76 力のない肢体を抱いて
「宝子っ」
周りの警戒も忘れて、空夜は駆け寄った。
彼女の右足は根本から黒く染まっていて、闇の中では片足を失ってしまっているようにも見えた。ナイフを掴んだまま硬直した指に、荒い呼吸に上下する肩がかぶさっている。
「お兄ちゃ……」
空夜を認めると、宝子は放心したように呟いた。振り仰いだ小さな顔に赤い灯りがちらちらとかかった。
「大丈夫かっ」
こくんと小さくうなづく。
空夜は宝子の足を見た。根本から赤く染まっていて歩けそうにない。上半身を起こすこともできずに、宝子はただ力無く男にもたれかかったままだ。空気は冷たいのに、彼女は顔中に汗をしたたらせていた。
空夜は自分のベルトを外して、宝子の足をきつく縛って止血した。彼女はなされるがままになっていた。快活な唇からは呼気以外の意味のある言葉は返ってこない。
乱暴なくらいに手早く、小さな体を抱きかかえる。右手の力がはいらなかったが、銃のベルトで宝子の体を固定させてなんとかかつぎあげることができた。
「しっかり捕まってろ。いいな?」
炎とは反対の方向へ歩き出したが、宝子は何も問わなかった。皆はどこにいるのかとも、これからどこへ行くのかとも。捕まっているように指示した腕は、空夜の肩越しに力無く垂れ下がったままだった。
小さく開かれた唇から洩れる荒い息は時々苦痛の呻き声を交えたが、それでもそれが生きている証拠だと考えることにして、空夜は早足で歩き出した。空白の思考を乗せて、足だけが別の生き物のように死から遠ざかる道を選ぶ。
銃を持った自分が、血まみれの彼女を連れてどこへ行けるというのだろう。
空夜はもう一度空を見上げた。
そう……月を。
傾きかけた星を追いかけて……西へ。




