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第2話 危険な炭鉱内

 ガラス越しの店内には、ずらりとガチャガチャの筐体が並んでいる。


 しかし扉を開けた瞬間、中の様子は一変した。


 まるで炭鉱だ。

 不揃いに口を開けた8つの横穴に、それぞれ小型のトロッコが設置されている。


 目立つ位置に置かれた看板には、こう書かれていた。


『一人一穴!厳守!』


「これはどの穴が正解かわかる?」


「ここかな」


 ルナは迷うことなく、8つのうちのひとつの穴を指差した。


「なら、僕はこっちでいいや」


 少年は適当に選んだらしいトロッコへ乗り込もうとした。


「でも、多分、その先は危険だよ?」


 止めはしたものの、ルナもどうしていいかわからなかった。


「こっちのことは気にしないで。それでは道中ありがとね。ご安全に」


 名残もなにもない。


 少年は恐れることなく、不正解のトロッコへ乗り込んだ。

 一人用のトロッコだが、小柄な彼には十分な余裕がある。


「あの! よければ看板を無視してみない!?」


 今にも走り出そうとするトロッコを止めたのは、少年を救うためか。

 一人になるのが怖かったからか。


 それとも、ここで離れ、二度と会えない未来をニクシーが止めたからかはわからない。


「というと?」


 少年はおとなしく、トロッコを発進させるのをやめた。


「一緒に行こう」


「でもこれ一人乗りみたいだけど?」


 少年は、自分が収まっているトロッコの縁を指先で叩いた。

 余裕があるとはいえ、長身のルナがここへ同乗するのは物理的に不可能に思える。


「乗らないでさ、レールを歩いていかない?」


「なんか魅力的な誘いだから受けちゃおうかな。レールを並んで歩くとか、ちょっとロマンチック」


 少年はそう言って、ひょいとトロッコから飛び降りた。


 二人はルナが指差した正解の穴へ向かい、そこに置かれていたトロッコを乗り越え、枕木の並ぶレールの上へ立った。


 看板の警告を無視して足を踏み入れた穴の先には、一定の間隔で松明が壁に設置されていた。

 しかし、その炎はあまりに弱々しく、周囲の暗闇が圧倒していて、ほとんど役に立っていなかった。


 ほんの数歩進んだとき、異変は起こる。


 今までなかったのか。

 それとも暗闇で見えなかっただけなのか。

 横壁には、夥しい数の看板がずらりと並んでいた。


『一人一穴!厳守!』


『ルールを守ろう!守ろうルール!』


『引き返せ』


『引き返せ』


『引き返せ』


『さもなくば――』


 執拗な警告を無視して進む二人に、「さもなくば」が早速実行される。


 ガラゴロガラ――。


 背後で、トロッコが動き出す音が暗闇の中に響き渡った。

 それは自分たちが乗り越えてきたはずの、あの空のトロッコだった。


 誰も乗っていない。

 なのに動いている。

 動力が働いた気配もない。


 ただ、レールの上を滑る不穏な金属音だけが、急速にこちらへと近付いてくる。

 ルールを破った不届き者を背後から轢き潰すため、速度を上げながら迫っていた。


 横幅の狭い穴では、レール脇へ退いてやり過ごすことはできない。

 だが、穴は縦に長かった。


 ヒョイ。


 少年がルナをお姫様だっこすると、まるで蝙蝠のように逆さまになって天井へ張り付く。

 その直後、ゴオオオと凄まじい風圧を残し、無人のトロッコが二人の真下を猛スピードで通り過ぎていった。


「あ、ありがとう」


 ニクシーは重力を無視してルナの頭上に張り付いている。


「どういたしまして。あ、トロッコが戻ってきた」


「なんかウロウロしてる」


 トロッコは行きつ戻りつ、二人を探している。


「頭に血が上っちゃうからね、ちょっと急ぐよ」


 少年は天井を歩き始める。

 早足というレベルではなかった。


 お姫様だっこのまま、逆さに駆けるその異次元の身体能力によって、真下をうろつくトロッコは瞬く間に遠ざかっていく。


「……トロッコ、あとで怒られたら少し可哀想だね」


「そこ?」


 少年が突っ込もうとした矢先、強い風が吹いてくる。

 出口だった。


 坑道を抜ける直前、少年は軽々と宙で身を翻し、ルナを抱えたまま地面へ着地した。


 景色はまた一変した。


 目の前に現れたのは――


 長い。


 長い。


 長い。


 錆びついた下り階段だった。


 手すりもなく、細い足場はギイギイと不安定な音を立てる。


 強風に煽られ、もし足を踏み外せば、

 眼下に広がる無機質な森へ真っ逆さまだ。


「また新しい場所だよ。ここを作ったやつも、わざわざ助かる道なんて用意しないで、一気にガツンと殺すか食べるかすればいいのにね。天井に目を向けられないトロッコ君は頼りないし――」


 少年はそこまで言って、腕の中のルナがカチコチになっていることに気付く。

 試しに下ろそうとすると、無言で見つめ返された。

 顔は青ざめている。


「怖いんだ?」


「すみません。私、高いところが苦手で、大きくてご迷惑をおかけしますが、その……しばらくこのままで」


「お任せあれ」


 少年は飄々と言ってのけた。

 ルナを抱きかかえたまま、ためらうことなく階段を下り始める。


 二人の重みで足場が大きく軋んだ。

 強風が容赦なく吹き付け、ルナの金髪をかき乱す。


 不意に、ルナは階段の先へ目を向けた。


「!?」


 腕の中で、その身体が再び硬直する。

 行く先の階段の縁。


 そこに、何かがしがみついていた。

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