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第6話 アンデッドの花嫁

 薄暗いラブホテルの一室で、ルナは目を覚ました。


 作業服姿のまま、ゆっくりと身体を起こす。

 仕事中に眠ってしまった記憶など、どこを探しても存在しなかった。


 部屋の大きな窓へ視線を向ける。


 遮光カーテンを開けた先には、赤と黒で形作られた地獄のような風景が果てしなく広がっていた。

 人間が生きられる景色ではなかった。


 ルナは勇気を奮い起こし、廊下へと足を踏み出した。


 異様な光景が視界を埋め尽くす。

 本来の建物の構造を完全に無視し、同じデザインのドアが彼方まで続いていた。


「ここどこですか!?」


「誰かわかる人いないの!?」


「圏外、ずっと圏外なんすけど!」


 廊下には、一緒に来た男性が消えたことに困惑する女性客たちがいた。


「あ、男、いるじゃん」


「スタッフさん!?」


 ルナの姿を見つけ、廊下にざわめきが広がる。


 180センチの高身長に作業着姿は、この混乱の中で嫌でも目立っていた。

 女性客たちがすがるように群がってくるが、ルナも状況など何も知らない。


「すみません。自分はただの清掃員で、皆さんと同じくここにいる経緯がまるで分からないんです」


「そっか……ごめんなさいね。もしかしてあなた、女の子?」


 ルナは小さく頷いた。

 どうやら、囚われたのは女性ばかりらしい。


 廊下に響くのは、悲痛な声ばかり。


 女性たちは恋人や夫、不倫相手、マッチングアプリの相手の行方を案じるしかなかった。

 男性客だけが綺麗に消失し、女性だけが無限ドアのラブホテルに軟禁されている。


 その時、廊下に設置されたスピーカーから若い男の声が聞こえ始めた。


「あー、あー、よし。えー、女性の皆さん、さぞ驚いたことでしょう。突然の招待、大変失礼しました」


 女性たちは黙って次の言葉を待つ。


「俺は意思も肉体もある怪異です。仮にアンデッドと名乗りますかね。皆さんは俺の花嫁候補なので、軟禁させていただいています。ですが、この異空間を発動させるためにはルールによる縛りが必要でした。つまり、皆さんが脱出できる可能性を用意しなくてはいけなかったのです」


 人ならざる怪異だった。

 中には、このような異空間を作り、人を閉じ込めるものも存在する。


 女性たちの胸に、わずかな希望が灯った。

 こんなところ、さっさと脱出して連れといちゃいちゃしたい。


「期限は3日です。3日以内に一緒にきた相手とキスをしてください。そうすればここから脱出できます。しかし、その条件を満たせなかった方は全員、4日目にアンデッドの花嫁となるのです」


「え、じゃあ、あの人、どこにいるの?」


「というか、相手のいる女をなんで花嫁にしようと思ったわけ?」


 最初の恐怖は薄れ始めていた。

 少なくとも、声の大きい女たちはもう怯えてばかりいなかった。


「男性たちは窓の外の異界にいます。あなた方の場所は通知しているので、ここまでこれるよう祈ってあげてください。それから、俺は穢れの存在なのです。ユニコーンの逆といいますか。同じく穢れている方が花嫁の候補なのです」


「穢れっつったかてめぇ」


「すいません」


「うざっ、死ね、ボケ」


「ごめんなさい。アンデッドなので生きてません」


(あ、この怪異、ポンコツだ)


 ルナは確信した。


 何より、ルナはスタッフのため同伴者がいない。

 そんな人物を軟禁者リストに組み込んでいるのがすっとこどっこいだ。


 女性たちの罵りに、スピーカーの向こうのアンデッドはタジタジになっている。


「……健闘を祈ります」


 スピーカーから音声が途切れる。


 廊下にいる女性は60人ほどだろうか。

 お互いが顔を見合わせ、とりあえず怪異をやり込めたことを称えあう。


 そんな中、二人の女性が握り合った手を高く挙げた。


「ちゅーもーく!」


「私たち百合でーす! 一緒にラブホに来ましたー!」


「今からチュウしてみます!」


 おぉ! 全員が二人を取り囲む。


 チュッ!


 かわいらしい音がして、頬を染め合う百合娘ちゃんたち。

 その姿がキラキラと輝き始め、ふぅっと掻き消えた。


 どうやら脱出に成功したらしい。

 一緒にきた相手とキスする条件が満たされたのだ。


「え、女性同士ですよね!? え、そんなのあるんですか!?」


 しばらく沈黙していたスピーカーから興奮した声が漏れる。

 どれくらい時代錯誤なのか、同性同士のキスにものすごい興奮を覚えたようだ。


「世の中わからないものですね。えー、すごいいやらしい」


「きもっ、つーかさ、あたし、一緒にきたの今日マチアプで会った相手なんだが? そんなんが助けにくるわけないじゃん」


 ギャルが他の条件を寄こせと詰め寄る。


「私はバイトスタッフなんで、一緒に来た人いないよ?」


 ルナも片手を上げて質問した。


「……どちらもごめんなさい」


「いや、ごめんじゃねーし」


「ごめんですますつもりかな?」


「ちょっと、あなた、せめてスタッフの子は帰してあげなさいよ。相手がいないんじゃ、キスもできないじゃない」


 化粧の濃い熟女が、ルナに心強い助け舟を出してくれた。


「多分、ですが……その頭の上の人形が相手としてカウントされたみたいです」


「え?」


 ルナは頭上のニクシーを意識した。


 試しにキスしてみたら、と周囲の女性たちに言われ、ニクシーに口を押し付けてみる。

 これで終わりますように、と願いを込めて。


 ダメ。圧倒的にダメだった。

 何も光らないし、体がかき消える気配もない。


「……人としてカウントしたなら、キスも対象にしてほしいよ」


 ルナの柔らかい口調に、少しだけ本気の抗議が混ざる。

 しかし、スピーカーからはまったく返事がない。


「あー、困ると無言になってやり過ごそうとするやつ、いるよね」


「そう。ただ黙って嵐が過ぎるの待って、全然反省しないタイプ」


 女性たちの冷ややかな声が、長い長い廊下に虚しく響いた。


 ドゴッ!


 そんな時、壁に穴が開き、血まみれ、土まみれのマッチョな男性が現れる。


「ジェニファーーーーーーーーーーー!」


「アルフレッドーーーーーーーーーー!」


 現れた男性はお世辞にもかっこよくはなかったが、こういう極限状態においては妙に魅力的に見えるものだ。


 女性たちから歓声が上がる。

 感動的な再会だった。


 囚われのお姫様を助けにきた勇者そのものだった。

 二人が強く唇を重ねると、その肉体がキラキラとした光となって、そのまま虚空へと消え去る。


 脱出成功だった。


 ルナは口にこそ出さなかったが、二人が元の世界に戻って、最初にやることが容易に想像できた。


(いけないいけない、どうにもそっち方面にばかり意識が向く……)


 心の中で首を振った。

 原因に心当たりはある。


 ある異空間で知り合った少年・シェルトドーガだ。


 時折ふらりと現れては、妙に際どい話題ばかり持ち出してくる。

 おかげで以前より、そっち方面の想像力がたくましくなった気がする。


 その直後、廊下の壁が再び猛烈な勢いで爆散した。


 ガンっ!


 登場したのは勇者ではなく、暗黒騎士のように禍々しい中年男だった。

 壁を破壊した興奮冷めやらぬのか、天井に向けて咆哮を上げる。


「うん! うん! 3か月ぶりだったもんね!」


 おっとりとした女性によしよしされて、暗黒騎士がようやく落ち着く。


「赤ちゃんになってもいい?」


「うんいいよ。ママとちゅっちゅして帰ろうね」


 脱出成功。


 続いて現れたのは、軽薄さを絵に描いたような雰囲気ハンサムの若い男だった。


「マダム! 無事なの!? よかった!」


 マダムに駆け寄る血まみれの男を女性陣が厳しい目でチェックする。

 こいつが本気で心配していたのか否かをだ。


「あら、坊や、心配してくれたの?」


「だって今月のお家賃もらってないし、車の頭金もまだだもん」


 クソっ! ダメなほうだった!


 いや、でも素直に白状しているからまだマシなのか。

 女性陣の意見は割れた。


「ふふっ……いいのよ、これで。この年齢になるとね、愛情なんてダイヤの首輪と同じ。重くて肩がこっちゃうの」


 マダムはそんな名言を残し、可愛い坊やちゃんと共に元の世界へ帰っていった。


「脱出早いです!」


 スピーカーが動揺している間にも、


「おしゃれ泥棒ちゃーーーーん!」


 と、傷だらけのだらしないデブが現れた。


「えーえー、うっそ。来てくれたんだ! 明日カニバリズム氏!」


 ギャルが駆け寄る。

 マッチングアプリで知り合った、本日初対面、初ラブホの相手だった。


「うれしー。これで帰れるー。あたしさ、今日、弟のお迎えとお母さんの病院があるんだよねー。よかったー」


 どうやら、事情を抱えながら今日を生きる、根が善良なギャルだったらしい。


 女性たちとスピーカーが同時に叫ぶ。


「そいつのネットネームやばいです!」


「帰ったら速攻逃げて!」


 多数の心配をよそに、ギャルたちも光の粒子となって消えていった。


 こうして1日目にして、花嫁候補の数は大きく減ったのだった。

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