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クロスオーバー  作者: 連鎖
リリアンとクロ(正義の味方)
3/141

出会い②

 よくわからない生き物から逃げ切った後。


 理々杏は朝刊の配達が遅れたことについて、

 一軒一軒頭を下げて回っていた。


 幸い、見た目がどうしても子供に見えてしまうせいか、

 強い口調で責める人は少ない。


 契約解除だと怒鳴られることもなかった。


 だが、逃走中にぐしゃぐしゃになった新聞は別で、

 それらは全て理々杏の買取扱いになっていた。


 新聞数部とはいえ、理々杏にとっては十分な痛手だった。


 元々少なかった所持金が、さらに少なくなる。


 その結果――彼女は節約を始めた。


 食事を削るという、一番やってはいけない方法で……


 アパートの一室。

 理々杏はスーパーのチラシを眺めながら空腹と戦っていた。


「ガサガサ……はぁぁぁ……これが朝食……今日のご飯……」


 もちろん朝食ではない。ただのチラシだった。印刷物である。


 食べられない。


 小柄な理々杏が高校へ通うためには、誰かの助けが必要だった。


 孤児院の先輩。あるいは寮母さんの知り合い。


 このアパートの管理人は、その後者である。


 しかも学校から徒歩三十分程度。通学の立地としては申し分ない。


 理々杏は必死に頼み込んだ。


 何でもするから住まわせてほしい、と……

 もちろん、家事や掃除の手伝いをするという意味である。


 たぶん。


(はぁ……クロぉぉぉ……ひもじいよぉぉぉ……

 これって食べられるかなぁ)


(蛍光インクだから毒になるよ。

 消化もできないし、最悪動けなくなる)


(そういう意味じゃなくてぇぇぇ……お肉ぅぅぅ……)


(朝ご飯が欲しいなら管理人に頼むか、

 食事だけでも、孤児院に帰ればいいじゃないか?)


 チラシの中では、肉が輝いていた。揚げ物も輝いていた。

 お菓子もジュースも輝いていた。


 空腹の女子高生にとって、

 スーパーのチラシは飯テロ兵器でしかなかった。


 クロの言う通りだった。孤児院へ戻れば食事くらい出る。


 管理人へ相談しても何とかなるだろう。

 だが理々杏は、そのどちらも嫌がっていた。


「はぁぁぁ……管理人さんかぁ……でもなぁ……」


(いい人だと思うけど?)

(うぅん……クロが言うなら、いい人なのかなぁ)


(普通のおじいちゃんだよ)

(でもぉ……考えすぎなのかなぁ……)


 理々杏には家族というものがよく分からない。


 両親も知らない。親戚も知らない。

 人との距離感は、ドラマや漫画で学んだ程度だった。


 だから余計に悩んでいた。


 管理人は優しい。だが時々距離が近い。

 肩を叩かれる。頭を撫でられる。


 その程度のことなのだが、

 思春期に入り始めた理々杏の身体は、色々と妙に緊張してしまう。


 そして、その後に流れる気まずい空気も苦手で、

 最近はなるべく顔を合わせないようにしていた。


(リリィが嫌ならいいけどさ。僕は普通だと思うよ)

(そうかなぁ……)


(考えすぎだって。考えすぎ)


 もちろん寮母さんに相談することも考えた。


 だが、もし話が大きくなったら。もし住めなくなったら。

 せっかく手に入れた一人暮らしが終わってしまう。


 そう思うと、聞けなかった。


「ガサガサ……はぁ……食事付きのバイト……さすがに深夜はなぁ……」


 チラシをめくっていた理々杏の手が止まる。


(んっ?なにこれ……)


 そこには求人広告があった。


(正義の味方会社?なによこれ。


 年齢不問。

 性別不問。

 身長、体重……


 スリーサイズ応相談?


 えっ?


 月給……うそ!借金可能!?五十パーセント先払い可能!?


 有給完備!?

 残業手当あり!?

 食事代支給!?


 ご飯!ご飯があるぅぅぅぅ!!)


 普通の社会人から見れば、胡散臭い求人だった。


 会社名からして怪しい。応募条件も怪しい。色々怪しい。


 だが理々杏にとっては違った。


 高校生でも働ける。給料が良い。食事代が出る。


 この三つだけで十分だった。


(やめた方がいいよ、リリィ)


 クロだけは真顔だった。


(まともな会社じゃない。絶対にやめた方がいい。

 管理人さんの方が、何百倍もまともだよ)


 珍しく必死だった。


(早く行こうよ。

 あのおじいちゃんは普通だって。あの程度なら本当に普通だから)


 クロは何か知っているようだった。

 あるいは、この求人を見たことがあるのかもしれない。


 とにかく嫌がっている。全力で嫌がっている。


(早く行かなきゃ……正義……正義の味方……)

(待ってぇぇぇぇぇ!ちょっと待とうよ!やめようよぉぉぉ!)


「私は正義の味方よ……」


 理々杏が立ち上がる。


「そうよ……」


 目が輝いていた。危険な方向に……


「これは啓示よ!」


 空腹は人を狂わせる。少なくとも理々杏はそうだった。


 今朝見た異形の怪物。意味不明な求人広告。


 正義の味方会社という名前。

 それら全てが、自分を導く運命のレールに見えていた。


 普通の人なら疑う。立ち止まる。警戒する。


 だが、理々杏は違った。


「これは運命!」


 空腹の女子高生は、

 人生で最も怪しい求人広告へ応募することを決意した。


 その結果がどうなるかなど、まだ誰も知らない。

 本人すら知らなかった。

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