妄想④
バキバキ…ズル…
美琴を送った帰り道。
畑へと戻るハンドルを握る手に、じんわりと力がこもっていた。
「必要ない」と言われたわけじゃない。
──けれど、あの別れ際の笑顔が、
どこか「もういいよ」と言っているようで。
勝手に、胸がざわついた。
彼女と話していた自分は、怒っていた。落ち込んでもいた。
でも──結局は、ただ自分勝手に失望していただけだった。
少し遅れて着いた畑では、陽射しが容赦なく降り注ぎ、
地面からは湯気のように熱が立ちのぼっていた。
帽子もかぶらず、手袋もしないまま、雑草を抜き、石をどけ、水を撒く。
──けれど、手は動いていても、心は別の場所にあった。
(変わったのは美琴じゃない。
勝手に期待して、勝手に幻滅したのは──俺の方だ)
思い出すのは、美琴が笑いながら持っていたトートバッグ。
その口から、ちらりと覗いていた箱──
薬局で買ってあげた、避妊具の箱。
(あれは──)
脳裏に、高校時代の記憶がフラッシュバックする。
あの頃、クラスの誰かが持っていた、羨望と背徳の象徴。
何度も妄想し、憧れ、眠れなかった夜。
“彼女とアイツが”という想像に、
興奮と罪悪感がぐちゃぐちゃに絡まったあの感覚。
今、頭に浮かぶのは──美琴がそれを“使っている”映像だった。
歪んだ笑みが、勝手に口元に広がっていく。
「……はは。迎えに来るな、か。
あの楽しそうな、夜の“約束”ってわけね……」
かつて美琴を、大人びた“理想”の象徴だと見ていた自分。
それがただの妄想に溺れたガキだったことを、今さら突きつけられる。
感情も、欲望も、ぐつぐつと混ざり合って、
蒸し焼きにされるような空気の中。
畑の虫の声すらも、どこか遠く感じられた。
無理に作業を続ければ、倒れるのも時間の問題だ。
そんな暑さの中で──ふと、思い出すのは、美琴の言葉。
「……卒業させてあげる」
──これはただの失恋でも、ただの欲望でもない。
自分でもうまく言葉にできない興奮と感情が、
じっとりと背中に張りついていた。
「……じゃあ、俺が抱いたっていいよな。
あんな女で、“卒業”? ──いいぞ。俺が抱いてやるよ……」
誰に向けるでもない独り言が、ひどく生々しく響いた。
そして気づく。
心だけじゃない。身体の方も、もう限界だった。
ふらつく足取りで車に乗り込むと、
慣れたようにエアコンを強くして、その風が頬をやさしく撫でた。
「……涼しい、な……」
このまま家に戻って、倒れ込むように寝てしまいたかった。
──けれど、身体は疲れているのに、頭だけが妙に冴えていた。
風呂場でぬるめの水を浴びると、それは次第に冷水に変わっていき、
ようやく、少しずつ体温が落ち着いていく。
(田舎だな……ここは)
かつて、都会の大学で過ごしていた頃には、想像もつかなかった。
こんなにも静かで、そして感情が濁って発酵していくような土地。
現実は、静かに、しかし確実に──拓海の心を壊していった。
妄想④




