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クロスオーバー  作者: 連鎖
リーダー
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地下牢

 男たちは、足音を幾重にも反響させながら、階段を降りてきた。


 先頭を歩くのは、痩せた魔法使い。

 ローブの背中は骨ばって、歩くたびにぎくしゃくと揺れる。


 そのすぐ後ろを、絶望した顔のミアと、諦めたように無表情なリア。

 奴隷の二人が、縄で引かれるまま地下へ連れてこられた。


 その後ろには、ご機嫌な無精髭の男達。


 腰に武器、肩に棍棒めいたものを担ぎ、

 無遠慮な視線を隠さずに、二人の身体を覗き込みながらついてくる。


 ミアは階段を一段ずつ降りながら、手枷と首輪を確認する。


 その度に首輪が反応して、猿轡に湿り気を帯びてしまい、

 息をするたび呼吸が荒れてしまった。


 ――手枷でスキル。首輪で魔法……リーダーは何故?


(身体だけなら自由に動く。 脚だけでもねじ伏せられる……?)


 視線が細かく動き、厄介な魔法使いとの距離を測る。


 しかし、そのたびに首輪が脈打つように淡く光り、

 見えない圧で首を軽く絞めてきた。


 リアは無言のまま、ミアの半歩後ろを歩く。


 縄の振動に合わせて、銀髪が流れるようにゆっくりと揺れ、

 エメラルドの瞳は何かを求めて振り返ってしまう。


 あの場でリーダーは、嬉しそうにカネを受け取り、

 抵抗でき無い二人を魔法使いへと手渡した。


 表情は自然で、態度も馴染みすぎて、口数の少ないリーダーが、

 饒舌に、しかも楽しげに、弱さを捨てるように、カネを受け取った。


 その態度が「演技」ではなく「本当の気持ち」なのではないか――


 そう思い始めた瞬間、

 猿轡の下で奥歯を噛みしめてしまい、首輪が淡い色で反応した。


 階段の揺れに合わせ、前を歩くミアの背が一瞬、リアの顔に触れる。


(そんなことはしない。リーダーが私達を……違う。コレは……)


 やがて階段を降り切ると、淀んだ空気が二人を歓迎した。


 二人は思わず顔をしかめる。


 偽装した″廃村″――「村長宅」の地下に広がっていた。


 石壁と鉄柵が並ぶ、薄暗く長い通路。


 魔法の篝火が細く照らし、日差しが差さない場所の湿った臭いと、

 地下牢独特の乾燥できない酸えた異臭が混じる。


 英雄と言われる二人の目には、見たくない光景が鮮明に映った。


 柵の向こうには、いくつもの人影。


 若い女、まだ少女と呼べる年頃の娘。

 膝を抱えて座り込む、性別の判然としない子どもたち。


 痩せ細った少年。目ばかりが飢えて光る。


 子ども以外の男は少ない。いたとしても片腕を吊っていたり、

 足を鎖で繋がれていたり、呻くだけで動きもしない。


 連れて来られた時期が違うのだろう、

 手前の牢屋には、豪華で新しい服を着ている者が多い。


 しかし、大半は破れて汚れた布切れ同然の服を纏っていた。


 二人へ向けられる視線が、救いを求めて、怖いほどに突き刺さる。


 ミアの猿轡が激しく揺れた。


 だが手は手枷で固定され、猿轡で声も出せない。

 怒りが暴れかけた瞬間、首輪の点滅が強くなり締まっていく。


 それでも、睨むのだけはやめられなかった。


 リアは逆に、ほとんど反応を見せない。


 周囲へ視線を向ければ、絶望という怒りが押し寄せてくると、

 ただ目を細めて顔を伏せ、音だけで拾っていた。


 足音。鉄の軋み。囁き声。すすり泣き。鎖の擦れる音。


 音の方向、間隔、人数、年齢、性別――


 その一つひとつを記憶し、頭の中に地図として落としていく。


 その行為では首輪は反応しない。暗いまま。


 魔法使いが立ち止まった。


 通路の最奥。左右の牢を見渡せ、降りてきた階段まで見える位置。


 ほかより少しだけ広い牢で、

 遠くからも見えるように、魔法の篝火が複数掲げられていた。


「ここだ」


 甲高い声が石壁に反響する。

 ついてきた男たちが鍵を開け、錆びた鉄格子が嫌な音を立てた。


「さあ、お入りなさい。リアさん」


 魔法使いが、気味の悪い笑みを浮かべて強く縄を引く。


 ミアは一瞬、足に力を込めて動きを止めようとしたが、

 背後から強く押されて、よろめくように牢へ入ってしまう。


 リアは抵抗しない。目を伏せたまま、静かに一歩踏み出した。


 牢に入っても、縄は解かれない。

 手枷も首輪、猿轡さえも外されずに、そのまま。


 魔法使いは二人を引き入れると、背を向けてユックリと出ていく。


「閉めろ」


 鉄格子が重い音を立てて閉まり、鍵が回る乾いた音が響いた。


「……どうしたんですか? もう、あきらめたんですか?」


 魔法使いは、二人の手が届くほど柵に近づいていくが、

 ミアやリアは、ただ見ているだけで何もしない。


 何も反応しない二人に飽きたのか、魔法使いは男達に声を掛けた。


「そうだな……お前達は、今日は絶対に寝るなよ?」


「アッ。そういう事」「アレだってよ」「じゃあ……」「俺たちも?」


 気づいた男が周りに耳打ちをすると、

 欲望に濁った視線が、二人を舐め回すように絡みつく。


 魔法使いは、男たちを満足そうに見ながらも、

 ミアとリアへ向ける目は、一段と愉快そうに歪んでいった。


「ああ、多分な。片方が壊れても予備がいる。お前たちにも回るさ」


 ミアの手枷が、かしゃりと鳴り。リアの目に嫌悪感が宿る。


「……なあ、お二人さん お前たちは、いつ寝られるかね?」


 男たちが一段と下卑た笑い声を上げ、

 魔法使いは一歩だけ下がり、わざとらしく続けて笑った。


「おっと、おっかない。……でも、安心しなよ。

 今すぐ何かする気はねえよ。 見えるか? あの女……」


 魔法使いは、床に寝そべるボロキレを指さす。


「いい女だったな」「そうだったっけな。あははは」

 

 周囲の男たちは、楽しそうに何度も指さして喜ぶ。


 ミアの肩が震え、煮え立つような目で睨みつけ、

 猿轡越しに低く唸り、奥歯を噛みしめる音が漏れる。


 だが、俯いたままのリアが、ミアの背にオデコを軽く当て、

 振り返ると、真っ直ぐな目で自分を見つめていた。


「それと、楽しいお話を、おひとつ」


 魔法使いは肩をすくめ、わざと間を作った。


「あのデブ――お前たちを、たった金貨五百枚売ったヤツな。

 こっちで始末してやるから感謝しろよ」


 ミアの目が大きく見開かれ、リアも反射的に顔を上げた。


 魔法使いの口元が、いやらしく歪む。


「そうすりゃ、お前達のご主人様も、自動的に俺だ。

 それからは、あの男よりも優しく大事に扱ってやるからな?」


 ミアとリアの首輪が強く光り、喉が詰まったように息が止まる。


「脂の乗った灰しか、お前達に見せてやれないが、

 苦しんだ様子を、タップリ耳元で聞かせてやるからな?」


 魔法使いは、二人の反応に満足そうに頷く。


「もっと、もっと怒れ、憎め、殺すほどに向けてこい!!」


 二人は、苦しそうに首輪に手を当ててまで睨んでくる。


「クククッ……そのうち、恐怖と絶望で頭がいっぱいになる」


 魔法使いは、いやらしく絡みつく視線で二人を見つめる。


「……そういう時に見せる、お前たちの壊れた表情が……」


 必死に抵抗する二人。限界まで顔色が変わっていく。


「俺は……さいっこうに、興奮するんだよ。あはっ、アハハハハハ」


 二人が限界だと気づいた魔法使いは、嬉しそうに踵を返した。


「お前ら、ボスの獲物に傷を付けたら命はねえぞ」


 魔法使いは、杖で床を小突きながら階段を登って行く。


 だが、気まぐれのように振り返った。


「じゃあな。リアちゃん――そこで大人しく待っててね~」


 薄笑いを残し、大声で笑い、完全に姿を消した。


 残ったのは、重い鉄格子と冷たい石壁、すすり泣く囚人たちの気配。


 そして、何もできないミアとリア。


 首輪の光が消え、ミアの頬を、また一筋、涙が伝う。

 リアは膝を折り、その場に静かに座り込んだ。


 手枷の鎖が、かしゃり、と鳴る。

 猿轡越しに、互いの名を呼ぶことすらできない。


 二人はただ、異常に明るい牢獄で、

 見えないリーダーの背中を信じて、待つしか出来なかった。


 ◇


 どれほど時間が経ったのか。夜はとっくに更けていた。


 地下牢の空気はさらに重く淀み、魔法の篝火だけが変わらず灯り、

 壁に映る影だけが、時折ゆらりと大きく揺れた。


 ミアは牢の隅で、まだ手枷と格闘していた。


 音が漏れないよう、ぼろ布を巻いて壁に打ち当て、

 腕の筋肉が軋み、肩の関節が悲鳴を上げて、傷が出来てもやめない。


「勝手にやってろ」

「傷の件は、ボスにお前が言えよ!」


 最初は慌てて覗きに来た見張りも、今では誰も来ない。


 リアはそのすぐそばで、膝を抱えていた。


 額を膝に押し付け、白い指先で暗い首輪をなぞり、

 かすかな声で、途切れ途切れに、何かを呟いては、天井を見ている。


 普段のリアからは想像できない独り言は、

 意味を結ばないまま空気に溶け、焦燥だけが滲んでいった。


 耳を澄ませば、牢のあちこちから、嗚咽とすすり泣きが聞こえる。


 二人を見て希望を感じた子どもの、甲高い泣き声はもう聞こえない。


 別の誰かが堪えきれず漏らす掠れた呻き。


 その澱みを――突如、揺れが破った。


 ――ドンッ!


 見上げた先が、突き上げられたかのように激しく揺れた。



 地下牢

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