第十二話 サマーダム大学
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メイスの納入は拍子抜けする程、つつがなく完了した。
殺人事件、ドラゴンの襲来、魔人の出現、邪神の復活。立て続けに色々な事が起こり過ぎて、今回もきっと何かが起こる。そんな確信じみた予感があったが、それも全くの杞憂で済んだ。
こうして戦士ギルド以外の護衛隊は解散。
自分達はカトリエルのコネでサマーダム大学の宿舎を間借りして情報集めに奔走することになった。
「蒼一郎さん、おつかれ様です。はかどって……なさそうですね。これ差し入れです」
テーブルの上に資料の山を放り出し、グダグダしていると白衣のようなローブに身を包んだ学生ルックのリディリアさんが苦笑しながら、コーヒーの入ったマグカップを渡してきた。
ついでに煙草が欲しい。現実世界製の煙草が。帝国の煙草は酸味と辛味が強くて口に合わず、その気も無いのに結果的に禁煙する羽目になった。
「魔人と戦った英雄達の資料を読み解くと同時に、帝国の歴史が知れるというのは外国人の自分には助かりますが……十九魔人と言うだけあって、数が多くて骨が折れますね」
「でも、一体は蒼一郎さんが倒したんですよね」
「ええ。資料によると下から数えた方が早いくらい弱い奴らしいですけど」
捗らない理由がこれだ。
魔人によって能力や実力はまちまちで、以前に殺した魔人ライゼファーは龍の召喚と使役が厄介なだけで本人の強さは十九人中、十八位。最弱クラスと英雄が書き残した資料を見つけてしまった。
アレが最弱で、アレよりも遥かに強い魔人の情報が次から次に出て来て、最早、自分の手に負えるものでは無いということを嫌という程、思い知らされる。
ただでさえ数が多い上に『お前にゃ無理!』と過去の英雄達からネガティブな太鼓判をを押されたみたいで、今一つ気分が乗らない。
「やあ、休憩中かね」
コーヒーを口腔の中に流し込んでいると茶色のローブを纏う痩せこけた老人に声をかけられた。
「ゴドウェン学長。お世話様です」
ゴドウェン・ゼリマノフ学長――カトリエルがサマーダム大学の生徒兼研究者時代の師にあたる人だ。
「すっげぇ……この人がカトリエル先輩の旦那さんで、今代の龍殺し?」
ゴドウェン学長が連れていた男子生徒の一人が自分を指さして、信じられないものを見たような表情で呟いた。
ルトラールがデカい声で自分の事を龍殺しと呼ぶせいで、サマーダム大学の殆どの人間が自分の事を龍殺しと認識している。
お蔭で今では、ちょっとした見世物扱いだ。図書室に入ってから今に至るまで途切れる事無く遠巻きの視線を感じている。
「オラツィオ、指をささない。彼に失礼でしょう?」
女子生徒の一人が咎めながら、オラツィオと呼んだ少年の人差し指を握り締めた。
そのままへし折られそうな感じがしたらしく、オラツィオ少年は顔を真っ青にして悲鳴をあげる。
「オラツィオ、ブリジット・ヴァラス。偉大なる先達カトリエル師の縁者の前だ。しかも、ここは図書館だ。騒ぐな。周囲の迷惑だ」
「分かったわよ……フィリウス・アウクセン」
フィリウス少年が少し神経質そうな様子で二人を咎め、ブリジットと呼ばれた少女がバツの悪そうに顔を逸らした。
何と言うか、懐かしい光景だ。大学とは言うが、生徒の年齢は様々で彼等のような中高生くらいの生徒もいれば二十歳前後の青年や、中高年も少なくない。
日本とは違って年齢の分布がまんべんなく、ほぼ僅差ではあるが三十代の生徒が一番多いらしい。
何故、学ぶのか。何のために学ぶのか。目的意識が明確化し易いのがその年代なのだそうだ。
ただ日本人の感覚としては、学校は楽しい場所だという印象が拭えない。
魔術の研究や歴史の編纂、神代の魔術兵装を保管することを主目的とする機関であることを理解しているとは言え、彼等のような学生らしい学生の姿を見ると微笑ましいやら懐かしいやら、そんな気分になる。
――懐かしむ程老けてないけど。
「すいません。私の学友がご迷惑をおかけしました」
フィリウス少年が自分に頭を下げた。と言うか下げ慣れている所作だった。
きっと三人組のまとめ役なのだろう。ますます学生らしくて羨ましい。思わず笑みがこぼれた。
「仲が良いのですね。楽しそうで羨ましい限りです」
「そう言って頂けて何よりです。魔人の資料集め……次の戦いに備えてですか?」
「ええ、相手が相手ですし、残念ながら自分は物語の英雄と違って最強無敵の存在ではありませんからね。先人達が残した貴重な資料を読み解く事で攻略や生存の糧と出来るなら、やらない手はありません。まあ、テスト前の勉強みたいなものです。落第はしたくないのは自分も皆さんも同じということです」
冗談めかして答えると少年学生たちが笑い声をあげる。
「倉澤蒼一郎殿は気さくな方なのですね。意外です。それにしてもフィリウス・アウクセン、また私達をダシにしたわね?」
「良いだろう? 問題児の世話に疲れているんだ。現代のヒーローと話をするくらいの役得はあって当然だ」
フィリウス少年は神経質な顔をしたまま、いけしゃあしゃあと肩を竦めて首を横に振り溜息を吐いた。
よく観察すると眼尻と口の端が緩んでいる。何だかんだでこのポジションを楽しんでいるようだ。
「問題児って俺達のことかよ!?」
「達って何よ。達って。問題児はあなた一人でしょう!?」
オラツィオ少年の不満にブリジットが慌ててフィリウス少年の隣に立って抗議する。
自分は優等生側で問題児に苦労をかけさせられている側だと言わんばかりに。
「そりゃあ無いぜ、二人ともぉ!」
「三人とも、そろそろ自重なさい。倉澤殿にもそうだが、他の学生たちの迷惑になる」
「聞いていた印象よりもにぎやかな所なんですね」
宥めすかすゴドウェン学長の隣でリディリアさんが苦笑交じりに漏らす。
帝国四千年以上の歴史を誇る最古の研究機関、サマーダム大学。
その中身が普通の学校なんて帝国の一般市民にしてみれば意外も意外なのだろう。
「騒がしくて申し訳ない」
「いいえ。行き詰っていたところで、食堂で休憩でもしようと思っていたところです。胡桃さん、行くよ」
「いくーっ!」
膝の上で眠りこけていた胡桃さんが、がばっと勢いよく身体を起こし、少年たちが驚いたように飛び退いた。
胡桃さんが半獣だからでは無い。丁度、胡桃さんの姿が彼等の位置からだと死角になっていた事と、胡桃さんの動作があまりにも激しかったからだ。
サマーダム大学のスタンスは目的の達成こそが至上。
人種や国籍、産まれや育ちは二の次、三の次にもならない。
生徒は人間以外にもエルフ、オーク、ハーピィ、ワーウルフ、セイレーン、ハーフリング、ゴブリン等様々だ。
彼等三人組だってオラツィオ少年は家名を持たない庶民の子だが決してへりくだる事無く、ブリジット・ヴァラス、フィリウス・アレクセンに対し普通の友人にするかのような気安い態度を取っている。
貴族の子二人もそれが当然という反応で咎める様子も無ければ、嫌悪する風でも無く自然に受け入れている。
研究者間での派閥はあるらしいが、血筋や種族での対立や差別は皆無に等しく、胡桃さんも普通に受け入れられている。
――問題が片付いたら、サマーダム大学に移住するのも良いかも知れないな。
子供達を連れて、コロセウム状の円形校舎の中心にある中庭のテラスは軽食を楽しんでいるとブリジットが手をあげる。
「倉澤蒼一郎殿。ご質問があります」
「ん、何でしょう? 自分に答えられることなら何でもお答えしますよ」
「ありがとうございます。倉澤蒼一郎殿は私達の偉大なる先達カトリエル師の婚約者だと伺っています。リディリア殿は兎も角、胡桃殿との距離が近いと言うか……近すぎるような、気がするのですが……」
ブリジットは自分の膝の上で指で摘まんだパンケーキに舌鼓を打つ胡桃さんに、どう反応して良いか分からないという顔をしていた。
「この子は自分の妹みたいなものです。リディリアさんはカトリエルの弟子で、帝国に来て一番最初に出来たこの子の友達といったところでしょうか」
「多分、そういうことを聞きたいんじゃないと思いますよ」
そう言って、リディリアさんが胡桃さんを抱き上げて膝の上に乗せた。
「え?」
「ここはソウブルーじゃないんだから、同じノリだと誤解を産みますよ?」
リディリアさんが呆れたように言ってから、これ見よがしに首を横に振った。
「蒼一郎さんは何かと誤解され易い人だけど、カトリエルさんの事を蔑ろにしているわけじゃないのよ?」
「そうなんですか?」
「寧ろ、独り身の私には目の毒と言うか……、それに蒼一郎さんは外国の貴族だけど政略結婚っていうのとは違うのよね」
そして、小声で「どちらかって言うと政略されたの蒼一郎さんの方だし」と呟いた。
――そこは否定しない。
「最初から最後までカトリエルさんに主導権取られてるしね。今もそうだけど」
「そう、なんだ……!」
よく分からないまま、女同士で盛り上がり、気付けば夕暮れ時。
解散して部屋に戻ってやっと彼女達の会話の意味が分かった。
「好きな人との身分差……ですか」
あまり現代の日本では耳にしない言葉だった。
「つまり、ブリジットはオラツィオのことが好きだけど貴族という立場が障害になっていると?」
「それはどうでしょう? フィリウス君の家格が足りないという可能性もありますけどね」
「家の力を使えば、結婚しようと思えば結婚出来ますね。問題は彼女の実家がそれを良しとするかどうかですが」
「そこで身分に差のある夫婦でも上手くいっている代表例として蒼一郎さんに話を聞いてみたかったんですって。傍目から見たら胡桃さんや私を囲っているように見えるから、カトリエルさん程の人でも政略結婚は政略結婚でしか無いのかとか不安もあったでしょうし。大人だし、色々と察してもらえると期待していたみたいですけど……」
「言葉にしてもらわなければ分かりませんよ」
「そこを大人として察しの良さを発揮してもらいたかったんですけどね」
「それで? 結局、あの娘には?」
「何だかんだで上手く行くよって……」
自分と目が合って語尾が小さくなっていく。
恋愛経験ゼロで、田舎基準で行き遅れの恋愛マスター、恋愛のカリスマ……この辺は世界が変わっても、あまり違いは無いようだ。
「それにしても恋愛相談とは甘酸っぱくて良いですね。これぞ青春というべきでしょうか」
「蒼一郎さんの青春時代はどうだったんですか?」
「十年前も今も変わらないですよ? 付き合うなら胡桃さんと好き合ってくれることが第一条件です。何だかんだで妥協して付き合った事もありますが、私とこの子、どっちが大事なのって問い詰められて破局した回数が十を越えた辺りから馬鹿馬鹿しくなってしまいまして」
「極端から極端に走ると言うか何と言うか……」
リディリアさんが呆れたように溜息を吐くが、自分の価値観を受け入れてくれる女性はそれ程少なくない。
そういう女性に限って既に彼氏がいて、自分とは付き合ってくれなかったというだけで。
別に自分の事はどうでも良いのだ。既に青春なんて終えた身だ。
――自分の事より、青春真っ盛りの青少年を観察するという良い空気を吸える立場を満喫させてもらおう。
良い場所だと思った矢先の事だった。
ベッドの上で丸くなっていた胡桃さんが立ち上がったかと思うと、無言で自分とリディリアさんの手を取り、出入り口へと力強く歩き出した。
「どうしたのかな、胡桃さん。お散歩に行きたいの?」
「ここはあぶないからにげなきゃ」
胡桃さんが前を向いたまま言った。言葉も行動も、有無を言わせない態度だった。
災害の発生前に動物が異常行動を取ったり、避難行動を取るのは犬に限らず珍しいことでは無い。
――何か良くないことが起こる。それを胡桃さんが察知した。
胡桃さんの直感に確信のような物が鎌首を擡げた。
早歩き程度じゃもどかしい。胡桃さんとリディリアさんを小脇に抱えて小走りに宿舎の廊下を通り抜ける。
サマーダム大学は切り立った丘の上に建っている。
校舎から離れた場所にある宿舎とは言え、同じ丘の上であることには違いない。
大型地震でも起きようものなら海か崩れた地面に真っ逆さまだ。
「建物の外に行けば良い?」
「うん!」
これで何も起こらなければ、ただの笑い話にしてしまえば良い。
「何かが来るぞ!! 全員、宿舎の外に避難しろッ!!」
廊下を駆け抜けながら大声を出す。こういう時だけは龍殺しの雷名が役に立つ。
何処ぞの誰とも知れぬ輩がこんな事を叫んでも間に受ける奴は滅多にいないが、龍、魔人、邪神と人智を越えた化け物と戦い続けてきた自分の言葉なら、何の前触れもない奇妙な事態にこそ説得力が増す。
一度、胡桃さんとリディリアさんを外に避難させて、中に残っている生徒達の避難誘導に宿舎へ戻ると三階でオラツィオ少年、フィリウス少年を呼ぶブリジットの姿があった。
「倉澤蒼一郎殿! 二人が何処にも見当たらないんです!」
「分かった。二人は自分が探す。君は先に避難するんだ」
「で、でも……」
その瞬間、宿舎が揺れ始めた。小さな揺れは加速度的に強くなり出す。
「口論は後回しだ!」
ブリジットを抱きかかえて窓を蹴破り、宿舎の外へと飛び出す。
周囲の状況を確認しないまま三階から飛び降りるなど我ながら先走り過ぎだ。
運良く生えていた植木をクッション替わりにして落下速度を緩め、地面に着地する。
青のルスルプトに加護を得て以来、肉体の強度や反射神経、魔力量は日々向上の最中だ。
その甲斐あって足を挫く事無く着地に成功する。
次の瞬間、宿舎が倒壊したが揺れは未だに続いている。
「あれは何だ!?」
生徒の一人が空を指さして叫んだ。
校舎の天辺に巨大な光の玉が浮かび、そこから放たれた紫電が大地を削り取り、沈下させていく。
「おおい! 龍殺し! 手を貸してくれぇ!」
倒壊した宿舎の中からルトラールのくぐもった声に混ざって子供の泣き声が聞こえた。
「生存者だ! 瓦礫を退かす! 力仕事が得意な奴は手伝え!」
揺れる地面と大地を破壊する紫電に怯えながら作業を進める生徒と、生き埋めになった生徒を励ましながら瓦礫を退かす。
四つん這いになったルトラールを発掘し、奴の身体の下から数人の生徒が這い出して来た。偶にはその巨体も役に立つ。
「オラツィオは? フィリウス・アウクセンは? いないの?」
ブリジットが這い出してきた生徒の中に二人がいないと知ると髪を振って取り乱す。
「ルトラール。他に生徒の気配は?」
「認識阻害の術を使っていない限り、ここにはいないはずだ。いるとすれば」
ルトラールはサマーダム大学の校舎を睨み付ける。校舎の頂上には光球が輝き、稲光にも似た魔力光が時折、周囲の建物や地面、樹々などを破壊していた。
はっきり言って自分の手に負えるレベルを軽く超えている。
「アレは一体、何なんだ?」
「魔術が使えない戦士に聞くか?」
「役立たずが」
「あれが何かは分かりません。でも、二人が校舎にいるなら助けに行かないと……!」
ブリジットが自分達の間に割って入って悲痛な表情で言葉を漏らした。
「ルトラール。お前は生徒達を連れて麓の村まで避難しろ」
「お前は?」
「俺を誰だと思っている? この状況でやる事など決まり切っているだろうが」
何で自分はそんな事を口走ってしまったのだろうか。
物事を深く考えずに行動を起こし、行動の最中に後悔する癖といい加減に決別してしまいたい。
時折、地面を切り裂く紫電から飛び退き、サマーダム大学校舎へとひた走る自分の足が恨めしい。
――多分、これも一つのカッコ付けなんだろうな。
龍殺しともあろう者が異常事態にも関わらず、生徒達と恐る恐る避難する。
そんな無様な自分を許せず、かと言ってルトラールに事態の収拾を任せる気にもなれず、一人で校舎に向かって走り出していた。
「我ながら損な性格だな、クソがっ!」
目の前に飛び出した怨霊を斬り捨てる。
サマーダム大学の周辺は強固な結界に護られていて、ワイルドハントであろうとも侵入することは出来ない。
それにも関わらず、レーベインベルグの一撃で斬り伏せられる程の低級霊が何体も入り込んでいた。
――結界の力が弱まっている……それとも破壊されたのか?
漸く辿り着いたサマーダム大学の正門の前には全長五メートル程の巨大な骸骨が二体。
外部から侵入と、内部からの脱出を阻むかのように、巨大な斧を構えて立ちはだかっていた。
物理攻撃を無効化する半透明の身体が厄介だが、レーベインベルグに埋め込まれた魔石の一つが破魔の魔術効果を宿している。
物理干渉を無視するアンデッドの身体を引き裂くことが出来るのは此処に来るまでに屠って来た亡者達で実証済みだ。
「アンデッドの門番……まるで誰かに命令をされているみたいだな? 誰の命令で黄泉帰ったか知らないし興味も無い。押し通らせてもらう」
言葉が通じているかどうかは知らないが、レーベインベルグの切っ先を突き付けると二体のアンデッドが機械的に動き出した。
ルトラールよりも巨大な骨格。多分、巨人族の遺体を使って生み出したアンデッドだ。
巨人は自らの居住地に財宝を隠し持つ性質を持っていて、その財宝を目当てに現れた者や、そうとは知らず偶然迷い込んだ旅人を殺して、その遺品を更なる財宝として蓄えていくらしい。
意思の疎通を図ることは不可能。人々の脅威として恐れられている。
――いずれは胡桃さんの安全確保の為に根絶やしにする予定の化け物……練習相手には丁度良い。
しかも、奴等を殺せば安全が確保できるだけでなく、莫大な財宝を手に入れることも出来る。
巨人のアンデッドなら本番前の前哨戦に丁度良い。財宝は手に入らずとも貴重な戦闘経験が手に入る。
「殺してやるから、もう一度死ね」
此方に向かって肉薄すると同時に奴等が交差するように振り落とした戦斧の軌道から安全地帯を読み切る。
――真正面。
地を蹴り、断撃の内側に踏み込む。
巨体の割には器用な奴等で、揃って身体を旋回させて冷気を纏った蹴りを繰り出した。
動きは決して早くはないが視界一杯に広がる蹴りは思いの外、凄まじい迫力と衝撃を見せ付ける。
ヘッドスライディングの要領で地面を滑って蹴りを潜り抜ける。
背中に靡くローブの裾が破れる音が鼓膜を叩いた。
背中の皮を剥かれたような心臓に悪い錯覚を幻視した。
「上等だ。豚……!」
目の前の脅威に恐れ慄けと誘惑する弱い心を罵倒と共に踏み潰す。
奴の股下を潜り抜け、軸足に斬撃を滑らせ、足首を刎ね飛ばす。
すぐ様立ち上がり、体勢を崩して無防備を晒す奴の背に向かって飛び込み、後頭部を貫くように剣閃を走らせる。
――浅いか……!
更に追撃を加えようとするが、無傷な方の巨人の亡霊が、戦斧を上段に構えて迫る姿が視界の隅に映り込む。
足場と体勢が悪い。一旦、この場から飛び退き、後退すること三歩。三十メートル程の間合いを開ける。
順調に人間離れが進んでいっているが奴の巨体からするとこの距離も極僅かな隙間のようなものだ。
しかし、片足を斬り落とされた方は、のろのろと地面を這っていて、一対一の状況を生み出すことに成功していた。
「来いよ、デカブツ」
立てた中指で手招きすると、まさか意味を理解しているのだろうか。
奴は鋭く地面を踏み込み、袈裟懸けに大鎌を振り落とす。
――さっきよりも鋭い一撃だ……!
カウンター狙いの前進では無く、回避の後退を選択させられた。
奴は攻撃の手を止める事無く、円運動による横薙ぎの一撃を見舞い、連撃を繰り出し、此方を猛追する。
鈍重な巨体とは言え、円運動による遠心力が奴の攻撃を一撃ごとに加速させ、生じる筈の隙を消していく。
――加護の影響で力を得たと言っても、あの攻撃を受ければ一撃で真っ二つだな。
だが、此処で奴を食い止めねば攻撃が加速する一方だ。
既に攻撃と攻撃の間に生じる隙は針孔の様に小さくなっていた。
――アプローチのかけ方を変えるか
レーベインベルグを鞘に納め、後退を続けながら精霊弓を召喚する。
接近戦ならば真正面から斬撃の竜巻に挑むようなものだが、距離を離せば何のことは無い。
ウドの大木が間抜け面で、ぐるぐる回っているだけだ。
いかに自分のエイム能力がクソでも、この距離で、この図体なら外しようが無い。
立て続けに撃ち込まれた魔力の弾丸に奴が動きを止め、手持ちに叩き込んだ魔力弾が戦斧を取りこぼさせる。
奴の拳と斧、マシな方はどちらだろうかと思っていると、奴は膝から地面に崩れ落ち、慌てて戦斧に手を伸ばした。
頭を垂れるその姿はまるで首を斬り落としてくれと言わんばかりの光景だった。
「何のつもりか知らんが……! その首貰った!!」
再び抜刀したレーベインベルグに剣閃を走らせ、奴の首を斬り落とす。
アンデッドを殺すには魔術で全身を焼き払うか、破魔の魔術効果を持つ武器で核を破壊するしかない。
――矢張り、首を落とした程度では死なんか。
ただ奴の胴体が戦斧を拾うべきなのか、落ちた首を拾うべきなのか、自分を無視して戸惑う姿を見せた。
今の自分にはコイツ等を殺し切るだけの火力が足りない。
レーベインベルグの腹で奴の頭を向こうの茂みへと打ち飛ばすと、首なしの亡霊が慌てた様子で茂みの方へと走っていった。
ついでに地面に残された戦斧を反対側の茂みへと打ち飛ばす。
「まるで自分がいじめっ子みたいだな」
莫迦みたいな幕切れに溜息が出る。
幼少期、公園で何度か見かけた光景をまさかこの歳になってやることになるとは――。
少しばかり情けない気分になるが、強過ぎるコイツ等が悪い。
残った巨人の亡霊も同じように対応するが、片足を失ったこともあり、這い蹲って頭を探しに行く光景に哀愁を感じた。
取り敢えず、邪魔は消えた。これで校舎の中に入ることが出来るようになった。
「あの……」
すると宿舎側の茂みからブリジットがバツの悪そうな顔をして出て来た。
「何をしているんですか? ここは危険です。早くルトラール達の所に戻って!」
「で、でも、私……やっぱり、二人のことが心配で……」
「気持ちは分かりますが……」
――何と言って宥めたら良いものやら……。
かと言って此処で手をこまねいていたら、巨人の亡霊たちが戻って来る。
今の自分ではあの二体と戦いながら彼女を守るのは困難を極める。
アンデッドの知性がどの程度のものかは知らないが、同じ手が何度も通用する程、無能では無いはずだ。
「今は非常事態です。貴女の安全も中にいる人の安全も保障出来ません。それでも来ますか?」
――場合によっては友人の死体を見ることになるぞ。
つい詰問するような口調になってしまい、彼女は俯いて、強く拳を握り締めた。返事は無い。
彼女が自分に着いてきても何の力にもなれない。寧ろ、足手まといになるだけだ。
それでも自分だけ安全な場所にいることが出来なかった。そんな葛藤を感じた。
だが、状況は彼女に悩む時間を与えてはくれなかった。
「……そろそろ巨人の亡霊たちが戻って来るな」
茂みの動く音が徐々に近づいてきているのを感じた。
「行きます! 倉澤蒼一郎殿はまだ校舎内の道のりは不慣れでしょう? 私なら案内が出来ます!」
「この異常事態です。もう一度言います。貴女と中の人たち、安全は保障出来ません」
「それでも……! それでも友達なんです! あの二人は!」
ブリジットの慟哭に返す言葉が見つからない。
踵を返して校舎へと足を進めると、それを同意と取った彼女が小走りに近付いてきて、自分の隣を歩く。
平和で楽しい、青春の地を取り戻すために。
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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
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