終幕①
瓦礫と残り火が燻る広場で、村長宅に向かって戦うミアは、
舞うようにボスの攻撃をかわし、隙を縫って刃を差し込んでいた。
対するボスは巨大な両手斧を、
左で盾のように使い、右の拳を槌のように振るう。
少しでもミアの攻撃に隙ができると、両手で握り直し、
小枝でも振るうかのような速度で、必殺の一撃を放った。
今も、互いの刃が触れるたび、耳障りな金属音とともに火花が散る。
(あの刃は無理……魔法が付与されてる。なら、狙うのは――)
ミアの狙いは、斧の長い柄。
攻撃を誘いながら、悟られぬよう間合いを詰め、
少しずつ、確実に亀裂を刻んでいく。
そして――左の刃が、ついに柄を捉えた。
「ギィイイン――」
乾いた音を立て、折れた柄が地面へ落ちる。
重い刃に引かれ、ボスの左手が泳ぎ、体勢が崩れた。
「くそっ――!」
その一瞬に、右の剣が滑り込み、厳つい右腕へと深く突き刺さる。
肉を裂く嫌な音。 濃くなる血の匂い。
そして、ほんのわずかな――ミアの油断。
ボスは刃が刺さったままの腕を振り抜き、
防具のないミアの腹部へ、巨大な拳を叩き込む。
だが、ミアは剣を離さない。
ボスの腕が大きく裂け、血が激しく噴き出し、
宙を舞ったミアは、残っていた瓦礫に叩きつけられていた。
◇
広場の手前でミアとボスが戦い続け、
その奥では、村長宅に背を向けてリアが戦っていた。
魔法の矢に偽装されていた実矢が、
魔法使いの障壁を貫通し、頬に浅い傷を刻む。
「また……。アナタも懲りないですね」
魔法使いの黄色い瞳が、呆れたように見つめ。
その足元では、何かが完成しようとしていた。
◇
村長宅の入口で、リーダーの障壁に守られた人達が、
息を呑んで英雄が戦う姿を見つめていた。
誰もが、ミアとリアを「主役」や「英雄」として見ている。
――しかし、檻は称える声を外へ漏らさない。
すでに地下牢へと消えた黒いローブコートの背中は、
誰の記憶にも残らず、意識されることもない。
さらに、忘れた男の障壁に守られ、
檻として閉じ込められている事さえ、忘れる程に興奮していた。
黒いローブコートに包まれた男。
太く、丸く、油じみて冴えない背中。
だがその肩には、確かな重みと揺るぎない意志が乗っている。
地下牢から戻ってきた彼に気づいた者が、小さく鼻で笑った。
「……あれが“英雄”――」
誰に聞かせるでもない独り言。
その言葉を、地上の喧噪も、地下の静寂も、誰ひとり拾わない。
リーダーに続いて階段を駆け上がってきた人々が、地上へ辿り着く。
目の前に広がるのは、裂けた大地、崩れた建物、燃え盛る瓦礫、
自分達を苦しめた男達の救いを求める叫び、終わりを告げる送り火。
自分達がいた薄暗い地下牢。背後には燃える村長宅。
全員が何かを悟ったように拳を握りしめた。
リーダーから託されたのは、新しい門出への切符。
命を拾われた者たちが歩む道はそれぞれ違う。
だが、その最初の一歩だけは、同じ方向を向いていた。
◇
夜空の下では剣と魔法が唸り、地下の闇では祈りと癒しが灯り。
救いを求めた人々の願いが膨れ上がり、
広場を満たしていた喧噪は、少しずつ、その色を変えていった。
◇
「やっぱり、来ないの?」
「だまされねえよ。さっさと来い!」
ボスの拳に合わせて自分から飛び、瓦礫に埋もれていたミアが、
何事もなかったかのように立ち上がる。
ボスの右腕は、無理矢理動かしたせいで血が止めどなく流れ、
睨む顔色は悪く、肩で荒く息をしていた。
対するミアは、頬や全身に土と血の筋をつけながらも、
まだ余裕の笑みを浮かべる。
「そろそろ終わりにしよっか。あたしも汗、かいてきたし」
「ふざけんなッ!」
ボスは柄の短くなった両手斧を、右手も添え、力任せに振るう。
突進しながらの横薙ぎ。相手が下がるのを見越した振り下ろし。
続けざまの、斜め上への斬り上げ。
当たれば一瞬で終わるほどの巨大な刃が、どれも空を切る。
ミアは剣で受け流しもしない。
軌道を見切り、斧の刃先から身を外すだけ。
横薙ぎには腰を反らし、振り下ろしには身体を半身に、
斬り上げには、嘲るように生足の踵で斧の刃を蹴った。
「無様ね、ボス……降参してみる?」
斧が通り過ぎた空間に、わずかな風の残滓だけが残る。
困惑した表情のボスを見て、ミアは笑う。
その隙間を縫うように、
左右の突きが変化を伴って次々と襲いかかる。
腕、肩、首筋、顔。浅く、小さく、だが確実に体力を削っていく。
激しく血が流れ出す肩、全身から血の汗を流し、
息は絶え絶えだが、目だけが獲物を射抜くように死んでいない。
やがて、ボスの足元が揺らぎ始め、膝が、ほんの一瞬、落ちた。
――その僅かな沈みを、ミアは見逃さない。
「じゃあね。多少は楽しめたわ。ありがと……」
囁きと同時に、右の剣が軌道を変え、ボスの左膝を薙ぐ。
膝裏の腱が断たれ、巨体が前のめりに崩れた瞬間、
左の剣が首の中央へ突き立てられた。
「ブゴオォおお」
ボスが筋肉を締め上げて剣を受け止め、刃に手を添えての特攻。
「はぁ……ダメね」
その光景を、どこか呆れたようにミアが見つめ、
流れるように避けながら、横薙ぎに剣を振るう。
ボスの首が裂け、血が激しく噴き出し、何かを叫ぼうとする。
だが、声は形にならず、救いを求める手だけが虚しく宙を掴む。
「ガラン」
血濡れた斧が地面を打ち、鈍い音が広場に響き、
身体がぐらりと揺れ、ゆっくりと前のめりに倒れ伏す。
ミアはその背を見下ろし、小さく肩で息を吐いた。
「……ほんと、弱くなったわ……でも、少しは戻った?」
そして、その問いかけは視線の先――
向こう側にいた黒衣の男へ。
だが、何も言わずに、ミアを見つめ返していた。
終幕①




