妄想⑤
「……そうだよな」
そろそろ寝ないと、早朝の集荷に響く時間だが、
何かを求めて、スマホを持つ指は止まらなかった。
何度見返しても、自分が最後に送った「イク」というメッセージ。
その隣に、小さく既読のマークがついているだけ。
あのあと彼女を目的地まで送り届けたが、俺が不機嫌そうな顔で別れた。
夕方、ぐちゃぐちゃになっていた畑を整え、
ひと息つくように目を閉じたはずなのに──
浮かんでくるのは、美琴のあの笑顔ばかりだった。
昔、大人しかった彼女が、はにかみながら笑っていた顔。
それがもう、遠い過去のものに思えるなんて……自分でも驚いていた。
「……みこちゃん……美琴……みこ……」
なぜ、こんなにも彼女のことが頭から離れないのか。
あの屈託のない笑顔に惹かれたから?
それとも──祖父母と同じように、“昔の美琴”を諦めてしまったのか。
あるいは、ただセックスができる“都合のいい女”として、
あの魅力的で敗退的な彼女を見ていたのか。
──いや、どれも違うようで、どれもが正しい気もしていた。
そんなことを考えながら、指先は無意識にスマホをなぞっていた。
[何してる?]
普通の子なら、もう帰宅していて、早ければ眠っている時間だ。
──でも、都会の美琴なら。まだ、どこかで起きている気がして……
諦めきれない気持ちを押しつけるように、メッセージを送った。
(そうだよな。もう寝てるよな……)
既読がつかない事で、どこかで安心していた。
だが、その数分後。
画面に返信が届き、通話の着信マークが点滅する。
「起きてた! 話せる……謝れる……!」
別れ際のことを思い出しながら、慌てて通話ボタンを押した。
スピーカーから聞こえたのは、美琴の明るい声と、賑やかな音だった。
「あはは、せんせぇ~、こんな夜中に連絡ぅ? あはは!」
すぐに謝ろうとした言葉は、周囲の騒がしい音でかき消された。
「みこ……“先生”って、誰だよ……」「せんせぇ。俺、覚えてますか?」
「みこちゃん、次はアンタだって……早く、早く……」「あはは? 誰?」
──男の声が、はっきりと聞こえる。
酔っているらしい、複数の若い男たちの声。
そして、どこか艶のある女たちの笑い声。
夜の街でも流れている、あの独特で大音量のBGM。
「……すまん。飲んでたんだな。……また今度、またな……」
自分の声が、ひどく情けなく響いた。
迎えに行く。今すぐ会いたい。好きだ。
キミのことを、全部──
そんな言葉が喉までこみ上げてきたのに、口にはできなかった。
「ごめんねぇ? 言ってなかった? お迎えはいいよ~。
たぶん泊まると思うからぁ~。おじいちゃんには言ってあるよぉ~」
──泊まる? 今夜、男と? 女と……だよな?
頭が真っ白になった。
「みこ。先生って……誰だよ。男か?」
「とってもいい人でぇ~、昔の……初恋の人ぉ~」
美琴はどこか吹っ切れたような声で言うが、拓海にはそれが届かない。
「あー、あの人でしょ? 知ってる知ってる~」「恋バナ~。あはは~」
「……どこまでいったの?」「教えて、教えて……」「みこ、お前……」
男たちは明らかに美琴を狙っていて、その距離も近い。
他にも数人、男女がいるようで、笑い声が絶え間なく聞こえていた。
──初恋の人だと言ってもらえたのは、たしかに嬉しい。
でも、美琴の口から「終わった恋」だと語られた現実に、
拓海は呆然とした。
「……もういい。切るぞ。……またな。……また今度……」
電話の向こうが、楽しければ、楽しそうなほど、
自分の矮小で卑屈な気持ちがいやになっていく。
彼女がかけてほしい言葉なんて、想像すらできなかった。
「はぁ~い、せんせぇ~。おやすみぃ~。お仕事、がんばぁ~」
……すっかり酔っている。彼等と楽しんでいる…
美琴がもう、お酒を飲める年齢になっていたことにも驚かされたし、
地元で友達と楽しそうに過ごす彼女の姿に、
ただ農作業ばかりしてきた自分の人生を、全て否定された気がした。
──そして、
通話が切れたあと表示された“通話履歴のタグ”を見つめながら、
拓海はただ、現実というものに打ちのめされていた。
妄想⑤




