第十一話 出張
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「ぐはははっ! ついに来たか! 龍殺しぃっ!」
自分を取り囲む戦士達の中心でルトラールが哄笑を轟かせる。
――不覚、だな。
成功報酬金貨二十万枚の指名依頼。依頼内容は隊商、旅行者に扮した輸送隊の護衛。
輸送物は様々だが、邪神ガエルのメイス。その残骸だ。
邪神ガエルの復活に関わる重要なキーアイテムで、一見すると非常にデリケートな依頼だ。
しかし、その実態は百人規模の合同依頼。自分一人が右往左往する必要も無く、言ってしまえば楽な仕事だ。
楽な割に破格の報酬が得られるのは、それだけ重要性が非常に高く、移送先のサマーダム大学が遠隔地で拘束日数が長いからだ。
しかも、隊商、旅行者に扮するという性質上、家族などの同伴が許された。
胡桃さんを連れて行っても良いとのお許しもあり、憂いなく仕事が出来ると思った。
金貨が二十万枚もあればレーベインベルグの魔力を完全に回復させるどころか、新しい魔術兵装を買い足せる。
カトリエルにだって、充分な生活費を納めることが出来る。
それにサマーダム大学は帝国有数の研究機関。魔人の情報を集めるのに打ってつけだ。
報酬以上に多くのことが得られる依頼になる筈だ。
カトリエルに相談するとリディリアさんを連れて行くように言われた。
サマーダム大学で魔術書や錬金材料を集めさせることが目的らしい。
ソウブルーを目指して一泊二日の旅をしたことを思い出す。
あの頃と違うのは胡桃さんとリディリアさんが仲良くなって手を繋いで歩けるようになったことだろうか。
リディリアさんに声をかけられても無視していたのが遠い昔のことのように思える。
それを指摘すると胡桃さんは何のことを言っているのか分からないと言わんばかりにとぼけた顔をして自分から顔を背けた。
そんな具合に目先の報酬や明るい展望に気を取られ、依頼主の欄に戦士ギルドと記載されているのを見落とした
リディリアさんと自分で胡桃さんを挟んで手をつなぎ、のほほんとした気分で集合場所に向かった結果がこの様だ。
「戦士ギルドからの指名依頼なんて態々断れないやり方をしておいてよく言う」
基本的に帝国や都市、組織からの指名は断れない。
ましてや、邪神ガエル復活のキーアイテムの移送は帝国安寧に関わる公共事業だ。
余程の理由が無くては断れず、自分には余程の理由がない。
依頼主が誰なのかを確認したのはたった今の話で、報酬額からして断れないが辟易するには充分だ。
「何のつもりか知らないが俺の家族が怯えている。さっさと包囲を解け」
図体のでかい半裸の男達に囲まれ、胡桃さんは身体を強張らせて自分の身体に身を寄せつつも威嚇するかのように唸り声を上げる。
リディリアさんも不安げに狼狽え、視線を右往左往させている。
「こんな強姦魔のような真似をしなくても話くらいは聞いてやる」
すると自分達を包囲する戦士達からどよめき声があがり「強姦魔!?」という声が混じって、ルトラールが焦りだした。
「ご、強姦魔だと!? それはいくらなんでも言葉が過ぎるぞ!!」
「この状況を客観視出来ないのか? 怯えている女の子二人を取り囲む半裸の大男の集団」
胡桃さん達を背にしてレーベインベルグを引き抜き、その切っ先をルトラールの鼻先に突き付ける。
「こうすると女の子を守るために、たった一人で集団強姦魔に立ち向かう勇敢な冒険者みたいだな、俺でも」
「待て待て待て! これはアレだ!」
ようやく状況を理解したのかルトラールがその巨体を身じろぎさせる。
「ドレだよ?」
「アレはアレだ! とにかく、お前たちは散れ! 散れぇぇぇぇぇっ!!」
ヤケクソ気味なルトラールの咆哮に戦士達が蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
こんな脳筋に関わったせいで強姦魔の仲間扱いされて可哀想に。
「さ、邪魔は消えた。行こうか、二人とも」
レーベインベルグを鞘に納めて二人の肩を抱き、旅行者用の場所へと向かうと両手を広げたルトラールが回り込んできた。反射的に舌打ちしてしまった。
「何処に行くつもりだ!? 話はまだ……」
「仕事だ」
御者たちが周囲の人々に馬車へ乗り込むように大声を張り上げている。
「俺達、冒険者の持ち場は馬車の中。お前達、戦士の持ち場は馬車の外だろ。さっきからお前を睨んでいる人がいるんだけど、戦士ギルドの偉い人か何かじゃないのか?」
馬車の先頭で一頭の白馬に跨る戦化粧をした男が此方を、正確にはルトラールをじっと睨み付けている。
――その眼力だけで人が殺せそうな目力だ。
蒼褪めたルトラールが戦化粧をした男の方へと慌てて駆け出していく。間抜けが
「な、なんだったんですか……?」
リディリアさんが怯えと戸惑いを綯交ぜにした様子で、自分の腕にしがみ付いて呟いた。
「何だったんですかねぇ……、一応、自浄作用は働いているようですから大丈夫とは思いますが、出来るだけ自分からは離れないようにしておいて下さい。胡桃さんも」
「三人いっしょだねー」
そう言って胡桃さんがふにゃりと表情を緩ませ、ぱたぱたと尻尾を振った。
「そうだねー」
四台引きの大きな馬車が五両。自分の担当車両は最後尾の五号車だ。
馬車に乗り込むと中は六畳間程の広さがあり、一番奥の左隅には旅行者が座り込んでいた。
その向かい側には孫と思わしき幼女を連れた老夫婦が仲睦まじげに談笑を楽しんでいた。
そして、商人らしき中年の男が大荷物と共に馬車の中心を陣取っていた。
この中にギルドから派遣された盗賊と魔術師が紛れ込んでいる。
盗賊がメイスの残骸を隠し持ち、魔術師は索敵を担当し、有事の際は冒険者が戦士と連携の上で事態の対応に当たる。そういう役割だ。
必然的に自分はいつでも飛び出せるように出入り口に腰を落とすと、胡桃さんがさも当然という顔をして自分の膝の上に座った。
気が和みそうになるが、自分を咎めるような視線を感じた。
盗賊か、魔術師からの無言の抗議だと気付き、胡桃さんを抱き上げ、隣に座るリディリアさんの膝の上に乗せる。
「一応、お仕事で来ているからね」
胡桃さんが頬を膨らませるが、背中をリディリアさんに預けて膨らんだ頬を指で突いてやる。
改めて馬車の中を盗み見るが、それぞれが我関せずという態度を取っている。
馴れ合っても仕方が無いし、それぞれ役割を果たせば良い。
とは言え、戦士ギルドの如何にもマッチョなタフガイから厳重な護衛を受ける馬車を狙うよう馬鹿はいない。
いるとすれば、そもそも考える頭自体を持たない存在だ。
――例えば幽霊。
ドラゴンだの、邪神だの、魔術だの訳の分からないものが当たり前のように居座っている世界だ。
幽霊に追いかけ回されて怖いと思うよりも『いても不思議じゃないよなぁ』という妙な関心の方が先立った。
「呪われるっ! 憑りつかれるっ! 殺される~~~っ!」
錯乱したリディリアさんが自分の腰にしがみ付いて狂乱気味に悲鳴をあげているのも自分を冷静にさせる要因になっていた。
半透明の襤褸切れを纏い、刀身が半ばから折れた剣を片手に青白い骸骨の軍団が電光石火の勢いで疾駆する。
馬車が走るスピードは時速四、五十キロ。それにも関わらず、亡者の群れはじわじわと距離を詰めて来る。
「龍殺し! 悪霊共には物理攻撃が通用せん! 魔術だ! 魔術で殺してくれ!」
巨大な軍馬で並走するルトラールが叫ぶ。
帝国の三大ギルド、冒険者、盗賊、魔術師。
その中に戦士ギルドが含まれる事無く、四大ギルドと呼ばれず、戦士ギルドが冒険者ギルドの下位互換と呼ばれている所以がこれだ。
奴等は魔術を使えないどころか、魔術兵装を起動させるための極僅かな魔力さえ宿していない。
ファンタジー世界で切った張ったの業界に属しているのに魔術的な攻撃が一切出来ない。
そういう連中が最後に行き着くのが戦士ギルド、らしい。
「簡単に言いやがって……!」
精霊弓を召喚し、弦を引く。
前後左右に激しく揺れ動く馬車の中では予想以上に狙いが定まらないし、弾幕も薄い。
機関銃さながらの勢いで魔力の矢を撃ち込みまくるが明後日の方向に飛び去って行く。
いっそ狙いを付けずに出鱈目に撃ってみるが、矢張り、当たらない。
――ええい、まだるっこしい……!! 切るには早いが、レーベインベルグの爆炎なら……!!
一日に一発限りとは言え、自前の魔力で爆炎を喚ぶことが出来る。
切り札抱えたまま役立たずの烙印を押されるのも癪に障る。
その瞬間、頭の中に声が響いた。
――援護する。そのまま撃ち続けよ。
確か、念話とかいう魔術だ。同乗している魔術師だろうか。
馬車の中では商人が引きつった表情で荷物に縋り付き、老夫婦は慄きながら泣き叫ぶ幼女を慰めている。
旅行者だけは相変わらず我関せずという態度で天井を眺めている。
顔も正体も晒すつもりは無いらしく、変声機にかけたようなノイズ混じりの声を自分の頭に響かせた。
――お言葉に甘えます。
――素直なのは良いことだ。
彼(女?)は満足気に言ったかと思った矢先、精霊弓から放たれる魔力の火線が膨張して爆ぜ、迫り来る亡者達を木々や地面ごと焼き払っていく。
更に飛び散った爆炎が火の雨となって亡者の群れを貫き、折り重なって崩れた亡者達が怨嗟を口に消滅していった。
精霊弓にこんな機能は備わっていない。
自分が何もしていないという事はこれが魔術師の言っていた援護という奴なのだろう。
「全く……何だったのやら……」
――ワイルドハント。怨念を持ったまま埋葬されずに嘆く死者が寄り集まって出現する群体アンデッドだ。
――埋葬と死体の片付けくらいやれば良いものを。
――お前には動植物の嘆きを理解し、埋葬することは出来るのか? ワイルドハント化した亡霊を消滅させた方が確実だ。しかも、金になる。
成る程。そういう考え方もあるかも知れない。
何にせよ切り札を残したまま窮地を切り抜けられたのは幸運だった。
心の中で礼を言うが返答がない。念話を切られたようだ。
自分の足や腰にしがみつく胡桃さんとリディリアさんを抱き寄せる。
「二人とも、もう大丈夫だ」
胡桃さんを抱っこする勢いでリディリアさんまで抱き締めてしまったが、彼女にしてみればセクハラを咎めている場合では無いらしく、自分の首に手を回し、がっちりとホールドして馬車の外に警戒心の篭もった視線を飛ばしている。
「大丈夫ですよ。優秀な索敵係がついていますから」
リディリアさんの背中をなでているとルトラールが馬を寄せて嫌らしく汚ならしい笑みを浮かべて口の端しを釣り上げた。
「婚約早々に浮気か龍殺し? この事をカトリエルが知ったら何と思うだろうな!」
「う、浮気って! そんなつもりじゃ……!」
リディリアさんが飛び跳ねるように自分から距離を置いた。
顔を紅潮させているところは可愛らしく微笑ましいが、リディリアさんのようなエキゾチック美人と引っ付く口実が無くなって非常に残念である。
それにしても口を開く度にろくなことを言わないな。この大男は。
「側妻の一人や二人くらいは取っておけと本人からのお達しだ。お前が口を挟むことじゃない」
「な、なんだと!?」
奴の汚らしい勝ち誇った表情が、汚らしい驚愕に満ちた表情に崩れた。
「そもそも何の事情も知らない他人が、余所の家庭に首を突っ込むなよ」
突っ込みのつもりで一発だけ魔弾を放つと、何故か綺麗に奴の額のど真ん中に突き刺さって落馬した。
もんどりうって転がり落ちるルトラールを放置して、奴の馬が馬車に並走する。飼い主と違って良い馬だ。
それにしても、奴の間の悪さを笑うべきか、どうでも良いときに限って矢が当たる自分の腕の悪さを笑うべきか。
眉間に魔弾が突き刺さったまま、必死に馬を追うルトラールの無様な姿に胡桃さんが良い笑顔をしていたので気にしないことにした。
「よし、悪は滅んだ」
「前々から思ってましたけど蒼一郎さんって物怖じしませんよね」
「誤解です」
物怖じしないのでは無く、つい最近までこの世界の出来事の全てを夢だと思っていたからだ。
現実では決して許されない振る舞いでも、夢なら許される。ある種の安全が保障されているという思い合ってこそだ。
この世界の事で仕出かして来たことも夢だと思っていたから出来たのが大半だ。
でなければ胡桃さんを抱えてとっくに逃げ出している。誰が一人でドラゴンなどに立ち向かうものか。
何日もこの世界で過ごし、青のルスルプトから啓示と加護を得て、漸く現実味を覚えた。
だが、現実世界の自分らしく振る舞うには、自分はあまりにも多くのことををやり過ぎた。
悪党とは言え、殺した人間は既に、二十を超えている。
龍を殺し、魔人も殺し、邪神の復活まで阻止して今やちょっとした英雄扱いだ。
今更、現実世界の常識を持ち込もうにも、自分自身が帝国側に染まり、馴染んでしまっている。
戦いへの恐怖も、殺人に対する忌避も、何もかもが今更だった。
――それに龍殺しが、一般人に戻ろうとしても世間がそれを許してはくれない。
だから、彼女に一言で返すならこうだ。
「今まで色々ありましたからね」
「色々ですか」
「ええ、色々です」
「そうですか」
そう言って彼女は自分の隣に腰を下ろして、寄り添うように自分に身を預けた。
「まだ少しだけ怖いので」
「ええ、構いませんよ」
そして、時折現れるワイルドハントや野獣を殺して、数日程、馬車に揺られ、代り映えしない景色に飽き始めた頃。
「見えたぞ! サマーダム大学だ!」
御者の喜色に孕んだ大声が聞こえた。
胡桃さんとリディリアさんを抱いて幌の外に身を乗り出すと鋭く切り立った丘の上にコロセウムのような円形の巨大建造物が見えた。
ソウブルーもそうだが、高い所に巨大な建造物を建てるのが帝国流なのだろうか。
後は邪神ガエルのメイスを大学に納入してしまえば依頼は完了だ。
依頼を受けた冒険者たちは現地解散ということになっているので、このままサマーダム大学に五日から十日程滞在し、リディリアさんはカトリエルからの課題を、自分は魔人の情報収集を、それぞれに用件を済ませてソウブルーへ帰宅。金貨二十万枚をゲット出来るというわけだ。
貴重な歴史的建造物でもあるサマーダム大学に向かって隊商が意気揚々と声をあげる。
出鼻は最悪だったが、終わり良ければ総て良しだ。
自分達も隊商に混ざって拳を振り上げ、大声をあげてサマーダム大学の到着を待ちわびるのであった。
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