第十話 その後……
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倉澤蒼一郎が魔人オズヴェルドに敗北してから五日後――。
この頃、零が率いる絶無軍は、壊滅状態に陥ったホライムーン地方の、最東端に位置する農村の跡地に潜伏していた。
かつて権力者が住んでいたであろう豪邸も、今や足の踏み場を選ばねば、床を踏み破り足を取られるという有様だった。
かつての栄華も見る影無く、廃墟と化し、瓦礫の王を自称する零の居城と成り果て、建造物としての役割を果たせるのも、これが最後であろうという有様だ。
何せ瓦礫の王に選ばれるくらいだ。零が使っている比較的マシな一室ですら、備え付けられたテーブルは建付けが悪く、ガタガタと音を立ててぐらつく始末で、穴の空いた壁や床からは隙間風が流れて来る。
とは言え、かつて魔人グァルプであった零にしてみれば、人間の手で造られた建物にすべき期待など無い。
零の肉体の本来の持ち主にしてみれば、雨風が凌げるというだけで立派な豪邸だ。隙間風など風の内にすら入りはしない。
心も体も不満を抱く事無く、現在の環境に適応していた。
そして、そんな事は些細なことで、零の関心はテーブルの上に広げられた帝国地図にのみ向けられていた。
――商業神エンドルの信仰は完全に潰え、商人達は軒並み姿を消した。ソウブルー、レーンベルグ。そして、正常化しつつあるファルファクス、トレスドアへと落ち延びていった。結果、貴族達も二束三文で爵位と土地を手放し、この地を去った。他の地方に爵位を持つ貴族達は、相応の金品と引き換えに亜人種や騎馬民族に土地をくれてやったようだが、全く……面倒な真似をしてくれたものだ。
今頃、レーンベルグ辺りに下人を放ち、『ホライムーン地方が戦国時代に突入した』と遠回しに泣き付いているだろうか。
この地が再び帝国の支配下に戻ったとき、あわよくば売り払った土地を、無償で取り戻す算段でもしているかも知れないが、莫迦共の皮算用はどうでも良い。
――今のホライムーン地方は小競り合いの中心だ。帝国や魔人の目から逃れるには悪くない環境だが、それも一時の間だけだ。我等の拠点とするには不確定要素が多過ぎる。
商業神エンドルの零落は商人や貴族だけでは無く、支配者や衛兵団、帝国騎士さえも姿を消し、民もこの地を見放した。
今やかつてこの地を支配していた亜人種や騎馬民族達が、この空白に乗じて覇権を取り戻そうと至る所で小競り合いを繰り広げている。
それに対する帝国の動きはあまりにも鈍い。
首都レーンベルグは奪回したトレスドア地方の安定化に注力している。
戦乱と言えばソウブルー地方の支配者バーグリフがいるが、あの戦争狂がこの騒動に手を出すことはまず無い。
第一にホライムーン地方は民に放棄されたも同然で、平定するメリットが殆ど存在しない。
第二に、これが一番重要なのだが戦乱を引き起こした者達は、この地が空き地になるまで、帝国に目を付けられることの無いように息を潜めて地下に潜っていた。所謂、雑魚である。
確かにバーグリフはある種の戦争狂だ。
しかし、かの戦争狂が今のホライムーン地方の戦乱を、まず戦争とは認めない。
ただの乱痴気騒ぎで、手で風を仰ぐ程度の仕草で吹き飛ぶ程度の小さな騒動でしかないのだ。
下手に手を出せばバーグリフは、自らの欲求不満を却って肥大化させることになる。
今日に至るまで、ホライムーンの状況が放置されているのは、彼もそれを自覚しているからだろう。
ソウブルー要塞がホライムーン地方に介入することがあるとすれば、戦乱がソウブルー地方にまで伸びるか、ホライムーン地方が他民族の手によって一つに纏まり、帝国の敵として独立を目論むか、レーンベルグから勅命が下るか、三つに一つだ。
――ホライムーン地方を取ることは出来る。だが、この地に人はいない。再統一して帝国に帰順を誓えば支配者となることも出来るかも知れんが……、いずれにせよトゥーダス・アザリン、倉澤蒼一郎を仕留めてからの話だな。今のこの状況でこの地を完全に支配するのは労力とリスク、リターンが見合わぬ。さりとて中途半端に支配するにしても敵を増やすことになり、得策であるとは言えぬ。矢張り、根差すべき地は……。
西側のトレスドア、ファルファクスは安定化が進みつつあり、何よりレーンベルグがある。
北側のアンドウンはバエルによって壊滅した。東側のホライムーンはこの様だ。
――南。ゴドラ地方を我等のよって立つ地とするしかないか。
ソウブルー地方と隣接こそしているものの、行政機関が程々に機能し、程良く腐敗している。
犯罪組織が幅を利かせているらしいが、衛兵団や騎士団ほど脅威では無く、地方の一部を実行支配する形にしたとしても恐らく大きな問題になることもない筈だ。
――ならばゴドラの何処を取るべきか? それに犯罪組織……、まあ卵の殻を被ったままのヒヨコのようなマフィアもどきだろうが、ある程度の情勢を知る必要があるな。
斥候を放つべきか。それとも自ら潜入すべきか。
零が頭を悩ませていると部屋の外から破砕音だか足音だか定かでは無いが、兎にも角にも、騒々しい音が近付いてくる。
零が思考を中断させると、脆くなった蝶番が吹き飛びそうな勢いで扉が乱暴に開け放たれ、叩き付けられた扉はドアノブを壁にめり込ませた。
「ニーサン? 零のニーサーン!? いるー!?」
「騒がしいぞ。一体、何事だ?」
絶無軍の主軍は、零に忠実なトレスドア出身のドワーフとトロールのみで構成され、零の屋敷に入り込める者も主軍の中でも選ばれた者だけだ。
尤も、それを定めたのも、選んだのも零でも無い。
絶無軍の忠誠心が少しばかり過剰になったことの顕れであり、そんなルールが絶無軍の中に出来上がっていること自体、零は知りもしない。
何より忠誠心が高いとは言え、つい最近まで鉱山に押し込められて奴隷扱いされていたトロールと、ローブを被り街の隅で下を向き、息を顰めるようにして生きて来たドワーフだ。学も無ければ教養も無い。
高過ぎる忠誠心を表す言葉や態度というものは一切持ち合わせていない。
その中でも特に、高い忠誠心と反比例するかのような、明け透けで大雑把な態度を取るのが、今し方この部屋に飛び込んで来たドワーフの少女イオナである。
絶無軍、その中でも特に主軍に在籍する者にとって零は忠誠を誓う王であると共に、崇拝すべき神でもある。
彼女の態度は時として主軍の兵からさえも「我等の主、零様に何たる無礼を!!」と咎められることすらあった。
しかし、零が「無礼かどうかを判断するのは貴様達では無く、この零たる私自身だ。私ではない者が勝手な価値観で私を型に嵌めるな」と言い放ったことが切欠で、イオナは態度を改める機会を逸し、気付けば最も零に近しい側近という扱いになっていた。
「報告だよ! ほーこく! 配置してた物見から!」
零自身、イオナをはじめ配下の態度を改めるよう苦言を口にすることはしなかった。
己はルカビアンでは無く、オウラノ。魔人では無く、人間。
そのように自らを定義するようになって数ヶ月が経つが長年のヒトモドキに対する蔑視はそう簡単には抜けるものでは無く、「まあ、こやつらなら、この程度のものだろう」という期待感の低さが、組織の綱紀粛正を放り出させていた。
結果的に配下の者達が自ら綱紀粛正の為に己を律するようになり、零を崇拝するのが当然であるかのような風潮まで出来てしまったのだが、これもまた知らぬは本人ばかり、という奴である。
「例の帝国最強決定戦とかいう如何わしい催しの件か?」
「ハーティア、ヴァルバラ、ティアメス、ヴィヴィアナ、ガラベルが倉澤蒼一郎の陣営についたって!」
「……は?」
「いや、だから」
「聞こえていなかったわけではない」
掌を向けて「分かっている」という仕草をして、イオナの発言を吟味して頭を抱える。
そして、詳しい話を聞いて零は理解を拒否したい気分になった。
ハーティアが復活した。魔人の中でも一番若く、非好戦的で与しやすく、御しやすく、倒しやすい。
とは言え、腐っても魔人だ。彼女を取り込めば大きく力を付けることが出来る。一刻も早く打ち滅ぼすべきだった。
先のオライオン抗争でもソウブルー襲撃の際、カトリエルを狙った理由も全てはハーティアを手に入れることにあった。
復活したならしたで、正攻法で打倒し、その力を手に入れれば良いだけのことだった――、そう、だったのだ。
話を聞いてみればハーティアはカトリエルの養母で、仮腹の儀で封じられていたのはハーティアでは無く、邪神であり、零がグァルプであった頃からの目論見は既に看破されていた。
その上、カトリエルと事実婚状態にある倉澤蒼一郎を義理の親子となり、同居するまでに至っている。
ヴァルバラとも親交があることから、二人の恩師とも言うべき存在のヴィヴィアナは完全に蒼一郎を裏切れなくなった。
それどころか、ガラベルと恋仲になるために尽力してもらったという恩義まであり、そのガラベルは倉澤蒼一郎の喧嘩仲間を公言したらしい。
加えてティアメスは帝国最強決定戦の功績を得て、正式にアーベルトの婚約者とバーグリフに認められた。
アーベルトと倉澤蒼一郎の親交の深さ、魔人間の親交の深さも相まって、倉澤蒼一郎は五体もの魔人を自陣営に組み込むに至った。
しかも、厄介なことにハーティア、ヴァルバラ、ティアメスは人間に対して比較的友好的であり、ヴィヴィアナ、ガラベルは人間に対して無関心で比較的敵対的では無いという性質を持っている上に、彼らの関係はあまりにも近しく、その繋がりは零の想定を大幅に上回る形で強く結び付いている。
――勝てぬわ!!
零は内心で拳を叩き付けて叫ぶ。
魔人五体に加えて倉澤蒼一郎、アーベルトの戦闘能力も魔人級の戦闘能力を持つ。
あのメアリとかいうSSランクの冒険者もそうだ。
バーグリフも下位の魔人相当の力を持っているように見える。
かつて卑劣の王オライオンは、ソウブルー攻略を『帝国に反旗を翻す最初で最後の難関』と口にしたことがある。
正しくその言葉通りの状況が生まれつつある。
寧ろ、その言葉を言い放った頃よりも、遥かにずっと厄介な状況だ。
「これで稼働中の下位の魔人は一カ所に纏まり、手を出すのが不可能になったということか。バエルを取り込めなかったことが、こんな形で響くことになろうとはな」
倉澤蒼一郎と決着を付けるためには上位の魔人を取り込まなくてはならない。
その中でもオズヴェルド、トゥーダス、ヴァレイグラルフ、最上位の魔人の力が要る。
問題は力を取り込むために最上位の魔人を打倒するか、上位の魔人を取り込む必要があるわけだが、それが土台無理な話だということだ。
「んで、倉澤蒼一郎、アーベルト、メアリが、魔人オズヴェルドと交戦して敗北。三人とも命に別状は無いみたいだけど重症だってさ」
「最強などと嘯けばオズヴェルドが動くのが道理だ。しかし、あの最強と戦って重症で済むとは……、戦いの途中で飽きたか」
「うん、なんか倉澤蒼一郎は結構粘ったみたいだけど例の神剣も砕けたって」
「ふむ……」
今し方、頭の中で思い浮かべた同郷の士が大暴れして宿敵を弱体化させてくれていた。
良い話と言えば良い話だが、喜ぶ気になれないどころか、寧ろ宿敵の不甲斐なさに苛立つ。
――朗報であることは事実だ。
だが、それはそれとして感情が、どうにもそれを素直に受け入れてくれない。釈然としない表情を浮かべる。
零にとって倉澤蒼一郎は打倒すべき宿敵だが、それと同時にある種の崇拝の対象でもある。
これが逆にオズヴェルドを撃破したと言われれば、表向きは「奴なら勝つだろうな」と言いつつ警戒を露わにし、内心では賞賛と嫉妬の入り混じった感情の嵐を巻き起こしていたことだろう。
――詮無きことだな。
「後は魔人メラーナが殺害されたって。状況証拠的に殺ったのは魔人ヴァレイグラルフの可能性が高いみたいだね」
「メラーナを……? ヴァレイグラルフが弟子を殺したのか?」
竹馬の友とも言うべきガエルを殺したことを棚に上げ、零は驚愕する。
兎に角、妙な時代だと言える。人間が単独で魔人を抹殺したり、魔人が魔人を殺したり――、奇妙な時代だ。
序列一位、オズヴェルド
序列二位、トゥーダス
序列三位、ヴァレイグラルフ
序列四位、ベネディクト
序列五位、ランベリク
序列九位、フィラビオ
単独で稼働している魔人は残り六体。現在進行形で零の命を積極的に狙っているのがフィラビオだ。
この状況では、相手が上位だからと手をこまねいている場合では無い。
フィラビオは零を燻り出すために帝国の各地を無差別に攻撃している。
今は小康状態だが、いずれ行動を再び激化させるであろうことは明白だ。
そうなれば回復した倉澤蒼一郎やアーベルトが抹殺するために行動を起こす。
魔人の吸収を阻止されるだけで無く、帝国から不穏分子として本格的に敵対する羽目になる。
既にアーベルトやレーンベルグ軍と交戦しており、帝国との敵対を恐れるのも今更と言えば今更だが。
更に言えば、ヴァレイグラルフが愛弟子であるメラーナを殺した理由も不明だ。
あの決闘マニアがトチ狂ってフィラビオに襲いかかり、殺しでもされたら、それこそ力を付けるのが困難になる。
「それともう一つ。どっちかって言うとこっちの方が重要かな」
「良い報告だと良いのだがな……」
「あんま良くないかもね。ニーサン、魔人教団って知ってる?」
「魔人……教団? なんだ、その如何わしい名前の団体は」
聞き慣れない言葉に零は訝しげに首を傾げる。
どのような組織か何と無く想像は付いたが、想像通りの組織だとすれば意味の分からなさにますます拍車がかかる。
「トゥーダスかベネディクト辺りの耳にでも入ってみろ。その団体が大地ごと蒸発しかねん。偵察兵に命じて、そやつらの活動域が視界に届かぬ範囲まで後退させろ。貴重な斥候を馬鹿な自殺願望者共の巻き添えで失うのは面白くないからな」
「それが、そのさぁー、その魔人教団って組織の教祖って奴がね……、その大地ごと蒸発させそうな、魔人ベネディクトらしいんだけど」
「ベネディクトが……?」
八つ当たりを警戒すべき存在が、彼らの価値観でいうところの嫌悪、唾棄すべき組織を運営している。
驚天動地の事実に零は大きく目を見開き、驚きと戸惑い、そして不審を露わにした。
「魔人教団とはどういう組織なのだ? 奴が運営しているのならば、言葉通り魔人を邪神のように信仰して対価を得ようとする集団と言うわけではあるまい?」
「いや、魔人を崇拝する教団らしいけど……」
苛立ちにも似た感情を見せる零にイオナは恐る恐るといった様子で万に一つもあり得ないことを首肯する。
零は突如として猛烈な下痢に襲われたかのような表情を浮かべ頭を抱えた。
「ニ、ニーサン? どうしたの? 大丈夫?」
「奴等の莫迦さ加減に眩暈がしただけだ。オウラノをヒトモドキ呼ばわりしていた奴が一体、何を企んでいるのだ」
かつて魔人グァルプであった頃の己の言動や思想を棚に上げ、零は眉間に皺を寄せて首を横に振る。
そもそも、オウラノとは高齢世代の遺物のようなものだ。
人工的に生み出されただけの脆弱な存在が、人間面しているだけでも筆舌し難い苦痛を感じている筈だ。
か弱く不完全な生命を手ずから絶滅させるのは、必死になっているみたいで見苦しい。
そんな言い訳がましいプライドが理由で、積極的に滅ぼそうとしていないだけで、高齢世代との確執が心から消えない限り、トゥーダスやベネディクトが人間を管理するなど絶対にあり得ないと言っても過言ではない。
「何か魔人と同じ力が備わるとか、不老不死になれるとか」
「不老不死? 蘇生法を人間に施すつもりか……? いや、しかし、蘇生法は人間に適応できる類の技術では無い筈だが……」
蘇生法の適応は、オウラノの仕様変更、再設計のようなものだ。
以前に零が、ドワーフやトロール達に魔力との親和性を高めたような、調整の域を遥かに越えている。
如何にルカビアンが全知全能に近しい存在であるとしても、その力を発揮するにはルカビアンの超文明があってこそだ。
現代のような野生的且つ原始的な文明では、ルカビアンの知識や技術を発揮することも不可能と言っても良い。
天才プログラマーにコンピューター等の機械を使わずに、プログラミングをしろと言っているようなものだ。
だからこそ地殻変動の後、文明が完全に崩壊した衝撃から立ち直ることが出来ず、高齢世代の者達は自らの命を絶ったのだ。
――何より奴が人間に力を与えることを認めない。
技術的な制約以前の問題だ。
極端に言ってしまえばトゥーダスは所謂、天才だ。
だが、若さゆえにその力を発揮する機会は与えられず、与えられたとしても素晴らしい発見の数々は別の誰かの、高齢世代の名前に書き換えられて世の中に放たれた。
殆どの魔人が同じ経験をしているが、トゥーダスは天才であるがゆえに、他の魔人の数倍、数十倍も研究成果を奪われている。
それを目の当たりにしてきただけに、トゥーダスの信奉者ベネディクトの高齢世代に対する敵愾心は非常に強く、高齢世代の異物たるオウラノへの嫌悪感はかつての零、魔人グァルプさえも凌駕する。
――ベネディクトはトゥーダスのイエスマンだ。奴が黒と言えば、白も黒になる。しかし、何故トゥーダスの意に反する集団を作り上げた? 人間を絶滅させるならまだ納得も出来るが、人間に力を与えるなどと……奴等の身か心に何か変化があったとでもいうのか?
「気になるんなら潜入する?」
「潜入か……潜入……そうだな」
無言で頭を抱えていた零は天啓を得たかのように顔を持ち上げた。
零の肉体の本来の持ち主は氷の都で地べたを這う乞食だ。
ルカビアンにとって極めて原始的な社会の帝国においても学も無ければ、教養も無いとされる無知蒙昧の輩だ。
その影響で、こんな些細なことすら考え付かない程愚鈍になってしまった。その事に零は肩を落として項垂れる。
とは言え、この肉体を捨てる気など更々無かった。
金が欲しい、力が欲しい、知が欲しい――。
満ちているものが無く、常に飢餓と焦燥、そして他者よりも劣る様を嫌という程見せ付けられ、強烈な劣等感に駆り立てられる。
欲望を持ち続けるには、人並みにすら程遠いこの身体ほど最適なものはない。
魔人の力を二つ得た今でもその考えが変わることは無い。
その気になれば戦術級魔術を遥かに超える術式を一人で操ることが出来るが、零は敢えて主軍の亜人達に戦術級魔術を使わせる。
魔人の叡智を用いれば、適切な行動が取れるようにもなるが、頭を使うのも敢えてイオナに任せた。
満ちること足りることは安寧に繋がり、安寧は怠惰を産む。
そのことを零は前文明だけでは無く、かつての同胞ルカビアンの十九魔人達に嫌という程見せ付けられた。
そういった意味では不足することに一抹の安堵を覚えていた。
「ヴァレイグラルフが何を思ってメラーナを殺したのか、他の魔人にその累が及ばないか不安は残る。だが、トゥーダスの狗が、トゥーダスの意に反することをしている。この不気味さを抱え続けるのも気分が悪い。行くぞ、その魔人教団とやらに潜入する」
「ほへ?」
「………………? 何を呆けている。さっさと行くぞ」
「あ、うん。りょーかいりょーかい! んへへへへ♪」
絶無軍の兵士達にとって零という存在は、恩人、主、王、神という言葉だけでは言い表すことの出来ない絶対的な存在だ。
トレスドア地方の人間以外に対する環境があまりにも劣悪で、ソウブルーに移住すれば今と同程度、もしかすると今以上に重用されるであろうことは確実だが、彼女達はその事実を知らない。
ここまで重用してくれる指導者の存在は、彼女達にとって零、ただ一人だけなのだ。
そんな絶対的存在の零から潜入捜査についてこいと命じられた。
――ニーサンは深く考えてないかもだけど、頼られると認められてるみたいで嬉しいねぇ。
厳密に言えば、今の零では潜入したところで、満足に情報を得られ無いと自覚しているからこそだ。
人並みに頭の回る同行者の存在が必要不可欠だった。
だが、真っ先に彼女の同行を命じたのは単に目の前にいたからか、それとも絶無軍の配下の中で一番頼りになると考えてのことか。
それとも、第三、第四の理由があるのか。
恐らく、乞食の身体を維持したままの零には答えを導き出すことは出来ず、そもそも、疑問を浮かべる程の知恵すら無いのであった。
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