破壊①
「アイツ……大人だよな……」
美琴の事を全て忘れられたら、どんなに楽だろう。
あの出会いから、昨日の余韻ごと、
全部なかったことにできたらって、何度思ったか分からない。
でも俺は未練がましく、
彼女から教えてもらったSNSアカウントのメッセージを見ていた。
そこには、現実より少し綺麗に整えられた“彼女”がいた。
飾られた服、絶妙な角度の自撮り、淡々とした言葉。
更新頻度はまばらなのに、コメント欄はメッセージで溢れている。
画面の向こうでは、彼女だけが読めるDMが飛び交っているのだろう。
もっと踏み込んだ、もっと直接的な──
聞かせる事さえ躊躇する言葉たちが、
昼夜問わずに、毎日のように…美琴に送られていく。
想像すると、苦しくなる。でも、それでも俺は目を背けられなかった。
……だって。
そんな彼女と、俺は眼の前で直接話をした。隣で笑って貰った。
二人きりで車に乗って、しかも、あんなことまで約束している。
──俺、すごいんじゃないか。
そんな気がした。たぶん、美琴を画面の先にいる人だと吹っ切っていた。
そんな特別な人と接点があるという、
妙な高揚感と、ちっぽけな優越感が心を満たしていた。
あの夜から一度もちゃんと眠れてなかったはずなのに、
目覚ましの音で意識が戻ったときには、少しだけ身体が軽かった。
「美琴さん……ありがとう」
誰もいない車の中で、ぽつりと口をついたその言葉に、自分でも驚いた。
ありがとうって……俺、何に感謝してるんだろうな。
誰も見てくれていなかった自分の事を、
ただ一人だけ見つめてくれた彼女の気持ちに気づかないまま、
とても悲しく、哀れな男が歪んでいく。
作業を終えた俺は、いつもの集荷場に車を走らせる。
なぜだろう、顔が緩んでしまう。
昨日までと何も変わってないのに、胸の中は少しだけ明るかった。
──だが、それが甘かったのかもしれない。
先に集荷に来ていた若い男と、受付のオバサンが話していた。
「お疲れ様。眠そうねぇ。お父さん来ないけど、大丈夫?」
「オヤジは、最近疲れやすくて……俺、代わりに来ているんスよ」
見たことあるけど話したことのなかった男が、
元気に受け付けの彼女と話していた。
「家、継ぐの?」
「辞めたいんですけどね。儲からないし。
でも、親父の畑をそのままにするのも……
それが、なんかイヤで、大学に行くのも辞めたんですよ。」
「ウソ…本当に?お父さん勉強嫌いで困ったって愚痴ってたわよ。」
「あはは、勉強が嫌いなのは本当ですけど……」
「そっか。だったらさ、早く子ども作りなよ。
孫がいるとさ、おじいちゃんなんて自然と元気になるのよ」
笑いながら若い男に言っている言葉に、
何故か自分にも言われているような気がして、拓海も思わず黙り込んだ。
……もしも、両親が生きていたら。
こんな風に、誰かに子どもの話をされて、
結婚して妻や子供の話をしながら、お互いに笑っていられたのかな。
そんなことをぼんやり考えて、並んで自分の順番を待っていた。
「いい女が、最近街に多いんですよ、もうすぐ祭りもあるし、
地元に戻ってきてる子多くて、その子を狙ってます。」
「へぇ。誰のことよ?」
「それはヒミツっす。付き合ったら、真っ先に紹介しますから」
前の若い男は、どこか得意げに笑っていた。
俺にはない、あの自身に満ちた顔。
若く元気で、失うものなんて何もないって顔。
「ちょっといい?」「あ、すみません」「これ、お願いします」
流石にこれ以上待ってもいられないし、
自慢話でも続きそうな彼の横から、俺は納品伝票を差し出した。
「ハイハイ。ちょっと待ってね。確認してくるから」
おばさんが奥に引っ込んだタイミングで、
アイツが、こっちに向って話しかけてきた。
「先輩、結婚しないんスか?」「……は?」
「まあ、そうっすよね。生活のこともあるし…結婚か…ハァ」
馴れ馴れしく話しかけてきた彼の言葉なのに不意を突かれたらしく、
その問いに少しだけ胸がざわついた。
……そうだよな。俺、結婚なんて、考えたことすらなかった。
相手もいないし、この仕事で一生生活出来るかも分からない。
けど、もしも──
最近までは、何度も妄想していた映像が頭をよぎっていく。
「ちょっと、やめなさいよ。本当にごめんねぇ」
「あはは、大丈夫です」
おばさんが戻ってきて謝ってくると、空気がふわりと戻る。
「農家って、やっぱ結婚が難しいのかな……はぁ、やっぱりなあ……」
男の落胆した声を、どこか他人事のように聞いている。
しかし、最近までは結婚など関係ないと思っていたが、
今では心のどこかに刺さるものがあった。
「二人で働けばいいでしょ? 今どき、男が女を養う時代じゃないわよ。
イイのよ、それで…二人でしあわせになればいいの。わかった?」
「……そうかぁ、それなら……いけるかな」
「ありがとうございました。また明日もお願いしますね」
途中から嬉しそうに笑い始めた男を見て驚いたが、
おばさんの笑顔に背中を押されるように、俺は無言で車に乗り、
さっきの声を思い出す度にハンドルを握った手が少しだけ汗ばんでいた。
「あの声…?」
破壊①




