惨劇①
黒いローブコートを着た男が、かつて敵だった男たちを、
救いを求めて徘徊する“罪人”へと変え、迫ってくる。
魔法使いは″廃村″の建物に隠れて、
生き残っている数を数えながら、じりじりと後退した。
(あいつらは時間稼ぎ……俺は絶対に勝つ。こんな所で死なない)
「さっさと来い!……ヤツラの仲間にでもなりたいのか?」
乾いた唾を吐き捨て、隠れている男たちに叫びつつ、
両手で杖を握り、詠唱を続ける。
リーダーは“罪人”という、救いを求める物を引き連れていた。
彼等は生気の薄い目で口を半開きにし、涎を垂らしながら――
仲間の温もりを求めて近づいていく。
見られた男達から、嫌悪と恐怖、絶望が湧き上がる。
(なにが“神官”だ……悪魔じゃねえか! 俺たちが何をした!!)
しかし、魔法使いだけは、恐怖の奥で別の感情が芽生えていた。
――利用価値。
(首輪の術式は覚えている。あとは、時間を掛けて確かめればいい。
これなら、あのボスだって……いや、もっと先……国でさえ……)
その考えだけが、逃げ出したい恐怖を押し潰す。
「早くだ……俺が、アイツラを纏めて殺してやる。それまで耐えろ!」
杖を高く掲げる。
黄色がかった瞳がぎらりと光り、
その瞬間、足元に描かれた魔法陣が強く輝く。
その光に気付いた男達が、周囲の建物から飛び出し、
魔法使いを取り囲むと、外に向かって武器を構えた。
(これでいい……あと、少しだけ。もう少しだ)
魔法使いは、守る男達に向けて嬉しそうな笑みを浮かべる
リーダーは、ふいに歩みを止めた。
止まれない罪人と、魔法使いを守る元は仲間達が殺し合う。
だが、罪人の動きは遅く、一方的な虐殺が続く。
しかし、罪人は死なない。切っても。突いても。燃やしても。
まるで群れのように、仲間の温りを奪っていく。
その姿を見ても、リーダーは冷めた目で見ていた。
丸い顎をわずかに上げ、鼻で笑うように息を吐くと、
錫杖を逆手に持ち替え、地面を軽く叩く。
低く抑えた詠唱。聖堂で耳にするような女神へ捧げる祈り。
「大いなる女神。神聖なる女神。遍く広がる女神の――」
文言は、確かに古い祈祷文をなぞっている。
必死に集中していた魔法使いの顔が、
その祈りを聞いた途端、驚愕に震えた。
(本当に、教会の人間……? しかも、こんな高度な祈祷を――)
リーダーは、かつて「信徒を守るため」に用いられていた祈りを、
女神が遣わした奇跡として紡いでいく。
足元では淡い光が円を描き、静かに広がり始めた。
闇を祓う聖なる光。祈りを力に変えた形。
光は″廃村″の中心から周縁へと伸び、
建物の影を舐めるように走ると、さらに外側へと広がっていく。
「願う信徒。救いを求める民――」
慌てた魔法使いも、詠唱へ入った。
「世界を穿つ黒き断層よ、集い、牙を剥け――」
足元の魔法陣は逆に、内へ内へと収束していく。
どこまでも深く、地の底へ穴を穿つような、禍々しく鋭い牙。
人の欲望を受けた詠唱が、夜の冷たい空気を震わせ。
二人の顔には、互いの術式へ向けた昂揚が混じっていった。
「くるな! 俺だ、離れろ!」
必死に抵抗する仲間たち、ボロボロになっても動き続ける罪人。
その身体が積み重なって、魔法使いを守る壁が出来た。
「よく見ろ。首輪……首輪を狙え! サッサと殺しやがれ!!」
魔法使いが、鼓舞するように怒鳴りつける。
これから放つ魔法が、
仲間を飲み込み、全てを壊し、裏切っていくことを知っていても。
だが、構わない。
ここで終わらせなければ、どうせ全員が“同じ姿”になる。
それ以上に、諦めかけていた王座に手が届くという甘い蜜が、
コレまでの思いを、嫌なことでさえ、全て忘れさせてしまう。
詠唱は、ほぼ同時に最終節へと差しかかった。
だが、ほんのわずかに――
「……?」
(何故……何故、その言葉を使う? 絶対に違う。お前はなんだ!!)
魔法使いが、リーダーの祈祷文に動揺した。
その一息分だけ――
「願いを叶え。ここに神の檻を顕現しろ!」
リーダーの詠唱が先に終わった。
口の端に笑みを浮かべたまま、最後の言葉を落とす。
「聖域結界」
瞬間、″廃村″全体が白い光に包まれた。
村長宅。廃屋。広場。井戸。柵。
それらすべてを覆うように、巨大な半球状の網が降りる。
外からは見えにくいが、内側からは、神々しさがはっきり分かる。
夜空の下に、もう一枚――荘厳な幾何学模様の天蓋が掛かった。
恐怖で慌てた男が、外へ逃げ出そうとする。
――バチンッ!
「ぎゃっ!」
見えない壁に激突したかのように弾き返され、
腕に火傷のような赤い痕が走った。
「な、なんだこれ……!」
リーダーは、その様子を笑って見ていた。
満足げに口角を上げただけの、狂った男が見せる声を出さない笑み。
しかしその目は、家畜を囲いへ入れる作業を済ませた農夫のように、
淡々として冷たい色をみせた。
魔法使いの顔が、青ざめる。
村ごと巨大な檻へ閉じ込められた――そう理解した。
(クソが……《聖域結界》。やっぱり……高位神官。
だがこいつ、自分ごと閉じ込めやがった……!)
怒りが恐怖を、絶望さえも塗りつぶした。
「上等だ……!」
魔法使いの口元が、ねじれた笑みを作る。
「なら、遠慮はいらねえな!」
杖をさらに高く掲げ、最終句を絶叫した。
「――《大地崩壊》!!」
地面が唸りを、誕生の喜びを叫ぶ。
魔法使いを中心に魔法陣が一気に広がり、
そこから幾筋もの亀裂が蛇のように地表を這っていく。
リーダーの足元にも、その一本が迫るが、
即座に錫杖で地面を強く打ち、足場に淡い光の障壁を展開した。
次の瞬間。
――ドオォォォンッ!!
村の一角が、まとめて爆ぜた。
巨大な顎で噛みちぎられたかのような、黒い亀裂が一気に開き、
その縁の家屋が次々に飲み込まれていく。
古びた木材が悲鳴のような音を立てて折れ、
屋根が潰れ、壁が剥がれ落ちる。
埃と瓦礫が夜空へ噴き上がり、巻き込まれた仲間や罪人達は、
叫ぶ暇もなく闇へ消え、倉庫が黒い裂け目に呑まれて悲鳴を上げた。
積まれていた木箱が砕けて恐怖を撒き散らし、
廃屋は片側だけ根元から抉られ、傾いたまま姿を隠す。
悲鳴と絶叫。破壊と静寂。
村のすべてが、痛みと絶望の渦に取り込まれていった。
惨劇①




