↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/127

第十二話 魔人の子

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 この日も帝国の境界線上で、集落に住む者達と異民族、獣人、亜人、複数の陣営が熾烈な抗争が繰り広げられていた。

 流出を続けるホライムーン地方。その中には支配者、貴族、兵士も含まれる。

 要塞から増援が現れる可能性は極めて低い。それが国境外にも周知されて以来、日々抗争が激化していく。


「哀れな弱者達よ。お前達の弱さを赦そう。自分自身の弱さを否定するならば天上に向けて誓え。肯定すると」


 戦いの鎮静化に合わせ、赤茶けたローブを身に纏い、木彫りの面を被った集団――、魔人教団の狂信者たちが現れ、何に対するものか定かでない肯定を迫る。

 一人、また一人と肯定し、木彫りの面を被る者が増えていく。

 この頃になると狂信者たちの規模も増え、その数は隙間無く戦場を包囲出来る程になっていた。


 だが、この日に限って言えば、闘争の性質が大きく変質した。


 狂信者たちが接近すると、それまでの争いが水を打ったように静まり返り、一瞬の静寂の後、誰も彼もが敵も味方も無く、申し合わせたかのように、その矛先を狂信者に向けたのである。

 猛攻を受けて尚、無防備、無抵抗の狂信者たちが一方的に切り崩されていく。

 千人ほどが死んだ辺りで、古いコンピューターかのように数テンポも遅れて反撃に転じる。


 狂信者たちが洗脳術式に制御されず、正気であればこの戦場が如何に異質であったか気付けた筈だ。

 集落の者も、異民族も、獣人も、亜人も、男も、女も、子供も、老人も、誰も彼もが死んだ魚のような目で、声一つ上げること無く機械的に武器を操り、攻撃を繰り出す光景に。


「狂った戦場だが、狂っていることに気付ける者は一人としておらぬか」


 戦場となった荒野を一望できる小高い丘の上で、額に脂汗を浮かべる男が眼下の光景を睥睨する。


 氷の団の残党。オライオン四天王の一人。絶無軍の軍団長。

 かつてルカビアンの十九魔人の一人、魔人グァルプであった者。


 絶無の零である。


 彼の脂汗の理由は、その両肩から生える魔人ドルガーノ、魔人ルーフリードの上半身だ。


 二体の魔人の力を使い、以前に生み出した不完全な広域洗脳(ベレス)の完成に至った。

 そして、集落の人々、異民族、亜人、獣人を支配下に置き、互いに争わせ、魔人教団を誘き寄せたのである。


 誘引工作の結果は上々だが、代償は決して小さくはない。


 視界に存在する者全てを効果対象とすることで、意識を失いそうになる程の膨大な魔力を消耗し、すぐ側にいるイオナを洗脳(ベレス)の効果対象外とする為に緻密な術式制御を要求される。

 その一方で、二体の魔人が零の精神を融かそうと浸食してくるのだ。


 ドルガーノは言う。洗脳(ベレス)の制御下にあるヒトモドキに自死を命じろ、と。


――それでは、この状況を生み出した意味が無くなってしまう。


 ルーフリードは言う。洗脳(ベレス)の制御下にある人間に信仰を命じ、己が力にせよ、と。


――代理とする神性が無い。何よりそれは気持ちが悪い。


 複製された魂に意思は無い。生前に彼らが強く抱いていた感情や意思の残滓が影響をもたらしているだけだ。

 零がこれまでに複製し、取り込んだ魂も大なり小なり、意思や感情、存在の在り方を無自覚に宿しており、意志薄弱な乞食の肉体を用いる零の心を惑わせることは今まで何度もあった。


 ルカビアンが戯れに生み出した人工奉仕種族オウラノですら、零の心をかき乱す程の魂を持っているのだ。

 魔人の魂が持つ影響力は、これまでに取り込んだ者達とは比べ物にならない程強烈だった。

 自らの意思や感情をドルガーノや、ルーフリードに塗り潰されそうになった回数は決して少ないものではない。

 魔人の力を部分的にしか変性させない理由もそこからきている。


 何とか自らを保てたかと思えば、意のままにならない苛立ちから来る魔人の感情的な衝動が零を支配しようとする。


「行くぞ、もう間も無くで私の魔力もほぼ完全に枯渇する」


「ちょ、割とヤバそうだけど大丈夫なのかい!?」


 崖を滑り降りる零の背にイオナの言葉が降りかかる。


 あまり大丈夫とは言い難いが、他人に弱音を吐いてどうにかなることではない。

 何より、一芝居打つために己の身に血と泥を被る彼女の行動と姿を見て、立ち止まってはいられなかった。


『私を信じる限り、お前達を否定する者全てを討ち滅ぼし、この私がお前達を肯定し続けてみせよう』


 零がかつて口にした言葉だ。


 欺瞞に満ちたこの男にしては極めて珍しいことに、嘘偽りの無い言葉で、この言葉を忘れたことは無かった。

 イオナが零の為に泥を被るのなら、零もまた配下のために自ら泥を被るのが道理だ。


――ヒトモドキを使う!? 貴様、ルカビアンとしての誇りは無いのか!? この恥知らずめ!!


――オウラノは道具だ。道具を道具として使うことも出来ないとは愚かなことだ!! 恥を知らないのは貴様だ!!


 魔力の消耗と術式の制御で顔を土気色にして脂汗を浮かべ、頭の中で好き勝手に喚くドルガーノの矛先を、ルーフリードに向けさせてどうにか正気を保つ。


――少しは大人しくしていろ。我如きに敗北したクズ共が。


 困憊した心身を引き摺り、二体の魔人を再び体内に押し込む。

 這う這うの体で魔人教団の大聖堂へと転がり込んだ。


 外にいる狂信者たちと打って変わり、大聖堂の中にいる者達は感情を露わに右往左往している。

 一芝居打つまでも無く、戦火を逃れてきた者達でごった返しており、新たに避難して来た零達に気を留める者は一人としていなかった。


「仮面の奴等が襲われるなんて想像もしてなかった……って感じみたいだね」


「愚か者程、己の考えが絶対だと妄信する。だから想定外のことが起これば、他者の目の前であろうとも脆さを露わにするものだ。行くぞ、この状況は好都合だ」


 目の前の無様な光景に零は声を潜めることなく言い放つ。聞かれていたとしても問題は無い。そう考えた。

 帝国は武を尊び、力を貴ぶ者の国だ。一方的に他者を害する事だけを考え、殴り返された時のことを何も考えていないような者達に出来ることなど何もありはしないのだ、と。


「うん。こんなに混乱してるってことは頭――、ベネディクトはいないみたいだね」


 統率者の前でこのような無様を晒すことは、絶対に有り得ない。

 余所の組織や集団の実態を知らず、イオナの知識では比較することは出来ないが、トレスドア出身者のみで構成される絶無軍の主軍ではまず見かけない光景だ。


 イオナにしてみれば『零のニーサンがいなくても、ウチにはこんな無様な下僕はいやしないけどね』という話だが。


「この場に脅威は存在しない。魔人教団を検めるにはまたとない好機と言うわけだ」


 狼狽する信者達の間を通り抜け、大聖堂の奥へと進むと、おあつらえ向きの小部屋を見つけた。

 通路に戻り広間の信者達を観察する。間を置かずして信者を指揮する若い男の姿が彼らの目に留まる。


 イオナの「ここは女の武器の出番だね!」という自信ありげな言葉に、零は『ドワーフの女の一体どこに女の武器があるのだ』と一抹の不安を感じた。

 二十代も半ば近くで既に結婚して子供がいてもおかしくない年齢だが、身長は百三十前後で、顔付きは幼く、身体の起伏も無くて女らしさの欠片もない。

 トレスドアの苛酷な環境が彼女を成長不全に陥らせた――のでは無く、これが一般的なドワーフの成人女性の背格好だ。


 が、幸いにも――と言って良いか定かではないが――、目当ての信者はイオナの誘惑に乗り、だらしのない顔で小部屋の中まで誘導され、その命を零に奪われた。


「コイツ等の目的は? 何か分かったのかい?」


「こやつらの目的は、トゥーダス・アザリンに恭順を示す者を集めること、らしいが……肝心な理由は不鮮明なままだ」


 信者の姿に変性した零が腕を組んで眉根を顰める。


――ベネディクトから直接言葉を与えられる立場ではあったようだが。


「情報の質に限れば、外で暴れる白痴共と大差は無いな」


「ねえ、零のニーサン。トゥーダス・アザリンってどういう奴なの? あたしらみたいな普通の奴にしてみたら復活早々にジエネルを滅ぼしたとんでもない奴って感じだけどさ」


「素晴らしく才覚に恵まれた男だった。哀れな程にな」


 珍しく零が即答する。ルカビアンの十九魔人と一括りにされてはいるものの、全員が全員と親交があるわけではない。

 特に零は、本来の肉体や脳を失っていることもあり、一々記憶を掘り返さなくては答えられないことも多い。


 だが、零にとってトゥーダス・アザリンという男は倉澤蒼一郎に比肩し得る宿敵だ。

 忘れようと思って忘れられるものではないし、即答出来て当然の人物であると言える。


「才があるのに、哀れ?」


 問いつつも、特別な存在なのだろうとイオナは記憶に刻み込む。


「人並み外れた才覚程度では世代の壁を越えることは出来んのがルカビアンの社会だからな。帝国とは違う」


 政治、経済、法律、医学、科学、工学、芸術、スポーツ。ありとあらゆることに精通し、生まれが帝国ならば歴史に名を残す偉人となっていたであろうことは想像に易い。


 とは言え、グァルプにしてみれば――。


「これだけの知識や実績を示せば、きっと誰もが認めてくれる。認められなければ別の才を示せば分かってもらえる。そうに違いないと夢想し、摩耗した。他人に勝手な期待を寄せて、期待通りの結果にならず、勝手に世を儚み、人を恨み、己に失望した。ただの陰気で哀れな男だ、アレは」


「普通の魔人とはちょっと毛色が違う感じ?」


 偶に零から聞かされる魔人は自分達よりも強い者――。

 所謂、高齢世代に逆らえず、どうせ何をやっても無駄だと不貞腐れている割に、人間などの弱い者を虐げて虚栄心を満たす。

 旧トレスドア軍の衛兵に通じるものを感じ、嫌悪感を抱いていた。


「実の父親、ヴァルカン・アザリンを殺したい程憎んでいるという点では、奴も普通の若年ルカビアンであったがな。どれ程才があっても、高齢世代の圧倒的な力量と経験の差に圧倒され、場末の酒場で安酒を舐めることしか出来ないという点もだ。恐らく、奴は己が天才であり、他者よりも優れているという自覚があった筈だ。だが、若いというだけの理由で、十把一絡げの底辺共と同じ権限しか与えられなかった分、嘆きは多かったかも知れんがな」


「知ったような口を利く。元ルカビアンの十九魔人の一人、グァルプの残り滓の分際で」


 小部屋の外から侮蔑を孕んだ男の声が投げかけられる。

 外に出ると他の信者とは雰囲気からして毛色の違う者達に包囲されていた。数は十八。

 彼らの意識はイオナには向けられておらず、零一人のみに注がれていたが、その誰もが蔑視と嫌悪をまるで隠そうともしていない。


 尤も、悪意を向けられている側にしてみれば、『ヒトモドキ風情が身の程を弁えずに粋がりおる』と、ルカビアンならではの冒涜と嘲弄を浮かべ、反射的に口が動くだけの瑣事に過ぎなかった。


「物を知れば他者が愚かに見えるのは当然の心理だ。特に、愚か者にとってはな。そして、我々は愚か者に付き合っている程、暇では無いのだ。ベネディクトの真意、トゥーダス・アザリンの目的について知っていることを全て話せ。話が済んだら自害しろ」


 洗脳(めいれい)の返答は彼らの額から迸る紫電であった。

 構成された術式を強制的に分解した際に生じる現象だ。


「私達に洗脳(ベレス)は通用しない。貴様の能力は全てベネディクト様を通じて筒抜けになっているのだからな!」


 得意気な哄笑を無視して左肩からルーフリードの上半身を構築。新たな術式を構成する。

 零の影から黄金色の装甲に包まれた金属質の蜘蛛――、古代兵器ネストリスが次から次へと這い出し、彼らに襲い掛かる。

 突如として現れた異形の姿にも恐れた様子も無く、無造作に繰り出した打撃で次から次へと容易く破壊していく。

 並外れた圧倒的な戦闘能力に感心したように、零は表情を変える。


「ほう……? ネストリスを一撃で砕くか。並の人間にとっては一体だけでも脅威になるのだがな」


「ルーフリード様が手慰みで復元なされた玩具か。確かに常人ならば脅威だ。だが、我々『魔人の子』にとっては恐れるに足りん!」


「魔人の……子?」


「そうだ! オウラノにはルカビアンの因子が組み込まれている! その中でもグァルプ以外の十九魔人の因子を宿す選ばれた存在! それが我々だ!」


「莫迦共が。オズヴェルドやヴァレイグラルフの因子を組み込んだアドバンスモデルならいざ知らず、スタンダードやバスタードなぞ何処にでも転がっておるわ」


「ルカビアンの十九魔人と同じ因子を組み込んでいるだけで、我等が得意になる程愚かだとでも思っているのか?」


「ああ、思っているとも」


 まるで物を知らない馬鹿共の面倒を見る様な、相手を侮り切った問いかけを切り捨てるように首肯する。

 激怒する魔人の子らを無視して「組み込まれた因子を外的手法で活性化してもらったのだろう?」と言葉を続けて黙らせる。


「要はリミッターを外し、SSランク冒険者や、衛兵団団長と同じ力を手に入れたと言いたいのだろう? 確かにあ奴等が十八人になって攻めてこようものなら、私が持ち得る全ての戦力を投入したとしても敗北は必至だ。奴等がタイプアドバンスであることを差し引いたとしてもな」


「そういうことだ! 我々は一人一人が英雄に匹敵する力を持っている! それが新人類としてベネディクト様から選ばれた魔人の子だ!」


「ニーサン!」


 遠目ではあるものの、メアリやアーベルトの力を目の当たりにしているだけにイオナは緊迫した声を漏らす。

 今までに戦ってきた敵の中でも、数と質、戦意が群を抜いて高次に纏まっている。

 ある意味、下位の魔人と対峙するよりも脅威だと言える。


 だが、殺意と敵意を突き付けられた零は意に介すること無く、一歩前に歩み出ると右腕を翻す。


「お前は下がっておれ。ほんの少しばかり教育してやろう」


「我は魔人オズヴェルド様の因子を持つ者! 名を――!」


「言わずとも良い」

 

 骨と皮だけの枯れ木のような細い四肢が筋骨隆々に膨れ上がる。

 制御可能な魂の中でも最強の肉体、かつての主、卑劣の王オライオンの肉体に変性させたのだ。


 単純な身体性能だけなら魔人の子に匹敵する筈だ。


 最強を自称するタイプアドバンスが繰り出した拳を左肘、左膝で挟んで受け止める。

 完全に死んだのは勢いだけでは無い。圧迫された拳が、潰れたトマトのように赤い色を弾き飛ばした。


「名――――――をっ!?」


「興味が無いのでな」


 震脚と共に繰り出した右の掌底で拳を打ち据え――、腕の骨が皮膚を突き破り、肩から血と共に噴射させる。


「フン、オズヴェルドの因子が組み込まれているのは伊達では無いようだがな」


 痺れる左手をひらひらと振りながら吐き捨て、右腕の骨を失い悶絶する男を睥睨する。


「だが、所詮は即席だ。即席程度の力持った程度で新人類とは笑わせる。戯けが、単純な膂力だけならば巨人やドラゴンの方が遥かに上だ」


 オズヴェルドの因子を活性化させた男の顎を蹴り砕く。

 顔の下半分を粉砕して尚有り余る威力は双眸から眼球が飛び散り、内部からの圧力に眼底が砕け、眼窩からは千切れた脳が溢れて足元に零れ落ちる。

 声を発する事無く崩れ落ちようとする、その背後から太刀を手にした男女が飛び出す。


――ヴァレイグラルフとメラーナの因子を開放しただけで、剣の達人にでもなったつもりか?

 

 一人の斬撃を受け止めれば、その隙を突いてもう一人が斬りかかる。

 それを受け流せば、立ち位置を目まぐるしく入れ替え、反撃を許さぬ連続攻撃に移行する。

 確かに見事な連携だと零は感心する。


――だが、それだけだ。


「単純な攻撃力や破壊力ならば、魔術の方が優れている」


 地面を踏み抜き、魔力を走らせ床の構成情報を書き換え、肉迫する男女の足元から石柱を屹立させ天井の染みに変える。


「水を差して悪いが、腕力だの、魔力だの、こんなものは所詮道具だ。それ以上でもそれ以下でもない。道具の使い方を知らぬ貴様等程度、無駄に力の強い獣と違いはない」


 そこから先は一方的な蹂躙だった。


「敵襲だ! 武装隊、結集せよ!」


 今更になって零を脅威と見做し、魔人の子が声を張り上げるが、目と鼻の先にある筈の広間から増援が現れることは無い。

 魔人の子らがどんなに声を張り上げようとも、面を被った狂信者たちが攻撃を受けた衝撃に動揺する声しか戻ってこなかった。


「ええい!! 無能共が!!」 


 悪態を吐くが、それでも広間の者から反応が戻ることは無かった。

 それだけでは無い。零が召喚した石柱が天井を貫いた際に発生する轟音や震動にすら気付いていない。


 正確には、轟音や震動が生じていないことに魔人の子らは気付けなかった。


 空間一帯が切り取られ、同じ姿形をした別の世界に転移したかのような有様だった。

 魔人特有の能力では無く、認識阻害と空間遮断の術式を織り交ぜて発動させているだけ。

 ソウブルーやレーンベルグの帝国騎士なら普通に再現が可能だが、当然のように看破される程度の小細工だ。


 つまるところ――、


「貴様等とて変わりは無いのだがな」


 ……――ということである。


 暫くすると異常に気付いた者も現れたが、魔術知識、戦闘経験の欠如が、彼らに反撃、逃亡、投降、選ぶことも出来ない内に死んだ。

 恐らく、因子を活性化する以前は戦いにも、魔術にも無縁な、何処にでもいる、極ありふれた、ただの人だったのだろうと零は考えた。

 少しばかり人よりも強い力を後天的に得た、ただの人。

 新人類を自称する者達を皆殺しにするまで、それ程多くの時間を必要とする筈も無い。


 とは言え、労せずしてルカビアンの因子が開放された魂が十八も手に入ったのは幸運だった。

 喜べたのは、ほんの僅かな時間だけだったが。


 彼らの記憶を探り、肉体に組み込まれたルカビアンの因子を判別する手段を手に入れた。

 その結果、既にオライオンが先天的にガラベルの因子を活性化させ、その力を完全に使いこなしていることが発覚した。


 一応はオズヴェルドとヴァレイグラルフの因子を活性化させたタイプアドバンスの魂が二つも手に入ったことは素直に喜ぶべきところだが、魔人の子を打倒したことによる見返りは有って無いようなものだった。

 何はともあれ、彼らの記憶から情報を収集する以外に特筆するべき価値は無かった。


――ベネディクトめ。存外、魔人の子に心を開いているようだな。


 トゥーダス・アザリンの信奉者ベネディクトは、四千年以上もの間、主と称える男が非文明的な世界で、溢れ出る才能を活かせる機会も無いまま燻っている状況に憤りを感じていた。

 しかし、オウラノが再び文明的な社会を、トゥーダスが支配するに相応しい世界が構築されるのを待っていては、更に数千年――場合によっては一万年以上の空虚な時を過ごさせる羽目になる。


『湧き出る泉の如きトゥーダスの才能が錆び付いてしまうかも知れない』という恐怖をベネディクトは抱いた。

 だが、その一方で、あの愚かな高齢世代が生み出した人工生命体を素直に支配するのは癇に障るとも考えていたようだが。


 せめぎ合う理性と感情の果てに、ベネディクトは一つの妥協点に至った。


 オウラノには多種多様なルカビアンの因子が組み込まれている。

 当然、ルカビアンの十九魔人の因子を持つ者もいる。

 その者達の因子を活性化させルカビアンとしての性質を引き出す。

 それはオウラノという隷属種としての性質と、ルカビアンの超越者としての性質を兼ね備えた存在だ。


 従来のオウラノよりも遥かに優れた能力を持ち、支配者足り得る器があり、それでいながら決してルカビアンの地位を脅かすことの無い存在。それが魔人の子だ。

 オウラノの支配者として不適格な因子を持つ者には面を被せて隷属し、適格者には同じ支配者の道を歩ませる。

 その傲慢さこそが、国境線上で起こっていた衝突の真相である。


「つまるところ、自分達が高齢世代の地位に就き、魔人の子に若年世代のルカビアンをやらせようとしているというわけだ。かつての社会と違うところは若年世代が支配、社会の発展、成果の献上に極めて意欲的であるということか」


「この状況ってヤバいんじゃない……?」


 怠惰で、無気力で、自らの意思で何かを選び決定することの出来ないルカビアン社会の底辺達。それが魔人の本質だ。

 しかし、底辺と言えども、人間にとって魔人が全知全能にも等しい存在であることに変わりは無い。

 その魔人たちが本格的に社会構造や支配体制を変えようと動き出そうとしている。

 最早、世界の変革は決定的だと、学や教養の無いイオナですら、激動の未来を予期することが出来た。


「さて、な。だが、十年と経たぬ内から革命的な文明の発展が起こることは間違いないだろうな。奴等は自ら支配するに相応しい文明が訪れるのを待ち切れないらしいからな」


「魔人トゥーダス・アザリンは結局、何がしたいのさ?」


「下らん欲望だ。奴は天才である己が世界の支配者であるべきだと考えている。今も昔も、ただそれだけだ」


「それだけって……それってやっぱり、ヤバいんじゃないか!」


「話を理解しろ。考えているだけの男だと言っている」


「考えている、だけ?」


「奴は素晴らしい才能の持ち主だ。紛う事無き天才だ。だが、そんな者でも五千、六千年と何もせずにいた。自らの意思で行動を起こし、人を動かすこともせず、己自身すらどう動かして良いかも分からん。我こそが支配者に相応しいと吠えたところで、支配者とは何をすべきか? それすらも分からない。それがあの男の本質だ」


「でも物凄い勉強出来るんじゃないの?」


「ああ、出来るとも。だが、これまでに学んだことが今の文明で役に立てることが出来るか分からない。だから、人間を嫌悪する素振りを見せて、いつまで経ってもこの世界を支配しない口実を作り、他のルカビアンもそれに納得をした。ベネディクトを除いてな。奴は一刻も早く文明を立て直すために今回の騒動を引き起こした。いずれトゥーダスに献上するためにだ。完全に善意からの行いだろうが……さて、どうなることやら」


「それじゃあ、これからどうする? 最終的には破綻する計画って分かってても途中段階で出る被害はアタイ達にとっても面倒臭いよ?」


「ルカビアンの因子を活性化させるという技術。これを習得したい」


「そっか、零のニーサンも肉体はオウラノだから誰かしらの因子が組み込まれてるのか!」


「そうだ。奴等と戦うには必要不可欠な技術だ。どちらにせよ今の実力と戦力でベネディクトどころか、フィラヴィオと対峙するには不安があったからな。この肉体に組み込まれている因子を活性化させることが出来れば、魔人の肉体の完全なる変性も可能となろう」


 奇しくも、零の本体、乞食の肉体には魔人グァルプの因子が組み込まれていた。

 魔人の子に選ばれるには裏切り者のグァルプを除く、ルカビアンの十九魔人の因子を有していること。

 グァルプの因子を活性化させる手段だけが存在しなかった。


 今の零が得意とする術式、洗脳(ベレス)を無効化する術を与えていたこと。

 零の正体が魔人グァルプであることを伝えていたこと。

 グァルプの因子を活性化させる術だけが徹底的に秘匿されていること。

 これらのことから、ベネディクトは遠からず零と接触する未来を予期していたのだと、零は考えた。


 そして、零が想像している以上に、ベネディクトは魔人グァルプの復活を警戒している。

 恐らく、この大聖堂には思いもよらない罠や思惑の数々が潜んでいる。

 零もまたベネディクトを恐れ、警戒し、撤退を決めた。


「僅かとは言え、本来の力を取り戻せる日が現実味を帯びようとは、な」


 それは、ベネディクトの警戒が現実の物となろうとする兆しでもあった。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。