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EP 2

ようこそポポロ村へ(※ただし廃村に限る)

「……おい、リリス。お前の持ってるその『女神のカンペ(マップ)』、本当に合ってんのか?」

俺はジト目で、隣を歩くピンクの芋ジャージを見下ろした。

ルナミス帝国の街を出発して数時間。俺たち四人は、三国(ルナミス、レオンハート、アバロン)の緩衝地帯に位置するという『ポポロ村』の入り口に到着していた。

「合ってますぅ! ほら、あそこに『ようこそポポロ村へ』って書かれた木の看板が落ちて……いえ、立ってますぅ!」

リリスが指差した先には、シロアリに食い荒らされ、半分へし折れたみすぼらしい立て札があった。

問題は、その看板の先である。

『村興し(むらおこし)』というからには、寂れているとはいえ、多少の村人やのどかな田園風景が広がっているものだとばかり思っていた。

だが、目の前に広がっていたのは――。

「……これ、村っていうか、ただの『遺跡』じゃねぇか?」

俺の口から、乾いた声が漏れた。

屋根の抜け落ちた廃屋。雑草が生い茂り、完全に自然へと還りつつある畑。人の気配は一切なく、文字通りペンペン草一本しか生えていない荒れ地だった。

風がヒューッと吹き抜け、どこからともなく転がってきた枯れ草のタンブルウィードがコロコロと通り過ぎていく。

「……私の使っているテントの方が、まだ文化的で雨風を凌げますわね」

極貧令嬢のダイヤですらドン引きしている。

「おい健人。酒場はおろか、村人すらいねぇぞ。俺は何をモチベーションに働けばいいんだ」

ウィスターが不機嫌そうにセブンスターを吹かす。

「いや、待て。落ち着け。きっとここは村の外れで、中心部に行けば人が……」

俺が現実逃避をしようとした、その時だった。

「あっ! そこの方たち、もしかしてギルドの依頼を見て来てくださったんですか!?」

廃屋の陰から、パタパタと軽快な足音を立てて一人の少女が駆け寄ってきた。

「おおっ、村人第一号……って、え?」

俺は少女の姿を見て、思わず目を丸くした。

頭には雪のように白い『ウサギの耳』が生えている獣人族。顔立ちはアイドルも顔負けの超絶美少女だ。

だが、驚いたのはそこではない。彼女の『服装』だ。

ファンタジー世界の村人といえば、麻布の服やエプロンドレスが相場だが、彼女は違った。

動きやすそうなオーバーサイズのパーカーに、黒のストレッチパンツ。完全に『地球のストリートファッション』である。

さらに足元には、ルナミス帝国のガテン系ショップ『タローマン』のロゴが入った、ゴツい特注の安全靴(コンバット・スニーカー仕様)を履いていた。

「あ、初めまして! 私、このポポロ村の村長を務めております、キャルルと申します!」

パーカーのポケットから飴玉を取り出しながら、キャルルと名乗ったウサギ耳の美少女は、ペコリと深く頭を下げた。

「そ、村長? あんたが?」

「はいっ! 前の村長さんが老衰で亡くなられて、私が引き継いだんです!」

キャルルはニコッと人懐っこい笑顔を向けた。めちゃくちゃ可愛い。

だが、その背後から、ズシン、ズシンと異様な足音を立てて『何か』が近づいてきた。

「けっ。またギルドの甘い汁に釣られて、バカなカモが引っかかりやがったな」

「……は?」

俺の視界に入ってきたのは、麦わら帽子を被った『歩く大木』だった。

樹皮で覆われた人型の植物(樹人)。口には極太の葉巻をくわえ、右手にはなぜか、大剣のように巨大で鋭い『ネギ』を握りしめている。

「な、なんだこの喋る木とネギは!?」

「あ、驚かせてすみません! 彼はネギオ。この村の自警団兼、私の農作業のお手伝いをしてくれている突然変異の樹人さんです!」

「農作業ってレベルじゃねぇだろそのネギ! 殺傷能力高そうじゃねぇか!」

俺がツッコミを入れると、ネギオはフンと鼻から煙を吐き出した。

「うるせぇ小僧だな。俺の『ネギカリバー』は鋼鉄だって両断できるんだぜ。……で? お前ら、この惨状を見てまだ逃げ出さずに立ってるとは、よっぽど金に困ってんのか?」

痛いところを突かれ、俺とウィスターは思わず目を逸らした。

「えっと……キャルルさん、だっけ」

俺は気を取り直し、村長であるウサギ耳の少女に向き直った。

「俺たちは『地域村興し応援隊』の依頼で来た、武田健人だ。こっちはダイヤ、ウィスター、リリス。……で、単刀直入に聞くけど。他の村人はどこにいるんだ? 挨拶して、作業の割り振りを決めたいんだが」

俺の言葉を聞いた瞬間、キャルルのウサギ耳が、ぴえん、と力なく垂れ下がった。

「そ、それが……ごめんなさいぃっ!」

キャルルは突然、俺たちの前で勢いよく土下座ジャンピング・ドゲザをキメた。

「ひゃあっ!? なんですの急に!」

ダイヤが驚いて一歩下がる。

「人手が! どうしても人手が欲しくて、ギルドに無理を言って『村興し』って名前で依頼を出したんです! でも、本当は……っ」

キャルルは涙目で顔を上げ、後ろの廃墟群を指差した。

「若い衆はみんなルナミス帝国の都会に出稼ぎに行って帰ってこないし、お年寄りは寿命で亡くなって……今この村にいるのは、私と、ネギオと、野生の魔獣だけなんですぅぅ!」

「「「…………はい?」」」

俺、ダイヤ、ウィスターの三人の声が、綺麗にハモった。

(リリスだけは「飴玉落ちてないですかぁ?」と地面を探していた)。

「い、いやちょっと待て! 村人が『ゼロ(村長と樹人除く)』!? それで村興しって、どういうことだ!」

「文字通りゼロからのスタートです! 畑を耕すところから、家を建て直すところまで、全部です! 応援隊という名の、完全なる『開拓労働者』なんです!」

「詐欺じゃねぇか!!!」

俺の絶叫が、ゴーストタウンと化したポポロ村に虚しく響き渡った。

「だから金貨10枚も前金で積んでたのか……! 『村興し』なんて聞こえのいい言葉で釣って、実態はインフラ未整備の未開拓地でのタコ部屋労働!! 現代日本でもアウトな求人詐欺だぞ!」

「けっ、今更気づいても遅ぇよ。サインしちまったんだろ?」

ネギオが葉巻を吹かしながら、意地悪く笑う。

「ふざけんな! 誰がこんな泥沼のブラック開拓なんてやるか! 行くぞダイヤ、ウィスター! 前金はギルドに叩き返してやる! この依頼はキャンセルだ!」

俺は踵を返し、ルナミスの街へ戻ろうとした。

ダイヤも「そうですわね、いくら私でも家を建てるのは専門外ですわ」と同調し、ウィスターも「俺の美しい手が泥で汚れちまう」と杖を肩に担いだ。

「ああっ、待ってください! 帰らないでくださいぃ!」

キャルルがすがりついてくるが、俺の社畜レーダーが『これ以上関わると過労死する』と激しく警鐘を鳴らしていた。

だが、俺がギルドでもらった『契約書の控え』をポケットから取り出し、破り捨てようとした、その時だった。

――ヒュォォォォンッ!

ウィスターの咥えていた葉巻の火が風で煽られ、俺の持っていた契約書の紙の裏面に、フワッと熱風を浴びせた。

「……ん?」

熱を帯びた契約書の裏面に、うっすらと黒い文字が浮かび上がってきたのが見えた。

「おい、なんだこれ。裏に何か書いてあるぞ」

「どれどれ……『あぶり出しインク』ですわね。どれだけ悪辣な契約書ですの」

ダイヤが顔をしかめながら、俺の肩越しにその文章を覗き込む。

俺は、そこに浮かび上がった『極小文字の特記事項』を読み上げ――そして、全身の血液が完全に凍りつくのを感じた。

『※特記事項※

本依頼を途中放棄、または期間内に村の再生(黒字化)が認められなかった場合。

契約者は**違約金として、金貨1000枚(1000万円)**を、ルナミス帝国・レオンハート獣人王国・アバロン魔皇国の三国にそれぞれ支払う義務を負うものとする』

「――――――――」

金貨、1000枚。

日本円にして、1000万円。それが三国で、合計3000万円。

「……あの、健人様? なぜ白目を剥いて泡を吹いて倒れようとしていますの?」

「おい健人! しっかりしろ! 借金が90万から一気に3000万に増えただけだろ!」

「それを致命傷って言うんですぅ!」

俺はポポロ村の荒れた大地に膝から崩れ落ち、天に向かって、今日一番の絶望の叫びを上げたのだった。

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