EP 4
S級令嬢の胃袋を、3分間と数百円で掌握する。
「タタタタタタタッ!!」
心地よい連射音が森に響き渡る。
『KURE 5-56』の圧倒的な浸透力と防錆・潤滑作用により、ダイヤの魔導サブマシンガンは新品同様、いやそれ以上の滑らかさで魔法弾を吐き出し始めた。
「す、凄いですわこれ! スライドの引っ掛かりが全くありませんの! これが異国の魔法の油……!」
ダイヤは感動に打ち震えながら、野盗たちを次々とハチの巣(※殺傷力を抑えた非致死性の魔法弾)にしていく。
「ひぃぃっ! バカな、あいつ弾切れだったはずじゃねぇのか!」
「ええい、怯むな! 相手は一人だ、魔法で焼き払え!」
野盗のボスらしき男が怒鳴り、数人の魔法使いが杖を構えて詠唱を始めた。
「させませんわ!」
ダイヤは弾の切れたサブマシンガンを背中に背負うと、今度は俺がスライディングで渡したもう一つのアイテム――『熊撃退用 ペッパー・催涙スプレー』を手に取った。
その瞬間、彼女のユニークスキル【ウェポンズマスター】が発動する。
地球の近代護身用具に初めて触れたはずのダイヤは、一瞬で安全ピンを引き抜き、風向きを計算し、最適な射程距離(約5メートル)までステップを踏んで接近した。
「目眩ましの魔導具、その威力見せてもらいますわ!」
プシュゥゥゥゥッ!!
ノズルから噴射された、カプサイシン成分が限界まで濃縮されたオレンジ色の激辛ガス。
それが野盗たちの顔面にクリーンヒットした。
「ギャアアアアアアッ!!?」
「目、目がァァァァ! 燃えるぅぅぅ!」
「息がっ、呼吸がぁぁっ! ゲホッ、オエェェッ!!」
さっきまでイキり散らしていた野盗たちが、全員地面をのたうち回り、涙と鼻水を撒き散らして阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出している。
「……恐ろしい威力の毒霧魔法ですわね。少し引きますわ」
「お前が使ったんだろ!」
俺がツッコミを入れた直後だった。
背後の茂みから、ガサリと音がした。
「テメェ、よくも邪魔してくれたな商人ァ!」
催涙ガスから逃れていた野盗の一人が、手斧を振りかぶって俺の背後に迫っていた。
隠れていたリリスが「あわわっ! 健人さん、後ろですぅ!」と悲鳴を上げる。
「うおっ!?」
俺は反射的に、小脇に抱えていた『世界樹の木の棒』を野球のスイングの要領でフルスイングした。
学生時代、草野球で鍛えたフォームだ。
――カァァァァンッ!!!
木と人間がぶつかったとは思えない、金属バットの芯で捉えたような甲高い音が響いた。
「へぶべッ!?」
野盗の顔面にクリティカルヒットした木の棒は、折れるどころか一切のしなりも見せず、野盗の巨体をボールのように弾き飛ばした。
男はそのまま空中を20メートルほど吹っ飛び、太い木の幹に激突して白目を剥いて気絶した。
「…………えっ?」
自分の手にある棒を見る。
俺、そんなフルスイングしたか? いや、そもそも人間の腕力で大人があんなに飛ぶわけがない。
「なっ……! まさか今の、闘気も魔法も纏わずに純粋な『筋力』だけで!? なんという規格外の膂力……あなた、ただの商人ではありませんわね!?」
「いや違うから! この棒がヤバいだけだから!」
ダイヤが俺を『熟練の戦士』を見るような目で警戒し始めているが、違う。俺のステータスはさっきから徹夜明けの社畜のままだ。どうやらこの『世界樹の木の棒』、とんでもない物理補正と絶対破壊されないチート耐久力を持っているらしい。
「と、とりあえず終わったな。お嬢さん、野盗の縛り上げは頼む」
「ええ。この極悪人どもはギルドに突き出して、たっぷりと賞金を頂きますわ」
ダイヤが手際よく野盗たちをロープで縛り上げている間、俺はリリスと一緒に息を整えていた。
「ふぅ……。終わったな」
「健人さん、ナイススイングでしたぁ! さすが私が選んだ異世界人さんですぅ!」
「お前は一生しゃがんでただけだろ」
作業を終えたダイヤが、額の汗を拭いながらこちらへ歩いてきた。
近くで見ると、やはりとんでもない美人だ。紅蓮の瞳が、俺をじっと見つめている。
「……助かりましたわ。私はダイヤ・マーキス。しがない賞金稼ぎですの」
「俺は武田健人。ただの行商人だ。それでダイヤさん、約束の代金だが」
俺が右手を差し出すと、ダイヤはビクッと肩を震わせ、ものすごく嫌そうな顔をした。
「……分かっていますわ。命の恩人に対して、踏み倒すような真似はしませんわよ」
ダイヤは腰からボロボロの革袋を取り出し、中から銀貨を5枚、一枚ずつまるで我が子と別れるかのような悲痛な表情で俺の掌に乗せた。
「銀貨5枚……これで明日の弾薬代が……いえ、この賞金首どもを換金すればお釣りは来ますの! ええ、痛くも痒くもありませんわ!」
強がっているが、声が震えている。
その時だった。
――ギュルルルルルルルゥゥゥゥ。
「お前、まだ腹鳴ってんのかリリス」
「えっ? 私じゃないですよぉ?」
リリスが首を横に振る。
俺たちが視線を向けた先では、ダイヤが顔を真っ赤にしてお腹を押さえていた。
「ち、違いますわ! これは……その、私の内なる『闘気』が、次の戦いを求めて咆哮を上げているだけですわーっ!!」
「んなわけあるか。腹減ってんだろ。街まで戻るのか?」
「宿代? 高くて無理無理ですわ! 私はここで野営ですの!」
ダイヤは魔法ポーチから、修繕の跡が痛々しい一人用の安物テントを取り出し、慣れた手つきで設営を始めた。
貴族の令嬢と名乗っていたのに、あまりにも不憫すぎる。
俺はスマホを取り出し、再び『神様Pay』のアプリを開いた。
異世界で商売をしていくなら、このS級の実力を持つ極貧令嬢をボディーガード(兼 得意先)として囲い込むのが得策だ。
「えーっと、『カップ麺(シーフード味)』と『保温魔法瓶(お湯入り)』で……合計700円、と」
俺は召喚したお湯をカップ麺に注ぎ、3分待ってから、テントの前で体育座りをしてしょんぼりしているダイヤの前に差し出した。
「ほら、食えよ」
「……これは? 何かの中毒性のあるヤバい薬ですか?」
「日本の『カップラーメン』って言う極上の携行食だよ。さっきの取引の、アフターサービスだ」
ダイヤは警戒しながらも、湯気と共に漂うシーフードとジャンクな小麦粉の香りに抗えず、恐る恐るフォークで麺をすくって口に入れた。
「…………ッ!!?」
ダイヤの瞳が見開かれる。
「な、なんですのこれぇぇぇっ!? 麺が滑らかで、スープに海鮮の圧倒的な旨味が溶け込んでいますわ! ルナミス帝国軍が配給しているMRE型の100倍……いえ、1000倍は美味しいですわーっ!!」
ダイヤは涙をボロボロと流しながら、ものすごい勢いでカップ麺をすすり始めた。あっという間にスープまで飲み干し、底をペロペロと舐めようとする勢いだ。
「あわわわ! ずるいですぅ! 私にもお団子かカップ麺を召喚してくださいぃぃ!」
横でリリスが俺のジーパンを引っ張ってギャーギャー騒いでいるが、無視した。
「美味かったか?」
「は、はいっ……! 生きてて良かったですわ……!」
「俺についてくれば、その『カップラーメン』、いつでも食わせてやるぞ。ただし、俺の護衛として働くのが条件だ」
「やりますわ! 一生ついていきますわ健人様!」
チョロい。あまりにもチョロすぎる。
こうして俺は、残高9万3900円のクレカとカップ麺1個で、S級の戦力(美少女)を手に入れることに成功したのだった。




