EP 3
紅蓮の戦乙女は、オイル代をケチる。
「……お腹すきましたぁ。健人さぁん、お団子召喚してくださいぃ……」
「ダメだ。俺の残された資本(枠)は10万円ぽっちなんだ。嗜好品に使う余裕なんて1円たりともない」
鬱蒼と茂る森の中。ペチペチと健康サンダルを鳴らしながら歩くリリスが、恨めしそうな目で俺を見てくる。
女神のくせに驚異的な燃費の悪さだ。ここ数時間、ずっと「お腹すいた」と念仏のように唱え続けている。
「ひもじいですぅ……このままじゃ、女神なのに餓死しちゃいますぅ……」
「そこら辺の草でも食ってろ。というか、なんで俺が転生初日からお前のエンゲル係数まで心配しなきゃならないんだよ」
俺が溜息をつきながら『世界樹の棒』で下草を払い除けていた、その時だった。
――パンッ! ダダダダダッ!!
「ひゃっ!?」
「銃声……!?」
前方の茂みの奥から、けたたましい発砲音と金属のぶつかる音が響いてきた。
俺は咄嗟にリリスの芋ジャージの襟首を掴み、巨大な木の根の陰に身を隠した。
そっと茂みの隙間から覗き込むと、そこには異世界ファンタジーと近代兵器が入り混じった、異様な光景が広がっていた。
「オラオラァ! 弾切れかよ、賞金稼ぎのネーチャン!」
「大人しく捕まれや! 良い値で売り飛ばしてやるからよォ!」
汚い身なりで、剣や斧、そしてボルトアクション式のライフルを構えた10人ほどの野盗の群れ。
その中心で彼らに囲まれているのは、一人の女戦士だった。
燃えるような真紅の髪に、貴族のような気品ある顔立ちの超絶美女。
彼女は紅蓮色のアーマー(クリムゾンアーマー)を身に纏い、右手には巨大な剣、左手には黒光りするサブマシンガンのような魔導兵器を構えていた。
(……すげぇ美人。でも、なんかめちゃくちゃ泥臭い戦い方してんな)
「くっ……! 悪党の分際で、この紅蓮の戦乙女、ダイヤ・マーキスを舐めないで頂きたいですわ!」
ダイヤと名乗ったその美女は、叫びながらサブマシンガンの引き金を引いた。
――カチッ。
だが、銃口から弾(魔法弾)は出ず、虚しい金属音が鳴っただけだった。
「ああっ!? ここで排莢不良ですの!? 先週、銃のメンテナンスオイル代をケチって、天ぷら油の残りカスで代用したのが裏目に出ましたわーっ!!」
「天ぷら油で銃のメンテすんなよ!!」
俺は思わず茂みの陰から渾身のツッコミを入れてしまった。
「な、なんですか!? 誰ですの!?」
「あ、ヤベ」
野盗たちと、顔を真っ赤にしたダイヤの視線が一斉にこちらに向く。
だが、ダイヤはすぐに野盗たちへ向き直り、マシンガンをポイッと放り捨てて腰のホルスターから拳銃を抜いた。
「ええい、こうなったら魔導式拳銃で……っ!」
バンッ! バンッ! と二発撃ったところで、拳銃のスライドが後退して止まった。
「弾切れ!? しまった、昨日の夜、野犬を追い払うのに弾を無駄遣いしすぎましたわ……! あぁもう、弾薬(魔石)って高すぎますのよ! 安宿の素泊まり一泊分もするんですから!」
「いや命かかってる場面で宿代と天秤にかけんなよ!」
俺はまたツッコミを入れてしまった。この美人、S級の強さを感じるオーラを放っているのに、言動が果てしなく『極貧』のそれだった。
「ギャハハ! 弾もねぇ、銃もぶっ壊れてる! 終わりだなネーチャン!」
「野郎ども、殺さない程度に痛めつけてやれ!」
野盗たちがニタニタと下卑た笑いを浮かべながら、ダイヤとの距離を詰めていく。
ダイヤは巨大な剣『天魔竜聖剣』を構え直すが、その表情には焦りが見えた。多勢に無勢、しかも彼女は明らかに疲弊している。
「健人さぁん、どうするんですかぁ? 私、回復魔法なら使えますけど……あ、間違えて相手のパラメータ上げちゃうかもしれませんぅ……」
「お前は絶対に何もしないでしゃがんでろ。……アレは、ビジネスチャンスだ」
俺はスマホを取り出し、『神様Pay』のアプリを起動した。
あの美人賞金稼ぎ(ダイヤ)は強い。だが、深刻な『物資不足』に陥っている。
なら、商人の出番だ。
「えーと、検索窓に……『潤滑油』と『護身用グッズ』……っと」
俺は日本のネット通販サイトの画面をスワイプし、目当ての商品をカートに入れた。
・KURE 5-56(防錆・潤滑剤) 320ml:約400円
・熊撃退用 ペッパー・催涙スプレー:約5,000円
「合計5,400円。投資としては悪くない」
『召喚(購入)』ボタンをタップする。
次の瞬間、俺の手の中にポンッと見慣れた赤と白のスプレー缶と、黒い催涙スプレーのボトルが出現した。
「リリス、ちょっとここで待ってろ」
「は、はいぃ! 気をつけてくださいねぇ!」
俺はスプレー缶を両手に握りしめ、世界樹の木の棒を脇に抱えると、茂みから堂々と野盗たちの前に歩み出た。
「おいそこのお嬢さん! 銃のオイルと、目眩ましの魔法道具、必要か!?」
突然乱入してきた俺(パーカーにジーパン姿)を見て、野盗もダイヤも目を丸くした。
「なっ、なんだテメェは!?」
「どこから出てきましたの!? 危険ですわ、下がっていなさい!」
「俺は通りすがりの行商人だ! そこの極貧令嬢、弾切れとオイル切れでピンチなんだろ!? 俺の『魔法の潤滑油』と『目潰しの魔導具』、今なら特別価格、銀貨5枚(約5000円)で使わせてやる!」
「誰が極貧令嬢ですの!? 私は誇り高きマークス公爵家の……って、銀貨5枚!? た、高いですわ! ぼったくりですわーっ!」
ダイヤは剣を構えながらプンスカと怒るが、俺は冷徹な商人の顔を崩さなかった。
命の危機という究極の『需要』がある今なら、この値段でも絶対に売れる。
「じゃあ見殺しにしてもいいんだな!? 天ぷら油で動かなくなった銃と一緒に、野盗に捕まるか!?」
「くっ……! 背に腹は代えられませんわ! 買います、買いますからそれを貸しなさいな!」
「毎度あり! 契約成立だ!」
俺は野盗たちがポカンとしている隙に、ダイヤの足元に向かって『KURE 5-56』と『催涙スプレー』を思い切りスライディングで滑らせた。
「あの野郎、何しやがる! ぶっ殺せ!」
野盗の一人が俺に向かって斧を振りかぶる。
だが、ダイヤの動きは早かった。
地面に滑ってきた赤と白の缶(KURE 5-56)を拾い上げると、瞬時にその構造を理解したのか、一切の躊躇なくジャムっていたサブマシンガンの機関部にプシュゥゥゥッと吹き付けた。
「な、なんという浸透力と滑らかさ……! これが、魔法の潤滑油……!」
ダイヤのユニークスキル【ウェポンズマスター】が、現代日本の工業の結晶を一瞬で最適解へと導いたのだ。
「チャージングハンドル、ヨシ! 行きますわよ、悪党ども!!」
ダイヤがサブマシンガンを構え直す。
今度は虚しい金属音ではない。けたたましい連射音と共に、魔法の弾丸が野盗たちを容赦なく薙ぎ払った。




