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第十一話 狂信者

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 帝国の支配が及ばぬ大陸南東部。広い荒野の中心には塔のような霊峰が天を穿たんと屹立しいる。

 荒野と大草原の境目――、帝国の支配地と非支配地の境界線上に沿うように幾つかの集落が点々としており、其処に住む人々は牧歌的で、慎ましやかな生活を営んでいた。


 帝国は武威によって肥大化し、大陸の覇者として君臨している。

 武を尊び、力を貴ぶ気質は国境の果て、辺境の地までも行き届き、素朴な空気とは裏腹に女子供であっても武装することが常態化していた。


 何より境界線の向こう側には、抵抗の果てに地を追われた民族や亜人、獣人達等、帝国の支配を良しとしない者達が押し込まれている。

 その者らは、聖地奪還をスローガンに散発的な襲撃を繰り返し、集落の者達はその都度、迎撃に駆り出され、厭戦的とまではいかないにせよ、何処と無く食傷気味といった空気が漂っている。


「何が聖地奪還だ! 先祖代々に唆され、曾祖父すら生まれていなかった頃のことを妄信する愚かな蛮族が! 帝国の法と秩序に恭順を示せば、祖先たちがしてきた罪、これまでの暴挙を全て赦すと言っているのに慈悲を解する頭すらないとは!」


 手酷い反撃を受けて退く襲撃者達の背を見送り、集落の男の一人が吐き捨てる。

 この集落において、彼が特別苛烈な性格をしているわけではない。


 これがこう見えて集落でもおしどり夫婦と評判で、一男一女に恵まれ子煩悩な男で知られている。


「パパーーーっ!!」


「お父さーん!!」


 帰宅するなり笑顔で出迎えてくれる子供達の姿に、それまで般若の形相を浮かべていた男が、仏のような穏やかな表情を浮かべて抱き上げる。


「あーーっ! パパ、ケガしてるー!」


「ほんとだー! いたいのいたいのとんでけー!」


 かすり傷を見つけて大はしゃぎする子供たちの姿に顔をほころばせて、『蛮族共も偶には役に立つ』と一瞬ばかり仄暗い感情が鎌首をもたげるが、家庭に持ち込むに相応しくない感情だと心に蓋をする。


「あなた、怪我をしているの!?」


「ああ、かすり傷だ。大したことは無いからそんなに心配しないでくれ」


 声を聞きつけた妻が奥から血相を欠いて駆け寄って来るが、大事無いことを示すために二人の子供諸共抱き上げ、ダンスでも踊るかのようにくるくると回って見せる。

 妻とは同じ集落の幼馴染だ。

 妹のように思っていたが十五の時、蛮族たちと友誼を結ぶために嫁入りに送り込まれそうになり、略奪婚のような形になってしまったが結果良ければすべて良しという奴である。


 とは言え、数日置きに、時には連日連夜。かなりの頻度で襲撃があっては彼の苛立ちも尤もなことだ。


 幸いにも襲撃者達は精強とは言い難く、帝国兵に出張ってもらう程の脅威ではない。

 少なくとも彼が産まれてから集落に死者が出たことは無いものの、農作業を中断させられ、家畜を奪われ、建物を破壊され――、彼に限らず苛立ちを露わにする者は非常に多い。


 特に傲慢な価値観というものでは無く、この界隈においては普遍的な言動だ。

 当然、異民族たちの耳にも届いており、大きな反感を産む結果となっていたが、帝国にはそれを口にするだけの強大な力がある。


 言うなれば、分相応の言葉だ。


 しかし、ある日を境に流れが変わった。

 国境の向こう側から攻めて来る異民族達の襲撃が激化し、遂に集落側に重症者が、そして妻子ある者の中から死者が出た。

 嘆き、悲しむ間も無く、彼らの元に更なる凶報が届けられる。


「商業神エンドルの神殿が崩壊!? それに要塞から人がいなくなっただと!?」


 それを彼らに伝えたのは隣の集落の者だった。

 他の集落でも激化する襲撃と拡大する被害に頭を悩ませ、ホライムーン要塞に救援を陳情に向かわせていた。

 しかし、援軍以前に次々とホライムーン地方から人が流出しているという現実に直面し、注意喚起も兼ねて連合の申し出に訪れたのである。


「どうするべきだ……」


 誰もが口々に迷いを漏らすが、取るべき道は二つしかない。


 一つは、ホライムーン地方を脱し、新天地で生活をやり直す。

 あるいは被害を承知で、国境の外に潜伏する蛮族共を完全に殲滅するか。


 男達は帝国民として、腕に覚えがあるという自覚がある。

 とは言え、帝国兵や衛兵団の力無くして、目的を果たせるなどと増長する程、力を解さぬ愚か者ではない。


「我々は兵ではない。大勢を指揮することは困難だ。それに同じ集落の者ならまだしも余所の集落の指揮者を信頼し、命令を聞けるのか? 誰だって自分の家族が可愛いし、自分の集落が大切だ」


「ならばこの地を去るのか? 戦いもせずに蛮族共に明け渡して!」


「ホライムーン要塞から人がいなくなったということは、蛮族共は我々の前後左右に回り込んで攻め込むことが出来るようになったことを意味するんだぞ? 勝ち目がないとまでは言わんが多くの者が死ぬぞ!」


「我々の集落でも死者が出た! 次は我が子かも知れんのだ。プライドのために幼い命まで掛けさせられるか!!」


 男の放った言葉が決め手となり、集落を放棄し、ソウブルーを目指す方向で話が決まった。

 悔しいという気持ちが無いと言えば嘘になる。兵士では無いとは言え、帝国人として倒すべき敵を前に背を見せることに屈辱を感じずにはいられなかったが、会合で言い放った言葉に偽りは、無い。


 矢張り、妻子の身が一番可愛い。


――これで良かったんだ。この地は我が子が穏やかに過ごせる場所では無くなってしまった。


 ほんの僅かと言うにはあまりにも大きな未練に後ろ髪を引かれる思いで自宅の扉を開く。


 逃避――、と言うわけでは無いが己が両手に宝を抱きたいという衝動に駆り立てられ、普段よりも少し乱暴に、普段よりも少し足早に――。


 そして、目の前に広がる想像だにしない光景に絶句し、凄惨に穢された宝の有様に男は慟哭する。


 慟哭は一つだけでは無い。


 集落の至るところで悲鳴が、怒号が、咆哮が、絶叫が――、落涙の叫びがあがった。


 命よりも大切な宝が、家族が駆け寄ってくることは二度と無い。


 声を出すことは二度と無い。


 笑いかけることは二度と無い。


 この手を握ってくれることは二度と無い。


 女も、子供も、老人も、赤子も、誰も彼もが赤黒い肉の塊に変わっていた。


「殺す――――――、殺せ!! 蛮族共を殺せ!! 皆殺しにしろ!! 奴等の身体を八つ裂きに解体し!! 火にくべ!! 八雷神に捧げ!! 愛する家族の供養とせよ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」


 これが、吟遊詩人の謡う復讐劇ならば、血で血を洗う凄惨な戦いの末、遂には復讐を果たすのだろう。


 だが現実は――、


「何故だ……!? 何故、我々が敗北する!? 家族の命を奪った侵略者を殺した者達に鉄槌を下す戦いだぞ!? 何故だ!! 何故、我々が敗北するというのだ。どのような道理があって!?」 


 彼の嘆きに対し、帝国風に答えるのならばこうだ。


 弱者であるから護るべき命を護れず、弱者であるから勝たなくてはならない戦いで敗北し、弱者であるという罪には全てを奪われるという罰が平等に下される。


――力が欲しい!! 宝を、仲間を、望むもの全てをこの手で守る力が!! 憎き敵を滅ぼす力が!!


 しかし、既に手遅れだ。何もかもを失った後で力を求め、力を手にしても遅すぎる。

 今更、力を欲したとしても、万が一、力が手に入ったとしても、出来ることは復讐くらいのもので、その場を取り繕うだけの一時しのぎの達成感を得て終わる。無意味な報復しか出来はしないのだ。


「お前達は武を尊び、力を貴ぶのだろう? だが、実際にはこの様だ。お前が弱いから妻子の命を奪われた。お前が弱いから土地を奪われた。お前が弱いから仲間を喪った。そうだ。この結末はお前の弱さという罪によってもたらされた。帝国に弱者は不要。だから切り捨てられる」


「俺は……弱者。弱者は不要……。俺は帝国に捨てられたのか……?」


 男は愕然と頭を垂れる。

 突如として現れた赤の他人に良い様に言われているにも関わらず、反論することすら出来ずに。

 普段ならば激昂しているか、警戒心を露わにして殺しているところだ。

 全身をすっぽりと覆い隠す赤茶けたローブを身に纏い、顔の部分には不気味な造形をした木彫りの面を張り付けた者のことなど。


「違う。お前が勝手に帝国の一員だと思い込んでいただけだ。帝国に弱者の居場所はない」


「俺が弱いから……。俺は帝国ではない。俺は最初から帝国人では無かった……!!」


 だが、男は仮面の者の言葉を全て聞き入れ、その言葉を心の中で咀嚼して、自らの心に刃を突き立て、引き裂いていく。


「その通りだ。だが、哀れな弱者よ。私はお前の弱さを赦そう。自分自身の弱さを否定するならば天に向かって叫べ、()()()()と」


 体形も体躯も分かり辛く、声もくぐもっており、男か女か、若いのか老いているのかもよく分からなかった。

 だが、その言葉にはある種の救いと、そして悟りがあった。


「…………」 


 この惨状が、己が弱いにも関わらず帝国民を騙った罪と罰だとしたら、示さなくてはならない。力への追及と恭順を。

 それが出来た時、喪った家族、土地、仲間を取り戻すことが出来るのだろう。そう悟った。


「肯定する……!!」


 肯定する、この声が帝国に見放された地の至る所で次々と上がった。

 何を肯定しているのかは叫んでいる本人たちも正しく理解はしていない。


 帝国の威を借り、弱者であることに胡坐をかいていた己を否定し、あるべき姿を空想する。

 男は赤茶けたローブに身を纏い、木彫りの面を被り、荒野を歩く。


 時に境界線の外に出て異民族たちを殺し、またある時は境界線の内側に戻って集落を襲う。

 嘆きと肯定の二文字を口にして、ローブを着込んだ木彫りの面を被った集団は徐々にその数を増やしていく。


 ――殺せ。


 ――勝利せよ。


 ――家族を取り戻せ。


 ――土地を取り戻せ。


 ――仲間を取り戻せ。


 ――全てを取り戻せ。


 ――殺せ殺せ、勝利せよ。


 ――力を信仰せよ。力の象徴、魔人を信仰せよ。


 右隣を歩く者は家族を殺した異民族だ。


 左隣を歩く者は異民族を嬲り殺しにした隣の集落の者だ。


 後ろを歩く者は逃げ出した貴族だ。


 互いに憎み合うべきはずの敵が、あべこべに、一緒くたになって共に行進する。

 何を奪ったのか、何を奪われたのか、既に覚えていない。


 闘争と勝利の果て待ち受けているであろうことへの妄執と魔人への信仰だけがあった。


「思った以上に何の情報も得られなかったな」


 零が声色に徒労と失望を滲ませ、肩を竦める。

 その姿は魔人教団の信徒の姿をしており、鬱陶しげに脱ぎ捨てた仮面の下には集落の男の顔があった。


 魔人グァルプ固有の能力、魂の複製を用い、今し方殺した集落の男の魂を己の肉体に同化させることで、記憶から情報の全てを引き出したのである。

 面倒な手間をかけて尋問せずとも、容易に多くの情報を引き出すことが出来るが、対象が必要な情報を持っているとは限らない。

 気分の悪い過去を見せ付けられた割に、価値のある情報は何一つ無い。

 零が憮然とするのも無理なからぬことだった。


「悲劇が降りかかった者の前に面を付けた者が現れ、信者に変えていくというのは分かった」


「けど、こんな胡散臭い格好した奴に声をかけられて、よくついていく気になるよね」


 イオナが信者のローブを広げて首を傾げる。

 ローブその物に細工が仕掛けられているということもなく、不気味な面もどうやってかぶっていたのか定かではないが一枚板の面には穴が開けられておらず、視界が塞がれ、耳や頭に通す紐すらついていない。

 これを被ってどうやって歩いていたのか、そもそもどうやって付けていたのかすら定かでなく、嫌でも不気味さを見せ付けられる。


「心を読んだ限りでは、ただの自暴自棄とあり得もしない希望に縋り付いただけのようだがな。何故、魔人を信仰するようになったかまでは結局分からんままだ。不老不死とやらの理屈もな。気付けばそう口にしていた、といったところか」


「じゃあ、特に何の根拠もなく魔人教団のことや不老不死のことを信じ切っちゃってるわけ?」


「そういうことだ。ベネディクトともあろう者が随分ときな臭い真似をする」


 元の乞食の姿に戻り、信者の遺体を排出する。


「珍しい。そいつの魂いらないの?」


 必要とあらば老若男女問わず、ありとあらゆる身体と魂を活用するのが零のやり方だ。

 自らの手で殺した者の魂は必ず複製して徹底的に使い尽すのが常で、情報だけ抜き取って使い捨てるというやり方をするのは極めて珍しい。少なくともイオナが知る限りでは、これが初めてのことだった。


「洗脳術式だ。魔人を操る程の強力なものでは無いが、こんな胡散臭い魂を取り込んでいては後々の障害になりかねん」 


「でも、零のニーサンなら解除出来るっしょ?」


「解除するだけならな。奴め、信者の生死に関わらず洗脳術式を常時発動させているらしい。私が術式を無力化すれば瞬時に術式破壊を察知し、逆探知くらいのことはしてくるだろう」


 何より魔人ルーフリード経由で零が洗脳(ベレス)を始めとした洗脳術式の使い手であることは既に露見している。

 術式の破壊が出来た時点でベネディクトに正体を晒すようなものだ。


「奴を探す手間が省けるという考えも出来るが、現状で奴と遭遇しても手も足も出せぬまま消し飛ばされるだけだ……しかし」


「しかし?」


「完全にアテが外れたな。信者に与えられる力が人類種にも適合出来る蘇生法の類なら掠め取る利点もあったが」


「洗脳術式を使って思い込みを増幅させてるだけじゃあねぇ……、ベネディクトってのも結構ヤバい奴っぽいし撤退する?」


「ふむ……」


 零の脳裏に直感が警告を発する。脇目も振らずに撤退するべきだと。

 この地に拘らずとも大陸の北方、或いは南方の海を渡り群島地帯に身を置くという選択肢もある。


 それに反するかのように、何も分からず仕舞いでこの地を去って良いのか、という葛藤もあった。

 危険を理解し、撤退することは一見すると賢い選択のように見えるが、実際のところは恐れているだけでは無いのか。ベネディクトを全く恐れる気持ちが僅かでも無いと言えるのか。


――真に奴を恐れるならば、此処で引き返すのは誤りだ。


「ニーサン?」


「もう少し付き合え。ベネディクトの真意が知りたい。帝国の境界線上にいる者達を謀り、洗脳する意図が見えぬまま立ち去るのも気味が悪い」


「それじゃあ、もうちょっと正気っぽい奴探してみよっか」


 異論を挟むこと無く、帰り支度を進める手を止め、調査の再開に意識を切り替える。


「斥候から報告のあった勧誘方法と、零のニーサンが記憶の中を覗き見た勧誘方法と違うんだよね。それにコイツ、魔人の力がもらえるとか、不老不死になれるって話も聞かされてないみたいだし」


「ベネディクトが洗脳術式を使っている以上、斥候の報告も何処まで正確かは分からんが……、確かに信者を増やすために絶望した人間を探して回るのは効率が悪い。それに正気の人間にこんな格好で勧誘しても排斥されるのが関の山だ。真っ当に勧誘出来る立場の者がいると考えた方が良いか」


「いっそのこと大聖堂にまで乗り込んでみる?」


「正気か? 此方の存在が認識されていないとは言え、敵の本拠地だぞ?」


「だったら、こうすれば良いんじゃないかな?」


 イオナはブーツからナイフを引き抜くと男の遺体をナイフで引き裂いて、黒く変色しつつある血液を顔や体に塗り付け、躊躇うことなく泥水の中に飛び込み、何事も無かったかのように立ち上がる。

 それだけで、全身が血と泥で汚れた戦災被害者の出来上がりだ。

 後は時間の経過と共に血と泥が混ざりって乾燥し、流れる汗が馴染ませてくれる。


「零のニーサンは……そのままでも大丈夫かな? 後は戦闘の混乱に乗じて大聖堂の中に駆け込めば避難民っぽく見えるっしょ?」


「良いだろう。だが、何かするなら事前に言え。これで我が別の手段を用いると言ったらどうするつもりだったのだ」


「それだったら汚れを落とせば良いだけじゃん?」


 無駄な手間だとは微塵にも思っていないらしく、『何を当たり前のことを言っているのだ』という表情を浮かべる。


――やれやれ、これではどちらが狂信者か分かったものでは無いな。


 忠誠心の高過ぎる配下の上目遣いを尻目に、零は肩を竦めて嘆息するのであった。

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