第十話 説教
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「昇格ですか?」
エーヴィアさんの母親を救出した翌朝の事だった。
冒険者ギルドに出勤するとローザリアさんが開口一番に言ったのが自分の冒険者ランクの昇格だった。
「邪神の復活阻止に伴い、冒険者ギルドとドワーフ、サマーダム大学との関係強化。それ以前は龍殺しに魔人討伐。倉澤様はこの短期間でギルドだけでは無く、帝国、ソウブルーに多大な貢献をなさいました。ギルドは倉澤様の活躍を評価し、Cランクの冒険者に認定する運びとなりました」
「随分と一足飛びに昇格しましたね」
「そうでしょうか?」
ローザリアさんが得意気に笑みを浮かべて言葉を続けた。
「ご無礼ながら申し上げます。わたくしとしましては倉澤様のご活躍はAランク、最低でもBランクに相応しい物だったと確信しております。だと言うのに一般常識や礼儀作法を身に付けるまで上位には上げない方が良いとか何とか……!」
珍しく表情をころころと変え、苛立たしげにテーブルの爪を立てた。
――それにしても常識に作法と来たか。
多分、アーベルトさんが、そう報告したのだろう。
嫌がらせをされたと考えるより、いい加減に帝国流の礼儀や常識を身に付けるべき時が来たという事なのだろう。
「まあまあ……、妥当な判断ですよ。自分も外国人だからと甘えてはいられませんし」
宥めるように言うが、それでも彼女は納得がいかないらしく、肩を落とす。
「倉澤様の謙虚な所は美点かと思います。思いますが……」
「何か問題でも?」
尋ねると彼女は疲れた表情を浮かべる。
「倉澤様の活躍と評価が見合っていないと、下位の冒険者達からギルドの公平性に疑問を持たれる恐れがあります。これまでも、FからA、あるいはSで昇格する事は度々ありました。これは決して珍しいことではありません。ギルド加入時点でSS確実と言われ、実際に一月足らずで昇格した者も少なからずいるのです」
「実績さえ作る事が出来れば高額報酬の依頼を受けられる立場になる。なのに自分の中途半端な昇格が彼等のモチベーションを落とす事に? 龍や魔人を殺しても上位にはなれないのか、と」
ローザリアさんが力なく頷いた。
「それだけではありません。冒険者の栄達に生まれも育ちも関係ありません。実力主義の業界です。だというのに、倉澤様が昇格出来ない理由を知れば、外国出身の冒険者に猜疑心を抱かれることは容易に想像出来ます」
普段のきびきびとした振る舞いとは打って変わって深々と溜め息を吐いた。らしくないにも程がある。
余程、苛烈な圧力を受けたのだろうか。自分が悪いとは思ってはいないが、何と無く申し訳ない気分になる。
「以前にも申し上げた通り、自分が冒険者ギルドに加入したのは魔人を排除する一助となるためです。魔人と積極的に関わっていく以上、大きく昇格するの機会はまだまだあるはずです。それまでに帝国民に相応しい振る舞いが身に付くように努力もします。だから、前向きにいきましょう」
「分かりましたが……、倉澤様の一体、何が非常識で無作法なのか私には理解出来ません……」
彼女の言葉を察するに自分の対外的な言動や振る舞いに問題は無いらしい。
――矢張り、宗教や信仰、神への態度が問題か。
昨日のアーベルトさんの態度を見るに、八雷神さえ敬っておけば良いというものでは無く、例え邪神であろうとも神には一定以上の敬意をもって接さなくてはならないのかも知れない。
「ええ、納得出来ませんとも!」
物思いに耽っていると彼女がテーブルに握り拳を振り落とし、ヒートアップする。
「衣服は下ろし立てのように整っており、着こなしも文句無し!」
洗濯もアイロンがけもカトリエル任せで、自分一人なら此処まで完璧にはやっていない。
「失礼ながら汗などの体臭も無く、香水の量も適量!」
朝風呂が好きなので体臭は薄いかも知れない。
香水は拭き付けから香り選びまでカトリエル任せだ。自分一人なら使っていない。
香水はチャラ男か体臭のきっついオッサンが使う物というイメージがあって抵抗がある。
「更に失礼ながら口臭もありません!」
これは流石にカトリエルは関係無い。
「実力主義の商売とは言え、サービス業ですからね。最低限、依頼主を不快に思わせない恰好をするのは当然かと」
「上に行くにつれて、そんな当たり前の常識が失われていくんですよ! あの人たちは! 倉澤様が文明人なら、あの人たちは巨人です! 力があっても人としての尊厳が決定的に欠落してます!」
自分の宗教観は人としての尊厳が決定的に欠落する以上の欠陥なのかも知れない。
巨人がどういう存在か分からないので身近な所で三メートル前後の大男、ルトラールみたいな奴を想像してみる。
「自分はギルド上層部から巨人以下と思われているわけですか……」
成る程、あの男よりも自分は非常識で不作法だと思われているのかと思うと非常に心外だった。
そして、想像以上にショックだった。
「あり得ません! あんな野蛮人と倉澤様を比較すること自体が有り得ません!」
だが、ここで自分の宗教観を彼女に暴露したら手のひらを返したように軽蔑されそうだ。
ボロを出す前に、そろそろ話を打ち切った方が良かも知れない。
「しかし、ローザリアさんにもこんな一面があるなんて驚きました」
笑みを浮かべてからかうような言い方をすると、彼女は身体を硬直させて冷や汗を流してクールダウンした。
「あの……、はしたない女だと思わないで頂けると幸いです」
赤面した上目遣いでローザリアさんが懇願するように言った。
「思いませんよ。半分くらいは自分のために怒って下さっているのでしょう? それなのに、はしたないだなんて思ったりはしませんよ」
「恐縮です」
「何はともあれ、昇進の件は承知致しました。今日からCランクの冒険者として帝国とギルドに貢献する所存です」
「引き続き、倉澤様の担当を務めて参りますのでよろしくお願い致します」
彼女は表情を引き締めると折り目正しく頭を下げた。
応接室から踵を返して退席する途中で、ふと気になることがあった。
「そう言えば、先輩……エーヴィアさんは、彼女はどうなったのですか? 彼女には邪神復活の阻止に並々ならぬご尽力を頂いています。自分一人では到底、ああまで上手くは出来ませんでした」
しかし、彼女は申し訳無さそうに俯いた。
「ご報告は頂いております。倉澤様のご厚情でしかなかったという認識を改めずにはいられない成果と言えましょう。二段階の昇格、Cランクが妥当ですが、自己管理能力、危険意識の欠如によりDランクの一段階昇格が妥当という結果になりました」
「冒険者のプライベートなトラブルには関与しないと言いつつ、プライベートのトラブルを原因に減点ですか。いえ、ギルドの主張も理解は出来ますが……」
我々はギルドの商品ですから――、というのは流石に言い過ぎか。
それにローザリアさんでは無く、ギルド上層部が決めた事だ。
ここで彼女を問い詰めるような言い方をすることに意味は無い。
折角、面白い一面をさらけ出してくれたのにギクシャクするのもつまらない。
「ま、Dランクでも昇格は昇格ですし、報酬も増えて先輩も喜ぶことでしょう。では、自分はこれで。上層部と冒険者の間に挟まれて色々大変な事もあるかも知れませんが、あまり溜め込まないで下さいね? ローザリアさんも、自分で良かったら、またいつでも吐き出して下さい」
「い、いえ……流石に気の緩みすぎでした。これ以上、ご迷惑をおかけするわけにはいきません」
「ご迷惑だなんてとんでもない。それに年下の面倒を見るのは年長者の義務でもあり、楽しみでもあります。自分の楽しみを取られては困ります。それでは」
笑顔を浮かべて、手をひらひらと振って今度こそ退出する。
これだけ何も気にしていませんよアピールをしておけば、問題は無いだろう。
ギルドのロビーに戻ると噂をすれば影とでも言うべきか。エーヴィアさんの後ろ姿を見つけた。
「昇進おめでとうございます。先輩」
「ぁ……倉澤様! ありがとうございます!」
肩を叩いて声をかけると、びくりと飛び跳ね、自分の顔を見るなり深々と頭を下げた。
「でも、もう先輩は止めて下さいね? 今は倉澤様の方がランク上なんですから!」
「ああ、ご存知でしたか」
「はい!」
向日葵のような大きな笑みを浮かべて頷いた。
何の不安も無く含む所も無い、混じり気の無い笑顔に自分の心が穏やかになっていくのを感じた。
「私が昇格するなら倉澤様もきっと昇格してるんだろうなって思って!」
「ははは、自分と同じですね。きっと先輩……ああ、エーヴィアさんも昇格していると思って自分も聞き出してしまいました」
「さんはいりません!」
「ええっと……エーヴィア」
どうにも人の名前を敬称抜きで呼ぶのは苦手だ。
だけど子供相手に変な苦手意識を表に出すのも見苦しい。
彼女の名前を呼びながら、にこりと笑ってみせる。
「はい! 倉澤様!」
「その倉澤様っていうの止めません? 堅苦しい呼ばれ方をするのはどうも苦手です」
ギルド員くらいの人たちならビジネスライクな付き合いでも気にならない。
しかし、十五歳の子供に様付けで呼ばせているということが、どうにも不道徳的なものを感じた。
「それじゃあ……蒼一郎様!」
距離感は近くなったが不道徳感が強くなったのは決して気のせいでは無いはずだ。
「様付けを止めましょうよ」
「それは無理です! 蒼一郎様は私達の恩人ですから!」
「その恩人が止めてくれとお願いしているのですが……」
「ダメ、ですか?」
そこで涙を浮かべるのは卑怯だと思う。わざとやってんのか。
「自分の負けです。お好きな呼び方で構いません」
両手を挙げて敗北宣言する。
「はい! 蒼一郎様♪」
泣いたカラスがもう笑った。
って言うか、さっき浮かんでいた涙は一体、どこに消えた?
よく、『女は生まれた時から女』なんて話を聞くが、全くもってその通りだ。
「エーヴィア」
「はい! なんですか、蒼一郎様!」
「いつでも力になりますから、遠慮せずに頼って下さいね」
彼女のプライベートに問題があって昇格出来ないなら、自分がフォローに回れば良い。
冒険者としてのキャリアでは負けていても、彼女の倍近く生きているのだ。
もう二度とあんな目に遭わせるつもりは無かった。
「蒼一郎様もいつでも私に頼って下さいね! キャリアだけは私の方が上ですから!」
帝国の宗教観を教えて下さい――と言いたいところだが、流石にそれを子供に聞く気にはなれなかった。
――それにしても十五歳か……。
日本なら中学三年生、あるいは高校一年生。
その年齢の子供が学校に行ってもいないにも関わらず、何処でそういう価値観を植え付けられたのやら。
考えても分からないので、餅は餅屋に任せよう。
「んで、ウチに来たん?」
「コルネッタさんなら自分の見っとも無いところも見せているし、今更かなと思いましてね」
胸元を大きく開き、スカートのスリットを深くした煽情的な不良シスター。
八雷神教会のコルネッタさんを尋ねた。相変わらず、けしからん乳と足をしている。
「別に良いけどさ、あの蒼さんが信仰のおベンキョなんてビックリだわ」
「お、そーくんから昇格ですか」
「あれ? そだっけ? ま、いいじゃん? 細かいことは」
「本当に適当なお方だ」
「そのテキトーなのに教えてもらわなきゃならないんだから、蒼さんも大変だねぇ」
そう言って彼女はケタケタと笑い足を組み直す。見えた。
多分、履いてない、と思う。
――履いてないと良いな。
思わず凝視するとコルネッタさんの笑いを含んだ視線を感じ、咳払いと共に視線を引き剥がす。
案の定、彼女は取り繕うこと無く、ニヤついた笑みを浮かべていた。
「本当に大変なんですよ。自分が生まれ育った国は信仰の自由が、つまり信仰しない自由も認められていたので。ここまで不作法、非常識、異端扱いされると流石に考えも改めますよ」
肩を竦めると彼女はクククと笑って濡れた唇を蠱惑的に動かした。
「アレじゃん? そんなに難しく考えなくてもさ、青の爺ちゃん連れてってさ、半神だから信仰出来ないって言っちゃえば良くね?」
「成る程! ……なんて言うと思いましたか?」
思わず、頭を抱えてしまう。確かに後先を考えなければそれが一番手っ取り早いのは事実だが。
「今だけでも龍殺しに魔人殺しで、今度は破邪が付くわけっしょー? でも、ここまで来たら肩書に半神がくっ付いても、三つが四つになるだけじゃん? 別に良くね?」
「良くないですよ。そりゃあ、ただの肩書だったら別に気にしませんよ。けど、帝国の人たちって神に対して並々ならぬ感情を持っているじゃないですか。半神気取って、これまで知り合った人たちに平伏でもされたら、普通に凹む自信ありますよ?」
「あ、やっぱり?」
「当たり前です。親しい人から平伏されて悦に入る趣味なんて自分にはありません!」
これまでに知り合った人達が自分の足元に跪いて、死んだ魚のような眼で自分を讃える言葉を口にする。
そんな光景を幻視して吐き気をもよおした。反吐が出る思いだ。
「おーけー、おーけー。でも、もう大体分かったっしょ? それが神様との付き合い方ってわけ。んで、それは半神が相手でもあんまり変わんない」
まるで自分の頭の中を見てきたかのような言い方だった。
それだけ多くの人を見てきたのだろう。見かけによらず。
――いや、見かけ通りか?
それは兎も角――、
「帝国の主神は八雷神。しかし、八雷神だけが信仰されているわけでは無い。例えば、ドワーフが信仰する鍛冶の神、ヴァルカン等、人種や職業ごとに信奉されている神が存在する」
「ってことはー?」
「よく知らない神でも何処の誰が信仰しているか分からないし、神様ってなんやかんやで凄いっぽいから、取りあえず畏怖と敬意を持って接しましょう?」
「分かってんじゃん。邪教徒は処罰するし、邪神は封じる。でも、邪神も神様には違いないので敬意は払いましょう」
そう言って彼女は掌を打ちならして一礼する。
一応、半神なので拝んでおきますという意思表示だろうか。自分を拝んでも何のご利益も無いが。
「矛盾しているし、話が飛躍している。乱雑としか言いようがありません。そういう物なのだと受け入れるしかないのでしょうけど」
「多分さー、蒼さんの故郷でもそうだったんじゃないかって思うんだけど、納得のいかない文化や風習、法律って普通に残ってるもんじゃね? 何故か」
「あー……」
妙に納得がいった。
「ほら、思い当たりあったっしょ?」
「ありますね。悪法もまた法なりって言葉もありますし」
「あっはっはっはっは! なんだそりゃ? 開き直りじゃん! 自覚してる分、帝国よりもまだ性質悪いって! でも、そんな言葉があるなら分かり易いっしょ? 正しく、悪しき礼法、悪しき常識ってわけ!」
「ま、そんな世界、俺が変えてやる! なんて馬鹿な事を仕出かすつもりはありませんし受け入れますよ」
そこまでの意識を持ち合わせているなら今頃、現実世界で政治家か、NPO法人の代表だ。
これまでも、これからもなあなあでやっていく。その土地が日本から帝国に変わるだけである。
「こーして、悪しき文化と風習は未来へと受け継がれていくのであったーってね」
「成る程……いっそ、自分と同じ価値観を持つ者をかき集めて、自分の価値観をスタンダードに……」
「宗教戦争でもおっぱじめる? 色んな神様が結託して潰しに来るんじゃね? 八雷神が八百万雷神になったり」
神の呉越同舟か。それは笑えない。
「まあ、冗談は置いておくとして、みぃーんな深くは考えてないし、正しく理解はしてないわけ。ただ神様はそーゆーもんだって感覚的に受け入れてるってだけ。そんで、巨人並の単細胞バカでもそれを受け入れるくらいのマナーと信仰心は持ってるもんなんだよ。外国生まれの半神様にゃ分かんないかもだけど、人として生きてくならそういうもんだと受け入れましょー」
そう言ってコルネッタさんは足を組み替え、締めくくるように膝を叩いて景気の良い音を響かせた。
「こうやって答えが明確な言葉だと安心するっしょ?」
「ええ、今回も結構な説教でした」
概ね予想通りの回答だったが、彼女の言う通り、こういう事なんだという言葉があると安心感が別格だ。
これからの言動や行動にも自信が持てるというものだ。
「んじゃ、飯奢ってよ。飯。邪神封じて報酬出てんしょ?」
彼女は勢い良く立ち上がり、立てと言わんばかりに自分に手を差し出した。
コルネッタさんの手を取ると見かけに寄らず強い力で立たされる。ハイテンション時の胡桃さん並だ。
「分かりました。とんだ不良シスターだ」
「今更だねぇ」
「ま、安いお布施だと思っておきますよ」
これが奇貨になるのかも知れないのだから。少しは周りの人達を安心させることも出来るだろうか。
不良シスターに手を引かれ、そんな事を思いながら教会を後にした。
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