第8話 少年神のお仕事
その夜、夕食を終えた女装男子と女子大生は、廊下の壁際に佇んでいた。
ルナが清掃にかかりきりのため、二人は自然と行動を共にしていた。
「お兄さんの彼女さんってどんな人なんですか?」
「えーっと……」
女装男子は一生懸命、言葉を選ぼうとした。
だが結局、今回のお相手のことを彼自身もよく知らない。
セフレ以上、彼女未満。
顔はかわいい。体は綺麗。多分、年上。
コスプレが好きで、多分、自分以外にもたくさんの男がいる。
知っていることを並べると、ろくな情報がなかった。
「そんな感じかな……」
「やっぱり、そんなもんなんですね。男の人と女の人の関係って……」
女子大生の目は、世間に、性に、男女関係そのものに失望しているようだった。
「いや、ちゃんと付き合ってる人もいっぱいいるよ。ほら、吉鷹君だっけ? その子はどんな子なんだい?」
「サークルが一緒の人で、足が速いんです」
「それ、小学生の基準だよね!」
思わず声が大きくなる。
目の前の女の子はまだまだ幼い。
そんなに焦らなくても、もっと普通の恋を楽しめるだろうに。
「もし戻れたら、もうアプリでおじさんと会うようなことしちゃだめだよ」
「でも、まだだって、遅れてるって馬鹿にされるじゃないですか……」
「そしたらさ、嘘ついちゃいなよ」
「嘘?」
「俺が彼氏のふりするし、友達が知らないようなこと教えてあげるからさ。そういうの一つ二つ話せたら『通』っぽく見えるでしょ」
「……バレませんか?」
「多分イケる。それに友達の何人かは、自分も経験した側だって絶対嘘ついてるよ」
「ほんとに?」
「経験したからって顔に『済』のハンコ押されるわけじゃないでしょ?」
女子大生が小さく吹き出した。
「ふふっ」
ようやくの笑顔だった。
「じゃあ、そうしてください。私の連絡先教えますね」
「うん」
怪異も、花嫁候補も関係ない。
年の離れた兄妹みたいな会話が、静かな夜の廊下で交わされていた。
一方、その頃、ルナの脳内でやかましくしていたシェルトドーガ本体は――。
普段、好き勝手に過ごしている原初のビーストといえど、定期的にやる仕事は存在した。
自分を崇め奉る氏子一族との付き合いだ。
200年前から姿が変わらない、救世の少年。
氏子一族にとって彼は正真正銘の神であり、守護者であり、時には災害対策そのものでもある。
だからこそ放置もできない。
古くから続く儀式への顔出し。
依頼された怪異の討伐。
祝い事への参加。
氏子同士の揉め事への仲裁。
「神が一言おっしゃれば収まりますので」
そんな理由で呼び出されることも珍しくなかった。
そして――
「ぜひ我が家の娘を」
「うちの孫娘などいかがでしょう」
「あなた様のために生まれてきたような娘です」
定例行事のように花嫁候補者たちが紹介される。
娘たちは皆、着飾っている。
ここで神に選ばれれば、一族最大の誉れだ。
そのために幼い頃から礼法を学び、料理を覚え、教養を身につけてきた者も少なくない。
一族の老人たちは期待に満ちた目を向けている。
大広間には豪華な料理が並ぶ。
酒も悪くない。
娘を見る。
老人を見る。
全員の期待がうるさい。
(帰りたい)
「まだ乾杯も終わっておりません」
正面では一人の娘が必死に趣味や特技を語っている。
可愛いとは思う。
だが内容が頭に入ってこない。
「趣味がお変わりになりましたか? 以前はその、胸のたわわな娘を好んでおられましたゆえ」
権力を持つ老女が尋ねる。
「最近のお好みはいかがでしょう?」
娘たちの背筋が一斉に伸びた。
どんな外見を求める?
気に入りの年齢は?
色香を求めるのか?
清純を求めるのか?
やはり同じビーストの能力を持つ娘がよいのではないか?
「ちんちんを見せると動揺する子」
娘たちは困惑した。
ビーストは精力旺盛と聞いていたが、そういう意味なのだろうか。
「ホホホ……それならば、ここにいる娘たちは皆、頬を染めましょう。のぅ?」
「ニュアンスがなんか違う。うまく言えないから困る」
指をくるくる回しながら、心のうちを形にすべく言葉を探す。
不意に、脳裏であの金髪が微笑んだ。
『そこの娘さんなんていいんじゃないのかな?』
イマジナリールナが熱心に女の子を勧めてくる。
出会ってからまだ日は浅い。
だが、なんだか気になる女だった。
『お料理全部おいしそうだよ。食べないのかな?』
そういえば――
この間、ギャンブルで大負けした大家さんに2か月分の家賃を先払いさせられ、無一文だと言っていた。
水だけで生きていく予定なんだ。
そう言って、しょんぼりしていた。
老人たちは次々と娘を薦める。
書道。
茶道。
華道。
武芸。
学問。
家柄。
どれも立派だった。
一族が理想とする花嫁候補の姿だった
だが、頭の中では別の声が喋っていた。
『その赤いお餅はなにが入ってるのかな? 苺かな? トマトかな?』
「……それ、持ち帰っていい?」
「どの娘でございましょうか!!!!!!」
面倒くさいなと思いつつも、頭の中に浮かぶのは、餅を抱えて嬉しそうに笑うルナの姿だった。




