
「GYAAAAaaaaaa」
大きく開いた口。きらめく白銀の牙。ミスリルですら砕くその牙がセラフィを襲う。彼女はただその場に突っ立っているだけだ。
映像が一瞬ぶれ、まるで星が爆発したかのような激突音がフロア中に轟いた。
「良い攻撃じゃったぞ。……もう休め」
セラフィは無傷だった。あの速さであの牙に直撃したと言うのに、セラフィはかすり傷一つない。だけどファイアドレイクは甚大な被害を負っていた。
「ギャァァァァ!」
ぽと、ぼと、とファイアドレイクの牙がセラフィの足元に落ちる。良く見ればファイアドレイクの牙が折れているではないか。
「ガ、ガガ……」
ファイアドレイクは折れてしまっているというのに、一心不乱にセラフィを噛み続ける。
セラフィはあれだけの攻撃を回避することなく、防御することなく、一歩たりとも動くことなく受け止めた。今なお強靭な顎に挟まれている筈なのに、苦痛の表情一つ見せない。
スッとセラフィが手を動かす。それだけでファイアドレイクの頭と胴体は別れ、その場に崩れ落ちた。ファイアドレイクにはダンジョンコアで保険をかけているため、このバトルが終われば復活する。しかし復活した所で意味は無い。
(もう、おしまいだ)
ファイアドレイクは負け、セラフィはダンジョンを攻略したからだ。もうすぐ俺の負けが確定しDPが消えるだろう。そしてダンジョン維持のためのDPが無くなり、ダンジョンロックされてしまう。
(どうする、どうするどうするどうするどうする!)
こうなったら、あの手段を実行するしかない。
あの優男を殺してバトル自体を無効にさせるしかない。もう。それしか手はねぇ。




