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第一話 大奥

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 避難所と化した八雷神教会では、倉澤蒼一郎に関わりを持つ女達専用の広間が割り当てられていた。

 蒼一郎、胡桃が半神であることを司祭達が知って以来、VIP待遇で持て成すのが常となっており、彼女達は、図らずともその恩恵に預かる形となったのだ。


 この世界では神に対する畏怖と敬意が強く、人間関係の変化を恐れた蒼一郎が司祭達に口止めをしており、カトリエルですら蒼一郎が正体が異世界人止まりで、半神であることは未だに知らないでいる。

 だから、胡桃を畏怖する司祭達の不自然な態度も『大方蒼一郎さんの逆鱗に触れるようなことでもしたのでしょう』と、深く考えようともしなかった。


――それよりも、今のこの状況は密談には都合の良い状況ね。


 一番奥の席にカトリエルと胡桃が並んで座り、右側の列にリディリア、ネフェルト、左側にはエーヴィア、リリネット。

 手前側ではブリジット・ヴァラスがそれぞれに緊張した面持ちで席に着いていた。

 女達以上に緊張していたのが、ブリジットを挟むように座っているトーマ・カナリウムとヴィルストであった。


 何せ、席に着く前の第一声が――


「近々、蒼一郎さんと式を挙げようと思っているのだけれど」であったからだ。


 師、恩人、憧憬、少年少女三人が思い思いの感情を持つ倉澤蒼一郎の人生の岐路に関わる話が始まろうとしている。

 非常に興味のある議題だが、子供とて空気くらいは読める。己たちが如何に場違いであるかを。


 部屋の片隅で柱にもたれかかるコルネッタが野次馬モードで愉快そうな声を漏らすが、修羅場経験が少ないどころか、恋愛や結婚に縁遠い少年二人に同じような振る舞いが出来ようはずも無かった。


――僕がこの場にいても良いのだろうか。


 トーマとヴィルストが心の声をシンクロさせる。

 自分に相応しい場所で無いと理解していながらも、此処から出て行く勇気も無かった。

 居ても居なくても何を言われるか、何を思われるか、曖昧な感情を処理出来ず、無言で成り行きを見守ることにした。

 オライオンが倉澤蒼一郎の手によって討たれたとの報が流れ、非常事態宣言が解除が発布されたが『氷の団の残党が潜んでいる可能性が高い。最大限の警戒を』とも発令されており、少数で出歩くのが危険なのも事実だった。


 緊張感と好奇心。そして気まずさが少年達の胸に満ちると同時にカトリエルが口火を切った。


「貴女とは初めてよね、ネフェルト」


「は、は、ははははい!!」


「…………貴女と同じで、姓を持たないただの平民よ。あまり緊張しないで欲しいわ」 


――いや、それは無理でしょ。


 誰が思ったか定かで無いが、この場にいる何人かが内心でごちる。

 カトリエルの美貌はある種の芸術性が秘められている。本物の貴族や王族がどんなに飾り立てても霞む程で。

 その外見だけでは無く、雰囲気や存在感さえもが、何より仮腹の儀で胎内に封じられた魔人ハーティアの存在が彼女の気配をますます彼女から現実味を薄めている。

 ただの純朴な村娘でしかないネフェルトにしてみれば、ただただ萎縮するしか出来ないのも当然だった。


 外見や特異性だけでは無い。本物の貴族が霞むという表現も決して過言なものでは無いのだ。

 事実、本物の貴族の娘であるブリジット・ヴァラスが彼女を偉大なる先達と呼び慕い、カトリエルの下だと自らの立ち位置を定め、カトリエルもそれを自然体で受け入れている。

 彼女を構成する全ての要素が、ただの平民という自己評価を否定していた。


「本題なのだけれど、伝令兵が騒いでいた通り、蒼一郎さんがオライオンを討ち、氷の団を解体させた。いよいよ、あの人に爵位を押し付けられ、政略結婚の餌食にされるのも現実味を帯びて来たわね」


「旦那と大奥様は目的を果たすために、そういう手合いが邪魔で遮断したいって言ってたよね」


「蒼一郎様に受け入れてもらえるなら、男と女の関係になって良いとも……」


 ベルカンタンプ鉱山に入り込んだ邪教徒を排除した際に、カトリエルから聞かされた言葉だ。

 その言葉をリリネットと、エーヴィアは片時も忘れたことが無い。


 尤も、リリネットは物理的な距離の都合で蒼一郎との距離を詰めることが出来ず、エーヴィアは善戦していたつもりだが、冒険者としての隔絶した実力差に色恋沙汰にかまけていて良いのだろうかと思い悩んでいた。

 リリネットとエーヴィア、どちらとも自身の問題を、明確な想いを伝えきれないでいる口実にもしているが。


「ええ。権力や財力から蒼一郎さんを護らなくてはならない都合上、私が正妻になってしまうけれど、それでも良いならあの人を好きになっても構わない。貴女達が、あの人に振り向いてもらえるように努力をするのなら私も協力を惜しまないつもりよ。当然、貴女達が倉澤家に不破をもたらさないと、自らの魂に誓えるのならば、だけれど」


 そう言って、カトリエルは滑るような手付きで、胡桃の髪を撫でた。


「ん♪」


 胡桃は気持ちよさそうに目を細め、小さな身体をすり付けるようにカトリエルに身を寄せ、彼女はそれを微笑んで受け入れる。

 亜人、獣人、半獣、いずれも被差別種族で、その中でも半獣の扱いが最も酷い。

 その半獣がカトリエルの隣に、上座に座り、臆面も無く甘え、それを受け入れられている時点で、倉澤家の婚姻が如何に帝国の常識で測れないかを如実に表している。

 貴族だから、平民だから、亜人だから、獣人だから、そんなものは何の口実にはならず、それを口実にしようものなら倉澤家を敵に回すことになるのだと。


「どうかしら……と言っても、今更の娘が殆どなのよね。ネフェルト、貴女はどうかしら?」


「あ、はい。胡桃さんとは初めましてではありませんので」


「と言うか……胡桃さん、ネフェルトに……って言うか、私以外には心開くの早かったような……」


 サマーダム大学に留めていた胡桃とリディリアを迎えに行った帰り道のことだった。

 エルベダ要塞を気に入った蒼一郎が、二人をネフェルトに会わせたのが始まりで、要塞の窮地を救った蒼一郎は、住民一同から盛大な歓迎を受け、胡桃とリディリアもその恩恵を多いに受けた。

 そして、その時、胡桃はネフェルトに餌付けされた。瞬殺だった。

 リディリアなど、餌付け以前に食事を突き合わせて受け取ってもらうまでに数日を要しており、恨めしそうな目を胡桃に向けるのも仕方が無いことだと言えた。

 都合の悪いことは聞こえぬとばかりに、胡桃はそっぽを向くが、これも仲の良さの顕れでもある。


「この娘のことを家族として受け入れられるなら何でも構わないわ」


 胡桃に拒絶の意を示せば、蒼一郎に拒絶される。

 その程度、少しでもあの男に好意を持っていれば理解出来ることだ。

 とは言え、あまり胡桃の興味や関心を惹き過ぎると、それはそれで蒼一郎から嫉妬される羽目になるが。

 そういった意味では、リディリアが一番割を食っているが、この場ではあまり関係の無いことだ。

 胡桃とリディリアの無言のやり取りを尻目にカトリエルは再び口を開く。


「それで叙勲前に挙式を……、その時に花嫁が数人いた方が結果的にあの人を護ることに繋がる。出来れば、この誘いに乗ってもらいのだけれど、どうかしら?」


 カトリエルの問いかけに重苦しい沈黙が返って来た。

 爵位が認められるということは優秀な人材を、つまりは多くの後継者を輩出することが要求される。


 本来なら新興の貴族など注目されるものでは無い。蒼一郎もその気も無ければ、そのつもりも無かったが、武を尊ぶ帝国で、外国人でありながら力を以って貴を示した以上、誰もが注目せざるを得ない。

 多くの貴族が半ば強引な手段で、拒否権の無い婚姻を立て続けに申し込んでくるのは火を見るよりも明らかだった。

 そして、家格を理由にありとあらゆる自由を縛られ、妻の実家にとって都合の良い操り人形にされるであろうことは考えるまでも無い。


 尤も、貴族達の都合の良い様にされるどころか、寧ろ、胡桃を蔑ろにされて腹を立てた蒼一郎が第二、第三の氷の団を結成して乱を起こす方がまだ現実的だ。

 当然、そうなれば倉澤蒼一郎の勝敗に関わらず、帝国全土を灰燼に変え、新手の魔人として人類の敵扱いされても不思議では無い。

 蒼一郎の性格と、貴族の性質を考えれば、この男の立場は管理の杜撰な火薬庫と言い換えても過言ではないのだ。


 胡桃に害意を持たない気心の知れた女たちで蒼一郎の身の周りを固めるのは、彼を守るだけでは無く、帝国の日常や平穏を守ることにも繋がる。


「あ、あの……、偉大なるカトリエル師」


 沈黙を破ったのはブリジット・ヴァラスだった。

 場違いな上に、この場における最年少ということもあり、緊張感を隠せないでいたが、口を挟まずにはいられなかった。


「お、恐れながら申し上げます。偉大なるカトリエル師のご提案ですが、その……貴族的に過ぎるのではと愚考します。利益と不利益。貴族ならばそういうものだと納得も出来ましょう。婚姻とは政治手段の一つでしかありませんから。しかしながら、この場にお集まりの方々は皆、平民の方です。するりとはいかないのが当然かと……」


「そ、それです! 何と言うか、蒼一郎様にもっと甘えたりとか!」


「ほ、ほら! 蒼一郎さんって一夫一妻制の国の人だし、一夫多妻なんて不道徳だーって言ったじゃないですか! 結婚式は一人ずつの方が良いんじゃないかなって思うんですよ!」


 ブリジットの指摘にエーヴィアと、リディリアが飛び付いた。

 蒼一郎との実力差に思い悩み、『私じゃ蒼一郎様のお役に立てない……』と思いつつも、再婚が決まった母親の浮かれ具合や式にかける熱意は並々ならぬものがあり、それを素直に羨ましいと、『私もいつか蒼一郎様と……』と、そんな考えを捨てきれずにいる。

 実際にこういう場に呼ばれたら、触発されもするし、焦りもする。


 へたれもするが。


 リディリアに至っては極々普通の田舎娘だ。

 結婚式は白いドレスを着て八雷神教会で二人きり――、そんな普通の、しかし幸せな光景しかイメージに無い。

 カトリエルの提案は、あまりにも利己的で、義務的で、情というものがリディリアには全く感じられなかった。


 実際に一番、強い情を持っているのはカトリエルなのだが――。


 それはさて置き、地元の価値観を色濃く残すリディリアにとって、17歳の自身は行き遅れという焦りがある。

 誰でも良いとまでは言わないが、結婚が出来るものならしたいのもまた事実だった。


「えっと……私は大丈夫ですよ。倉澤の旦那様から良いと言ってもらえたら、ですけど……。旦那様は心と身体、命を救ってくださいました。ほんの数日だけでしたけどお世話もさせてもらいました。恩返しの気持ちもあるけど、旦那様のお世話をするのは幸せだったから……」


「ふむ」


 ネフェルトの独白に頷いたのはリリネットだった。


「ふと思ったんだけどさ、外向きの式とは別にそれぞれでもっかい式挙げたら良くない?」


「式を二回?」


「だって、あたい、平民だし、亜人だけどベルカンタンプ鉱山じゃ御令嬢だよ? しかも、ソウブルーの鍛冶組合会長ロイドの親戚で、参列者の数が要塞規模な上に全員亜人。でも、ロイドの叔父貴の機嫌を損ねられないから、ソウブルーも受け入れ拒否なんて出来ないじゃん? 確かにソウブルーは帝国にしては人種差別が緩いトコだけど、色々と禍根を残しそうなんだよねぇ。だから、外向けの式では親父と叔父貴だけ呼んで、本番はベルカンタンプ鉱山でって思ったわけ」


「あ、出来れば私もエルベダ要塞で、お世話になったみんなに見てもらいたいかなって……」


「成る程……、それは盲点だったわね」


 カトリエルにしてみれば、既に蒼一郎と同居している身だ。

 結婚したところでソウブルーの錬金術師カトリエルの名に、倉澤の姓が加わるくらいで特に何かが変わるわけでも無い。

 子作りにしても、身体に封印された魔人ハーティアの件を片付けてからの話であって、結婚する、しないはこの際、関係無い。

 お互いに家族もおらず、結婚を事務的なものにしか考えていなかったが故の盲点だった。 


――そう言えば、そういうものだったわね。


 もう少し考えを改めた方が良いだろうかと思いながら、リディリア達に向き直る。 


「リディリア、エーヴィア、その条件ならどうかしら?」


「ま、まあ……、それなら大丈夫、なんですけど……」


「けど?」


「蒼一郎さんから選んでもらえるかどうかって一番の難所をどうしようかと……。同居してるのに、ここ最近まともに話をするどころか、顔すら合わせてない気がするんですけど!」


「不甲斐ないわね」


 カトリエルがばっさりと一言で切り捨ててしまうが、難所たらしめているのはカトリエルの存在だ。

 特に最近のカトリエルは、暇さえあれば蒼一郎に甘え、蒼一郎を甘やかす。それも堂々と。

 リディリアに出来ることと言えば、二人の邪魔をしないように胡桃を連れて別室に行くくらいだ。

 胡桃のように何も考えずに、二人の間に入っていけるくらい欲求に素直であれば良かったのだが――、こう見えても胡桃は柴犬である。

 婚期を焦る女に、憎からず想っている男の前で無邪気な犬のように振舞えと言っても無理な話である。


「お母さんから言われたんですけど、男の人にそういうのを察してもらうのを期待しちゃダメだって。ちゃんと言葉と、行動と、態度で、貴方が好きですって言わないと伝わらないって」


「ハードル高いなぁ……、でも、それが出来る人だからトーヴァー叔父さんと再婚出来たんだよね」


「言って、みます?」


 この度親戚となったリディリアと、エーヴィアが緊張した面持ちで顔を突き合わせて、ぼそぼそと声を合わせていると、リリネットがニヤリと笑って立ち上がる。


「旦那ぁー! 好きだー! みたいな?」


「却下。男らしくし過ぎです」


 両手を広げて舞台俳優のように声を張り上げるリリネットに、ネフェルトが冷たい声で切り捨てる。

 顔を赤らめる女は一人もいなかったが、重くなりかけていた空気が軽くなった。


「結局、みんな乗り気ということで良いのね」


 緩やかな雰囲気になったところでカトリエルが鋭く問いかける。

 それに対する答えは矢張り沈黙だったが、先ほどと違うのは四人とも顔を赤く染めているところだった。

 何だかんだ言って、誰も彼もが乗り気であることには変わりが無い。


「今回の沈黙は肯定と見做すわ」


 そう言って、カトリアエルは視線を正面に、扉の向こう側で気まずそうに佇んでいる蒼一郎に向けた。

 先程から意を決して中へ入ろうとドアノブに手をかけようとする度、寝耳に水をぶっかけられるが如く、とんでもない話が飛び出し、躊躇する度にヒートアップしていく。


――入り辛い……。


 その気配を察し、『話は済んだから入っても良いわよ』というカトリエルなりの助け舟だったが、話題の気まずさから立ち往生していたのを知られたのも、それはそれで気まずい。


――もう暫く、間を明けるか……。


 扉から離れようとするが、「ますたー、なんで入ってこないの?」と胡桃が勢い良く尻尾を振り回したのを見て、彼女達の視線が殺到するのを感じた。

 蒼一郎は怖気づいたかのように仰け反り、傍観者を気取っていたコルネッタが吹き出す。

 これ以上の立ち往生は更に恥を晒すことになりそうだ。いよいよ観念した蒼一郎は平静を努めて中に入る。


 コルネッタが必死で笑いをこらえてますと言わんばかりに肩を震わせていたが、見ないふりをして、『チクショウ』と内心でごちることしか出来ないのであった。

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