EP 5
経済学部生の自炊スキルと、禁断の黄金比
「……はぁ。やっぱりカップ麺一つじゃ足りませんわよね」
焚き火の前で、空になったカップを名残惜しそうに見つめるダイヤ。
彼女の腹の虫は、さっきから「グゥ」だの「キュルル」だの、異世界の魔獣もびっくりするような鳴き声を上げ続けている。
「リリス。お前もだ。いつまで俺の袖を引っ張ってる。ちぎれるだろ」
「健人さぁん……お腹と背中がくっついて、リリスちゃん消滅しそうですぅ……。神様が餓死するなんて歴史的ニュースですよぉ……」
情けない顔で俺を見上げるピンクジャージ。
仕方ない。これからの護衛と案内役のコンディションを整えるのも、元コンビニ店員……もとい、異世界の経営者たる俺の仕事だ。
「わかった。……ダイヤさん、あんたの調理道具、貸してくれ」
「えっ? 構いませんけど……。私はいつも、人参マンドラを焚き火で焼いて、そのまま齧るくらいしかしてませんわよ?」
ダイヤが魔法ポーチから取り出したのは、煤けた小鍋と、刃こぼれしたナイフ。
ユニークスキル【ウェポンズマスター】のおかげで、彼女はこの「道具」のポテンシャルを最大限に引き出せるはずだが……いかんせん、素材(食材)と調味料が絶望的に欠けているらしい。
「よし、リリス。スマホの画面を見ろ。これが『先行投資』だ」
俺はアプリ『神様Pay』を起動し、10万円の残り枠から慎重に「発注」をかける。
・業務用 焼肉のタレ(1L):約600円
・徳用パック 無洗米(5kg):約2,000円
・カセットコンロ&ボンベセット:約4,000円
・牛脂:0円(※召喚コスト:10円)
「よし、合計約6,600円。残高、8万7300円か……。胃が痛いな」
だが、俺には自信があった。
大学生活3年間、ワンオペ残業と講義の合間を縫って鍛え上げた「安くて、早くて、美味い」自炊スキル。これこそが、食文化の遅れた異世界を制する最強の武器になる。
「召喚(購入)!!」
ポンッ、ポンッと目の前に出現する現代日本の調理器具と調味料。
「なっ、なんですのその『魔法の小箱』は!? 火属性の魔石も使わずに、一定の火力を維持していますわ! 構造が……構造が美しすぎますわーっ!」
ダイヤがカセットコンロを見て鼻息を荒くする。さすがウェポンズマスター、食い気より先に「道具の完成度」に感動するあたり、筋金入りのマニアだ。
「いいから見てろ。ダイヤ、そこらの魔獣の肉……さっきの野盗が持ってた『ロックバイソン』の剥ぎ取り肉、あるだろ? それを貸せ」
「あ、はい。硬くて臭みが強いから、あんまり美味しくないですけど……」
俺はダイヤが差し出した赤身の肉を、使い慣れた手つきでスライスしていく。
そこに、召喚した「焼肉のタレ」をたっぷりと絡める。
「ふふっ、この『焼肉のタレ』にはな、ニンニク、リンゴ、醤油、ごま油……あらゆる旨味が黄金比で凝縮されているんだ。これを揉み込んで少し置くだけで……」
ジュゥゥゥゥゥッ!!
熱したフライパン(ダイヤの私物)に肉を投入した瞬間、暴力的なまでの香ばしい匂いが森の中に立ち込めた。ニンニクと醤油が焼ける、日本人なら抗えないあの香りだ。
「……ッ!? な、なんですのこの匂い! 鼻腔が……脳がダイレクトに揺さぶられますわ!」
「はふぅぅ……健人さん、これ、これ絶対美味しいやつですぅ! 涎が滝のように出ますぅ!」
さらに俺は、鍋で炊き上がったツヤツヤの白米の上に、焼き上がった肉をどっさりと乗せる。
「特製、異世界スタミナ丼だ。食え」
俺がどんぶりを差し出すと、二人は奪い合うようにしてスプーン(100均セット)を動かし始めた。
「……んんんんんんっっっ!!! 美味すぎますわぁぁぁ! この甘辛い味付け、そして噛みしめるたびに出てくる肉の旨味……! 白い米が、白い米が止まりませんわっ!」
「もぐもぐ……ふごっ……! 健人さん、天才! 健人さんは食の神様ですぅぅぅ!」
ガツガツと、なりふり構わず飯を食うS級戦乙女と女神。
ダイヤに至っては、気品も何もかなぐり捨てて、どんぶりの底にこびりついたタレまで米で拭い取っている。
「……ふぅ。御馳走様でした。……健人様、私は決めましたわ」
ダイヤが顔を上げ、真剣な眼差しで俺を見た。
「私、一生あなたの『道具』……いえ、護衛として仕えますわ! この料理を毎日食べられるなら、ドラゴンの群れだろうが魔王軍だろうが、一人で全滅させてみせますわよ!」
「おう、期待してるぞ。……ちなみにダイヤさん、今の飯代、銀貨3枚(約3000円)な」
「高っ!? 命の恩人のアフターサービスじゃないんですの!?」
「商売に私情は挟まない主義なんだ。……さあ、食べた分は働いてもらうぞ」
俺は空になった鍋を片付けながら、スマホの画面をチェックした。
借金返済までは、まだまだ遠い。だが、最強の護衛と、胃袋を掴んだ女神。
このパーティーなら、なんとかなる気がしてきた。
「よし。次は街を目指す。リリス、案内を再開しろ。寝るなよ」
「はーい……お腹いっぱいで眠いですぅ……むにゃ……」
こうして、俺たちの「借金返済」を目的とした本格的な冒険が幕を開けた。
……その数時間後、街の入り口で、パチンコに負けて機嫌の悪い「クズエルフ」と出会うことになるとは、この時の俺はまだ知らない。




