卒業④
キキィイイイイイ——
けたたましいブレーキ音が、暗い道に響いたが、
すでに捨てられてしまった男は、一方的にいじけて地面に寝ていた。
さっき言われた別れの言葉と、ただのいじけた子供の会話。
「先生……さようなら。卒業おめでとう」「じゃあな、美琴」
既に浴衣を整え、月光に照らされた彼女は、
凛として、どこまでも美しく、そして遠かった。
嫌がっていた彼女——そんなの違う。
泣くほど感じていたし、痛がるくせに悦んでいた。
逃げながら、求めていた……そう、俺は彼女に求められていた。
自分だけの感情を押しつけて、彼女を嘲笑い、
一方的に正当化して、優しい美琴を殺していた。
抵抗もせずに、全てを受け入れていた彼女の身体を、
力任せに従わせ、傷つけ、泣かせ、支配しようとした。
快感だった。気持ちよかった。もう一度やりたいとすら思った。
そんな自分を誤魔化すように、言い訳を塗り重ねる。
——誰にも、彼女を抱かせない。俺が好きなんだ。俺の物だ。
残った避妊具をすべて使い切り、
嫌がる彼女を押さえつけ、哀しませて、無理矢理力付くで従わせ、
自分だけのものだと叫びながら、彼女の優しさに甘え続けた。
それは、きっと罰だったのだろう。
静かに道路へ向かって歩き出した彼女の前に、車が到着する。
降りてきたのは女。
どこか苛立つような声と、乾いた笑いが、俺の耳に突き刺さった。
「みこぉ~。小学校って、何してたん?」「ちょっと色々とね」
「大胆ねぇ。まぁ、人が来ないから便利だけど…」
「都会では普通よ。よくトイレとかでも頼まれちゃうし」
「いや~私は無理ぃ。それでさ、聞いたよ、祭りの件…」
「ああ、アイツでしょ」
「そうそう。友達がカッコよくて、仕方が無いから呼んでるヤツ」
「カッコいい?ああ、彼ね……まあ、普通」
「みこなら普通かもしれないけど~」
「私はパス」「みこってさ、一途だもんね。そういえば一緒にいた彼は?」
「振られちゃった。アハハ」
「また振られたの?でも、 何度もアタックするのって、すごいよね」
「そう?それで、アイツどうなったの?」
「当分ダメでしょ。あの事、街中にバラまかれたから」
「ふぅん。悪かったかなぁ」「そういう優しさが、みこの悪い癖なんだよ」
「可哀想だったから、ちょっとだけ相手したら勘違いされちゃってさ」
「でも、ありがとね、みこが引き離してくれたから、うまく行きそう」
「本当にうまくいきそう?」「もう少しかなぁ。で、美琴さん?」
「……わかった。また出てほしいんでしょ? そんな顔しなくてもいい」
「ありがとう! みこが来るとカッコいいのいっぱい来るのよ」
「え…あの彼は?」「うーん……いいんだけど、もうちょっと」
「アハハハ。若いから色々経験したいんだよね」
「さすが、美琴。いやぁ、わかってくれますね、美琴姉さん」
「こっちにいる間はちゃんと付き合うから、いつでも呼んで」
「出来れば、今日も…」
「ごめん。全身が痛くてさ、今度埋め合わせるから許して?」
「ふーん。もう済んだってことね? みこちゃん、相変わらず大胆~」
「ちょっと襲ったら逃げられちゃった。魅力ないのかな、私」
「えぇ!? 彼を襲ったの? みこちゃん、本当に?」「アハハハ。いやぁ」
「実はさー、まだ近くに隠れてたりしてね?」
「もー、逃げられちゃったって言ってるよ。
早く送ってくれないと、もう呼ばれてもいかないから?」
「はいはい~、みこちゃん専用ドライバー発車いたしまーす」
「いつもありがとう。今日はよろしくね」
「そういえば美琴、今日はタクシーじゃないの?」
「……色々あってね」「その件、聞いてもいい? 美琴ちゃん」
「……秘密にしてくれるなら話すけど?」「絶対秘密にします!」
「アハハハ。じゃあ、今度酔ったときにね」
「じゃあ、みこの家へ出発~!」
その会話は、わざと聞かせたようにも思えた。
俺に、全部を教えるようにと、
今まで妄想していた事の真実を教えられた気がした。
傷つけるような噂を垂れ流している元凶は彼女で、
美琴も知っていて色々と話している。
もしかして、自分が男にだらしない女を演じて、
俺を被害者に仕立てて守ろうとしていた?とさえ考えてしまう。
しかも美琴はお金持ちで、いつもタクシー移動をしている事も、
もちろん、真夏に外を歩く必要も無いし、
駅から家まで、家から整骨院、家から叔父さんの家と、
俺が送る必要も無かった?俺に会いたかった?という自惚れ。
あれほど、嫌われるような酷いことをしたのに、
自分は悪くないと思ってしまう俺は、
なんて小さく、醜く、愚かで、醜悪な男なのだろう。
気づけば涙がこぼれていた。
二度と手に入らないと理解した時には、全て遅すぎたと後悔までして、
——その何十倍も、美琴が泣いていたことにも気づかないまま、
自分を慰めるために泣き続けていた。
卒業④




