第13話 0点のKO勝利
大きなスクリーン。
特設リングの映像が、音声とともにリアルタイムで控え室へ流れてくる。
試合会場でも、伝説級の二人はお互いを見つけ、絶叫していた。
「はーぁ? なんでこんなとこにいんだよ!?」
「こっちの台詞なんだが!?」
二人とも、適当に終わらせるつもりで上がったリングだった。
そこへ、最悪の相手が現れた。
六人の少年神の中で、最強のフィジカルを持つプリンスこと龍一。
身体能力では2番手だが、他に様々な攻撃手段を備えた原初のビーストことシェルトドーガ。
200年前の世界崩壊時は、これ以上なく頼もしい味方同士だった。
だが、こんな形で対峙するとなると、クソ邪魔で仕方がない。
「おい、本気出すんじゃねーぞ。お前のバカ力で建物ブッ壊れるからな」
「当たり前だろうが、ナメクジ獣。いいか、連れの子が俺に大金賭けてんだ。だから、大人しくブン殴らせて終われ」
「あぁ? 金玉野郎の分際で女連れか? こっちもな、いいなって思ってる女の秘密を暴けるとこなんだよ。邪魔すんな」
「不純なんだよ、脳みそちんぽ野郎」
「お前こそ下心見え見えなんだよ。大人しく玉の皺伸ばしとけ」
190センチと155センチの壮絶な睨み合い。
煽るようなBGMが流れてくる。
いつの間にか、能力者らしいレフェリーがそばに控え、開始のゴングが鳴らされるところだった。
控え室のルナは、スクリーンの向こうで繰り広げられる神々の罵り合いを見つめることしかできない。
すでにシェルトドーガへの全賭けを完了させていた。
「カーン」と、乾いたゴングの音が地下闘技場に鳴り響いた。
巨体からは想像もつかない速さで、龍一の蹴りが飛んだ。
一撃、二撃、三撃。
大気をきしませるほどの風圧を伴い、龍一の拳と脚が容赦なく撃ち込まれる。
世界最強のフィジカル。
シェルトドーガは苦戦していた。
ビーストの反射神経をもってしても、相手のあまりに精密で重いコンボを完全に見切ることはできない。
追撃の右ストレート。
シェルトドーガは上体を大きく反らせて、紙一重でかわす。
だが、その拳から放たれた衝撃波が、少年の暗赤紫色の髪を激しく巻き上げた。
さらに龍一は、格闘ゲームのフレーム単位の隙を突くような、胴を薙ぐ回し蹴りを叩き込む。
「うざっ……!」
シェルトドーガの口から、余裕のない呻きが漏れた。
まともに受ければ骨ごと砕かれる一撃を、少年はクロスさせた両腕でどうにか受け止める。
だが、その凄まじい衝撃に、スーツ姿の身体がリングの鉄柵まで吹き飛ばされた。
背中の鉄柵がバキバキと不気味な音を立てて歪む。
龍一は立て直しの猶予も与えず、巨体をさらに踏み込ませ、トドメと言わんばかりの強烈な右ストレートを構える。
しかし、距離が開けば、有利なのはビーストだった。
龍一の突き出す拳を、物理法則を無視したステップでかわし、一瞬にして間合いを取った。
「いい気になってんじゃねえよ!」
シェルトドーガが空中で指先を鋭く振る。
空間そのものが引き裂かれるような不可視の斬撃が、巨体へ襲いかかる。
さらに間髪入れず、凶悪な獣のように、ガチリと空中で顎を鳴らす「噛み真似」をした。
龍一の全身の筋肉に、直接食いちぎられるような激しい痛みが襲いかかる。
「ざけんなっ……!」
だが、彼は最強のフィジカルを持つ男だった。
「オラァッ!」
龍一は咆哮とともに、強引に激痛をねじ伏せた。
見えない爪と牙。
それを力ずくでねじ伏せようとする拳と脚。
両者の攻撃は相手を仕留めきれず、リングに血と汗が散った。
ルナは矢も盾もたまらず、控え室を飛び出した。
通路を走り、熱気が渦巻く観客席へと向かう。
リングに近い最前列の柵から身を乗り出した。
ちょうどそのとき、対角線上にある反対側の観客席の扉が勢いよく開く。
そこへ、一人の少女が姿を現した。
濃い水色のクセ毛。
学生服に身を包んだ少女・竜子だった。
龍一が言っていた、大金を賭けてくれているという「連れの子」その人だ。
「シェルトドーガ!」
ルナの張りのある声が、観客の怒号を突き抜けてリングへと届く。
「龍一!」
同時に、反対側から竜子の叫びが響き渡った。
リング中央。
死闘を繰り広げていた二人の神が、一瞬だけ動きを止めた。
視線がそれぞれの観客席へと向けられる。
「ルナ!?」
シェルトドーガが目を見開く。
彼女は自分を心配し、応援するためにここまで走ってきてくれたのだ。
「たっちゃん! 大丈夫だ! 心配すんな!」
龍一も手を振り、竜子に問題ないことを示す。
二人は即座に、再び激しく拳を交え始めた。
だが、その内実は一変していた。
互いの連れに、これ以上本物の流血を見せるつもりはなかった。
二人は攻防の激しさだけを残し、互いにしか聞こえない声で言葉を交わし始めた。
「おい、ナメクジ! あの子が俺に全財産賭けてんだよ! ここは譲れ!」
龍一が凄まじい風圧のストレートを放つ。
シェルトドーガはそれを腕で鋭く弾き返し、至近距離で睨み返した。
「それはこっちの台詞! ルナだって僕に全額賭けてる! 首見ろよ、首の輪っか! 爆弾ついてんだよ! 解除するための金が必要!」
「はぁ!? 爆弾って何だよ! 聞いてねえぞ! つーか、あれは女か!」
龍一の鋭い前蹴りが、シェルトドーガの脇腹をかすめる。
少年は不可解な移動で龍一の背後に回り込み、不可視の爪を構えた。
龍一は身体を強引にひねって斬撃をかわす。
「第一、おまえの女はなんで金が必要なんだよ!?」
シェルトドーガが、龍一の重い正拳突きを掌で受け流しながら尋ねる。
「たっちゃんは、猫の癌に特化した新薬の支援がしてぇんだよ!」
そうか、猫ちゃんか。
そりゃ、ありがとう。
同じ獣として、シェルトドーガは心の中で礼をする。
「おまえが金を工面することはできないのか!?」
「こないだ会った時に話したろ? 最近、旧世界がおかしいって。大抵の人間が、多かれ少なかれ怪異や異空間に接してる」
確かに、シェルトドーガとルナが出会ったのも、とある怪異に取り込まれたことがきっかけだった。
「中にはな、深刻な被害を受けた場所とか人とかいんだよ」
「そいつらに寄付したってわけか」
シェルトドーガは納得したように呟いた。
「お前の彼女はなんで爆弾付いてんだ? フリドリヒでも呼ぶか?」
「あのクソ馬鹿、まだ返事もよこさない」
シェルトドーガは適当な斬撃を数発放つ。
「分かった。もういい。ルナへは僕が金を出す。勝ちをくれてやる」
金を渡すだけなら、最初からそうしていた。
だが、それではいつもと同じだと思った。
自分を神としてしか見ない連中と、ルナを同じにしたくなかった。
けれど、今回は――。
シェルトドーガは、わざと大きな隙を作った。
龍一の視線が、一瞬だけ鋭くなる。
「悪りぃな、恩に着る」
龍一は胸元へ拳を叩き込む。
シェルトドーガはその衝撃をうまく逃がし、派手にリングの床へと転がってみせた。
観客席から、割れんばかりの歓声と悲鳴が沸き起こる。
「1、2、3……!」
レフェリーのカウントが会場に響き渡る。
床に倒れたままのシェルトドーガは、動く気配を全く見せない。
カウントが10を刻み、試合終了のゴングがけたたましく鳴り響いた。
最強のフィジカルを持つ男にとっては、0点のKO勝利だった。




