販売②
ボスとリーダーの顔が近づく。だが、そのとき。
「ボス」
黄色い瞳を細く光らせ、痩せた魔法使いが一歩前へ進み出た。
「少し抑えてください。……その間に確認しますから」
魔法使いは杖をくるりと回し、ミアとリアに近づく。
ミアが反射的に身を引こうとしたが、リーダーが強く引き許さない。
魔法使いの指が手枷と首輪へ触れ、呪文を囁くと青い光が走った。
「ふん……魔力抑制。スキル封印……。こっちの首輪は……」
魔法使いの唇が、わずかに引きつった。
「ずいぶん凝った造りだな。あの男に隷属している……が、
女からの解除は不可能……こんな高度な術……」
同じようにリアにも触れ、怯える彼女には優しい笑みを浮かべ。
「どちらも本物ですぜ…‥。まがい物や、玩具じゃねえぇ。
女たちから何もできない。“死ぬ事さえ出来ない”のが、着いてるぜ」
何故か興奮した顔を向けて、ボスに説明をしていた。
「……だとよ」
リーダーは、つまらなさそうに肩をすくめ、
馬鹿にしたように目を細めて、ボスに話しかける。
ボスの眼光が探るように鋭くなり、
重苦しい沈黙が続くと、一段と部屋の空気が張り詰めた。
「……だからって、五百はねえだろう?」
「嫌なら、他を当たれ。貴族に回しゃ、単体でもそれぐらいだ」
「……」
「……ああ、混ざり物のエルフで、スグに元が取れるよな?」
「…」
「ガキを売れよ。まさか、そんな事も知らねえのか?」
「オマエ……本当に神官か?」
「だ……から、俺が“施してやる”って言ってんだよ」
「クズだな」
「抵抗出来ないいい女の玩具。カネのなる木を一緒に売ってやる。
それで、どうするんだ? 買わねえのか?」
考え込んでいるボスを見ても、黒衣の男は一歩も引かない。
腹を突き出しただらしない姿勢のままだが、
眼差しだけは獣のように鋭かった。
見た目や態度に言動も怪しいリーダーとボスが睨み合う。
「ハァ~。気づいただろ。売る気は“ほとんど”ねえんだよ。
これから、日暮れの街に連れていくってのが面倒ってだけだ」
ボスの口角がぴくぴくと痙攣し、斧の柄を握る手に血管が浮き、
折れそうなほどの力が込められていた。
「知ってるか?……女より、カネのほうが、色々と軽いんだよ」
殺気に囲まれ、今にも襲われそうだというのに、
リーダーは「どうでもいい」と言わんばかり。
ミアとリアの身体に緊張感が走っていき。
部屋の隅々で手下たちが息を潜め、誰もが武器へ手をかけ、
いつでも飛びかかれるよう身構え。
魔法使いが面白そうに笑って詠唱を始めた。
「……」
お互いの睨み合いは、長くは続かなかった。
ボスがふっと息を吐き、顔を覆うように大きな手で額を押さえる。
そして――
「クッ、ハハハハハッ!」
腹の底から笑い声を上げ、斧が何度も強く振り下ろされるが、
さっきと違い、床が揺れる程度。
「気に入ったぞ、豚野郎!そのツラ。言い草といい……
教会上がりのくせに、なかなか肝が据わってるじゃねえか!」
笑いながら、ボスは魔法使いに手を振った。
「払ってやれ」
「……は?」
リアを見ていた魔法使いが露骨に顔をしかめる。
「ボス、本気で――」
「うるせえ。今回の女を動かしゃ、スグに回収できる。
豚を手懐けりゃ、安全に他のも連れてくんだろ?」
ボスはにやりと笑い、親指でリーダーを指し、
不満そうな魔法使いへ手招きをして、顔を近づける。
「それに……こういう“わかりやすい”のは、
後で色々扱いやすい。後でだぞ。忘れるな。あ、とで……だ」
魔法使いは、しばらく不満げに黙っていたが、
やがて諦めたように俯いき、リアを見て残念そうに肩を落とす。
「わかりました。もう、何も言いません」
魔法使いは、リーダーに向けて嫌そうな顔を貼り付け、
ボスの背に積んであった袋の山から、いくつかを持ってくる。
じゃらりと、重い音がする袋が開かれ、
硬貨が入っているのを見せながら、一つ、二つと床に並べていった。
リーダーはそれをじっと見つめながら、ゆっくりと近づく。
「ボス。数は?」「五だ」「……わかりました」
淡々と二人の演技が続く。
「ありがとよ。神のお導きだな」
カネの入った袋しか見ていない男の目が半月に歪んでいった。
「これで文句はねえだろ。おっと、後で届けてやってもいいぞ」
「この程度、女と比べりゃ軽いもんさ」
リーダーは袋に入っていた金貨を適当に取り出し、
掌の上で軽く転がして感触を確かめる。
金属の重さ。乾いた音。縁の摩耗。刻印の合わせ。
光にかざして輝きを確認すると、口元を嬉しそうに歪めた。
その笑みは、完全に「カネに目が眩んだ男」のそれだった。
ミアとリアの、先ほどわずかに戻った希望が目に見えて曇っていき、
猿轡越しに声は出せないが、瞳が確かに問いかけていた。
リーダーは金貨の入った袋を全て荷袋にしまい、
二人の視線に気づいているはずなのに、そちらを見もしない。
それを見て、二人の表情が絶望に染まった。
自分たちが“売られ”、そのカネを嬉しそうに受け取る――
その光景を見た現実を、簡単に飲み込めるはずもなかった。
ボスは背もたれにふんぞり返る。
「よし。……おい」
顎で合図する。
「よこせ」
魔法使いが渋々といった態度で進み出て、
ミアとリアの繋がった縄をリーダーから奪い取った。
「ああ、連れてけ。あと俺との隷属は外れねえがな。
欲しければ言ってくれよ。格安で譲ってやるぞ」
周囲の部下が出てきて、
にやにやと不快な笑みを浮かべ、二人を品定めするように囲んだ。
「ボス?」
「地下だ。傷をつけるんじゃねえぞ。俺が楽しむまでな!」
その一言で、空気がいやに生々しく歪み。
ボスが楽しそうに柄で床を何度も小突く。
ミアの琥珀色の瞳が鋭くボスを睨み、目尻に涙が薄く滲む。
リアのエメラルドの瞳は、真っ直ぐにリーダーを見たが、
その澄んだ光が少しずつ淀んで消えていった。
紐を引かれた二人は、救いを求めて何度も振り返る。
そこに立っていたのは、優しく頼もしいリーダーだった者の背中。
黒いローブコートと、腹の出た輪郭。
カネの入った袋を大事そうに抱える厚い手。
顔にはカネに溺れた俗悪な笑みが、こびりついている……だろう。
二人が扉へ向かうたび、視界からリーダーが消え、
重い扉が閉じられると、木と鉄が噛み合う鈍い音が心に響いた。
◇
「いいのかよ、豚野郎。あんな上玉、手放しちまって」
残された静けさの中で、ボスがジョッキを置いて笑う。
「女は、カネと違って、簡単に裏切るんでね」
リーダーは、わざとらしく肩をすくめ。
「ま、そっちが“使い潰した”あとで、買い戻しに来る予定だがな」
続けて厚い唇の端を吊り上げ、少しも後悔していない顔で答えた。
「……?」
ボスは、″買い戻し″と言う言葉に一瞬戸惑い。
「ハハハ!そうだ! お前ら、そういう奴らだったな!」
だが、意味がわかると、声を上げて激しく笑っていた。
「そうさ、生きるのを諦めた。
悲しく壊れた命を、女神が望む通りに、俺が救ってやらんとな」
二人の笑い声が、汚れた部屋に重なって響き渡る。
だが、その響きの奥で――リーダーの黒い瞳が、
懺悔をする人達に向ける、優しく穏やかな光を宿していた。
販売②




