管理人②
大きなクッションマットの上で理々杏は寝ていた。
(クロ。本当に、これって普通なの?
家族なら当たり前のことなの?本当に?)
(身体の調子を整えるのは普通のことだろ?
動物だって、親が子供の面倒を見てやるじゃないか。)
(うぅん。でも私って、もう子供じゃないよ?
ちゃんと大人に近づいてるんだから。これって普通の事?)
(親にとっては、いつまでも子供みたいなものさ。
だから、あまり気にしなくていいんじゃないかな。)
(そうなのかなぁ。これ、本当にマッサージなのかなぁ。)
(大丈夫、大丈夫。気にしない、気にしない。アハハハ。)
付き合いの長いクロには、隠し事などほとんどない。
それでも理々杏は、鈴木にここまで世話になっていいのか、
このまま流されてもいいのか、どこかで迷い続けていた。
だが、クロが何も警戒していない以上、
少なくとも悪い人ではないのだろうと、心を誤魔化していた。
「そうか? ……ここが張っておるな。」
「うぅっ……あっ、痛い!」
「そうか、そうか。ここじゃな。」
「あっ……うぅ。そこは少し楽かも。」
「だいぶ疲れが溜まっておるな。遠くまで歩いたのかい?」
「うぅん……ちょっとね。」
理々杏は、いつものように風呂を借り、
身体を温めたあとでマッサージを受けていた。
長時間歩いたせいか、脚には強い疲れが溜まって、
押される場所によっては痛みが走る。
しかし、ほぐれていく感覚もあり、
思わず声が漏れてしまうこともあった。
理々杏は、このマッサージを受けると身体は楽になる。
だが同時に気恥ずかしさもあり、
必要な時だけするように、お願いしていた。
それでも鈴木は嫌な顔一つせず、いつも笑って引き受けてくれる。
そんな優しさに対して、理々杏は不思議な安心感を抱いていた。
「今日は、何か頼み事でもあったのかい?」
「うぅ……そうだった。ちょっと相談したいことがあって。」
「なんじゃ、言ってみなさい。」
鈴木の手は止まらない。
疲れの溜まった筋肉を丁寧にほぐしながら、
理々杏の言葉を待っていた。
「実はね……今日、変な会社を見つけたの。」
「変な会社?」
「うん。新聞の求人欄に載ってたんだけど……。」
理々杏は、昼間に見つけた『正義の味方会社』の求人について、
ぽつりぽつりと話し始めた。
鈴木は、相槌を打ちながら聞いていたが、
やがて少しだけ真剣な表情になる。
「それは、また妙な話じゃな。」
「やっぱり変かなぁ。」
「少なくとも、慎重にはなった方がいい。」
「だよねぇ……。」
「それで、今回のお願いは何かな?」
「スマホ……スマホが欲しいんです。どうにかなりませんか?」
「いいよ。また何か手伝ってもらえるなら用意してあげよう。」
鈴木にとっては、
理々杏がこうして頼ってくれるだけでも十分嬉しかった。
だから本当は条件など必要ない。
それでも彼女が遠慮する性格なのを知っているので、
あえて交換条件の形を取っていた。
「は……恥ずかしいことはダメだけど、他のことなら頑張るから。」
(やっぱり次も仕事の話になるんだね。)
(アハハ。考えすぎじゃないかな。)
理々杏は少しだけ頬を赤くした。世話になっている自覚はある。
だからこそ、何かしらの形で恩返しをしたいとも思っていた。
「そうだなぁ。
鈴木さんじゃなくて、いつもおじいちゃんって呼んでくれないか?」
「えっ……おじいちゃん?」
「ああ。嫌じゃなければね。」
理々杏は目を丸くした。血の繋がった家族はいない。
頼れる相手も少ない。
そんな自分に向けられた言葉だった。
「お……おじいちゃん?」
「ああ、リリ。」
その呼び方を聞いた鈴木は、とても嬉しそうに笑った。
(クロぉおおお。おじいちゃんだって。いいのかな?)
(だから言っただろ? ちゃんと大事に思ってくれてるんだよ。)
理々杏は少しだけ照れながら、小さく笑った。




