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クロスオーバー  作者: 連鎖
リーダー
110/118

旋律③

 黒い外套の男は、まるで別世界の住人のように歩き続けていた。


 冒険者たちと村全体を幾何学模様の檻で囲み。


 それらを背に、戦場を切り捨て、

 薄暗く湿った地下牢へと続く階段を降りる。


 なぜか身体には、さきほど受けた火傷の痕がくっきりと残っていた。


 ローブコートの焦げた穴から覗く皮膚には、

 赤黒い線が、なおも生々しく刻まれ、一部は血がにじんでいる。


 振り返れば、二人の戦う姿が見えたはずだ。


 ミアの金髪が斧の風圧に煽られる様も、

 リアの銀髪が魔法の熱で激しく揺れる様も。


 ――だが、リーダーは一瞥さえしない。


 階段を降りるほどに、地下特有の冷気が頬を撫でる。


 排泄の匂い、壊れた匂い、恐怖の匂い。死の匂い。


 そして、ここでは“日常”なのだろう、

 濁った笑い声と、壊れた泣き声が、世界を覆い尽くしていた。


 リーダーに見えているのは、リアの癒しでは救えなかった人。


 見えないのは、豪奢な服を纏いながら、怯えて進めなかった者たち、

 それを守ることが出来なかった悲しい護衛。


 護衛が、恐怖に染まった顔で震える剣を向ける。


「お前が……リーダーか?」


 怯えた者たちに、何も答えない。


 顔を向けずに通り過ぎ、救いを求める者へと歩み寄った。


 若い男が、血だまりの中で浅い呼吸を繰り返している。


 腹部には深い裂傷。表面だけが繋がり、身体に血を留め、

 青銅の胸当ては真っ二つに割れ、シャツも赤黒く染まっていた。


 既に顔色は青白く、唇は紫がかって視線さえ定まらない。


 リーダーは、その傍らに膝をつき、

 床に触れたローブコートが、血と汚泥をさらに吸い込んだ。


 男の肩が、かすかに震えた。


「……ゴボッ……ほか……を……」


 意識の半分も残っていない身体で、絞り出すように伝える。


 リーダーは、答えない。


 無骨な指が胸元に触れ、短く息を吸う。

 そして低く――暗闇の底へ沈むような声で詠唱した。


「この者に、ひとときの安らぎを。神の癒やしを……

 《完全復活トゥルー・リザレクト》」


 白く柔らかな光が、掌から腹部へと染み込んでいく。


 裂けた肉が閉じ、内側の断面が縫い合わさるように戻り、

 血の流れが完全に止まっていった。


「ガァァ……っ!」


 男は顔をしかめ、呼吸が乱れ、身体が痙攣するように跳ねる。


 だが数拍の後、荒さは潮のように退き、安定した呼吸へと変わる。


 それを見ていた護衛が、驚きながら声を掛ける。


「助かった……助かったんだぞ! これで、帰れる」


 その言葉を聞いたのか、男の顔に嬉しそうな笑みが浮かび、

 瞼は優しく閉じられていた。


 ◇


 その傍らでは、牢の通路に寄せ集められた人々が、

 床に伏したままリーダーを見つめていた。


 老人も、子どもも、女もいる。


 塞がった片目、古い傷跡、欠損――

 そして、言葉にできない種類の、色の変わった傷や泡立つ病まで。


「癒やし」を求める視線だけが、

 希望のように見開かれて、リーダーに注がれていく。


 一目見るなり、くぐもった声が重なった。


「……助けて」 「痛い……」 「こわい……」 「おねえちゃん……」


 リーダーは、淡く光る小さな紋章を空中に刻む。


 光は波紋のように広がり、

 順番に、確実に傷を塞ぎ、病を、絶望を希望に癒していき。


 安堵の笑みがこぼれ、やがて心地よい寝息さえ混じり始め。


 だが、希望に入れない人達は、息はしないが綺麗な姿で眠り続け、

 それを苦しそうに見ている人達に、リーダーは優しく声をかけた。


 ◇


 通路の奥、影の中からも呻き声が漏れてくる。


 潰れかけた牢の隙間。瓦礫の下。

 リーダーはそこへ歩み寄り、瓦礫に手をかけた。


 身体がボロボロな女が何かを叫び、涙を流してすがりつく。


 リーダーは重たい石を、ひとつ、またひとつと退かしていき、

 外套の下で太い腕が膨れ、石が床を擦る音が地下に重く響いた。


 下敷きになっていたのは、まだ幼い子ども。


 右脚は不自然な角度に曲がり、潰れている。


 放っておけば、二度とまともに歩けない。


 リーダーは、顔を一度だけ見た。


 子どもは、恐怖と痛みで涙を溜めながら笑い、

 必死に声を殺す眼差しは、そばで泣く女へ向けられている。


 リーダーは、左で子どもの頭を軽く押さえ、右で折れた脚に触れる。


 短い警告のような視線。


 子どもが、こくりと小さく頷く。


 女は息子の手を、両手で包むように握り、祈りを捧げる。


 次の瞬間、掌から温かな光が流れ込み――傷が閉じ、血が止まり、

 骨が一気に引き戻され、肉が盛り上がった。


 ――コキリ。


 鈍く、それでいて逃げ場のない音が、地下に響く。


「ッ……!」


 子どもの口から、押し殺した悲鳴のような痛みが漏れ出た。


 リーダーは何も言わない、

 呼吸が落ち着いたのを確かめると、背を向けて立ち上がる。


 その背を見た子どもは、安心するようにと泣いている女を見てから、

 震える脚で立ち上がる。


 心配するように、涙をこらえる女。


 だが、痛みは無いと歯を食いしばる。


「……立て、た…よ…お母さん」


 そう呟く子どもと、泣いている母の前に、リーダーはいない。


 母と子どもはゆっくり頭を下げ、支え合って階段の方へ向かった。


 途中、倒れていた少女を見つけ、

 優しい笑みを浮かべては、そっと手を引いていた。


 ◇


 死を悼み、死を受け入れ、生を謳歌し、過去を恨み、未来に……


 そんな光景が、地下のあちこちで連鎖していく。


 癒された者が次の誰かを支え、守られた者が別の誰かを導く。


 その中心にいる男は――


 地上で光を浴びることもなく、歓声を受けることもなく、

 ただ影の中で、救いの手を差し伸べていた。


 まるで、自分の救いを探す……



 旋律③

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