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第九話 無事に出発出来る気がしない

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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

――この世界の朝は早い。


 東の空が朝焼けで染める紅黄色の太陽が草花を照らす頃、既にエルベダ要塞の人々田畑に、牧場に、鶏舎に慌ただしく動き回っている。

 気丈なもので、巨人との戦いで亡くなった人たちの哀しみは昨晩の酔いと共に醒めたらしい。


 サマーダム大学行きの馬車に繋がれている四頭の馬は、御者に撫でられながら草を食んで英気を養っている。

 馬車の中に入り込むと地味だが、身嗜みの整った乗客が出発の時を今か今かと待っていた。

 落ち着かない様子から察するにサマーダム大学の新入生だろうか?


 中年の客が何人かいたが貴族然とした様子では無い。

 もしかしたら、サマーダム大学の襲撃を受けた事を知り、身内の生存確認に来た平民かも知れない。


「あの、倉澤の旦那様、本当にありがとうございました。お弁当作りました。途中で食べて下さいね」


「俺からの餞別はコイツだ。兄弟が気に入ってくれたオークニクスの十二年!」


 馬車の出窓から見送りに来ていたネフェルトさんと、ヴァレントさんから、酒と、弁当を受け取る。

 すると彼女が恥ずかしそうに指を絡ませて身体を左右に揺らして俯き、やがて意を決したように真っ赤になった顔を勢いよく上げた。


「あの……! 倉澤の旦那様、お守り作ったんです! 受け取ってくれませんか?」


「お守り……ですか?」


「倉澤さんが立派な冒険者ということは分かってます。でも、危ないこともいっぱいしなくちゃいけないお仕事だから……、無事でいられるようにって……」


 女の子らしい女の子って彼女のような子のことを言うのだろうと思う。

 ネフェルトさんのいじましさに思わず胸を打たれる。


「ありがとうございます。ネフェルトさん。お気持ちありがたく頂戴します。お二人ともどうかお元気で……って言っても十日前後でまた来ますけどね」


 彼女の手からお守りを受け取りながらそう言うと二人はプッと吹き出した。

 しおらしい別れにはなりそうにも無いが、自分もそんなものは望んでいない。

 和やかに別れを済ませ馬車の中で揺られること十数分。


 人間の適応能力とは凄まじいもので、乗り心地最悪の馬車も慣れれば居眠りが出来てしまいそうだった。

 このまま微睡む意識を手放したいという欲求に従いたいのは山々だったが、自分に突き刺さる視線がそれを許してくれそうにない。


 ついカッとなって突き刺さる――なんて刺々しい言い方をしたが、実際にはもっと弱々しい不安げな視線だ。


 そして、視線の主は……多過ぎて逆に特定が難しい。乗客のほぼ全員だろうか?

 誰も彼もが不安げな様子で自分の背中に視線を向けている。順調に人間離れしてきてるな自分。


――それにしてもどうしたものだろうか?


 こうもあからさまな視線に晒されていては寝るに寝れない。

 声をかけようにも怯えのような感情も含まれているせいで、一歩を踏み込むのがどうにも躊躇われる。


―― 冒険者を恐れている?  いやいや、そんなまさか。


 サマーダム大学の新入生、あるいは新人研究者ともあろうものが冒険者を恐れるなんて、そんな馬鹿な話があってたまるものか。

 彼等の大半は魔術兵装抜きで魔術を行使することが出来る。言うなれば、戦う研究者だ。

 魔術に事関しては自分の方が格下だ。彼等が自分を恐れる理由は無いはずだ。


――もう暫く様子を見ていようか。


 そう思っていると誰かが痺れを切らしたように立ち上がった音がした。動きに澱みが無い。

 多分、若い男だ。近付いて来る足音からそう予想してみる。


「隣、よろしいですか?」


 そう声をかけてきたのは予想通り、少年と青年の丁度中間くらいの若い男だった。

 魔人グァルプに殺されたオラツィオやフィリウス・アレクセンと同じか少し年上くらいだ。


「ええ、構いませんよ。目的地を同じくする旅仲間です。仲良くやりましょう」


「ありがとうございます。私はソウブルーのトーマ・カナリウム。今期の新入学士としてサマーダム大学を目指しています。お名前を伺っても?」


 貴族にしては随分と物腰の柔らかい男だった。

 アドルフ・ラーフェンやトリエンナ家の御曹司にもこんな時代があったのだろうか。

 尤も、トリエンナ家の御曹司は自分と大して歳の差は無い。

 年齢的なものより本人の資質の問題かも知れないが。


「ソウブルーのCランク冒険者、倉澤蒼一郎です。サマーダム大学には……家族の送迎です」


「倉澤蒼一郎殿……。では、貴殿が今代の龍殺し……!」


 アドルフ・ラーフェン等のお貴族様達は自分の名前を聞いても外国の貴族程度にしか思っていなかったようだが、一応、自分の名前は広まっているようだ。

 いや、フィリウス・アレクセンやオラツィオはソウブルーから遠く離れたサマーダム大学でも自分の名を知っていた。

 トーマ・カナリウムを始めとする若者達の世間に対するアンテナが広く張り巡らされているのか、それともあの貴族連中が世の中に興味が無さ過ぎるだけなのか。


「不躾ではありますが今のサマーダム大学がどのような状況かご存知でしたら、御教え願えませんか?」


 あまり大声で話せるような事では無いが、隠したところでサマーダム大学に着いたら分かることだ。

 封印指定級の魔術兵装を持ち出したこと等、自分の犯罪行為をぼかして、自分の知っている事を概ね話して聞かせることにした。


 此方の話を聞き取ろうと耳を澄ませる気配を感じたので、気持ち大きめの声で話す。

 とは言え、無事な人間の中で名前が分かるのはブリジット・ヴァラスくらいだ。

 被害者も同様で生徒のオラツィオと、フィリウス・アレクセン。学長のゴドウェン・ゼマリノフ。

 生存者と死傷者、どちらもいるが、グァルプの目論見を阻止するために追撃に移ったということもあり、詳細や人数までは自分も正しくは把握していない。


 だが、件の騒動を起こした魔人グァルプは自分が殺した。

 あの手の人外の脅威からの危機は去った。それだけは確実と言える。

 それにサマーダム大学の麓には小さいながら村がある。

 サマーダム大学の出入りの業者達とその家族が住む開拓村だ。


 緊急時に備えて食料や衣料品が貯蓄され、備蓄を守る冒険者たちが数人雇われていることを考えたら生存者たちもそれ程、苦労しているということは無いはずだ。


「――と、こんなところでしょうか」


「そうですか……。情報の提供に感謝します」


「大学にトーマ・カナリウム殿の近しい方は?」


「いえ、幸い……と言って良いかどうかは分かりませんが、私はカナリウム家から切り捨てられた身ですので特に知人がいるわけではありません。一日も早く身を立てねばならない立場故、ゴドウェン・ゼマリノフ学長亡き後のサマーダム大学の運営がどうなっていくかという不安はありますが……」


「組織としての運営自体はこれまで通り、変わること無く行われていくようですよ。一昨日前までラーフェン家の当主とトリエンナ家の御曹司と同道する機会がありました。在学中の親族から道半ばにして帰郷するつもりは無いと連絡があったとかでいたくご立腹でした」


「あの両家が……?」


 トーマ・カナリウムが眉根を顰める。帝国派と反帝国派の二大巨頭だ。

 それがまさかの同道と聞いては確かに驚くのも無理は無い。


「矢張り、意外……ですか?」


「倉澤蒼一郎殿、貴殿にはサマーダム大学の状況について詳しい話をして頂いた恩があります。恩義のある貴殿にだから伝えておきます。お耳を拝借しても宜しいでしょうか?」


 彼のただならぬ迫力に、此方も緊張して無言で頷いてしまった。

 すると彼は自分の耳元に口を近付け、手の平で覆い隠して言った。


「我々の世界で極めて信憑性の高い噂です。激しい対立を繰り返すラーフェン家とトリエンナ家。両家は裏で繋がっていると言われています」


「あの二人が……?」


 彼は自分から顔を離して頷いて言葉を続けた。


「彼等の不仲は周囲に見せ付けるようなものではありませんでしたか? どれだけ大袈裟に喚き、相手の誇りを貶めるような言動であっても血を流すどころか、武器を抜くことさえ無かったということはありませんでしたか?」


――言われてみればその通りだ。


 自分が必死の思いで場をとりなしたつもりだったが、あの二人には争うつもりが最初から無かったとしたら……、自分がただの間抜けじゃないか。


――だが、問題は其処じゃない。


「お察しの通りです。しかし、そうだとしたら両家は……()()()という問題が出てきませんか?」


 別に誰が帝国を治めていようと自分には関係の無いことだ。

 しかし、帝国の情勢が安定しないという状況は実に都合が悪い。

 胡桃さんに害が及んだら大事だ。


「好意的に見れば帝国内にいる毒を燻り出す気なのかも知れません。ですが、それとは反対に大きな内患である可能性もあります。または情勢に合わせて都合の良い方へと転がるつもりでいる日和見か……。彼等に近付くにせよ、遠ざかるにせよ、貴族の世界ではこのような事があるという事をご理解下さい」


「ありがとうございます。貴重な情報、助かります」


 そして、もう一つ、ラーフェン家とトリエンナ家の対立自体は事実だそうだ。

 ただ、両家にその対立を利用して利益を得ようとする意志が働いている。

 一言で言えば、こうだ。


――――面倒くせぇ。


 何にせよ、深く関わりを持ちたいと思えるような人種じゃない。

 情報の一つとして頭の片隅に留める程度で良いだろう。

 それにこれ以上、きな臭い話をして馬車の中の空気を悪くしても仕方が無い。


「どうです? 次の街までの暇潰しと言うわけではありませんが」


 そう言って、彼にオークニクスの瓶を見せる。


「グラスはありませんので、そのままラッパ呑みですが、サマーダム大学は実力主義の世界です。貴族、平民、亜人、獣人、半獣人、人種は一切関係ない。そんな世界です。これくらいは慣れておいた方が人付き合いも楽になりますよ」


 彼の前でオークニクスを呷り、酒瓶を突き付ける。


「フッ……倉澤蒼一郎殿、私を箱入りの貴族とお思いですか? 生憎と予備にすらならない貴族の四男坊! 市井の男と変わりはしないのですよ!」


 そう言って彼は自分から酒瓶を奪い取り、勢いよく嚥下して――、


「ぐはああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 ――と、顔からは思いも寄らない飲みっぷりと溜息を披露した。


「これは失礼。神童の類かと思っていたら悪童だったとは」


 彼から酒瓶を奪い返し、ラッパ呑みしながら後部の乗客たちの様子を伺っていると自分達が酒盛りを始めたことで、聞き耳を立てるのを止めたようだ。

 各自、思い思いにエルベダ要塞で買った弁当を広げたり、酒盛りを始め出した。

 身内の安否が不安で仕方が無いのも事実だろうが、サマーダム大学まで、まだまだ中間地点にも到達していないのだ。

 彼らの不安が取り越し苦労で済むのか、それとも不幸な結果で終わるのか、自分には分からないが、今この時は彼等に混ざって騒ぎ、不安に立ち向かう手伝いをすることしか出来なかった。


 そして、日が沈み、持ち込んだ酒と食糧も尽きた頃――、次の休憩地点に辿り着いた。

 ソウブルー地方とアンドウン地方の境界線上にある断崖にへばりつくように存在する寒村ムンセイス。

 吹雪で荒れて、全体的にひなびきっている印象を受ける。


 極め付けは――、


「稀に亡霊が現れて人を襲います。また氷の都からソウブルーへの進軍路にも使えることから氷の団に襲われる場合があります。ですので、出来るだけ一人にならないように気を付けて下さい」


『平常運行ですが何か?』と言わんばかりの態度で、御者から言われたことだ。


 一般人向けの野宿コースの方がまだマシなんじゃないだろうか……。

 いや、あっちはあっちでワイルドハントとか出て来たし、どっちも大差は無いか。

 それに御者どころか、乗客たちもそれを理解し、納得している様子だった。


「ああ、亡霊なら何回か斬り殺したことがあります。危険になったら自分に報せて下さい。対応しますので」


 犠牲者が出て足が止まることになっても困る。

 取り敢えず、非常時には頼ってくれて良いですよというポーズだけは取っておく。

 だが、あまり反応が良くない。トーマ・カナリウムが恐る恐る手を挙げた。


「倉澤蒼一郎殿、その……、護衛料はお幾らでしょうか?」


 金の心配よりも命の心配をしろよと言いたくなる。


「相場を調べるのも面倒です。特別に無料で良いですよ」


 そう言うと馬車の中が歓喜の声で揺れた。実に現金な人達だ。

 自分の皮肉交じりの声など気にした様子も無く、自分の親と同世代の中年達が無邪気にはしゃいでいる。

 何とも疲れた気分になる。流石に今回は何の事件も無く、済む筈だ。平和な筈のエルベダ要塞に巨人が現れた。

 そして、今度は元から亡霊だの氷の団が現れるという危険度の高いムンセイスの村。


――駄目だ。やっぱり無事に此処を出発出来る気がしない。

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