抵抗②
火矢が弾け、雷槍が炸裂し、火炎瓶の油が空気と地面を焼く。
爆炎と煙が混ざり合い、巨大な火柱となってリーダーを覆い隠した。
吹き荒れた風が炎を目指し、壊れた屋根屋をはぎ取り、
小さな柵などなぎ倒して殺到する。
土壁は熱で燻られ、ぱらぱらと崩れ落ち、草など一瞬で燃えた。
「やったか!?」
「いや、まだだ!」
炎が収まり始め、炎と煙が荒れ狂う中で、ぼう、と淡い光が揺れ。
やがてそこから、ゆっくりと黒い影が浮かび上がり、
丸みを帯びた半球状の障壁が見えてくる。
それは、幾何学模様が浮かんでは消え、中には錫杖を掲げた男。
乱れていた外套も、だらしなく開いていた襟元も整えられ、
立ち姿に表情も、寡黙な神官へと変わっていた。
リーダーは、少しつまらなそうに笑い、錫杖を軽く振る。
障壁が揺らめき、燃え残る炎と雷の残滓を弾き飛し、
その顔には、何事にも動じない自信に満ちた表情が浮かぶ。
低く息を吐き、石突で地面をトン、と軽く叩く。
一瞬で障壁が消え去り、空いた手を魔法使いへ伸ばすと、
揃えた指先を静かに折り曲げた。
――来い。
リーダーを取り囲む男たちから、炎と雷を見た興奮が一気に引く。
「ば、馬鹿な……直撃だぞ!?
火ダネで強化した《火矢》に、《雷槍》まで――!」
リーダーは何も答え無い、もう一度、ゆっくり指先を曲げていく。
その圧に男たちの身体がすくみ。
魔法使いは歯噛みしながら、次の一手を考えてしまう。
リーダーは呆れたように声を出して笑うと、
杖の先端を地面へ押し当て、複雑な紋様を描く。
魔法使いの脳裏に、女達が着けた「首輪」の映像が浮かび上がる。
(……こいつ、何を描いてる? あの拘束とは別系統だが。まさか――)
だが、異様な力の流れに気づけない。
描かれていく紋様は、聖なる真円や直線ではなく、
歪んだ円と、そこから伸びるのも、ねじくれた線。
出来ていく紋様も、どこか“聖印″を馬鹿にしたような形。
「な、何を――!」
魔法使いの叫びは、間に合わない。
紋様が一斉に光を放った。
次の瞬間、赤黒い鎖が蛇のように空中を走り、
幾筋にも別れて伸び上がると、近くにいた男の足首へと絡みつく。
「うがっ!?」
「なっ、助けてくれ――!」
鎖は瞬時に締まり、身体を地面へ引き倒す。
重い音。恐怖の声。転倒。手から武器が滑り落ちる恐怖。
魔法使いは、咄嗟に後ろへ跳び、射程から逃れた。
(さっきは《聖なる守り》……これは《聖なる鎖》……?)
だが、その退路を読むように、別の鎖が横から伸びていく。
「《闇障壁》!」
(馬鹿な。こいつが上位の神官――? この男が……!)
魔法使いは、足を取られる寸前で障壁を張り、
赤黒い鎖と青く澄んだ壁がぶつかり合い、広場に閃光が何度も走る。
「クソッ、神官崩れが!」
(違う……鎖の色が違う。聖なる輝きが無い。あり得ない!
追尾する“鎖”なんて、聖印が、いやっ。女神が許すわけない!)
魔法使いは障壁の中で叫び。
リーダーは鎖に絡め取られた罪人へ、ゆっくり歩み寄った。
足と腕、口元まで鎖に縛られ、声も出せずに、もがき苦しむ罪人。
既に諦め、見苦しく泣き叫び、助けを乞う、罪を認めた罪人。
リーダーを取り囲んでいた全員の目に、恐怖と絶望が宿る。
「は、離せ! クソ豚が!」「やめろ、やめてくれ!」
リーダーは懺悔を聞く顔で、
懐から許しを与える聖印とは違う、禍々しい色の首輪を取り出した。
あまりにも禍々しい首輪に、
さっきまで許しを乞っていた罪人までもが剣を向ける。
だが、鎖が一瞬にして絡みつき、
目の周りと首以外は、赤黒い鎖が絡みついていた。
リーダーは、そんな罪人にさえ許しを与え、
罪状を決めた首輪が、毒々しい光を灯す。
「や、ばべめ――!」
口が鎖で覆われているのに、許しの声を上げる罪人。
魔法使いの視線が、自然と首輪へと吸い寄せられる。
(……首輪? 女たちと同じ系統……いや、やっぱり違う。
もっと禍々しい……もっと濁っている。本当にコイツは神官か?)
刹那、首輪が血の色を帯び、赤黒い蔦のようなものが伸び出した。
罪人の身体が痙攣し、蔦が首から皮膚の下を這うように潜り込み、
手や足首の辺りにまで不気味な蔦が浮かび上がる。
やがて全身を侵され尽くした身体が、びくりと震え。
身体を縛っていた鎖が解かれていく。
――だが、罪人は逃げない。
焦点の合わない目を見開き、
口を開いたまま涎を垂らし、ゆっくり立ち上がる。
リーダーは、その姿を冷静に一瞥するだけで、次へ向かう。
「な、なにを……!」
魔法使いが、つい声を出す。
リーダーは、ほんの少し口角を上げ、罪人に優しい笑みを浮かべた。
捕まった人達は必死に逃げようともがく――だが、誰も許されない。
首輪が嵌められるたび、罪状が告げられ、刑が執行される。
それは、次々と“考えるのをやめた物”へ変わっていく。
近くにいた男達が罪人に変わり、慌てた魔法使いが詠唱を放った。
「《闇杭》!」
闇色の槍が、首輪を着けているリーダー。元は仲間へも向かう。
だが、当たる直前、槍は錫杖で叩き落とされ、
寒々しい打撃音だけを残して砕け散った。
「クソッ!」
(……神の守りを瞬時に、しかも魔法を叩き落とす……だと!?)
首輪を嵌めていくリーダーの背には、元は周りを囲んでいた罪人。
「お、お前……本当に神官か……?」
魔法使いの、悲しく、意味の無い問いかけ。
聖印の障壁。錫杖。ローブコート。見た目なら確かに“黒衣の神官”。
だが、そこにあるのは救済でも慈愛でもない。
使い方が、全てが根本から歪んでいる。
リーダーは、ちらりとも魔法使いを見ない。
だが、少し離れた場所にいた最後の一人に救いを与え、
ゆっくりと顔を向けた。
丸い輪郭の中で、黒い瞳だけが鋭く光る。
錫杖を肩に担ぎ、目を歪めて笑い、魔法使いへ近づく。
背後に従う者が許しを乞い、息苦しい声を漏らす。
「……ごぼぉお」
「……ぶぼぉお」
「……ぐぅう」
魔法使いの背筋に、冷たい汗が伝った。
(――まずい。あれは“隷属紋”の延長じゃない。禁忌の……)
直感が叫ぶ。
これまで刻んできた奴隷術式とは、次元の違う何か。
二重に取り囲んでいた仲間達が、全て物に変わる禁忌の術。
その恐怖を打ち消すように、
魔法使いは声を震わせながらも、次の魔法を決めていた。
抵抗②




