表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/127

第二話 決断

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 拝啓、お袋様。


 私、倉澤蒼一郎が胡桃さんと共に異世界へと呼び出され、後数か月で一年が経とうとしています。

 彼女――、そう呼ばれた肝心な呼び主とは未だ会えず、何の目的で自分と胡桃さんをこの世界に呼び寄せたのか未だに不明です。

 正直、非常識な輩だと言わざるを得ません。所詮、神ですからある意味、この不誠実は当然なのかも知れません。

 ですが、胡桃さんと言葉を交わすことが出来るようになったのは素直に喜ばしく思い、これだけでも異世界に来た甲斐があったと思います。

 ですが、そろそろ柴犬の胡桃さんも恋しくなってきました。

 と言うのも、この国……いえ、この世界と言うべきでしょうか。この世界、犬という動物が存在しません。

 犬耳を付けた可愛い女の子の胡桃さん、可愛い柴犬の胡桃さん、どっちも可愛い胡桃さんであることには変わりは無いのですが……。

 ああ、そうそう。胡桃さんが変わったのは外見だけではありません。

 なんと家族以外の人間に吠えたり、噛み付いたりすること無く仲良くなれたのです。

 その中でも特に驚いたのは、サマーダム大学の生徒でブリジット・ヴァラスという少女がいるのですが、友人や恩師を喪い傷心中の彼女を胡桃さんがセラピー犬のように慰めていたのです。

 勿論、自分は何も躾けていませんし、命じてもいません。

 自分が留守から戻ったらそうなっていて、流石は胡桃さんだと、ただただ感心するばかりでした。

 胡桃さんの活躍を保存したいところなのですが、この世界にスマホが持ち込めていたらと、残念でなりません。


 以上が胡桃さんの近況報告です。ここから自分の話です。

 常々、お袋様よりまだかまだかと執拗に催促され『大学を卒業したら』『二十五歳くらいに』『三十歳には』『もう別に良いんじゃないかな』と避け続けて来た結婚の件です。

 色々ありましたが、どうやら此方の世界で結婚することになりそうです。

 尤も、夢を通して認識している世界ですので、現実世界やお袋様とは関係ありませんし、相手の女性達をお披露目する機会もまるでありませんが(笑)


「――聞いての通りだから」


 人が現実逃避をしているのもお構いなしに、カトリエルはきっぱりと言い放った。

 これ以上黙っていると沈黙は肯定と見做すなんて言い出しそうな勢いだ。


「ちょっと待ってくれ。一部始終を聞いていたわけじゃないんだ。状況を説明してくれ」


「察しは付くでしょう?」


「自分が色々と戦果を挙げ過ぎたせいで、与える恩賞が金だけでは、それこそ爵位の一つでも与えなくては周囲に示しが付かなくなって来た。更に言えば、先帝が暗殺されて以来、帝国の内部はバラバラで、他の主要都市がトレスドアのような状況になっている可能性がある以上、使える駒を手元に封じておきたい。可能性として高いのはトルトーネ要塞伯か、そうで無ければトリエンナ家の領地を一部割譲ってところか」


「そんな貴方が財でも、知でも、権威でも無く、模造品とは言え、神剣を携え武のみで爵位を得た。帝国人にとってどれだけ心惹かれる存在か正確に自覚しているのかしらね」


「君もか?」


「私が貴方に惹かれているのは、もっと俗な理由よ。リディリアには聞かせたことがあるけれど」


 リディリアさんの方に目を向けると、彼女は「前に聞かせてくれた話、本気だったんですか!?」と驚いていた。

 余程、冗談と取れるような理由だったのだろうか。聞いてみたい気もするが、少し怖い気もする。


「失望させたかしら?」


 彼女の問いに首を振る。俗なのは自分も同じだ。いや、彼女よりも絶対に自分の方が俗だ。


「それは兎も角、帝国は武を尊ぶ国だ。原初(フォルメス)の火をばら撒いたらこうなっただけなんて、そんな子供みたいな口実が通じないのは理解しているさ。要は自分、と言うか貴族が自分の武力と子種をしがるって言うんだろう? 龍殺しから生まれた血筋とか言って」


「お互い、そういう目障りを排除する為に婚約者を装う。それがそもそも私達の始まりだったわね」


「そうだ。破邪の龍殺しと帝国随一の錬金術師の熱愛と婚約は、傲慢な貴族達さえも動きを鈍らせる程の衝撃を与えた。けど、今回の自分の功績は貴族達が自ら戒めた枷を解き放つ程のもので、それが君を不安に駆り立てた」


「不安と言うよりも……、彼等は動くわよ。確実に。そして、場合によってはこの娘を害そうとする浅はかな考えを持つ者も少なくないでしょう。場合と状況次第では、貴方が第二のオライオンになる可能性も出て来る」


「ああ、よく分かっているじゃないか。一つ訂正するなら胡桃さんに限らず、この場いる全員だ。俺の身内に害を成す奴は貴族だろうが、王族だろうが、神だろうが例外なく、躊躇なく皆殺しだ」


「それで私達を置いてけぼりにして戦いに明け暮れるのかしら?」


「う……」


 置いてけぼりにしているつもりは無い。

 つもりは無いが、置いてけぼりにされていると思わせたなら、完全に自分の過失だ。

 ところで置いてけぼりっていうのは、どれのことを言っているのだろう……。

 心当たりがあり過ぎてセーフとアウトの境界線が分からない。


――いや、本当に過失だな。これは。


「さっきリディリアも話していたのよね。同居している筈なのに、貴方と全く話が出来ていないと。でも、良かったわね、リディリア。ちゃんとこの人から大事な身内として想われているみたよ」


「あ、あはは……ありがとうございます」


 リディリアさんが照れたように、はにかんだ笑みを浮かべているが、色恋的と言うよりも、どうにも気を遣われているような気がしてならない。

 ただ同居しているにも関わらず、彼女と全く会話が出来ていないというのは、それはそれで問題だ。


 リディリアさんと言えば、胡桃さんと遊んでいる姿が目立つ……ああ、だからだ。

 彼女に遊んでもらって、喜んでいる胡桃さんの姿を見て、色々と満足している自分がいる。これも失態だ。

 

「え、あ……いや、アレですよ? あのリディリアさんを蔑ろにしているとか、そういうのでは無くってですね?」


「と言うか、働き過ぎなのよ。貴方は。五日間立て続けに寝る間も惜しんで働いて、二日休んだと思えば、また日の出から日没まで働き出すなんて」


 ちゃうねん。日本人やから七曜の内、五日働いて、二日休むのが日本人の基本的な労働サイクルやねん。

 八時間労働、一時間休憩の九時間拘束に、ぼちぼち残業するのが当たり前やねん。そうせな落ち着かんねん。罪悪感とか感じるねん。


「大体、魔人の討伐にしても、私と貴方で有効な手段を確立して、他人にやらせるだけだった筈が、手段を確立するどころか場当たり的に、よりによって貴方が対応することになった挙句、魔人にも目を付けられる羽目になっている」


「それは心配をかけて悪かったよ。けど、流石に上位の魔人は自分の手には負えない。後は普通の冒険者をやりながら、生者のままクラビス・ヴァスカイルへ行く手段を模索するさ。それに貴族の件も大丈夫。俺がどうにかするから、結婚は身の回りが落ち着いてからでも良いだろう?」


 言ってから思った。年貢の納め時かと思ったが、まだもう少し粘れそうだ。


「どうにかするって、どうするつもり? まさか爵位を拒否するとでも?」


「それこそまさか、だよ。これから先のことを考えたら爵位は必要だ。貴族達、特に古い貴族は支配者よりも多くを知り、多くのことを独占している。距離感さえ間違わなければ、クラビス・ヴァスカイルへの道も見つかるかも知れない」


 実際、洗脳(ベレス)を復元させたのはオライオンだが、その鍵となる知識や技術はトリエンナ家が秘匿していた魔術書に書き記されていたものだった。

 自分ではそれらの情報を使って術式を再現することは出来ないが、カトリエルなら造作も無いことだ。


「貴族を取り込むつもり……? 貴方がそうしたいなら拒絶はしないけれど……」


「何を不満そうにしてるんだか」


「別に」


「ま、神の家で謀略だの血生臭い話を延々とするものでは無いし、今日の所はこれで解散させてもらおうか」


「蒼さんも大変だねぇ」


「好きでやっていることですから。お騒がせしてすみませんでした」


「良いって良いって。聞いてるだけでも笑えたから。青のじっちゃんの名にかけてここで聞いたことは一切他言しないから安心して良いよ。別に聞かれても、他言しても問題無いって思われてそうだけどさ。一応ね」


 八雷神教会を後にして商業地区に繰り出すと、既に商売を再開している逞しい商人や店が少なからずあった。

 彼らにしてみれば、競争相手が少ない今こそが商機だと考えたのだろう。その考えは大正解で、戦災の影響による値上げを謳いながらも、何処も彼処も大盛況の体を為していた。

 皆で食事を――、と思っていたらヴィルスト達の姿が消えていた。何かしらのトラブルでは無く、場の空気に耐え兼ねて逃げ出したであろうことは想像に易い。

 自分ですら徹底して仕事の話に逃げたのだ。当然の行動であると言える。


――全くもって良い勘をしている。流石は自分の生徒だ。次の授業で覚えていやがれ。


 食事を終え、工房に戻り、一息ついてリディリアさんや、遠方から訪ねてくれたリリネットさんや、ネフェルトと話をする時間を作ろうと思い、彼女達の部屋を目指した矢先、カトリエルに呼び止められた。


「二人だけで話がしたいのだけれど」


 嬉しい申し出だが、色気のある話では無いことは彼女の声色から察した。

 彼女に腕を引かれて連れて行かれたのが工房の薄暗い地下室であることも、それに拍車をかけている。


「何か気になることでもあったのかい?」


「ええ。叙勲に前向きなこと。貴族のことを如何にかすると言っていたこと。そして与えらる領地の候補のこと。再建中のトルトーネ街が、城塞化しているという話は聞いているし、トルトーネを開放した貴方がそのまま要塞伯になるのは納得が出来る。けれど、トリエンナ家の領地を割譲ってどういう意味なのかしら?」


「その話をするために地下を選んだ時点で大体の予想がついているんじゃないか?」


 さっきの意趣返しってわけじゃないが、からかうような口調で問いかけてみる。

 だが、彼女は大して考えることなく口を開いた。


「アルキス・トリエンナは氷の団に要塞を提供し、魔人を操る術式を授けた。反帝国派貴族の大巨頭とは言え、看過できない振る舞いを放置していては貴族達はますます思い上がり、更には議会のパワーバランスを著しく崩すことになるかも知れない。バーグリフはアルキス・トリエンナが制御出来ないと判断して、貴方に暗殺を依頼した。だから、トリエンナ領の割譲なんて言ったのでしょう? それに貴族達の情報収集能力なら、どんなに完璧な暗殺を達成したとしても、その実行犯が貴方だというところに必ず行き着く。そして、大貴族さえも暗殺してしまうような男だと知られ、貴方は恐れられ、結果的に貴族達の強引な行動を食い止めることに繋がる。訂正はあるかしら?」


「いや、流石だ」


「貴方の行動範囲から察するに、アルキス・トリエンナの要塞で、証拠資料を発見したということかしら?」


「ああ、オライオンに独占していた遺失魔術をくれてやったという記録がね。今となっては、当時稼働中だった上位の魔人には通用しないらしいが、問題はそこじゃない。長い歴史を持つ大貴族が持つ知識の中には、魔人が恐れ、遺失させたはずの術式を独占している可能性が高い」


「アルキス・トリエンナの暗殺ついでに、トリエンナ家が独占していると思われる知識の全てを暴く、ということかしら?」


「そうだ。クラビス・ヴァスカイルへ至る道が見つかるかも知れない。見つからないとしても、魔人を滅ぼす何かを得られるかも知れない。アルキス・トリエンナの暗殺は俺達が望む未来を掴むためにも必要なことだ」


 その依頼主がソウブルーの支配者なのだから、正しく渡りに船と言う奴だ。


 翌日。まだ日が出たばかりで空が茜色に染まり始めようとする頃合いを見計らって工房を後にする。

 目的地はギルド地区にアルキス・トリエンナの屋敷だ。


 闇夜に乗じて暗殺することも考えたが、深夜とて一般人の姿が無いだけで、四六時中衛兵が警備に当たっている。

 ましてやオライオンの死により軍事作戦による抗争が終息しただけで、何処に残党が潜んでいるかも分からない状態で監視の目はかなり厳しい。

 それならば、早朝から行動を開始する商人や司祭達に紛れた方が良い。

 冒険者の自分なら早朝からギルド地区をうろついているのも不自然では無い。


「ここまでは順調だな」


 自分の読みは上手い具合に的中した。

 司祭や衛兵、冒険者達の流れに紛れ、誰からも意識される事無く、アルキス・トリエンナの屋敷に辿り着いた。

 屋敷の外壁に備え付けられたランタンに火が灯っている。空は朝焼けに染まっているが、火を消していないという事は、まだ殆どの使用人は就寝中のようだ。

 一部の大部屋を除いて、カーテンが閉まったままで灯りも着いておらず、使用人以外の住人――アルキス・トリエンナは未だ就寝中であるかのように見えた。


「厚かましいお坊ちゃんめ」


 事前の情報では、アルキス・トリエンナは正妻と、正妻の子を連れてこの屋敷の中に入ったことが確認されている。

 氷の団に要塞を明け渡し、洗脳(ベレス)の術式を提供した反逆者の分際で、身の程も弁えず枕を高くして眠る胆力を褒めれば良いのやら、それとも大莫迦者だと蔑めば良いのか悩むところだ。

 実際には、いざ裁判になれば無罪を勝ち取るだけの手練手管があるからこその余裕なのだろう。


――だから、自分のような暗殺者を送り込まれる羽目になる。


 何にせよ本命はアルキス・トリエンナの命では無く、トリエンナ家が独占する知識だ。

 お坊ちゃんを暗殺し、罪状に対する弁解が出来ない状況を作り出し、トリエンナ家の強制捜査を実行し、様々な物を法的に接収出来るようにする。

 そういった意味では彼の命は、ただのスイッチでしかない。

 この暗殺も死刑の執行であったと書き換えられる筋書きになっている。


――そう思うと少し哀れだな。


「ま、これから死ぬ人間には関係の無いことか」


 鉄格子の正門沿いに歩いていくと頑強な外壁に辿り着く。

 外壁の向こう側には、アシュアクィの木が植えられている。

 青々と茂った葉は固く乾いており、触れると大きな音を立てる性質を持つ。

 助走を付けて跳躍して壁を飛び越え、敢えてアシュアクィの木の枝に飛び乗り、幹を伝って地面に滑り降りる。

 案の定、葉が擦れ合い鳴子に似た音が鳴り響き、正面玄関前で待機していたトリエンナ家の私兵の内、五人が此方に向かってきた。

 正門前と正面玄関前に配置されていた残りの私兵は弓に矢を番えて此方を狙っていた。


――付き合わせてゴメン。さ、お行き。


 言葉が伝わっているかどうか定かでは無いが、此処に来る道中に捕まえた野良猫三匹に一言詫びてから解放する。

 すると彼等(彼女等?)は自分よりも大きな音を立てて一目散に屋敷の庭に向かって走り出した。


「猫が入り込んだだけか……?」


「人騒がせな……。持ち場に戻るぞ」


 弓兵の死角になる位置を確認しながら、彼等の足音に合わせて移動を開始すると、程無くして弓兵が視線を壁の外に向けた。私兵たちとも十分に距離が離れたのを確認してから、屋敷の壁際に向かって走り出す。


「中々幸先が良い」


 身を屈め、壁に背を付けたまま移動を開始する。途中で大きな出窓に出くわした。

 中の人間に悟られないよう影に紛れて中の様子を伺うと、顔までは分からなかったが眠った人間の姿が確認出来たが、アルキス・トリエンナの部屋では無い。

 流石にカギを壊して押し入り、依頼とは無関係な人間を殺してしまうのは望むところではない。

 中の人間を起こさないように移動を再開する。


 次の出窓に差し掛かった。人の気配が無く、鍵もかかっていない。

 これだけ大きな屋敷だ。一つか二つくらい鍵のかけ忘れがあっても不思議では無いし、それを期待していたが、思ったよりも早く発見することが出来た。ここまでは順調だ。

 音を立てないように出窓を開け、中に入り込む。恐らくは客間だろうか。


「ッ!?」


 思わぬ事態に声が漏れそうになった。人の気配が無いにも関わらず、ベッドで寝ている人がいたからだ。

 起きる様子は無い、口止めで命を奪うという酷く気の進まないことをせずに済んだ。二重の意味で安心した。

 今更、外に戻って鍵の開いた出窓を探すのも面倒だし、このまま中へ侵入することにした。


――まだ起きるには早い時間ですよ~。そのまま眠っててくださいねー?


 幸運にもこの部屋の使用者は目を覚まさなかった。音を立てずに扉を開き、廊下に転がり出る。

 アルキス・トリエンナの私室の位置は既に把握している。後は使用人たちに見つからないように其処を目指せば良い。

 最悪見つかったとしても、彼の友人だと言い張り、取引に来たとゴリ押せばなんとかなる。

 一応は裏取引の相手ということになっているしな。

 色々と忙しいせいで結局、取引らしい取引をしないまま暗殺することになってしまったが。


――ま、別にどうでも良いか。


 面倒は無いに越したことは無い。人の気配を避けながら、彼がいるであろう三階を目指す。

 幸いにも無関係な人間を殺すことなく二階に辿り着くことが出来た。

 だが、少し時間をかけ過ぎたかも知れない。

 出窓から外を見ると、宵闇がかった朝焼けの空は、茜色に染まり、群青色が滲み出している。

 もうあまり時間はかけられそうにない。


――三階まで一気に駆け上がって彼の部屋に押し入り、首を斬り落とし、そのまま外に脱出して市街地に逃げ込むか?


 焦りもあったが、面倒にもなってきた。少々短絡的かも知れないが――。


「誰か来てくれ!! 暗殺者だ!!」


「ちょ……ふざけんな!」


 此処まで神経をすり減らしながら慎重に潜入したというのに、あっさりと台無しにされた。

 自分の口から自然と罵声が飛び出した。

 今から自分で台無しにすることを考えてはいたが、他人から台無しにするのと自分から台無しにしにいくのとでは話は別だ。


――いや、今は愚痴っている場合じゃない。アルキス・トリエンナの首を一気に取る!


「誰か……!! く、来るな……!!」


 断末魔の悲鳴が屋敷の中に響き渡ったのを皮切りに、屋敷の至る所から人の悲鳴のオーケストラが始まった。

 自分はまだ何もしていないし、何も仕掛けていない。


「自分以外にも侵入者が……それも複数?」


 どうやら自分はまだ見つかっていないようだ。

 安心は安心だが、逡巡している間も人の悲鳴と暴れる音、剣戟の音が止まないでいる。

 暗殺者と言うよりは、極悪な押し込み強盗のような有様だ。


「ああ、クソッ! どうする……!?」


 屋敷の住人を襲っている侵入者は恐らく、仲間では無い。

 他にも潜入者がいるなら事前に通達されている筈だ。

 別口の暗部か、それとも単なる犯罪者か。

 前者は兎も角、後者なら死なせる理由はあっても生かしておく理由は無い。


 今から暗殺を行い、目撃者は全員消せと指示を受けた自分に言えた筋合いが無いのは理解している。

 しかし、貴族の屋敷に押し込み、大量殺戮を行う集団を放置するという選択肢は有り得ない。


――アルキス・トリエンナと侵入者、どちらの殺害を優先する?


 アルキス・トリエンナを優先したら、助けられる屋敷の人間が減り、侵入者を逃すかも知れない。

 侵入者を優先したら、アルキス・トリエンナの暗殺に失敗するかも知れない。


「糞がッ!!」


 迷った末――、いや、今もまだ迷っている。だが、決断を待っていては何も出来なくなる。

 どうせ結論の出ない迷いだ。迷いを抱えたまま、身体が動くままに、ただ衝動に従って階段を駆け上がり、扉を蹴り破った。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ