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夕日に変わり始める光の中で、イーシュは自分の目で見、感じたもの、それに人づてに聞いたものを語った。
部屋に入ってから、まだ半刻も経っていない。高い場所にある部屋の窓の遥か下で、誰かがおしゃべりに沸いているらしい声が、話し始めた時と変わらず静かなこの部屋にも届いていた。
「その次の日の朝からでした。ライオルが野原や孤児院の庭先で素振りや走りこみを行っていることに気づいたのは……。きっと、孤児院に来る前から鍛錬を重ねていたのでしょうね」
「んっ……うん……」
イーシュに出されたお茶に口をつけていたベルンが、軽くむせこむ。そうしてぎくしゃくした動きでカップを脇の小さな丸テーブルの上に降ろした。
ベルンは未だにライオルの嘘を信じているイーシュに真実を告げるか否か迷ったのだろう。しかし、留まった。
「……ああ、そうかもな」
そうして微笑む。
知らなくていいこともある。
“すでにこの世にいない者の思い出は、どこまでも美しく”
ベルンは無理に浮かべた作り笑いの中に、その、もうひとつの言葉を永遠に閉じ込めた。
イーシュは微笑む。ベルンの心中など知る由もない。
「その後、お館の門兵に剣を教えていただけるようになったとライオルから聞きました。……嬉しそうでした」
そう言うイーシュも、過去のことながら顔をほころばせた。ベルンの顔も弛む。知っている、という顔だ。
「……あいつか。」
「ああ、そうでしたね。彼もあなたの剣の弟子でしたね」
「まあな。……あいつ、初めはライオルを相手してやるのはお勤めの合間の遊び半分だったらしいが……いつしか本当の訓練というものに変わっていったと、ずいぶん経ってから聞いたな」
「ライオルは熱心でしたからね」
「ああ、それがあいつの心を動かしたんだろ。それで、最終的にはもっと鍛えてやりたくなって、俺に紹介してきたんだろうな」
ふいにベルンが目頭を押さえる。
ライオルと同じに、この門兵も、すでにこの世にいなかったからだ。二人の思い出が一挙にベルンの中に去来したのだ。
しばらく硬く身動きを殺していた兵士だったが、間もなくそれは振り払われた。押さえて圧迫されていた目頭が赤い。
「しっかし、あんたの話聞いてるとライオルって奴は憎ったらしいガキだったんだなあ。俺のとこに来た時もそうだと思ったんだが、それでもすいぶんましになっていたなんてなあ……。知らなかった。それでもそうとう絞ったんだぜ?」
「ふふ……でもめげなかったでしょう? ライオルは」
イーシュがどこか嬉しそうに微笑む。
「ああ。それがまた憎たらしくてな。無駄にこき使った」
ベルンも笑った。そこがライオルのライオルらしさでもあったらしい。
それを分かち合えたのが嬉しかったのか、どこか満足げなイーシュは手元の小剣の鞘を撫でた。その元の持ち主の在りし日を思い出す助けにするように。
「それも役に立ったと思いますよ。最後に会った時の彼は、顔立ちこそ昔のままでしたが、目つきや体つきはまるで違っていましたから。立派な剣士の姿でした」
穏やかな顔でベルンが頷く。
普段は煙草を吸うのだろうか。ベルンの手がそのように動いたが、イーシュが気が付く前に隠すように止めた。神職の者の部屋で吸うべきものではない。それに、きっとイーシュは「どうぞ、お構いなく」と言うに違いないだろうことも、おそらくベルンの手を止めさせたのだろう。
「そうだ、あの、お館の門まわりで稽古してたライオルが一時期名物になってたのを知ってるか? 森の旦那様もご覧になっていたんだぜ?」
イーシュの顔に、心なしかぱっと赤みが差す。
「そうなんですか? 旦那様の目には止まっていたとは伺ったことがありますが……名物ですか。それは知りませんでした。……本当にライオルは頑張っていたんですね。偉いですよね。私は山に登っていただけですが、あの頃から夢を叶えるために自発的に鍛錬なんて……」
ライオルのとっさの嘘だと知らないイーシュはまだ言う。
ベルンがむずがゆそうに身をよじった。
「続きを話してくれ」
「まだ昔話にお付き合いくださいますか?」
「ああ。できたら今度はあんたの話をしてくれ」
兵士は奥で何かを耐えている。口が動けばつい本当のことを話してしまいそうなのだろう。
内容まではわからずとも堪えているのを察したイーシュは、ベルンの希望に応えた。
「わかりました。それでは……そう。故郷の西津森のお館で意外な方にお会いしたこともありました。あれは、私が巫女を目指し神官見習いになってから二年目のことでした――」




