第18話 いざ海のダンジョンへ
「なにやってんだ?」
背後から呆れ果てた調子のインバッハの声。
「やぁ、インバッハ。声が戻ったので改めて言うよ。はじめまして。ルナです。よろしく」
ルナは丁寧に向き直って挨拶をした。
「ちなみに、シェルトドーガは私に協力してくれただけだから、評価を下げないでほしい」
その間も、シェルトドーガは伸び上がってチュウをしようと顔を近づけてくる。
ルナがその顔を片手でぐっと押さえて拒絶すると、今度は手のひらにキスの嵐を浴びせてきた。
「こちらこそよろしく。でも、そいつに甘い顔すると付け上がるからやめたほうがいい」
インバッハが軽く手を振った。
「冷てっ!」
シェルトドーガが叫び、後ろへ大きく飛び退く。
その口元には、うっすらと白い霜が降りていた。
ああ、これが6神のブリザードか。
プリンスの龍一に続き、ブリザードにまで出会えるとは。
「で、だ。呪いをかけたと思しき人魚を見つけてある。大事ななにかを取り返しに行くんだろ?」
シェルトドーガと別行動をしていたインバッハが淡々と言った。
地図上に記されたハートマークからラブホテルの候補を絞り、海岸を探し回ってくれたようだった。
「腐敗を止めてあるから安心していい」
腐敗の進行を凍結で止めている。
これ以上ない対処だった。
6神の一柱が、わざわざ呪いの主を見つけ、完璧な先手まで打ってくれている。
ルナの瞳に敬意の光が灯った。
シェルトドーガが口をへの字に曲げ、不機嫌そうに二人の間に割り込む。
「私めがお運びいたします」
わざとらしく慇懃な態度で、両手を大きく広げた。
「抱っこで?」
「もちろんでございます。電車よりも早くニクシーの元へお届けいたしますよ」
ほれほれ、と手先で招く。
「ありがとう」
この際だからとことん協力を仰ごう。
ルナは大人しく抱き上げられた。
「おい、ちんちん毛、おまえが先導しろ」
「後で覚えてろ」
インバッハが眉間に皺を寄せ、大きく上空へと飛び上がった。
シェルトドーガもルナを抱えたまま、軽く大地を蹴る。
まさに異能だった。
驚きの速さで今朝ルナが訪れた寂れた海岸へ到着した。
着地の衝撃すら殺された砂浜には、首から下を完全に凍結された人魚が横たわっている。
「解呪はなったぞ。ニクシーを返しなさい!」
ルナは凍りついた人魚に詰め寄った。
しかし、人魚は口を固く閉ざしたまま何も答えない。
真っ黒な眼窩を虚空に向けたまま、ただ凍りついている。
ルナはしばしその様子を見つめ、それからおずおずと背後の二人に振り返った。
「あの……もしもだけど、自白させる能力とか持ってないかな?」
何度目の頼みか分からないが、ニクシーが絡むと必死だった。
その突拍子もない質問に、二人の神は同じ人物を思い浮かべた。
ベルゼブブかマジシャンなら、容易く聞き出せるかもしれない。
だが、どちらも気軽に呼べる相手ではなかった。
そもそもマジシャンことフリドリヒは、現在新世界のほうで勤務していた。
プリンスの召集にも応じられないほど多忙なのだろう。
ならば悪魔代表のベルゼブブたるアレックスだが、あいつにこの手の頼み事をすれば、面白くない見返りを要求される。
「まぁ、まぁ、ちょっと僕に任せてよ」
「僕も協力しよう」
二人はルナに、背中を向けるよう指示した。
何が始まるのか分からず、ルナは大人しく後ろを向く。
直後、背後から何やらよろしくない気配が漂ってきた。
原初の獣と暴風雪の神が、寄ってたかって凍りついた人魚に何かを仕掛けている。
背後では、人魚が「ヒィィィ」だの「恥ずかしいからもうやめてぇ」だの、「後生ですから」だのと涙声で訴えていた。
「ルナ……残念な話なんだけど」
尋問が終わったらしいシェルトドーガの声のトーンが暗い。
「な、なに!?」
心臓をギュッと握られるような圧迫感だった。
聞く前から冷や汗が出てくる。
最悪の結末が脳裏をよぎり、ルナは慌てて振り返った。
「こいつ、ニクシー間違って海に流しちゃったんだって」
「え? は? え?」
ルナの思考が完全に停止した。
気絶しそうな意識を、なんとか繋ぎ止める。
流す。
どこへ。
人魚だから海。
海。
「鰆〜〜〜!!」
錯乱したルナは、目の前に広がる海へ猛然と突進した。
「待て! まず聞こう! 話!」
シェルトドーガがルナの体を正面から抱き止めた。
「なんか海のシーフード連中の間で伝わってるダンジョンがあるらしくて、そこに流されてるんだろうって!」
陸の存在であるビーストゆえ、海の怪異やその縄張りについてはさすがに疎かった。
ニクシーを失ったルナの瞳から、完全に光が消えかけている。
「大丈夫! 大丈夫だ。安心してくれ」
インバッハが一歩踏み出し、あやすような声音で言う。
「とりあえず僕が海面を割るから、その間にシェルトドーガがダンジョンへ飛び込んで回収する。まずは海上へ移動しよう」
死人のような顔をしたルナ。
その大きな体を、シェルトドーガが素早くお姫様抱っこでひょいと抱え上げる。
一方でインバッハは、尋問によって逆に生気を取り戻した人魚を片手で掴み上げた。
「行くよ、ルニャーゴ!」
物理法則を完全に無視した跳躍により、2神と1女1怪異は一息に遥かな海上へと躍り出た。
人魚が示したダンジョンの入り口とされる海域の真上。
インバッハが冷ややかな視線を海面へと向けた。
パリパリパリ、と大気が凍てついていく。
次の瞬間、海面が凄まじい速度で凍結し、2メートル以上の厚さがあろうかという頑強な氷の足場が構築された。
一行は、その滑らかな氷のステージの上へと静かに降り立った。




