73 ナイフの鞘を払い
短い沈黙、そして混乱。
撃たれたのだと分かった瞬間、空夜は弾けるように起き上がった。痛みで頭がくらくらしたが、それよりも、宝子の叫び声の意味に気付いた衝撃の方が優先したのだ。
宝子っと叫ぼうとして、息を飲む。
近くに忍ばされた足音。炎が巻き上げる空気のうねりに紛れてはいても、空夜の耳が判別した。
二人。
身を低くして、懐からナイフを取り出す。口に加えて、静かにさやを払う。右手が使えないので、左手に頼るしかない。
宝子……どこにいる? 声はもう、風に紛れて聞こえない。
空夜の肩を撃ちぬいたきり、無駄弾は使わない。足音はひそめられて足取りは確か、山歩きの訓練も受けている。玄人であることは間違いがない。
興奮しているためにさほどではないが、それでもナイフをふるえば痛みで声を上げてしまうだろう。初めの一突きで決まらなければ、繊細な動きができる状況ではない今では、一人を相手にするにも心もとない。
足音は近付いてくる。相手は山間を歩き続けたのだろう、上がった呼吸を隠しきれてはいない。
木一本分遠くをじりじりと行き過ぎて、それから手前にいた小柄な人物がゆっくりと空夜に背を向けた。小柄な男……少なくとも軍人の格好はしてはいないし、暗視装置のような特種な兵器は身につけてはいない。しかし、持っている長身の銃は軍用のものにも見えた。




