第十五話 正体
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全身を苛む筋肉痛に耐えながら職人地区を歩く。
時折、自分の手を引く胡桃さんが笑顔で振り返り、上目遣いで見上げて来る。
あまり情けない顔をしていると往来のど真ん中で、大仰な身振りと大声で心配されそうだ。
それはあまりにも情けない。表面上は平静を保って振舞うことにした。
「ますたー、だいじょうぶ? もうすこしゆっくり歩く?」
だが、どうやら胡桃さんのことを甘く見過ぎていたようだ。
外見と普段の振る舞いのせいで忘れがちだが、胡桃さんは十五歳。
人間の年齢に換算したら七十過ぎのお婆さんだ。
普段は無邪気でも、老人ならではの老獪を合わせて持ち、これくらいの察しの良さと気遣いはお手の物らしい。
「ああ、少し痛むけど大丈夫だよ。ありがとう、胡桃さんは優しいね」
「ふっふーん」と得意気に鼻息を荒くする胡桃さんの姿に、込み上げてくる笑いを我慢していると、見知ったドワーフの職人達を見かけたので、すれ違い様に軽く会釈をしていく。
「ってぇ、龍殺しの旦那っ!?」
何事も無かったかのようにすれ違ったドワーフの職人達が大きな声を出して振り返る。
「ええ、どうもおはようございます」
「おはよーございまーす!」
胡桃さんが大きくお辞儀をして自分の後に続く。
「ちゃんとご挨拶が出来て偉いね」と小声で褒めて頭を撫でていると、職人たちが血相を欠いた顔でどたばたと駆け寄って来る。
その間にも至るところから『龍殺しが復活したって!?』といった大声が小波のように広がっていく。
ちょっとした有名人扱いで気分が良いような、くすぐったいような複雑な気分だ。
「も、もう動き回ってても大丈夫なんですかい!?」
「ええ、お陰様で」
帝国最強決定戦――、その試合は義母上殿より提供されたテレビモニターによってソウブルー要塞の至る所で観戦することが出来た。
彼らもまた、自分が手も足も出せずにオズヴェルドに敗北する姿を見たのだろう。
「ロイドの親方は今どちらに? 妻がお邪魔していると聞いていますが」
「親方でしたら工房に。奥方と、ベルカンタンプのお嬢もそちらに」
「ありがとうございます」
「ありがとー!」
振り被るようにして胡桃さんが頭を思いっ切り下げる。
勢い余ってバランスを崩しそうになるところが非常に可愛らしく、人前にも関わらず、表情がだらしなく緩みそうになる。
「しかし、旦那。あの化け物とまだ戦うつもりなんですかい?」
「ええ、勿論。次は完膚なきまでに叩き殺しますよ」
謙遜の言葉を吐くつもりは無い。そもそも、自分にはそんな言葉は許されない。
刻印装甲、封印指定級に比肩し得る魔術兵装、精霊の恩寵、半人半神の肉体。
稀代の英雄などと言われるまでも無く、間違いなく自分は、軍団にも匹敵する戦力だという自覚がある。
それが衆目の前で敗北を晒しておきながら、『自信がありません』だの『もう戦いたくありません』だの口走ろうものなら、大陸に余計な衝撃を与える羽目になる。
最悪の場合、邪教徒が有頂天になって活動を激化させたり、争乱を引き起こしたりする可能性すらある。
大いなる力には責任が伴う、などと妄言を稀に耳をするが当事者になってみると成る程、その通りだと納得する。
大物扱いされてしまっている以上、相応の大口を叩かねばならない。
それが時として抑止力になり、秩序を保つことになるのだと。
「その前に錆び落としがてら、邪教徒か適当な犯罪組織辺りを一掃することになりそうですけどね」
後は勝手に彼らが自分の大口を吹聴してくれる。
伝言ゲームの最中に話も大きく膨らみ、噂が倉澤蒼一郎の、破邪の龍殺しの健在を証明する筈だ。
ロイドさんの工房に辿り着くまでの間、見知った顔があれば同じような大口を叩いて談笑を楽しむ。
そうした中、南東にあるホライムーン地方から流出して来た人たちの噂を耳にした。
帝国領の境界線上で木彫りの面を被った不審な集団が、魔人を信奉する魔人教団を自称しているという話だ。
――木彫りの面を付けた不審者、まさかトリエンナ家の住人を皆殺しにした連中か?
アルキス・トリエンナの暗殺に乗じて現れた奴等のことを忘れたことは無い。
奴等のせいで死なせる必要の無い多くの者が命を落とした。
その上、下手人に自分が疑われ、皆殺しの虐殺者として必要以上に恐れられる羽目になった。
何だかんだで自分にとって、都合の良いように作用したが、それはそれ、これはこれだ。
あれから何のアクションも無かったが、活動域をソウブルーの外に移していたとすればそれも頷ける。
自分が遭遇した暗殺者が、魔人教団の者だとしたら丁度良い。
あんな胡散臭い連中を生かしておいても世の為にならないし、個人的な醜聞の恨みもある。
錆び落としがてら、皆殺しにするには丁度良い相手とも言える。
だが、魔人――ルカビアンにとって、オウラノはヒトモドキ。蔑みの対象だ。
そんな不完全な存在に信奉されたとして、彼らが喜ぶとは到底思えない。
放っておいても――、何だったら自分が手を下すよりも先に、適当な魔人が皆殺しにするんじゃないだろうか。
それにこの世界は情報の伝達が遅い。もしかしたら既に壊滅しているかも知れない。
どちらにせよ、新しい武器を手に入れてからの話だ。
そうこうしている内にロイドさんの工房、ソウブルー鍛冶職人組合に辿り着いた。
「おいでなすったか。龍殺しの兄さんよ」
扉を開けると同時にドワーフ特有のしわがれた、しかしロイドさんの通りの良い大きな声が響いた。
自分の顔を見るよりも先に言葉を言い終えたような気がするが――、この際だ。置いておこう。
「旦那!! もう起きてて大丈夫なのかい!?」
真っ先に駆け寄って来たのリリネットだった。
ダックスフントを思わせる小走りで自分の周りをうろちょろと駆け回る。
「ええ、ご心配をお掛けしました。もう万全です」
「ふーん? 旦那、ばんざーい」
それまで自分の周りを胡桃さんと一緒に駆け回っていたリリネットが自分の真正面で足を止めた。
言われるがままに、重く、痛みが走る両腕を持ち上げる。
「はい、ぎゅー」
リリネットと胡桃さんが飛び付き、自分の両脇に腕を回して抱き着いて来た。
「◎△$♪×¥●&%#?!」
胡桃さんは兎も角、リリネットのそれは抱擁と言うより、ベアハッグと言った方が適切だ。
ただの強烈な筋肉痛と分かっていても、意識が飛びそうになる程の痛みが全身を駆け巡る。
兎に角、拘束から解放され床に片膝付いて座り込む。
いや、崩れ落ちると言った方が適切だろうか。身体に全くと言って良い程力が入らない。
「大奥様の言う通りだねぇ、こりゃ」
荒く呼吸をしながら、痛みが和らぐのを待っているとリリネットが自分を見下ろし――片膝を着いて、漸く頭の高さが同じになるくらいだが――肩を竦める。
「カトリエルが、何だって?」
「安静にしておきなさいと言っても、あなたは何でも自分でやりたがるでしょう? だから全身筋肉痛にしてベッドの上に縛り付けるくらいで丁度良いと言ったのよ」
奥から、ロイドさんを伴って現れたカトリエルが心底呆れたように口を開く。
「安静にするべきだからと言って、この仕打ちは無いと思うんだけどね……」
「そんなこと、あなたには初めから期待していないわよ。ここまですれば、多分、無理はしない、かも知れない、くらいには期待出来るんじゃないかって、希望的観測は抱いていたけれども」
「期待値低過ぎやしないかい?」
「日頃の行いの賜物って奴だねぇ」
カトリエルから冷めた声で静かに滔々とまくし立てられ、リリネットからはかんらかんらと笑われ、胡桃さんが楽しげに尻尾を揺らす。
何処の世界でも、女に囲まれる男の立場が弱いのは世の常か。
何はともあれ女性陣の仲が良好で何よりなことである。
「仲睦まじいところすまねぇが、少し龍殺しの兄さんと二人きりさせちゃあくれねぇかい?」
「男同士の内緒話って奴?」
「ある意味ではな」
リリネットのからかうような口調とは対象的に、いつになく真剣な表情をするロイドさんの様子だった。
カトリエルとリリネットが顔を見合わせ、自分の方に視線を向ける。
――どうする?
そう言いたげな表情だった。
ロイドさんと二人きりになったからと言って何かしらの問題が起こるとは思えないが――。
「構いませんよ。カトリエル、胡桃さんを任せる」
「分かったわ。さ、おいで」
「はーい!」
胡桃さんが「とうっ」と可愛らしい掛け声でカトリエルに飛び付いた。
表情の変化に乏しいカトリエルだったが、こういう時だけは優しげな微笑みを浮かべる。
どっちでも良いから変わってくれないだろうかと見惚れていると「それじゃ、旦那! また後でね!」とリリネットが二人を連れて、駆け出していった。
――おう、さっきのベアハッグの恨みはきっちり晴らすからな。
どうやって晴らすかはまだ考えてない。その時になってから考えることにする。
彼女達が出て行くとロイドさんは「お前達もだ」とドワーフの徒弟たちに退出を促し、人払いをする。
「一応、確認しときたいんだが……、お前さん、まだ戦う意思はあるんだな?」
「何故、無くなると思ったのか伺いたいですね。オズヴェルドはまた来ますよ。来ないなら此方から探し出して殺しますが」
「勝算は?」
「ロイドさん頼り、と言ったところでしょうか。ま、何だかんだで勝ちますよ。今まで通り」
「流石は半人半神の英雄ってわけか」
「ご存知、でしたか」
「そんなに心配しなくて良い。文明社会の異世界人にとって帝国の信仰は奇異に映る。隠したくなる気持ちは分からんでもない」
「よくお気付きで、流石はルカビアン……とでも言うべきでしょうか?」
「気付いていたのか?」
確証があったわけでは無い。恐らくそうだろう、程度だ。
何より、お互いの正体に関して踏み込むつもりは無かった。
だが、この問答の先に一つの答えがあるのだとしたら、踏み込むのも、踏み込まれるのも吝かでは無い。
「戦いをするようになって色々物を知ってからのことなので、気付いたのは割と最近ですがね。龍の甲殻すら潰すライゼファーの拳を、魔術防壁も無しに受けて原型を留めていられる生き物なんて、同じルカビアンくらいのものですよ」
「成る程な。避ける方が不自然と思ったが」
「鼻血流す程度の傷しか負わない方が余程不自然ですよ。そうなるとレーベインベルグを自分に引き渡した経緯も理解出来る」
スケイルドラゴンの襲撃を受けた職人地区の復興作業に参加した際、瓦礫を精霊兵器の直接召喚で切り出したことで、納期を大幅に短縮することが出来た。
それを大いに喜んだ彼は「瓦礫の解体に龍殺しの業を使わせて、ただ報酬を支払うだけじゃ職人の名折れだ」と言ってレーベインベルグを自分に譲ってくれた。
最初は、それがドワーフ特有の気前の良さから来るものだと思っていた。
だが、考えが変わったのは神の存在を知ってからだ。
この世界は神が実在する。
主神も、八百万の神々も、邪神でさえも、肉体を持ち、信者に対して目に見える形の加護や御利益を授けている。
故に、神は曖昧な存在では無い。
利害に関わる確固たる存在として、絶対的な信仰の対象として定められている。
レーベインベルグはドワーフ達が信仰する鍛冶と火の神、ヴァルカンが携える原初の火を操る剣の名だ。
そのドワーフの中でもソウブルー中の鍛冶職人の頭目という立場にあり、ヴァルカンと深い関りを持つドワーフが、模造品であるとは言え、見ず知らずの外国人に持たせる筈が無い。
持たせる理由があるとすれば――。
「貴方はドワーフ、いや、オウラノですら無く、早い段階で自分の正体に気付いていた。そして、貴方の目的を果たす上で自分の存在は好都合だった」
「そうだ。だから、気の良いドワーフの素振りをして、レーベインベルグのレプリカをお前さんにくれてやった」
「それ程までにルカビアンが目障りですか?」
ルカビアンは蘇生法の実用化により、限りなく完璧に近い不老不死を手に入れていた。
高齢者達は若い感性を維持したまま、年齢と共に知識や経験を蓄積させ、その地位を盤石なものとし、厳格な年功序列の社会を構築していた。
当然、割を食うのは若者だ。
不老不死の社会では数百年もの長い研鑽を詰んだとしても、数千歳の社会的強者たちは未熟な若者として扱う。
満足な社会的地位を得ることも無く、下層民として鬱屈した生涯を強いられていたらしい。
その恨みは地殻変動から六千年経った今でも、薄れる気配が些かも見受けられない。
「六千年程前、地殻変動で世界は滅びた。栄華は失われ、いずれ救助に現れる予定の次元航行船はトラブルで太陽のコアに転移し、復活と圧死を繰り返す羽目になった。絶望したルカビアンが自らの命を絶ち、無気力と絶望の連鎖を拡大させていた頃だ。オウラノ達は無知蒙昧ながらも、辛抱強く世界を復興させようと力を尽くしていた。だが、僅かに生き残ったルカビアンの中からそれを邪魔する者が現れた」
「それがルカビアンの十九魔人」
自分の確信めいた物言いに、ロイドさんは苦々しく頷いた。
「オウラノに明確な敵意と悪意を持っていたのはその内の四、五人程度。他の奴等は状況に流されていただけで、ただの八つ当たりみたいなもんだったんだがな? だがな、残った若年ルカビアンでは世界を復興させることは出来ねぇ。何故だか分かるか?」
「SFじみた超技術の文明で生まれ育った者達では、無から有を作り上げることは出来ない。自らのアイディアを形にする為には、機材や技術、相応の下地が要る。それが無くては、彼は無知無能も同然。ルカビアンが無知蒙昧と蔑むオウラノよりも使い物にならないから、でしょうか」
「そういうことだ。仮にあのガキ共がオウラノに譲歩して協力したとしても、百年と経たずに不満を爆発させて、更なる破壊と殺戮を繰り広げただろうよ。荒廃した世界では、文明の機器に頼り切った奴等よりも、家畜同然に扱われていた連中の方が断然使い物になる。オウラノにしてみれば支配者が消えて、風景が少しばかり殺風景になっただけだからな。ルカビアンに出来ることなんざ、精々高性能な重機役になれれば御の字くらいだな」
無知なオウラノが知能労働を、全知全能にほど近い筈のルカビアンが肉体労働を――。
グァルプやヴィヴィアナが怒り狂って大陸を海に沈める姿が容易に想像できる。
「成る程。だから、貴方はレーベインベルグで十九人の魔人を原初の炎で焼き払った」
「そうだ」
「貴方の正体は」
「そうだ」
「火虐神ヴァルカン」「ヴァルカン・アザリン」
自分と彼の口から出た言葉は、似て異なる別の答えだった。
「「ん?」」
「「あれ?」」
声が綺麗にハモった。
答えが合わなかったことに、彼は意外そうな顔をして、間の抜けた声を漏らす。
恐らく、自分も同じような顔をしているのだろう。
だが、そんなことはどうでも良い。
今、彼はさらっととんでもないことを口にした。
「ちょ、どういうことですか!? アザリンってトゥーダス・アザリンの肉親!?」
「チッ……俺の正体がヴァルカンだって気付いたんなら、普通、其処まで行き着くだろうがよ」
喋らなくても良いことまで喋ってしまったと言わんばかりに、彼は顔を歪める。
一万数千年を生き、神にも等しい生命体の叡智と、高々二十数年しか生きていない赤子の知能を並べること自体に無理があるということを理解して欲しい。
だから、貴方達は若者から嫌われるのだ――、というのは流石に暴言だろうか。
「いや、知りませんよ。トゥーダス・アザリンの肉親の名前なんて」
「と、兎に角だ! 世界を復興させるには、オウラノの手を借り、独自に学習と発展を促す必要があったんだ! だが、その為には、ガキ共の存在が邪魔だった! 俺は手作業でもある程度の兵器を作れるからな。レーベインベルグを作って、原初の炎でガキ共を焼き殺したんだ。ついでに向こう千年くらい復活出来ねぇように核を軽く炙ってな」
「では、その光景を見た者達の口伝で火虐神ヴァルカンは生まれた? それにしても太陽すら焼いたって大袈裟に伝わったものですね」
「大袈裟? 普通に焼いたぞ。正確には太陽の周りに浮かぶ七万八千機の無人観測船をだがな」
簡単に滅茶苦茶なことを仰る。何処の神話生物だ。
突っ込みどころ満載の物言いに、少しばかり辟易したが、彼は気付いていないのか、それとも知ったことでは無いのか、言葉を続ける。
「ルカビアンの数は大幅に減った。ガキ共がどんなに喚こうとも、人間の座はオウラノが継ぎ、この星はオウラノの世界になる。ルカビアンの遺産はオウラノにとって過ぎた代物だからな。全てを破壊する必要があった」
「何故、魔人たちを皆殺しにしなかったのですか?」
「過激な野郎だ。僅かに生き残った同族だぞ? それに緩やかでも世界が復興する様を見せ付けてやれば、奴等も世界の丈にあった生き方を始めるようになるんじゃねぇかって思ったんだよ」
無謀な考え方だとは思わなかった。
全員では無いが少しずつ、その兆しは現れつつある。
義母上やヴァリー、後はハルモンド卿なんかもそうか。
認めるのは業腹だが、グァルプも絶無の零を自称し、世界の丈に合った反社会組織を作っている。
「オウラノの社会に溶け込んで生きているとな、普通の親子みたいな関係に憧れって奴が出て来てよ。けどな、ガキ共を殺さなかった一番の理由は世代間の確執を甘く見ていたってことだ」
「彼らから世代間対立の話は聞いていましたが、そもそも高齢世代にしてみれば、未熟な若者たちが身の程も弁えずに噛みついてくる程度の認識しか無かったというところですか」
「歯に布着せない言い方しやがる。その通りだ」
彼は苦々しい表情を浮かべて言葉を続ける。
「帝国建国直後くらいにも、ガキ共とやり合う機会があったんだがな、ああいうのを怨嗟の形相って言うんだろうな。あいつ等、俺のことなんざ仇敵くらいにしか思っていねぇ。俺が生きていると知れば、奴等はなりふり構わずに俺を殺そうとするだろうよ。それだけなら良いが、巻き添えになって死ぬ者、破壊される都市、途方もない被害が広がってしまう」
魔人達にはある程度の手加減と言うか、手抜きがある。
オウラノ如きに全力を出したり、必死になるのは見苦しいという価値観からくるものだ。
不死者である彼らにとって、オウラノが築いた文明社会が支配する世界で、数百年の眠りなど物の数では無く、簡単にオウラノに勝利を譲り渡すことが多々ある。
そうして譲り受けたのが歴代の英雄達だ。
下位の魔人ですら、その気になれば一都市を一撃で火の海に沈めることが出来るなど、戦術兵器を携帯しているにも等しい攻撃力を保有している。
それらの術式がオウラノとの戦いに持ち出されることは、まず無い。
だが、純粋種同士の戦いや、ルカビアン同士の戦い、それも高齢世代が相手ともなれば、生き残った魔人が戦力を結集し、戦略級魔術が飛び交う地獄絵図のような戦いを繰り広げるであろうことは想像に易い。
「帝国どころか大陸自体が消えて無くなるかも知れませんね」
「弁明はしねぇ。世界の復興と、帝国の発展。二つのやり甲斐の為に、お前さんを巻き込み、ガキ共を犠牲にしている」
「やり甲斐、ときましたか」
「正義や贖罪と思ったか? ルカビアンの世界は便利過ぎて面白くねぇが、現代の不便さと素朴さは娯楽として悪くない。俺が手慰みで作った物が社会に浸透し、利便性が少しずつ改善されていく。タイプバスタード……いや、ドワーフ共を従え、運営する組織を肥大化させるのも面白い。時には災害に襲われることもあるが、その時にルカビアンの智慧を開放するべきか、それともオウラノ達の思考錯誤に任せるかを葛藤するのも面白い。戦争は失敗だったな。帝国に力を与え過ぎてしまった。だが、帝国がこの星を統一するのも時間の問題だ。戦争の次は、文化と経済の発展がつきものでな、オウラノ達がどんな芸術や文化を発信するのか楽しみでもある。分かるか? 今やガキ共は俺の娯楽にとって邪魔でしかねぇ。そして、お前さんにとって家族を害する存在は同じく邪魔にしかならねぇ。俺とお前さんの利害は一致している。これが嘘偽りの無い俺の本心だ」
「一々、偽悪的にならずとも結構ですよ。そんな事より」
「そんな事か」
「そんな事ですよ。そんな事より、自分の剣気に耐え得る刀剣型魔術兵装を頂きたい。それで暫くの間、奴等を大人しくしてみせますよ。自分は平穏を守れ、貴方は娯楽に興じることが出来る」
「取引のつもりか?」
「過剰過ぎる善意は詐欺師に並ぶ程、怪しく見えるものですよ。取引なら、余計な思考を割かずに済む。あまり赤子を考え込ませないで頂きたいものです」
「ほざきやがる。他に望みは? お前さん、今なら俺を殴る権利があるんだぜ?」
「そんなに後ろめたくなるなら、本心など晒さなければ良いのに。生憎ですが自罰へのお付き合いは出来かねます。それに思惑があったとしても、それでも自分は貴方に感謝を捧げますよ」
「お前さん、わざと言ってるだろ」
多少はムカついたのだ。当然の権利だと主張させてもらいたい。
口では――、
「心外な」
――と即答しておくが。
何より、彼に要求することなど他にあまり無いのも事実だ。
だが、これが変な確執になっても面白くない。何か出来る要求はないだろうか?
そして思い付いた。
ある意味、彼にしか出来ない相談がある。
彼に回答できなければ、答えを知る者は神しかいない。
「ルカビアンの知識と見地から意見を頂きたいのですが」
「なんだ?」
「自分は元の世界では、ただの人間で、胡桃さんは犬でした。しかし、この世界に来てから自分は半人半神になり、あの子の身体は人間の少女のものになっていました。この現象に心当たりはありませんか?」
「複数対象の転移による構成事故か? 元の世界の構成情報を此方側の世界で再現する際に混ざり合って、そうなった。断言は出来ねぇがな」
「断言出来ない? 構成事故と断言出来ない要因は何ですか?」
「一つ、お前さんに犬の要素が見当たらねぇ」
確かに目に見える範囲に限れば、自分に犬要素は無い。
元の世界と比べると筋肉質になったが、前と変わらず自分の身体だと、思う。
「二つ、胡桃の嬢ちゃんの身体を構成する肉体的要素に、犬の部分が殆ど含まれていない」
確かに胡桃さんを象徴する要素は大きく顕れているが、犬らしさは無い。
ただ振る舞い方や好き嫌い、記憶は間違いなく胡桃さんだ。
肉体的要素が薄い分、精神的要素に偏っている?
いや、精神的要素と言うなら、それは自分も同じだ。
この世界に転移する前後の記憶があやふやなだけで――。
「二人で人間の要素と神の要素を綺麗に分け合い、申し訳程度に犬の要素を付け加えたって印象を受ける」
「仮にこれが構成事故だとしましょう。この神性は何処から来たものだと思われますか?」
「この世界に転移する際、お前さん達の側にいたであろう神の物、だろうな」
ロイドさんが言い淀むようにして言葉を溢す。
ならば、その時に混ざり合った神の意思は何処へ行ってしまったのだろうか?
かつて青のルスルプトは言った。
――決して君達を害する存在では無い。
――彼女はある目的のために君をこの世界に縛り付けている。
自分達と混ざり合い、何処へと意思を失ってしまった神とは、青のルスルプトが言っていた彼女のことではないのだろうか?
――目的が達せられるまで彼女は君を現実世界に解放することはないだろう。その目的が達せられるのは明日かも知れないし、一年後か十年後か、或いは死の直前かも知れない。
そうだとしたら、その彼女とやらの目的が達成されることは無いのではないだろうか?
目的が果たされないまま、この世界で一生を過ごし、寿命が尽きると共に現実世界で夢から醒めたように目を覚ます。
生涯の途中で、現実世界に戻ることになったとしても義母上の力を使って、この世界と往来できるようにする。
そこまでは良い。
だが、彼女と呼ばれた神の目的が果たされなかった時、自分は現実で目を覚ますこと無く、この世界に囚われたまま、三度目の生涯をこの世界で過ごすことになるのではないか。
ほんの少しだけだが、そんな不安が首をもたげた。
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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
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