第二章 ポポロ村開拓編
悪魔の誘惑。前金「金貨10枚」の甘い罠
「……金だ。とにかく、手っ取り早く、かつデカい金が必要なんだよ」
ルナミス帝国の冒険者ギルド。
喧騒に包まれた依頼掲示板の前に立ち、俺は血走った目で無数の羊皮紙を睨みつけていた。
昨日の『タラバガニ(死甲虫型)討伐』で得た報酬をクレジットカードの返済に充てた瞬間、ルチアナのクソ女神が【朝倉月人プレミアムチケット:11万5000円】を即時決済しやがったのは記憶に新しい。
現在、俺のスマホの『神様Pay』の利用可能額は、たったの【1,500円】。
これでは日本のネット通販からカップ麺すらろくに召喚できない。つまり、商売の元手ゼロという絶望的な状況だ。
「おいおい健人、そんなヤミ金業者みてぇな顔で睨んだって、都合よく大金が転がってるわけ――」
隣で葉巻(俺がなけなしの枠で召喚したセブンスター)を吹かしていたウィスターが、ふと一枚の羊皮紙に目を止めた。
「ん? なんだこりゃ。……『ポポロ村・地域村興し応援隊募集』?」
「村興し? なんだそのDASH村みたいな依頼は。俺たちは今、そんなボランティアをしてる余裕は……」
「待て、報酬欄を見ろ。『前払いで金貨10枚』って書いてあるぞ」
「……は?」
俺の首が、物理法則を無視した速度でギガッと動いた。
羊皮紙に書かれた文字を、一言一句見逃さないようにガン見する。
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【依頼】ポポロ村・地域村興し応援隊
・場所:ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の緩衝地帯
・内容:村の開拓、農業支援、および村長の補佐
・報酬:金貨10枚(前払いにて即時支給)※実績に応じて追加報酬あり
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「き、金貨10枚……!? 日本円にして約10万円……!!」
しかも、達成後ではなく『前払い』だと!?
俺の脳内で、凄まじい勢いで電卓が弾かれた。
10万円あれば、神様Payの枠が一気に回復する。10万円分の日本の物資(酒、タバコ、調味料、便利グッズ)を召喚してゴルド商会に売りさばけば、利益率は控えめに言って1000%を超える!
一気に借金を完済する足がかりになるぞ!
「健人様! この依頼、嘘ではありませんの!?」
いつの間にか俺の隣に陣取っていたダイヤが、羊皮紙を食い入るように見つめていた。
「金貨10枚……10万円……! そ、それだけあれば、最高級のガンオイルが樽で買えますわ! それに、ルナミス帝国軍の2型レーションだって一生分……いえ、獣人王国の極上肉シチュー(RCIR型)だって大人買いできますわーっ!!」
極貧令嬢の紅蓮の瞳が、完全に『強欲』のそれに染まっている。
「ヘッ。金貨10枚もありゃあ、ルナミス・パーラーの『トラックでドン!』を朝から晩までぶん回せるじゃねぇか。プレミア演出見放題だぜ」
クズエルフのウィスターも、パチンコ玉の幻影を見てニヤついている。
「あわわ……! 金貨10枚ってことは、ルナキンのハンバーグ定食が何個食べられるんですかぁ!?」
ポンコツ女神のリリスは、とりあえずヨダレを拭け。
金。金。金。
俺たち四人のパーティーは、それぞれ全く異なる絶望的な理由で、完全に利害が一致した。
「決まりだ! この依頼、誰かに取られる前に俺たちが受けるぞ!!」
俺は掲示板から羊皮紙をひったくると、猛ダッシュで受付カウンターへと向かった。
カウンターにいた受付嬢は、俺が叩きつけた依頼書を見ると、なぜか「えっ」と息を呑み、僅かに顔を引きつらせた。
「あ、あの……新米さん。本当に、この依頼を受けるんですか?」
「あぁ! 前金で金貨10枚、間違いないよな!?」
俺の鼻息の荒さに圧倒されながら、受付嬢は引き出しから分厚い契約書の束を取り出してきた。
「い、一応、契約書の内容を確認してサインを……あの、この依頼、実は過去に何組か冒険者が受けたんですが、みんな数日で逃げ帰ってきてしまって……」
「逃げ帰ってきた? なんでだ? 魔獣でも出るのか?」
「いえ、魔獣というより、その……色々と、『規格外』だそうで……」
受付嬢の言葉に一瞬だけ嫌な予感がよぎったが、俺の脳内はすでに『10万円の枠回復』で満たされていた。
72時間ワンオペ残業を乗り越えたこの俺に、こなせない労働などない。魔獣が出ようが、畑が荒れていようが、根性と悪知恵で乗り切ってやる!
「構わねぇ! 時間は金なりだ。サインはここに書けばいいんだな!?」
「ああっ、ちゃんと裏面まで読んで……!」
俺は受付嬢の制止も聞かず、分厚い契約書の束の最後尾に、勢いよく『武田健人』とサインを書き殴った。ダイヤとウィスターも、それに続いて嬉々としてサインする。
「はい、受理されましたぁ……」
受付嬢はどこか哀れむような目で俺たちを見つめ、カウンターの奥からズシリと重い革袋を取り出してきた。
チャリンッ。
袋を開けると、そこには眩いばかりに輝く黄金のメダルが10枚、確かに収まっていた。
「……ッッッ!!」
「や、やりましたわ健人様! これで極貧テント生活から抜け出せますの!」
「ヒャッハー! 待ってろよガオガオンのプレミア確定演出ゥ!」
俺たちはギルドの中心で、金貨の入った袋を抱きしめて狂喜乱舞した。
「よし! 前金は手に入れた! とっととポポロ村ってところに行って、適当に村興ししてやるぞお前ら!」
「おーっ! ですぅ!」
有頂天になった俺たちは、意気揚々とルナミス帝国の街を出発した。
これからの輝かしい大富豪への道(と借金完済)を夢見て。
……だが、俺は完全に忘れていたのだ。
「前金が異常に高い仕事」というのは、現代日本においても異世界においても、例外なく『逃げられない地獄のブラック労働(あるいは闇バイト)』であることを。
そして、その契約書に『透明なインク』で書かれた恐るべき特記事項の存在に気づくのは、ポポロ村の惨状を目の当たりにした後のことだった。




