EP 10
借金取りより怖い魔獣など存在しない(※なお、カニの味がする模様)
「バンッ!」
冒険者ギルドの木製カウンターに、俺は勢いよく両手を叩きつけた。
周囲の荒くれ者たちが何事かと振り返るが、知ったことではない。俺の背後には『リボ払いの強制徴収(全裸放り出し)』という絶対的な死神が迫っているのだ。
「お、おはようございます……えっと、本日のご要件は……」
受付嬢がビクビクしながら声をかけてくる。
「討伐クエストを受注したい! ターゲットは『死甲虫型』! 報酬は金貨2枚以上で即日現金払いのやつだ!!」
「デ、デス・ビートルですか!? あ、あれはBランク相当の極めて危険な死蟲機ですよ! 初心者のパーティーが受けるには……」
「問題ねぇよネーチャン。俺がついてる」
俺の後ろから、ウィスターが気怠げに受付嬢へウインクを飛ばす。
その神々しいエルフの超絶美貌に、受付嬢は一瞬で顔を真っ赤にして「ひゃんっ」と変な声を上げた。顔が良いクズはこれだからタチが悪い。
「ほら、申請通ったぜ。急ぐんだろ?」
「助かる。行くぞダイヤ、リリス!」
クエスト票をひったくるように受け取り、俺たちは街を出て街道をひた走った。
「健人様! この先の街道沿い、積荷が散乱していますわ!」
先頭を走っていたダイヤが、前方を指差す。
商人の馬車が無残に破壊され、木箱がひっくり返っている。幸い商人の姿はない。逃げ延びたか、あるいは……。
「……ギチ……ギチギチ……ッ」
不気味な機械音と、甲殻が擦れ合うような音が響いた。
ひっくり返った馬車の陰から姿を現したのは、全長3メートルは優に超える、巨大なカブトムシと装甲車を融合させたようなバケモノだった。
黒光りする分厚い装甲。六本の機械的な脚。そして、大木すらへし折りそうな巨大な顎。
「出ましたわ……『死甲虫型』! サルバロスの生み出した、物理も魔法も弾き返す歩く要塞ですの!」
「あれがターゲットか……。デカいが、ワンオペの深夜にやってくる酔っぱらいのクレーマーよりは話が通じそうだ」
俺はスマホのアプリ画面をチラリと確認した。
現在時刻、午前10時。明日の引き落とし日まで、猶予は24時間を切っている。
「やるぞ! ダイヤ、まずは牽制だ!」
「了解ですわ! 蜂の巣にしてやりますの!」
ダイヤが背中から魔導サブマシンガンを引き抜き、流れるような動作で構えて引き金を引く。
『KURE 5-56』でメンテされた銃は絶好調だ。
タタタタタタタッ!!
放たれた魔法弾が、デス・ビートルの装甲に次々と着弾する。
だが――。
キンッ! カキンッ! ギィンッ!!
「なっ……!? 全て弾かれましたわ! 私の魔法弾が、まるで豆鉄砲のように……!」
ダイヤが驚愕の声を上げる。
デス・ビートルの装甲には傷一つついていない。それどころか、苛立ったように巨大な顎をガチャガチャと鳴らし、赤いセンサーのような複眼をこちらに向けた。
「ギシャァァァァッ!!」
重戦車のような突進が、一直線にダイヤを狙う。
「ちっ、面倒くせぇな。燃えちまえ」
ウィスターが咥えていたセブンスターを指で弾き飛ばし、無詠唱で右手を突き出した。
瞬間、デス・ビートルの足元から紅蓮の炎柱が立ち上り、巨体を包み込む。
「すごい火力だ……! 効いたか!?」
「いや、ダメだ。あいつの装甲、耐熱コーティングまでされてやがる」
炎が晴れた後、デス・ビートルは少し表面が焦げただけで、止まることなく突進を続けていた。
「嘘でしょ!? ウィスターの魔法まで防ぐなんて……!」
ダイヤが咄嗟にステップを踏んで躱すが、デス・ビートルの巨体がかすり、彼女の態勢が大きく崩れた。
「ギチギチ……ッ!」
デス・ビートルが反転し、無防備なダイヤに巨大な顎を振り下ろそうとする。
「ダイヤ!」
俺はグリーンベレー・マニュアルの『対重装甲戦闘』の項目を脳内で閃かせながら、地面を蹴った。
(正面の装甲は抜けない。なら、狙うのは――!)
「――関節だ!!」
昨夜ウィスターに教わった通り、重心を低く落とし、デス・ビートルの死角となる脚の横へ滑り込む。
そして、絶対に折れない『世界樹の木の棒』を、デス・ビートルの六本脚のうち、装甲の薄い『関節部分(膝の裏)』めがけてフルスイングした。
ガァァァァンッ!!!
金属バットで鉄柱を殴ったような衝撃が腕を駆け抜ける。
俺の膂力ではなく、世界樹の棒が持つチート物理補正が、デス・ビートルの関節を見事に打ち砕いた。
「ギ、ギギヤァァァァッ!?」
「倒れた相手のバランスを崩す! あんたの教え通りだぜ、師匠!」
一本の脚を破壊され、巨大なデス・ビートルがバランスを崩して「ズゴォォン!」と横転する。
「へっ、上出来だクソ弟子」
ウィスターがニヤリと笑う。
「ダイヤ、今だ! ひっくり返って柔らかい腹の部分を狙え!」
「了解ですわっ! ……バーニング・オーラ……ッ!」
ダイヤが【天魔竜聖剣】を抜き放ち、炎と闘気を纏わせようとした、その時だった。
「あ、ちょっと待ってくださいぃぃぃーっ!」
ずっと後ろでモグモグと何かを食べていたリリスが、慌てて前に出てきた。
「なんだお前! 危ないから下がってろ!」
「えっとぉ、ルチアナ先輩のカンペの『天魔窟の魔物図鑑』のページに、すごいこと書いてありますぅ!」
リリスは分厚いカンペのページを開き、読み上げた。
「『死甲虫型は装甲を剥がして火を通すと、中身の身がギッシリ詰まっていて、タラバガニ級の極上の味がする』……だそうですぅ!」
「「「…………え?」」」
俺、ダイヤ、ウィスターの動きがピタリと止まった。
「タラバガニ……」
俺の脳内に、正月の特番でしか見たことがない、あの太くてぷりっぷりのカニ脚の映像がフラッシュバックする。
「高級海鮮……タラバガニ……カニ、蟹……っ!!」
ダイヤの瞳から、戦士の闘気が消え去った。代わりに、極貧令嬢の『猛烈な食欲(ハンターの眼)』が宿る。
「……おいダイヤ。カニだってよ。しかもあんな特大サイズの」
「……ええ。健人様。私の炎魔法と闘気の斬撃だと、中身の美味しいカニの身まで黒焦げになって消し飛んでしまいますわね……」
「あぁ。あんな美味そうな身を焦がすなんて、ギルティだ」
俺とダイヤは、ゆっくりと顔を見合わせた。
「ウィスター! あのひっくり返った虫の装甲の『隙間』にだけ、氷魔法を撃ち込めるか!?」
「あぁ? カニを美味く食うために、魔法の出力調整しろってか? ……フッ、セブンスターもう1カートン追加な」
「安いもんだ!!」
俺はスマホのアプリを開いた。
カニの身を傷つけずに仕留め、美味しく頂くための最適解。俺の残高8万2090円の枠が、ついに火を吹く時だ。
「ダイヤ! 魔法弾を抜いて、銃身にこいつをセットしろ!!」
「承知いたしましたわ!」
俺が召喚したのは、日本の冬の風物詩。
極太の『カニ用・殻むきハサミ&ピックセット(業務用水産加工用)』だった。
「さぁ、借金返済の前に……極上の海鮮バーベキューといくぜ!!」
「カニ! カニ! カニですわーーーっ!!」
借金取りに追われる社畜と、極貧令嬢の食欲。
デス・ビートルは今、自分が出会ってはいけない最悪の捕食者たちに遭遇したことを理解し、恐怖に脚を震わせていた。




