EP 7
スリ取った金で食う肉は美味いか?(極貧令嬢:最高ですわ)
「じゃあ、名も知らぬゴロツキの財布と、俺たちの最悪な出会いに……乾杯!」
「カンパーイですぅ!」
「おう、兄ちゃん奢りサンキューな!」
カチンッ! と、薄暗い酒場のテーブルで木製のジョッキがぶつかり合う。
冒険者ギルドに併設された酒場は、昼間から大勢の荒くれ者たちで熱気に満ちていた。
俺たち四人のテーブルの上には、先ほどリリスが「神の徴収」と称してスリ取った分厚い革財布が、堂々と広げられている。中身は銀貨や銅貨がざっくざく。総額にしておよそ3万円分といったところだ。
「……信じられませんわ。あなた達、本当に最低ですの」
一人だけジョッキを持たず、腕を組んでそっぽを向いているのは、我がパーティーの用心棒(極貧)であるダイヤだった。
「盗んだお金で白昼堂々お酒を飲むなんて、マークス公爵家の名折れ……いえ、賞金稼ぎとしてのプライドが許しませんわ!」
「ダイヤ、そう堅いこと言うなよ。あいつらどうせ、俺たちから巻き上げた金で飲むつもりだったんだ。これは正当な『防衛費の回収』だ」
「そうですぅ! 悪い人からお金を巻き上げるのは、天界のコンプライアンス的にセーフなんですぅ!」(※ルチアナのカンペ情報)
俺とリリスがドヤ顔で説得するが、ダイヤは頑なに口を尖らせている。
そこへ、店員が巨大な木皿に乗せた料理を運んできた。
「お待たせしましたー! 『ロックバイソンの厚切りステーキ』と、『肉椎茸のバター醤油ソテー』一丁!」
ジュゥゥゥゥッ! という凶暴な音と共に、暴力的なまでの肉と脂の匂いがテーブルを支配した。
分厚い赤身肉から滴る肉汁。そして、肉厚なキノコ(肉椎茸)から立ち上る、芳醇なバターと醤油の香り。
「ゴクリ……」
誰かの喉が鳴る音がした。ダイヤだ。
さっき俺が作った焼肉丼(カップ麺の数時間後)で満たされたはずの胃袋が、再び「ギュルルルッ!」と野生の猛獣のような産声を上げている。
「おっ、美味そうじゃねぇか。ほら、ネーチャンも食えよ。腹減ってんだろ?」
エルフのウィスターが、ステーキをナイフで切り分けながらニヤニヤと笑う。
「だ、誰がそんな不浄な肉を……! 私は誇り高き……っ」
「この肉椎茸、噛むと肉汁がジュワッと溢れて最高だぞ? ほら、冷めないうちに……」
「……一切れだけ。一切れだけですわよ!」
ダイヤは猛烈な勢いでフォークを突き立て、ステーキと肉椎茸を同時に口へ放り込んだ。
「んんんんんっ!? なんですのこの肉椎茸! キノコなのにステーキ肉のような弾力、そして強烈な旨味が脳髄を直撃しますわ! バター醤油の塩気と相まって、無限に食べられますわーっ!!」
パクパクパクッ! と、あっという間にダイヤは己の矜持を放り投げ、獣のように肉を貪り始めた。
(本当にチョロいな、この美人……)
「ぷはぁーっ! やっぱ他人の金で飲む『サケスキー』は五臓六腑に染み渡るぜ!」
一方のウィスターは、スキットルに入った琥珀色の液体をあおり、至福の表情を浮かべていた。
『サケスキー』。米麦草から作られるという、日本酒の香りとウイスキーの度数(40度)を併せ持つアナステシアの最高級酒だ。
「なぁウィスター。お前、S級の魔力を持ってる天才なんだろ? なんでパチンコなんかでスッカラカンになってんだよ」
俺が呆れ半分で聞くと、ウィスターは気怠そうに頬杖をついた。
「エルフの森が退屈すぎるからだよ。毎日毎日、世界樹に祈って、精霊の声を聞いて……クソ食らえだ。人間の欲望が渦巻くギャンブルと酒の方が、よっぽど生きてる実感がある」
「なるほど。才能の無駄遣いってやつか」
「ははっ、違いねぇ。……で? 兄ちゃん、俺に何をして欲しいんだ? 俺に奢ったってことは、何か裏があるんだろ?」
酔っているように見えて、その宝石のような瞳は鋭く俺を観察していた。
さすがは天才。俺が単なるお人好しで酒を奢るような男ではないと見抜いている。
「話が早くて助かる。……お前、その『杖』の使い方、俺に教えてくれないか?」
俺は傍らに立てかけてある『世界樹の木の棒(初期装備)』を指差した。
「俺は魔法も使えなきゃ、剣も振れないただの行商人だ。でも、この理不尽な世界で生き残るための『自衛力』はどうしても必要だ。お前のその杖術と、悪知恵……俺に仕込んでくれ」
「……ハッ。俺が師匠? 冗談キツいぜ。俺は人に物を教えるようなガラじゃ――」
断ろうとするウィスターの言葉を遮り、俺はスマホを操作した。
(ここで10万円の枠を使う……先行投資だ!)
・日本の紙巻きたばこ(某セブンスター):約600円
・100円ライター:110円
「召喚(購入)!!」
テーブルの下でコッソリと召喚した小さな白い箱とライターを、俺はウィスターの前に滑らせた。
「なんだ、こりゃあ?」
「俺の故郷の『嗜好品』だよ。ポポロシガーもいいが、こいつの洗練された煙も悪くないぜ?」
ウィスターは胡散臭そうにパッケージを開け、一本の紙巻きたばこを取り出した。
俺が100円ライターで火をつけてやると、彼はゆっくりと煙を吸い込み――。
「…………ッ!?」
エルフの細い目が、限界まで見開かれた。
「な、なんだこのクリアな味わいは……!? 雑味が一切ねぇ。それでいて、肺の奥をガツンと殴ってくるような重厚なキック感! 葉のブレンドが……いや、紙の燃える速度まで計算し尽くされてやがる!」
ウィスターは震える指でたばこを挟み、恍惚とした表情で紫煙を吐き出した。
「兄ちゃん……いや、健人。お前、これどこで手に入れた」
「俺の魔法の商材さ。……俺に戦い方を教えるなら、お前のタバコ代とパチンコ代、少しは融通してやってもいいぞ?」
悪魔の契約だった。
借金まみれのギャンブル依存症エルフが、現代日本の『合法的な嗜好品』の魔力に抗えるはずがない。
「……フッ。クハハハハ! おもしれぇ! 最高だぜお前!」
ウィスターはバシッと俺の肩を叩き、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「いいだろう。今日から俺がテメェの師匠になってやる。エルフ流の超実戦的・外道杖術を叩き込んでやるよ!」
「契約成立だな。よろしく頼むぜ、師匠」
こうして俺は、貴重な残り枠(残高:8万6590円)を削り、最強で最悪のインストラクターを手に入れた。
肉を食い終わったダイヤが「またいかがわしい取引してますわね!」と怒っていたが、俺たちの前途は(借金以外は)明るいように思えた。




