69 月を、そして最後の楽園ユーリ・エバを
ある程度音がたつのは仕方ないと割りきって、でき得る限りの力で走ることに集中した。銃撃の混乱の中ではさほど目立ちはしないだろう。足元の起伏が激しいので、木の根につまづいたり穴に落ちたりの方が心配だった。しかも、下ばかり見てはいられないのだ。
追いすがる銃声が、全てこちらを向いているように感じた。
大丈夫、自分たちの方がまだ有利だ。
荒い呼吸を意識して押さえながら、無理やりに思う。
大丈夫。
逃げることだけ考えればいいだけの、この程度の状況で冷静さを失うようなことはない。
『ダケド……、』
誰かが言う。
『ダケド、コレハ、アノヒトオナジ……』
誰かが……自分の心が。
銃声を背に抱えながら、夢中になって木々の間を駆け抜けた。山の中では危険だと思えるほどの速さで疾走する。
まるであの日の夢を見ているように。
大火の灯りで森が揺らぐ。
怒声、銃声、鳴くような風の声。
背を向ける自分。
鼻について涙をにじませる煙の匂い。
次は?
そう、月を探したんだった。
空を見上げる。灯りに燃える木々にさえぎられて、空は何だか小さく感じる。
月を……そして、最後の楽園ユーリ・エバを。
それを目指そう。
そう考えたんだった。
今夜は、月は?
探した視線がさ迷う。
かじかんだ手の力が抜けて、凍ったナイフが闇の底にこぼれ落ちた。
あ、と現実が目を覚まし、振り返る。
振り返った先にも闇……何も見えない。
不意に、自分を拘束していた全ての力が抜けて、燃える空が視界いっぱいに広がる。
堕ちる……と、冷静な自分が思う。
そして、世界は暗転する。
月が見たい。
あの楽園を。




