第26話 悪魔との駆け引き
さて、また立ってるだけの業務に戻るか。
振り向いたルナと、5センチも離れていない至近距離にソレはいた。
「っ!」
叫びそうになる口を、ひんやりとした手で塞がれる。
「うるさいの嫌いなんですー」
だらしなく語尾を伸ばす敬語。
黒髪ロングの貞子スタイルで、両目が完全に隠れている。
暗い空気を全身から撒き散らしている男・アレックスだった。
「離しますよーいいですねー?」
165センチほどだろうか。
決して高くない身長だが、手が異常に長い。
「ビーストの知り合いですー。6神のベルゼブブ。以後お見知りおきをー」
「こんにちは、ルナです。よろしく」
プリンスやブリザードは人類の味方のイメージだった。
しかし、ベルゼブブには救世の反対、世界の終わりを加速させる側の雰囲気が漂っている。
「苗字はなんですかー?」
「え?」
「おうちはどこですかー?」
「あ、うちは〇〇区の――」
「寝泊まりしてるとこのことじゃありませんよー」
アレックスが質問しているのはルナの出自だった。
この退廃的な男は本能的になにかを察知している。
「あんた自身にはなーんの興味もありませんよー。ビーストとねんごろになろうと、一時の退屈凌ぎで捨てられようともー」
目の前の男の言葉がインカムから流れてきて、ルナはギョッとする。
続いて、無表情の通行人がルナの側を通り過ぎながら呟いた。
「でもね、あんたから墓場の匂いがする理由が知りたいんですけどー?」
墓場は死神と悪魔と天使のステージだ。
目の前の女はそのどれでもないように見受けられる。
なのに何故、ベルゼブブの嗅いだことのない墓所の匂いがするのだろうか。
アレックスは前髪の奥の目をかすかに細めた。
旧世界、新世界問わず、彼が判別できない墓所があるとしたら――。
「……マクラクランか?」
間延びした敬語ではなく、イエスかノーで答えろと男は命じている。
その声音から、だらしなさが完全に消え失せていた。
世界を守る三大勢力。
通称、3M。
龍一や竜子のような東洋と呼ばれる人種、文化で構成され、現当主の絶倫な勢力で血族を増やし続けるモンキーマジック。
新興勢力ながら優秀な経営者や事業家を次々に養子にし、資産量でいけば一番のマリア。
そして、K県が闇に飲まれる以前から、世界の頂点に立ち続けてきたマクラクラン。
子孫を残す性能が低く、ある一定の年齢から老化速度が極端に遅くなるため「まるでエルフのようだ」とも噂される金髪の一族だ。
謎めく世界のトップはベルゼブブですら暴くことはできない不可侵の領域だった。
「な、な、な、な、なんのことかなっ!!!???」
ルナは完全に動揺していた。
家を出てから一年以上が経つ。
これまで誰一人として、自分の正体に気付く者などいなかった。
それなのに、この闇のような猫背の男は、出会って数分で核心を突きつけてきた。
「えー、まじですかー!?」
自分で聞いておきながら驚愕しているアレックス。
マクラクランに関係する人間が日雇いバイト???
素に戻っていた。
「まじじゃないですー!!!」
ルナは必死に両手を振って否定した。
あまりのパニックに、自分の返事までアレックスの口調に引っ張られている。
「でも、隠し子なわけでもないでしょー? あそこ子種が最弱ですしー。んー……墓地から出てきた水子の霊とかですかー? ビーストには絶対言わないんで答えをくださいよー」
アレックスに冗談で済ます気配はなかった。
「……賭けを、賭けをしないかな?」
これ以上、追求されてはまずい。
ルナは冷や汗を流し、苦肉の策をとった。
古来より悪魔と交渉するもっとも最適な手段。
それは魂や秘密を賭けた対等なゲームの提案だ。
目の前にいるのは72柱の悪魔名を冠する能力者たちの頂点、ベルゼブブ。
理詰めの説得や泣き落としなど悪魔には一切通用しないだろう。
だが、法外な見返りやスリリングな悦楽が絡むゲームなら話は別だ。
と、知り合いの天使の能力者から聞いていた。
「悪魔に賭けを持ち出す意味を知っているんですかー?」
人間側が圧倒的に不利になるのが、悪魔との交渉の常だ。
「知ってるよ。そこであえて挑戦だ」
件の天使から悪魔の恐ろしいエピソードを色々と伝えられていた。
悪魔は賭け相手で楽しむコツを熟知しているのだ。
ニクシーの幸運にすがるようルナは目をギュッと瞑る。
「ユュちゃんというメイドさんのお付きで鴉と人間のハーフ設定のルシフェリア・レーヴェンヴァルトちゃんて子がいるんだ。どんな手を使ってもいいから、その子を1位にできたら君の勝ち。私の育った家について洗いざらいお話ししよう。ただし、私が勝ったら、今後、私の身辺について一切探求しない、誰にも伝えないこと」
1位予想はあらゆるSNS、イベント速報において現段階でもサチだった。
それを無名のメイドで覆す。
非常に大きな力で人々の娯楽のバランスを崩す必要がある。
しかし、アレックスは知っていた。
そこまでして余りある対価がルナの秘密にあることを。
「飲みますー」
あっさりと成立した賭け。
「では、始めましょうかー。鴉の黒羽の輝きのような逆転劇をーー」
前髪の隙間から笑顔を覗かせながら、アレックスはふうらりと場を去った。
アレックスの姿が完全に見えなくなった通路で、ルナは小さく息を吐き出す。
咄嗟に出した条件だが、ルシフェリア・レーヴェンヴァルトちゃんのことは資料で確認しただけで外見も知らない。
それでもきっと、ニクシーがなんらかの形で加護してくれていると信じていた。
頭上のメイド服姿の人形へ、ルナは意識を向ける。
ホッとしたのも束の間、ルナのインカムに運営からの指示が流れた。




