第22話 意外な脱出条件
「なにを隠そうルニャーゴとは私のことだよ!」
洒落にならないと判断したのかルナがわざと陽気に飛び出す。
「ちなみに私は竜子!」
竜子も間髪入れずに身体を張り、二人の神の間に割り込んだ。
「聞いて! 実は私、脱出方法の案があるんだ!」
ルナが思いがけない告白をする。
「私もちょっと思いついたんだけど!」
竜子も即座に乗った。
「言ってみてくれるかな!?」
「男子2人に軽く済ませてもらう!」
「なるほど!確かに男女じゃなくちゃならないとは書いてないもんね!」
「と言うことで龍一!」
「待って! たっちゃん! なにテンポよくこっちに振ってくんだよ! ルニャーゴに脱出方法聞けばいい話じゃねぇか!」
龍一が青ざめながら叫ぶ。
どうやら場の空気が完全に入れ替わったようだ。
肩の力を抜いてルナが語り出す。
「あのね、実は私一度、ここに似たところに入ったことがあるんだ――」
それはラブホテルの清掃バイト中だった。
突然、怪異に見舞われ、出口のないラブホの一室に三人の男性と閉じ込められたという。
同僚のこどおじで脂ギトギトですきっ歯の田中さん。
マチアプで知り合った女性とやっとラブホまでこじつけたのに、セックスがキモすぎて逃げられた客の鈴木さん。
いつも勝手にパンツ一枚で館内に入り込んでくる頭のおかしい佐藤さんの3名だ。
「そんな……」
「いくらなんでも……」
キラキラしたものが一切ない、絶望的な状況だった。
龍一と竜子は言葉を失った。
そういえば先程の質問「ルナに経験はあるのか?」の答えを聞いていない。
まさか、無慈悲にもそんな相手に初めてを奪われたのだろうか。
ルナは落ち着いて話を続ける。
そこが「セックスをしないと出られない部屋」の怪異だと知った途端、三人の男性はルナを取り囲んだらしい。
「いや、やばい。そんなん絶対ピンチじゃねぇか」
三人の顔は高揚し、口々にセックスをすべきだと主張したという。
誰がルナとそれを行うかで、激しい揉め事が始まったのだ。
「その時、私、本当に困ってしまってね……」
ルナはそこで言いにくそうに口を閉ざした。
「間は空けなくていいから。続きを」
まるで冒険譚をねだるかのような竜子。
「うん、つまり……彼らは私を男性だと思っていて、その……誰が私に抱かれるか競い合ったんだ」
「そうきたか!」
龍一が膝を叩く。
そして、少しでもルナの気分と股間が盛り上がるようにとアダルトビデオを見ることになったそうだ。
「あ、えーっと、そういう大人の映像が設置されたテレビのね、一覧から選んで観れるようになっててね」
「うん、なんとなく知ってるからシステムの案内はいらない」
「場の打開を考える時間がほしくて、で、私が選んだのは一番時間の長いホラータッチのいやらしいビデオだったんだよ」
なんとそれは本日鑑賞したベッドイン描写多めのホラー映画の18禁オリジナル版だったのだ。
「そこに繋げなくていいから!」
「いや、あんなクソみてぇな作品、映画版作る代物じゃねぇだろ!」
竜子が叫び、龍一が突っ込む。
「開始3分もせず画面上で性交が行われてね、そしたら出口が現れたんだ」
ルナがあっさりと解決の瞬間を告げた。
「……エロビデオ内のセックスで?」
竜子が真顔で確認する。
「たっちゃん、もう少しソフトに表現してほしい俺」
龍一が切ない声音で懇願した。
「アダルトビデオ内の男女の絡みで?」
これが竜子にとってのソフトの基準なのかと龍一は悲しくなる。
「そう。部屋の条件が『それを行うこと』だったから、映像でも達成扱いみたいだよ」
「つまり、画面の中ででも行われれば、私たちが直接、致さなくてもクリアになるってことだね」
ルナは首を縦に振る。
貴重な脱出経験者の頷きだった。
「でも、私たちのなかにアダルトビデオを持ち歩いている人なんていないよね。スマホも繋がらないし」
「……ある。俺の、スマホのローカルフォルダに……」
消え入りそうな声量で龍一が呟いた。
「え?」
竜子が聞き返す。
「あんだよ!! 格ゲーのコンボ動画を保存してるフォルダの奥に、消し忘れたやつが……! アニメショップの特典でついてきた18禁アニメのデータが……!!」
竜子とルナが拍手する。
パチパチパチパチパチパチ。
虚しい乾いた音が響いた。
龍一は長い生の中で、こんな不名誉な賞賛を受けたことは一度もなかった。
「ちなみに……音声は必要なのか?」
龍一が震える指先でスマホを握りしめる。
「私の時は流したよ」
ルナはなんの照れもない。
「……」
龍一は諦めきった顔で動画を再生した。
静寂に包まれていた空間に、キャンキャンした女の子の声が流れ、微妙なエロ演技が響き渡る。
大げさな喘ぎ声が、四人しかいない真っ白な世界を奇妙に満たしていった。
ただ床の一点を見つめる龍一。
その下品な音声に対しても、何を思ってるのかわからないルナ。
隣に立つ竜子は、18禁の演技をする声優の給与や労働環境について、どこまでもドライに想いを馳せていた。
そして、シェルトドーガは長らく無言のままであった。
シュールな時間が経過し、鮮烈な赤色で書かれていた『セックスしないと出られない空間』という文字がCLEARに書き換わる。
空間が性行為を認識し、条件達成を認めた証拠だった。
真っ白な世界が足元から霧のように溶けていき、遮断されていた周囲の雑音が一気に戻る。
「えー、うちもその部屋入ってみたい」
「〇〇が××ちゃんと入って、告白成功したらしいよ」
「レス夫婦にいんじゃね?」
そこは街灯の少ない薄暗い広場だった。
歪んだ時空の隙間に漂う危険度の低い怪異を求めて、恋人や夫婦、訳ありの男女が群がっている。
「戻った戻った。よかったね」
竜子は清々しい顔をして、人々を見つめた。
こういうイベントならいつでも歓迎だ。
新しい世界を知ること、旅することは竜子の生き甲斐だ。
一方、龍一の顔は苦虫を噛み潰したようだった。
エロアニメを持っていたこと云々ではなく、怒りの感情に任せて友人の未確定な交友関係を口走ってしまったことに、今更ながら激しい後悔が押し寄せている。
「悪かった。すまん。勝手なことを言うべきじゃなかった」
龍一は眼鏡の奥の目を伏せ、真摯に謝罪した。
友人への罪悪感がその大きな背中に滲んでいる。
「いいよ。僕も悪かった。せっかくのデートなのに気分を害してしまってごめん」
言葉は優しかった。
けれど、その表情は冷え切っていた。
長い長い付き合いの仲間だ。
今更、ぐだぐだと言い合うような関係ではない。
これ以上の話は日を改めるべきだと判断した。
気を取り直すように、今日付き合わせた女子二人に向き直る。
「なんか食いたいのあるか? なんでもいいぜ」
龍一はあくまでデートとして、この場を綺麗に締めるつもりだった。
「たっちゃんは?」
「待ってね。今、考えてるから」
「ルニャーゴは?」
「ははっ、すっかりその呼び方になっちゃったな」
ルナが暢気に笑った、その瞬間だった。
ガシッ。
ルナの手首が、尋常ではない力で強く握られる。




