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クロスオーバー  作者: 連鎖
リーダー
101/117

脱出

 ミアとリアが押し込められている地下牢は、

 左右に複数並ぶ牢を見張る通路の突き当たり。


 天井が崩れ落ちそうな揺れでも、三方を守られているため、

 立っているのが難しい程度で済んでいた。


 しかし、左右に見える牢では鉄格子が激しく震え、鎖が鳴り、

 石壁がびりびりと軋んで、パラパラと小石や瓦礫が落ちている。


 吊された魔法の篝火が激しく揺れ、壁に映る影が跳ね回った。


 ミアは踏ん張りきれず膝から崩れ落ち、

 膝を抱えていたリアは、既に床に手をついている。


 すぐに、二度目の揺れが来た。


 ――ドゴンッ!


 まるで巨大な槌で地面を叩き割っているような振動が、

 地下牢全体を揺らし、鉄格子を直接叩いたような音まで襲ってくる。


「ひっ……!」

「な、なに……?」

「落ちる……?」


 囚われた女や子どもたちの悲鳴が、通路を満たし、

 慌てた男の鎖が跳ねる音、悲鳴のような助けを求めるうめき声まで。


 ミアは血で汚れた手を握りしめたまま、

 リアも荒い息を整えながら、ふらついて立ち上がる。


「……むぐっ(合図)!」

「……んんっ(合図)!」


 猿轡に阻まれた声が、同時に漏れた――その瞬間だった。


 首元の感触がふっと消え、

 続いて手首の圧が軽くなり、拘束が「ほどける」気配が二人を包む。


 ミアは錯覚だと思い、何度も手を開閉し、

 リアは周りからの違和感だと思い、理由を探していた。


 その途中で、甲高い金属音が耳に刺さり。


 ――カチン。


 手首を繋いでいた重りがするりと抜け落ち、床へと転がる。


 ――ゴトン。


 ミアの浅黒い腕が、リアの真っ白な腕も自由を謳歌する。


 続いて魔力封じの刻印が入った首輪が淡く光り、

 ぱきん、と割れるように崩れ落ちた。


 ――だが、その瞬間、二人はそれを噛みしめる余裕すらなかった。


 衝撃と砂埃、そして周りの地下牢からの叫びが一度に押し寄せ、

 地上から地下牢へと続く階段から怒鳴り声が響く。


「なんだ今の音は!?」

「上で何かあったぞ!」

「おい、見張りの奴らはどうした!」


 乱れた足音が階段を駆け上がり、駆け下り、行き来する。


 鉄格子の向こう側で、駆け降りてきた男たちが息を切らして叫んだ。


「デカいのが暴れてやがる!」

「壁がぶっ壊された!」

「敵だぁあ!」

「なんだと!?」

「どこから入ってきやがった!」

「わかんねぇ!」


「上はもうめちゃくちゃだ! さっさと来い!」


 声が途中で途切れる。鈍い打撃音。誰かが倒れる音。崩れる世界。


 続けて、別の男たちの鋭い悲鳴と怒鳴り声。


「敵だ!」

「殺せぇえ!」

「ぎゃあああっ!」

「止めろぉおお!」


 金属のぶつかり合う音。何かが爆ぜる揺れ。何かが焦げた匂い。

 新鮮な血の気配までが、淀んだ空気に混って波のように押し寄せる。


 その中で、ようやくミアは自分の異変に気づいた。


 猿轡越しに息を呑む。


 腕を持ち上げても、違和感もなく動く。


 手首を繋ぐ重みがない。視線を落とせば、床の上に壊れた手枷。


 リアも、白い指先で首を確かめる。

 魔力を呼べば、それが全身へ滞りなく満ちていく。


「……!」


 リアの瞳が大きく見開かれ、

 すぐに猿轡を引きちぎるようにずらし、抑えきれない声が迸る。


「……ミアァああ!」


 その声を聞いたミアも猿轡を外し、

 喉の奥が久しぶりに空気へ触れ、荒い呼吸とともに言葉が噴き出す。


「っは――! やっぱり、来たじゃんか……っ!」


 リアの全身から、押さえ込まれていた魔力が一気に溢れ出し、

 エメラルドの瞳が、その光を受け止めて煌めいた。


「――精霊たち!」


 リアは立ち上がると同時に、鉄格子へ両手を突き出した。


「道を――!」


 叫びが終わると同時に、牢の中へ強烈な突風が巻き起こる。


 ただの風ではない。刃の形をした“流れ”が幾重にも走り、

 格子の前で稲妻のような輪郭を描き。


 次の瞬間、鉄の棒と錠前へ、斜めに切り裂く線が何本も走った。


 ――ギャァンッ!!


 ミアは、亀裂が走る前に、全身で飛び込んでいた。


 裂け始めた箇所を身体で押し倒し、通路へと躍り出る。


 続く風が残った格子を外側へ吹き飛ばし、

 砕けた鉄片が石床を叩きながら、激しく散らばった。


 物音に気づいた男たちが駆け寄ってくるが、

 瓦礫ごと飛び出してきたミアを見て、顔色が変わる。


「な、なん――」


 その言葉の先を聞く前に、ミアの足が床を蹴った。


 一気に間合いを詰め、上体を沈めて滑り込むように肩から体当たり。


 硬い枕を叩いたような鈍い音が響き。


 男の身体が鉄柵へ叩きつけられる破裂音、粗末な剣が零れ落ちた。


「――ありがとう!」


 血にまみれた手で剣を掴み、

 半回転して振り抜くと、左足を軸にして次へ回り込む。


 見ていた男が棍棒を振り上げるが、その動きより速く剣が縦に走る。


「ぐぶっ……!」


 だが倒れない、鳩尾へ膝を叩き込み、怯んだ所でもう一度。


 剣を手放した男が、逃げ出そうとした。


 だが、容赦なく背に刃を突き立てる。


 恐怖に染まった視線が集まり、ミアは息を一つ吐くと剣を握り直す。


 ミアは通路の先――視線は階段へ。未来を勝ち取るため。


 牢の中から動きを見ていたリアが、口元にわずかな笑みを浮かべる。


 頬には涙の跡が残っているが、

 エメラルドの瞳から、さっきまでの絶望は消えていた。


「ミア。通路から階段まで、一気に押さえて。こっちは私がやる」


「任せた!」


 ミアは叫び返し、そのまま階段へ駆けていく。


 リアは牢の前に立ち、震える囚人たちを見回した。


 若い女も、壊れたように寝そべっている女も、

 壁へ背中を押しつけて離れている女も、濁った目で見ている。


 子どもたちは互いに抱き合い、声も出せないほど震えていた。


 リアは一度深く息を吸う。


「大丈夫。……もう、大丈夫です」


 誰かに言い聞かせるように、

 そして自分にも言い聞かせるように、心の中で何度も繰り返す。


 足元にあった残骸を蹴飛ばし、目を見開くと通路へと踏み出す。


 左右の牢には、まだ多くの囚人が閉じ込められ、

 鉄格子の奥から、恐る恐るこちらを覗く瞳の群れ。


 リアは最も近い牢へ駆け寄り、錠前へ手をかざした。


「お願い……」


 囁きと同時に、細く鋭い風が錠前の隙間へ入り込み、

 内部の機構をなぞるように切り裂き、こじ開ける。


 ――カチャン。


 鍵を差し込んだかのような音とともに、錠が外れ。


 リアは鉄格子を押し開ける。


「出てください。ここは危険です。通路の中央へ寄って、身を低く」


 中の女が一瞬ためらい、背後から幼い男の子が震える声で尋ねた。


「あ、あの……お姉ちゃん。助けに……来て、くれたの?」


「ええ」


 リアははっきり頷く。


「私たちのリーダーが来ました。外へ出る準備をしましょう」


 その言葉を口にした瞬間、

 リアは自分が優しい笑みを浮かべていることに気づかない。


 次の牢。次の牢。


 リアは同じ術式を繰り返し、

 風が金属の内側を滑るたび、錠前が次々に壊れていく。


 出てくる人々の手枷や足枷も、同様にしていった。


「痛くないようにします。じっとしていてください」


 声は静かだが揺るがない。未来を信じて揺るがない。


 助けられた人たちは、その想いに従った。


 地下牢の出口では、ミアの怒号と男たちの悲鳴。

 武器のぶつかる音が途切れ途切れに響く。


「そこ通さないっての! 邪魔!」


 乾いた打撃音。鉄が床を滑る音。肉を切り裂く匂い。


 リアは解放した人々へ意識の半分を割きながらも、作業を止めない。


 錠前が一つ、また一つと外れ、

 扉が開く音が増えるたび、空気が少しずつ変わっていった。


 すすり泣きだけだった空間に、生きる気配が戻り、

 怯え切った目の奥に、かすかな光が差し始め。


 リアは最後の錠前へ手をかざし、低く言った。


「――もう、ここは“牢”ではありません」


 その呟きとともに、風が最後の楔を断ち切った。



 脱出

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