第十六話 戦う者
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「先生!! 倉澤蒼一郎先生はいらっしゃいますか!!」
ロイドさんの鍛冶工房の外から、快活な少年の大声が聞こえてきた。
通称、倉澤流冒険者塾の生徒、ヴィルストの声だ。
「取りあえず、この話は此処までだ」
そう言って彼は、二十人目のルカビアン、ヴァルカン・アザリンから、気の良い鍛冶職人の親方ロイドに顔付きを変える。
「おう!! 龍殺しの兄さんなら中で話し中だ!! 入ってくれ!! オメェ達ももう良いぞ!!」
だみ声だが妙に通りの良い声を響かせると、外から「失礼します!!」とヴィルストの掛け声のような挨拶を皮切りに、ドワーフの徒弟たちがぞろぞろと入って来て作業の手を再開させた。
「倉澤先生!! もうお加減はよろしいのですか!?」
「ええ、心配をお掛けしました。ですが、もう大丈夫です。明日からは通常通り、授業を再開しますので、みんなにも伝えておいてください」
「分かりました! しかし、もう少し休まれた方が良いのではありませんか?」
「そうしたいところですが、錆び落としがてら魔人教団という如何わしい組織を根絶やしにしようと思っているところです。その後、新たな武器の完成と同時に、魔人オズヴェルドを打ち滅ぼしに行く。暫く留守にすることになると思いますが、それで君達の学びに遅れが出るのも面白くない」
帝国の就業年齢は十五歳からというのが慣例だ。
彼らも十五歳にもなれば成人として扱われるようになる。
そうなれば、現在冒険者ギルドが彼らに提供している宿舎も無償で、というわけにはかなくなる。
会議室を間借りして授業をすることも出来なくなる。
彼らの功績次第では倉澤流冒険者塾自体は存続できるかも知れないが、そこに彼らの席は無い。
十五歳未満の戦災孤児が、新たな生徒として組み込まれることになる。
彼らの授業が止まるのは面白くない――。
特に何も考えず、反射的に口から出て来た台詞だったが、改めて考えてみるとこれが実に面白くない。
魔人だの、魔人教団だのと下らない連中にかかずらっていられる程、自分も生徒達は暇では無い。
「わたし達も面白くないなぁって思ってるんですよ? 蒼一郎様?」
「うおっ!?」
突如として可愛らしい声と共に、自分の影から濃い霧が立ち昇り、ヴィルストが素っ頓狂な声をあげて飛び上がって尻もちをつく。
「エーヴィア、人が悪いですよ?」
霧が集まり人の形へと変化する。死霊術による肉体の霊子偽装だ。
魔力に関わる洞察力があれば看破可能だが、エーヴィアの暗殺技能と併用すれば優秀な冒険者見習いでもこの通りだ。
「ちょっとしたイタズラ心です」
腰を抜かして金魚のように口をパクパクさせるヴィルストを尻目に、エーヴィアは小さな舌を出してウインクして微笑んだ。
そして、安堵したかのように溜息を吐いたかと思えば、今度は目尻に涙を浮かべて膨れっ面を浮かべて睨み付けて来る。
「え、えーっと……」
彼女のただならぬ様相に怖気付き、藁をも掴む思いでヴィルストとロイドさんの方を見る。
「坊主。首尾はどうだった?」
「はい、親方! 頼まれていたドラゴンの髄液と、巨人の血液、神の足音の混合液です!」
――所詮、藁か。
二人は面倒臭い気配を感じ取ったのか、阿吽の呼吸で自分から顔を背けて、お仕着せのように仕事の話を始め出した。
と言うか、今のヴィルストが調達するには、レア度の高いアイテムだ。
どういった経緯で手に入れたのか非常に気になるし、寧ろ普通にそっちに混ざりたい。
「蒼一郎様!!」
彼女が怒声と共に飛んで来た。筋肉痛に痛む身体に鞭打ち抱き留める。
――公衆の面前で何やってんだ、俺。
そう思わないことも無い。
無いが、正気に戻るとエーヴィアから更に怒られそうなので状況に身を委ねることにした。
「はい……、この度は自分の不明でご心配をおかけしました」
「蒼一郎様は心配をかけたという自覚があるんですよね?」
「え、ええ……はい。深くお詫び申し上げます」
抱き留めた女の子から、上目遣いで睨まれて怒られるという奇妙な状況に陥っている。
しかも、腕の力を少しでも抜こうものなら、自分の腰に回る彼女の細い両腕に力が込められる。
十五歳の少女とは言え、水準以上の力を持つ冒険者だ。
「そんな細腕の何処にこんな力が?」と問いたくなる程の膂力でしがみついてくる。
こっちが力を込めても同じ反応が戻ってくるので、結局状況に身を任せる他ないわけだが――。
「だったら、蒼一郎様は! そ、その……も、もっと私に構うべきだと、思います……ほ、ほら、わたしも、こ、婚約者なわけですからっ!!」
尻すぼみに声が小さくなっていったかと思えば、最後の最後で外まで聞こえそうな程、裏返ったぎこちない声を大きく張り上げ、歳相応の恥じらいを見せる。
それまでわざとらしい態度で仕事の話をしていたヴィルストとロイドさんが、何事かと目を丸くしてこっちを見ていた。
そして、ニヤリと口の端を吊り上げる。
「可愛い婚約者の我儘くらいは聞いてやらないとなぁ?」
――うっせぇやい。
それから流されるようにエーヴィアに引き摺られ、職人地区を進んでいく。
ギルド地区へと続く坂道の前にある公園についても、小さくほっそりとした両手に右腕をがっちりとホールドされたままだった。
エーヴィアに限った話では無いが、スキンシップが激しくなったような気がする。
とは言え――、
「顔、赤いですよ」
いっぱいっぱいで無理をしている印象が否めない。
からかい混じりに言ってみるが、彼女が自分の両腕から手をほどくことは無かった。
寧ろ力を込めて慎ましやかな谷間の中に抱き入れた。
女の子特有の甘い香りと柔らかさに包まれる。
しかし、生憎と激しい筋肉痛のせいで堪能できるだけの余裕が無い。ただそれだけが惜しまれる。
尤も、彼女の表情に暗澹としたものが入り混じっていることに気付いてしまっては、そんな軽口を叩く事も出来やしないが。
「エーヴィア? 自分が意識を失っている間に何かあったのですか? 確かに自分が至らないばかりに心配をかけてしまったことは謝る。しかし、君は一体……そうだ、何かに怯えているように見える」
「その……怖くって。管に繋がれたまま、何も喋らず、身動き一つ取らず、意識を失ったまま寝たきりの蒼一郎様を見ていたら、もう二度と目を覚まさないんじゃないかって……。カトリエルさんが今日中に目を覚ますっていつも通りに振る舞っていたから、みんなそれを信じていました……。でも、わたし見たんです。カトリエルさんが蒼一郎様の前で涙を流しているところを……。だから、本当はもうダメなのかも知れないって」
オズヴェルドは自分に興味を持っている。
奴が再戦を望むような素振りをした時、今回の敗北が死に繋がらないという確信があった。
砕けたレーベインベルグに代わる新たな武器の開発も、カトリエル、義母上殿、ロイドさん、三人の内の誰かが主導するであろうことも容易に想像出来たことだ。
目覚めるまでに要する日数だけが未知数だったが、実の所、現在の状況は概ね予測通りだ。
だが――、
「わたし、蒼一郎様の新しい剣の材料を集めていました。今度はちゃんと蒼一郎様を守ってくれますようにって。でも、わたしが集めた素材が粗悪品だったら、それが原因で蒼一郎様がもっと酷い大怪我を負ったらって……!」
「エーヴィア……」
「どんな敵が相手でも、蒼一郎様は絶対に負けないってずっと思ってました……! どんなに傷付いても魔人グァルプと戦ったときのように最後は必ず勝利するんだって……!」
一番肝心な、人の、家族の心に圧し掛かる負担を全く見ず、全く気付いてすらいなかった。
誰も彼も、いつも通りに対応してくれたから、ネフェルトのことにしてもそうだった。
彼女が心配症で、戦う人では無いからだと浅く考え、何も理解しようとしていなかった。
――我が事ながら間抜けが過ぎる。
「エーヴィア、本当にすみませんでした。君がどんな想いをしていたか考えずに酷く心配をかけ、そして傷付けてしまった」
頭を垂れて、彼女を抱き寄せる。小さな身体は微かに震えていた。
自分に、敗北は許されない。例え再起可能な敗北であったとしてもだ。
魔人トリスガストに敗北し、クラビス・ヴァスカイルに辿り着いた時もそうだった。
半ば意図的な敗北であったが、あの時もカトリエルを泣かせてしまった。それだというのに、この様だ。
ここまで来て漸く、そして正しく理解した。いい加減に理解出来た、筈だ。
自分の敗北は自分の身や命では無く、周囲にいる人たちの心を傷付けてしまうことを。
「い、いえ! 分かっているんです! 英雄の妻になることが、こういうことの隣り合わせなんだって……。それにこうして抱き締めてもらって、蒼一郎様の体温を分けてもらえたら、わたしはそれだけで……!」
彼女は帝国基準では成人女性だが、日本人の感覚で言えば子供と言って差し支えの無い少女だ。
それにも関わらず、彼女の大きな瞳が蠱惑的に輝いているような気がして意識を吸い込まれる。
ずれた視線がエーヴィアの桜色の唇を捉えた。
「エーヴィア」
「蒼一郎様……」
「白昼堂々痴態を晒すなんて良い御身分ね。委員長さん」
おい、これでキスの邪魔されるの二回目だぞ。どうなっていやがる。
顔を真っ赤にして飛び退き、耳まで真っ赤にして背を向けるエーヴィアの向こう側で、オズヴェルドに首を圧し折られた筈のメアリがニヤケ面を浮かべていた。
毛ほども心配していなかったが、案の定とでも言うべきか、すこぶる快調という奴らしい。
「貴女も目覚めていましたか、メアリ」
「勿論。このままで終わるつもりは無いわよねぇ、お互いに」
「ええ、そういうわけですから、奴の首、此方に譲ってください」
「ふうん?」
わざとらしく首を傾げて笑みを浮かべるメアリから剣呑な気配が漂い、エーヴィアが小さく悲鳴をあげる。
それまで紅潮していた顔を蒼白にしてよろめく彼女を支えて背に隠し、展開した魔力と戦意を壁にして、メアリから放たれるプレッシャーを遮断する。
「子供の前でよくやる……!」
真精霊剣を二振り召喚するが、今はまだその切っ先を地面に向けたままにしておく。
とは言え、警告や挑発が通じる相手では無いし、そのつもりも無い。
「いつもなら股座濡らして喜ぶところなんだけど――」
「だから、子供の前だって……!」
自分の叱責を無視して、この不道徳的な女は、挑発的に口の端を吊り上げて腰を前に突き出す。
そして、蠢く左腕を自らの下腹へと這わせていく。
「子供の前で卑猥な真似をしてるんじゃありませんよ!!」
地を蹴り、やや遠目の間合いから地面に沿うように左逆袈裟へと斬撃を放ち、メアリの意識を斜め下前方に移す。
左手から放った刃がメアリの皮膚に触れると同時に手を離し、右手の真精霊剣を両手で上段に構え、右脚で踏み込み間合いを詰め、唐竹割りに斬撃を振り落とす。
「んふふふ」
微笑と共に左手の指先から肩口にかけて感電にも似た衝撃が走り抜ける。右手の骨が軋む音を立てて鼓膜を揺さ振った。
鋭く撃たれた無音の掌底の一撃で左手が麻痺し、右手を出鱈目な握力で鷲掴みにされたのだ。
鞭の様にしなる足刀で脚を払われ、視界がぐるりと回る。
「チッ……!!」
麻痺が治った左手を地面に叩き付け、亀裂の走る衝撃と反動に乗る。
倒れ込む身体を持ち上げ体勢を直すが、その間に掌底二発と膝蹴りを一発喰らい、たたらを踏まされる。
「平時に街中で魔術兵装の起動、戦闘行動はご法度でしょう? それを私達、風紀委員が破るのは良くないわねぇ」
「…………~!!」
紛れも無い事実だが、この女のような戦闘狂に諭されるのは、こう、釈然としないものがある。
ついでに錆び落としついでに軽く斬りかかったら、軽く返り討ちにあったのもだ。
「それに病み上がりで不調の委員長さんじゃ、ちっとも濡れないわねぇ」
「だから!! 子供の前!!」
「街中で盛ってたオンナを子供扱いなんて。しかも、婚約者の一人でしょうに。委員長さんも結構失礼よねぇ」
けたけたと笑うメアリの視線が自分の背後に移り、つられて意識を背後にやる。
マグマの熱気にも似た怒気が背中を焼く――、そんな錯覚に身震いして、反射的に振り返るとエーヴィアのふくれっ面再び。本日二度目である。
「そろそろ、ちゃんとフォローしいた方が良いわよー!」
遠くからメアリのからかうような声が聞こえた。
首だけ振り返ると既にギルド地区へと続く坂道を登り終えて、小馬鹿にしたような面で手を振って姿を消した。
「蒼一郎様!!」
「は、はい!」
「わたし、十五歳ですよ!? もうオトナですから!!」
「し、失礼しました。ほら、アレだ。自分の故郷では成人年齢が二十歳からなので……」
「ここは帝国です!」
「はい、おっしゃる通りです……」
「じゃあ、ちゃんと女扱いしてください! こ、婚約者、なんですから!」
裏返った声で早口にまくし立て、頬を林檎のように赤く染め上げる。
初々しいところが子供っぽく見えるんだが――、これ以上藪を突いて蛇が出てきても面白くない。
それで女扱いしようということになったわけだが――。
「本当にこんなことで良かったのですか?」
「はい!」
上から自分の顔を覗き込むエーヴィアの顔が、ひまわりを思わせる大きな笑みを浮かべる。
その表情と、たった一言の大きな返事が彼女の喜びようを表していた。
場所はギルド地区。ふかふかの芝生が生い茂る広場の一角で膝枕をされていた。
膝裏の辺りから女の子らしい甘く爽やかな香りが漂ってくる。
元の世界だと犯罪チックな年齢差ということもあり、何処と無く背徳的なものを感じずにはいられない。
自分のあさましい内心とは裏腹に――。
「知ってました? 蒼一郎様とカトリエルさんの膝枕、冒険者ギルドでも話題になっているんですよ。ずっと良いなぁって思ってたんだけど中々言い出す機会が無くって……けど、こうして願いが叶って満足です!」
乙女チックなことを言って目を細める。いや、乙女といって差し支えない年頃だが。
「ねえ、蒼一郎様」
「ん? どうしました?」
「蒼一郎様は戦う人だから、どんなに心配しても戦い続けてしまうと思うんです」
「この一年で一生分戦いましたよ。オズヴェルドを滅ぼしたら、当面は帝国も静かになる筈だ。そうしたら、戦いから離れてみんなでのんびり過ごそう」
「大丈夫ですよ、蒼一郎様。わたしだって帝国の女ですから。戦う人に恋い焦がれる気持ちはあるんですよ? それが蒼一郎様なら尚更です。だから安心して戦ってください。負けないでいてくれたら大丈夫ですから」
期待されているのか、気を遣われているのか定かではないが、彼女は意味あり気に含みを持たせた笑みを浮かべる。
十五歳の少女とは到底思えぬ、惹き付ける何かを湛えた瞳は、流石は帝国人の女性といったところだろうか。
彼女もまた武を尊び力を貴ぶのだろうが、流石に暫くは帝国も静かになる筈だ。
魔人教団を壊滅させ、ついでに首魁のベネディクトを潰す。
その後、零を自称するグァルプと絶無軍を殲滅し、オズヴェルドを斬り殺す。
後は義母上殿達の働きかけで魔人共も大人しくなる筈だ。
帝国自体、戦争の気配はない。
大陸はほぼ統一したも同然で、大陸の外には数多くの小国が支配する小さな島々が浮かんでいるだけだ。
諸外国が戦力を結集させたところで、帝国を落とすことは不可能に近い。
斜陽な邪神を崇拝して逆転を狙う阿呆な邪教徒もいるが、それは衛兵団が始末する案件だ。
年明けまでに大きな戦いは終わる。確実にだ。それ以降は、戦う人に恋い焦がれるエーヴィアの期待には応えられそうにもない。
だと言うのに何故だろうか――。
魔人との戦いの後に、デカいのが控えている。
そんな気がしてならないのだ。
「まさか、と言う奴ですよ」
エーヴィアと、そして自分自身に向けて言葉を放つ。
戦いの終わりが目前に迫り、目的の達成が現実のものとなろうとしている今、何かの見落としが無かっただろうかとナーバスになっている。ただそれだけ。その筈だ。
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