EP 8
グリーンベレーの悪知恵と、エルフの外道杖術
冒険者ギルドでのすったもんだを終え、無事に『ギルドカード(身分証兼、報酬振り込み用口座)』を作り終えた俺たちは、街の外れの森で野営の準備をしていた。
「健人様。あのスリ取ったお金で安宿に泊まることもできましたのに、なぜわざわざ野営なんですの?」
ダイヤが手際よくテントを張りながら尋ねてくる。
「宿代に消える銀貨があるなら、その分を商売の元手や明日の食費に回したいからな。それに……今日は夜通し、こいつに稽古をつけてもらう約束だからだ」
俺が視線を向けた先では、倒木の上に座ったウィスターが、俺が渡したセブンスターを美味そうに吹かしていた。
「ひゅぅ〜。お前、マジで金にシビアだな。エルフの長老並みに説教くせぇよ」
「90万の借金を背負ってみろ。一円の重みが骨身に染みるぞ」
俺は地面に腰を下ろし、スマホの『神様Pay』アプリを開いた。
師匠は手に入れたが、俺自身にも「戦術の基礎」をインストールする必要がある。
・『完全版 グリーンベレー・サバイバル&戦闘マニュアル(和訳版)』:約3,000円
・LEDヘッドライト:約1,500円
「召喚!」
ポンッと現れた分厚い本とヘッドライト。
(現在の残高:8万2090円。……チリツモで地味に減ってきたな)
「なんだそりゃ? 魔導書か?」
ウィスターが興味深そうに覗き込んでくる。
「あぁ。俺の故郷の、最強の戦闘部隊が書いた『悪知恵の塊』みたいな本だ」
俺はLEDヘッドライトを頭に装着し、カチッとスイッチを入れた。
強烈な白い光が森の暗闇を切り裂く。
「まぶしっ!? なんですのその強烈な光魔法は!」
「ダイヤ、少し黙っててくれ。今から予習だ」
俺はマニュアルのページをめくった。
近接格闘、急所の突き方、トラップの張り方、アンブッシュ(待ち伏せ)の極意……地球の軍隊が血と泥にまみれて構築した、純度100%の実践論がそこに詰まっていた。
「……なるほど。『公平な戦いなど戦場には存在しない。常に敵の背後を突き、最大の暴力で圧倒しろ』か。いいこと書いてあるな」
「お前、本当に商人か? 目が完全に暗殺者のそれになってるぜ」
ウィスターがドン引きした顔で俺を見る。
「さて、師匠。予習は終わった。実技を頼む」
俺はマニュアルを閉じ、『世界樹の木の棒』を手に立ち上がった。
「へへっ、いいぜ。俺の教える杖術は、騎士道だの武士道だの、そういう綺麗なモンは一切ねぇ。パチンコ屋の裏路地で借金取りから逃げ延びるための、純粋な『暴力』だ」
ウィスターは自分の杖を肩に担いだまま、隙だらけの姿勢でスッと間合いを詰めてきた。
「まずは基本だ。突いてこい」
俺はマニュアルに書いてあった通り、腰の回転を意識して、棒の先端をウィスターの鳩尾めがけて真っ直ぐに突き出した。
素人にしては悪くない、鋭い突きだったと思う。
だが――。
「遅ぇよ」
ウィスターの体がブレた。
彼はいとも簡単に俺の突きを半歩のステップで躱すと、俺の持つ棒の『先端』を、自身の杖の柄で軽く弾いた。
ガンッ!
「痛っ!」
テコの原理で手首に強烈な衝撃が走り、俺は思わず棒を落としそうになる。
「いいか? 棒ってのはな、長けりゃいいってもんじゃねぇ。相手の力を利用して、重心を崩すんだ。そして……」
ウィスターは俺の足元に自身の足を引っかけ、軽く押した。
「うわっ!」
バランスを崩して倒れ込む俺。
その顔面のすぐ数センチのところで、ウィスターの杖の先端がピタリと止まっていた。
「……倒れた相手の顎をカチ上げる。これが基本だ。目潰し、金的、砂かけ、なんだって使え。生き残った奴が勝者だ」
「……あぁ、よく分かった。やっぱりあんた、最高のクズ師匠だよ」
俺は土埃を払いながら立ち上がり、ニヤリと笑った。
グリーンベレーの理念と、ウィスターの外道戦法。この二つは、驚くほど親和性が高い。
「健人様! そんなチンピラみたいな戦い方、ダメですわ! 騎士たるもの、正々堂々と正面から――」
「ダイヤ。お前、天ぷら油で銃のメンテして死にかけたこと忘れたのか? 使えるもんは何でも使う。それが生存戦略だ」
「ぐぬぬ……っ!」
正論をぶつけられ、ダイヤが悔しそうに唸る。
「あのぉ〜……私も何かお手伝いしましょうかぁ?」
焚き火のそばで、三色団子(俺が召喚した)をモグモグと食べていたリリスが手を挙げる。
「お前はそのまま座ってろ。下手に動いて『筋肉ムキムキのウサギ』とか創造されたらたまらん」
「ひどいですぅ! 私は立派な女神ですぅ!」
夜の森に、棒の打ち合う鈍い音と、ウィスターの容赦ない罵声が響き渡る。
泥だらけになりながら、俺は必死にエルフの動きに食らいついていた。
「ハァ……ハァ……っ!」
「どうした、もうバテたか? セブンスターの煙が美味くねぇぞ」
「……まだだ。もう一本、付き合え!」
俺はLEDヘッドライトの光をウィスターの顔面に直接向け、一瞬目眩ましをしてから、股間(金的)めがけて世界樹の棒をフルスイングした。
「おっぶねぇ!? テメェ、俺のパチンコ玉を砕く気か!!」
「隙ありィ!!」
「いい性格してやがるぜ、クソ弟子が!!」
深夜の野営地。
極貧令嬢の呆れ顔と、ポンコツ女神の咀嚼音をBGMに、俺の『異世界外道サバイバル術』は急速に磨かれていった。




